――そんな中。
 ガサ、ガサガサガサッ!
 突然、背後の草むらが不自然な音を立て始めた。
「――スイ、なにかいる」
「は、はい。怖い魔物だったらどうしましょう。最悪、私がおとりになりますのでその隙に――」
「そんなのダメだよ!」
 魔力を持たないスイを置いて逃げるなんて、そんなこと絶対にできない。
 万が一のときは、僕がなんとかしないと――。
「……キュイ?」
「……へ? え?」
 ガサガサと音がしていた茂みからぴょこっと顔を覗(のぞ)かせたのは、なんと体長30センチほどの、細くて真っ白いふわふわした生き物だった。
 首の周りには、首輪のように黒いギザギザした模様が一周していて、つぶらな瞳でじっとこちらを見つめてくる。
 尻尾の先の黒い部分も、似たようなギザギザになっているようだ。
「お、オコジョ!? いや、なんか黒い模様がついてるし、魔物かな……」
「な、なななななんですかこの子!? 可愛いいいいいいいい!」
 先ほどまでいったいなにが潜んでいるのかと怯えていたスイは、突然現れたオコジョのような生き物にすっかり魅了されている。
 たしかに可愛い。可愛いが。
 この世界には、魔力を持たない普通の動物とは別に、魔物が存在する。
 そのためこうした山の中では、普通の動物は魔物に淘汰されほとんど生き残れない。
 現存する動物は、人間が飼育しているものが大半を占めている――と、以前本で読んだ。
つまり、恐らくはこいつも魔物だ。
「……キュイイイ?」
「くっ……そんな可愛く首をかしげたって、僕は騙されないぞ!」
 魔物はどんなに可愛く見えても、人の敵であり懐くことはないと言われている。
……言われているはずなのだが。
 そのオコジョ的な魔物は、スイを守りながら警戒している僕のほうへやってきた。
 そして足下にすり寄り、そのままスリスリと気持ちよさそうに――。
「わあ、とっても人懐っこいですね、この子!」
「え、あ、うん……」
 僕がスリスリされるままにじっとしていると、大丈夫な相手だと認識されたのか、身体を伝ってスルスルと肩まで登ってきた。
 なんだよ可愛すぎるだろおおおおお! こんな魔物反則だあああああ!
「……い、一緒に来る?」
「キュイ!」
 試しに誘ってみたところ、今度は頬ずりされた。
 どうやら一緒に来るらしい。
 スイが横で目を輝かせ、その愛らしさに声にならない声をあげている。
「早速仲間ができちゃいましたね! さすがリース様です! ……魔物、なんですよね? この子。魔物って人に懐くんですね!」
「基本的には懐かないはずなんだけどね……。なんだろう、山の所有者になったこととなにか関係があるのかな?」
 このオコジョ、なぜか僕の言ってることを理解してるっぽいし。
 魔物に言葉が通じるなんて、そんなの聞いたことがない。
「まあとにかく、先に進もう。安心して休めそうな場所を見つけないといけないし」
「キュイ!」
 僕の言葉に、なぜかオコジョが反応した。
 そしてスルスルと身体から降りて僕の前に立ち、少し進んではこちらを振り返るという行動を繰り返している。
 どうしたのかと様子を窺っていると、ある程度離れたところでピタリと止まって進まなくなり、じっとこちらを見つめ始めた。
「これは――ついてこい、ってこと?」
「……みたいですね?」
「上へ向かうみたいだし、試しについていってみよう」
 僕とスイは、覚悟を決めてオコジョについていくことにした。