疲れたなぁ。
 荷物でいっぱいになった鞄を机に置いただけで、そう思った。
 登校するだけでも大変なのに、帰りまで頑張れるわけがない。
 いつもそう思うのに、なぜか学校生活を毎日こなせている。
 体が習慣のように勝手に動いていた。
 どれだけ苦しくても、しんどくても、頑張るという選択肢しか、私にはなかった。
「ふー……」
 誰にも聞こえないように、小さく溜息をついた。
 ……はずだったのに、隣の席のみなみちゃんには聞こえてしまったみたいだった。
「大丈夫?温華(ののか)ちゃん」
「えっ、うん、大丈夫だよ!」
「ほんとに?無理しないでね」
「うん。ありがとう」
 危なかった……。
 疲れていることを誰にも知られたくない。
 みんなと同じことをしているだけで潰れそうなほど苦しくなっているなんて情けないから。
 学校にいるうちは気を緩ませてはいけない。
 今日も頑張らないと。
 私はみんなと同じことをするのにも、みんなの倍くらいのエネルギーが必要なんだから。

 気合を入れた矢先、移動教室で教科書を持って歩いていたら、
「あっ」
階段でよろけて転びかけた。
 手すりにつかまったので私自身は倒れなくて済んだけれど、持っていた教科書や筆箱が階段の下の方に落ちてしまった。
 幸い人がいなかったので誰にも当たらなかったし見られなかったから良かったけど。
 急いでて降りていくと、唯一少し前を歩いていた、クラスメイトの四季真冬(しきまふゆ)くんが振り向いて、落ちた物を拾ってくれた。
「ご、ごめんね……!」
「あっ、ううん、大丈夫だよ」
 柔らかくてゆったりした声。一瞬、それに包まれたような錯覚がした。
「……ありがとう」
 お礼を言うと、真冬くんは少しうつむきながら小さくうなずいて小走りで去っていった。
 ……なんだろう、今の。
 私の頭に真冬くんの声がまだこびりついている。
 今まで話したことはなかったけれど、私は前から――それこそ入学した直後くらいから真冬くんのことが気になっていた。
 一言で表すと、雰囲気が他の人と違いすぎる。
 いつも控えめで、うつむきがち。
 人と話しているところもほとんど見たことがない。
「……」
 っていうか、早く行かなきゃ。授業に間に合わない。
 駆け出した後も、しばらく真冬くんのことが頭から離れなかった。

 それぞれの授業を必死に真面目に受けていたら、今日もいつのまにか帰る時間。
クラスメイトも、疲れた表情こそ見せているけど……
「この後なにする〜?」
「俺今日部活〜」
 まだいろいろとやる力は残っているみたいだった。