一瞬、自分になにが起きたのか理解できなかった。
そしてしばらくして、僕は真っ暗な部屋の中へ突き飛ばされ、閉じ込められたのだと気づく。
「――だ、出してください父上!」
部屋は地下室の1つで窓がなく、灯りも一切灯っていない。
いったい、僕になにをしようというのか。
慌ててドアを開けようとしたが、施錠してあるのかびくともしなかった。
力いっぱいドアを叩いてみるも、外にいるはずの父上は無反応だ。
「り、リース様……」
「スイ!? スイも閉じ込められたの!?」
ここは、アトラティア王国にあるブロンドール伯爵邸。
つまり僕、リースハルト・ブロンドールの実家だ。
僕は今、父であるブロンドール伯爵ガイナスに呼び出され、言われるままについていった結果、なぜか地下室へ閉じ込められている。
しかも、僕の世話係をしているメイドのスイも一緒に。
スイまで閉じ込めるなんて、さすがにあんまりだ。
「時間がもったいないから単刀直入に言おう。リースハルト、おまえをブロンドール家から勘当のうえ、この領から永久追放とする」
勘当を告げた父ガイナス・ブロンドールの声色から、これが決定事項で覆ることのない現実だと伝わってきた。
――いつかこうなるとは思ってたけど、ついにこの日がやってきたか。
そう、僕は父上に忌み嫌われ、疎まれている。
父上だけじゃない。義理の母であるエヴィノア、腹違いの兄であるレイノスとヴィレク、さらにはこの屋敷の使用人にとっても、黒髪と黒い瞳を持つ僕は邪魔な存在でしかない。
実母が何者かに毒殺されて以降、僕の味方はスイだけだ。
「だ、旦那様、お待ちください! リースハルト様はまだ5歳です。どうか、どうかお考え直しくださいませ!」
スイは黙り込む僕の代わりに、震える声で必死に父上へ訴えかける。
平民――いや、元奴隷でブロンドール家に買われた立場のスイにとって、伯爵家当主である父上に逆らうことがどれほど危険か、本人も知らないわけではないだろうに。
「す、スイ……。ありがとう。でももう――」
父上は、僕をこの家からも領からも追放するつもりなのだ。
実の親に売られた結果ここにいる、行き場のないスイをこの騒動に巻き込むわけにはいかない。そう思ったが。
「――スイといったか。おまえはリースハルトを心から慕っているらしいな。それなら、おまえが守ってやるといい」
「ち、父上? それはどういう――」
「黒髪の落ちこぼれと役立たずの平民で、せいぜい仲良く野垂れ死ぬんだな。――おい、さっさと始めろ」
父上の含みのある物言いに、僕はゾッと背筋が凍るような恐怖を感じた。
追放と言いながら、僕とスイを地下室に閉じ込めていることも気になる。
というか、「さっさと始めろ」ってなにを!?
「承知いたしました」
「ち、父上!? 待ってください。いったいなにを――」
ドアの向こうから、複数人の魔法を詠唱する声が聞こえ始める。
しばらくすると、部屋の床一面に紫色の魔法陣が浮かび上がった。
くっ――なんだよこれ。こんなものが仕組まれていたなんて!
部屋からの脱出を試みるも、ドアは変わらず固く閉ざされていて、まだ幼い僕の力では到底開けられない。
光は次第に強くなり、時空が歪(ゆが)むようにぐらぐらと視界が揺れ始めて――。
――ああ、これダメなやつだ。僕のせいでスイまで……ごめんなさい……。
そこまで考えたところで耐えきれなくなり、僕の意識は途切れた。
「ん……んん……?」
意識が戻って目を開けると、風でざわめく生い茂った木々の葉、そしてその隙間からこぼれる陽の光が視界に入った。
――生い茂った木々と陽の光!?
たしか僕とスイは、さっきまで真っ暗な地下室に閉じ込められていたはずだよな?
