一方で仕事から帰ってきたお父さんは、いつも疲れた顔をしていた。
 そんなお父さんをのんちゃんが遊んで元気をあげるというのが日常。
 小さい頃お父さんに、仕事は楽しいか聞いたことがある。そうしたら、『楽しいとはいえないけど、家族のためだから頑張ってる』と言っていた。
 ありがたいと思う一方で、申し訳ないとも思った。
 両親を見ていると、大人になった私をどうしても悲観してしまう。
 それに、大人になれるのかさえ――。
 ううん、やめよう。未来のことを考えると余計に気が重くなる。
 今の私にできるのは、今を必死に生きることだけだ。



 「いつもと同じ」日々が続く。でも、「いつもと同じ」日々を過ごすことがどれだけ私にとってつらいのかは、誰もわかってくれない。
 今日は三時間目の授業で数学の先生が怒りを爆発させた。私に対して、ではないのにかなりダメージを受けてしまった。
 しかも放課後、担任の二木(ふたき)先生が話があると言われたので、私は教室に残っていた。
 二木先生のことは嫌いじゃないけど、話すとなると緊張してしまう。
 誰もいないから、ふぅー、と思い切り息を吐く。
 外を見ると、オレンジ色の光が殺風景な住宅街を照らしていた。
 しばらく待っていたら、先生が教室に戻ってきた。職員会議があると言っていたので遅くなるのはわかっていたけど……一時間は長い。
「ごめんな七井(なない)、待たせちゃって」
「いえ、大丈夫です」
「じゃあちょっと来てくれ」
「はい」
 先生と一緒に面談室に入った。狭い部屋に、机を挟んで先生と向かい合う。慣れていないので少し、いやだいぶ怖い。
「今日呼んだのは、七井に確認したいことがあったんだ」
「確認したいこと……?」
 心当たりはなくて、私はわずかに首を傾げる。
「実はこのクラスでいじめがあるって話を聞いたんだが、七井はなにか知ってるか?」
「え……。いえ、聞いたことないです」
「そうか……。七井ならなにか知ってると思ったんだが……」
「どうしてですか?」
 先生の言葉が引っかかって、思わず尋ねた。
「七井はしっかりしてるから、いつもクラスのことよく見てるだろ?だからこういうことも知ってるんじゃないかと思って」
「……」
 周りをよく見ているのは確かにそうかもしれない。私はいつも、誰の邪魔にもならないように、自分が傷つかないように、周りを見ながら動いている。でもそれは、自分のためだ。
 しっかりしている、というのもよく言われるけど、それは少し違うと思う。
 ……他人から見れば、そうなのかもしれないけど。