「ん……」
「スイ! 大丈夫!?」
「り、リース様! 私は平気です。リース様は、お怪我(けが)などありませんか?」
「よかった。僕は大丈夫だよ」
僕とスイは立ち上がり、周囲を見回して、それから呆然(ぼうぜん)と言葉を失う。
「ここはいったい……?」
「分からない。でも恐らく、父上が部下になにか命じて僕たちを――」
父上は、僕をブロンドール家から勘当し、永久に追放すると言った。
それから「せいぜい仲良く野垂れ死ぬんだな」とかなんとか言ったあと、なんらかの詠唱が聞こえ始めて、部屋に仕掛けられていた魔法陣が光り始めた――までは覚えている。
「巻き込んでごめん。僕のせいでこんなことに……」
「そんな! リース様は悪くありません! でも私たち、このままでは……」
「あの状態から生きてるってことは、どこかへ強制転移させられたんじゃないかと思うんだ。多分だけど」
父上は外面がよく、貴族としての世間体や周囲からの評価を気にするタイプの人だ。
だからたとえ黒髪であっても妾の子であっても、僕が実の息子である以上、見捨てて追放したなんて家の者以外に知られたくないだろう。
きっと、事故か病気で死んだことにするはず。僕が生き残るような甘い策は講じない。
つまり、ここはブロンドール領から遠く離れた辺境の地で、しかも魔獣が跋(ばっ)扈(こ)しているような相当危険な場所である可能性が高い。
――と考えると、シルティア辺境伯領の近くにある、あの前人未到と言われている山か?
シルティア辺境伯領は、ブロンドール領よりも王都から離れた場所にある。
その北方には危険な魔物が生息している前人未到の山がそびえていて、シルティア辺境伯領はその魔物から国を守る重要な防衛線となっている――と学んだ記憶があった。
シルティア卿――一度しかお会いしたことないけど、高貴な身分でありながら、僕みたいな黒髪の異端児にも優しい目を向けてくださるいい人だったな。
――って、今はそんなことを考えてる場合じゃない!
「人里離れた山奥みたいだし、僕の勘が正しければ、危険な魔物がいるかも」
まったく本当に、どこまでも悪趣味な一族だよな。
今ごろ、僕とスイが恐怖に怯えているのを想像して笑っているのだろう。
「ま、魔物!? そんな……」
生まれが平民で魔力を持たないスイは、ガクガクと震え、怯えながら周囲を警戒している。
このアトラティア王国では、美しい金髪と高い魔力を有していることが「神に選ばれし存在」――つまり貴族である証とされているらしい。
ブロンドール一族も例外ではなく、平民との間に生まれた妾の子である僕以外は皆、美しい金髪と高い魔力を持っている。
ちなみに平民は、茶色い髪と茶色い瞳であることが一般的で、魔力適性自体ない場合がほとんどだ。スイも例外ではない。
――でも僕は、ブロンドール家から追放されたことを悲観などしていない。
むしろ、あの居心地の悪い家から解放されてラッキーだとさえ思っている。
思ったより時期が早かったことと、スイが巻き込まれてしまったことは想定外だったけど。
というのも、実は僕には奥山(おくやま)陽(はる)翔(と)という、30歳日本人としての記憶がある。
いわゆる「異世界転生者」というやつだ。
そしてさらに、リースハルトとしての実の母であるリィアが毒殺された日――僕が3歳のときに、僕だけにしか見えないステータス画面と2つのスキルを授かっている。
この力のことは一度も誰にも話していないし、万が一にも家族にバレないよう、スキルにいたっては使ったことすらないけど。
でも多分、きっと僕の助けになってくれるはず!
「スイ、スイのことは必ず僕が守る。そしていつか、安心して暮らせる場所を見つけるって約束する。だから今は、僕を信じてついてきてくれる?」
「そ、それはもちろんです。私は生涯をリース様に捧げると誓っております。ですが恐れながら、リース様はまだ5歳です。お屋敷からも出たことがありません。お気持ちは大変嬉しいのですが、今は――」
スイがそこまで話したところで、突然強い風が吹き、木々が激しくざわめいて、山がグラグラと大きく揺れ始めた。
「なっ――地震!?」
「きゃあっ!?」
僕は片膝をつき、倒れないようバランスを取る。
ただ揺れているというより、山が僕に反応しているような奇妙な感覚だ。
自分と山が一体化しているような、そんな重だるさも感じる。
な、なんだ……? 身体が重いし気持ち悪い……。
「り、リース様、わ、私がお守りいたしますので――!」
スイはそう言って、震えながら僕に抱きついてくる。
スイ自身も13歳の幼い女の子だし、怖いに決まっているのに。
でも本当に、ただの地震じゃないよな。
身体の中をなにかが這(は)い回る感覚とめまいで、意識が持っていかれそうになる。
もしかして、父上の企みはまだ続いているのか?
逃れられたと思ったけど、僕たちここで殺されるのかな……。
そう思ったが、しばらくすると、風も揺れも何事もなかったかのように収まった。
同時に、重だるさと吐き気もスゥッと消えていく。
だが今度は、頭に聞いたことのない機械的な音声が響いてきた。
『リースハルト様が、この山の所有者として登録されます。登録にあたって、山に名前をつけてください』
んんんんんんんんんん!?
な、なんだこの音声!? それに、山の所有者ってどういう……。
『この地に最初に足を踏み入れ、かつ山に認められた者が所有者となります』
「や、山に認められた者……?」
なるほど分からん。
けどこれは、一応助かった、のか……?
「リース様? どうされたんですか?」
「今、山に名前をつけろって声が聞こえて――」
「声、ですか? 私にはなにも……」
どうやらこの声は、僕にしか聞こえていないらしい。
というか山に名前って、突然そんなこと言われてもな……。
「スイ、この山につける名前、なにかいい案ないかな」
「恐れながら、お名前はリース様がつけられたほうがよいのではないでしょうか? その声を聞いているのはリース様だけですし……」
「うーん……」
恐らく当分は、この山が僕たちの拠点となる。
それなら安心できそうな、強さを感じる名前がいいよな。
「よし、決めた! じゃあ『シタデル山(さん)』で!」
『承知いたしました。この山を〈シタデル山〉として登録します。また、所有者登録によりリースハルト様の魔力量が引き上げられ、全属性使用可能となります。さらにスキル【神の祝福】により、山の力が底上げされました』
「リース様、シタデルとはどういう意味なのでしょうか?」
「城塞って意味の言葉だよ。この山が僕たちを守ってくれると信じて、この名前にしてみた」
「城塞……! なんだかかっこいいですね! 素敵です!」
どうやらスイも気に入ってくれたらしい。よかった。
「ところでその……声はいったいどなたのものなのでしょうか?」
「それは僕にも分からないんだ。でも、ええと……なにから話せばいいのかな……」
僕はスイに、僕しか見ることのできないステータス画面があること、スキルという魔法とは別の特殊能力を持っていること、たった今山の所有者として登録されたらしいことを伝えた。さすがに転生者であることは伏せたけど。
5歳だと思って接していた相手の中身が実は30歳の男だったなんて、気持ち悪いと嫌がられてしまうかもしれない。
これからこの状況を打開しないといけない中で、気まずい雰囲気になるのは避けたかった。
「……す、ステータス画面……特殊能力……山の所有者……」
「……こんなこと、急に言われても困るよね。ごめん。でも、信じてもらえなくてもスイには話しておきたかったんだ」
僕がそう言って謝ると、ハッとした様子でふるふると首を横に振り、まっすぐな眼(まな)差(ざ)しをこちらへ向けた。
「そんなことないです! すごすぎてびっくりしてしまいましたが、私は信じます。リース様がそんな嘘(うそ)をつくわけないですから!」
「……そっか、信じてくれて嬉しいよ。ありがとう」
「こちらこそ、そんな大事なことを話してくださってありがとうございます!」
スイは頭を下げ、それから僕を見て微(ほほ)笑(え)んだ。
ああ、本当に、こんなことを思っちゃいけないんだろうけど。
一緒に飛ばされたのがスイで本当によかった……。
この子だけは絶対に守らないといけないな。
「――そういえば、スイはスキルって聞いたことある?」
「いえ。すみません、聞いたことないです……」
やっぱりそうか。
父上や母上、兄上たちからも、スキルの話なんて聞いたことがなかった。
マウント大好きなブロンドール家のみんながスキルを所持していたとするなら、僕がそれを聞いていないのはおかしい。
つまりこの力はきっと、普通の人にはない特別なものなのだろう。
「スイ、今話したことは、僕たちだけの秘密にしてほしい」
「は、はい。分かりました。誰にも言いません」
「ありがとう、助かるよ」
僕の持つステータス画面やスキルが希少な力だと仮定すると、誰かに知られれば危険な目に遭(あ)う可能性が高い。特にスキルは、悪用を目論む人間も現れるだろう。
まあ、こんな場所に放り出されて人に出会えればの話だけど!!!
『――登録が完了いたしました。また、スイ様がリースハルト様の眷属(けんぞく)として登録されました。これにより、スイ様にスキル【鑑定眼】が付与されます』
「えっ!?」
「こ、今度はどうされました?」
「いや……えっと……スイが僕の眷属として登録されちゃった……」
「眷属……」
スイはきょとんとし、驚いた様子で固まっている。
「ご、ごめんね! でも僕の意思じゃなくて、声が勝手に――」
「眷属……リース様の眷属……! 私、これから眷属なんですね!」
なんかスイ、すごく嬉しそう!?
スイは頬(ほお)を紅潮させ、口元を両手で覆って、「わあ!」とか「すごいです」とか言いながら感動している。なぜだ。
「えっ、あ、うん……。声によるとそうみたいだけど、スイはそれでいいの?」
「もちろんです! リースハルト様の眷属……ふふっ♪」
この子、眷属の意味分かって喜んでるのかな……。でもまあ、とりあえず今はいっか。
「それでね、スイに【鑑定眼】っていうスキルが付与されたらしいよ」
「わ、私に、ですか!? 私のような下賤の者にそんなこと、あり得るのでしょうか……」
ちなみに僕が所持しているスキルは、【神の祝福】と【アイテム錬成】。
1つめの【神の祝福】は、僕の管轄だと判断された一定の範囲に何らかの恩恵をもたらしてくれるものらしい。ステータス画面の説明欄には、意図的に止めない限りは自動的に常時発動し続けると書かれている。
そして2つめの【アイテム錬成】は、名前の通りアイテムを錬成できるスキル。ただし「錬成」とある通り、無からなにかを生み出せるわけではなく、あくまで素材を掛け合わせることでアイテムを作ることができる、というもののようだ。
――これにスイの【鑑定眼】がプラスされたら、僕たちけっこう最強では!?
しかも、なんか謎の声がガイド役までしてくれるし!
よく分からないけど、ありがとう声の主――なんて思っていたが。
『わたくしからの説明は以上となります。以降は、所有者であるリースハルト様へ、シタデル山におけるすべての所有権を含む権限が譲渡されます。それでは、よき山暮らしを』
「えっ、ちょっ――音声さん!?」
一方的にあれこれ説明した音声は、それ以降何度呼びかけても応答しなくなってしまった。
ここから先は、自力で頑張れってことか。
「リース様、大丈夫ですか?」
「ああ、うん。でも音声ガイドに頼れるのはここまでらしい。……とりあえず、そろそろ少し歩いてみようか。陽が沈むまでに寝られる場所を見つけたいし、食べ物も確保しないといけないしね」
周囲は見渡す限り草木や岩ばかりだし、この状況を打開しなければ本当に野垂れ死んでしまうかもしれない。
せっかく自由を手に入れたのに、こんなところで死ぬなんて絶対にごめんだ。
「そうですね。暗くなると魔物も活発になると聞きますし、急ぎましょう」
僕とスイは、綺(き)麗(れい)な水を求めて山を登ってみることにした。
僕は元々、水魔法と風魔法の適性を持っている。
だから2人分の飲み水くらいなら僕の魔法で賄(まかな)えると思うけど、でも生活していくことを考えると、綺麗な水は豊富にあったほうがいい。
それに、上に行けば周囲の様子が見下ろせるかもしれない。
ここがいったいどこなのか、周囲になにがあるのか、少しでも情報がほしかった。
「リース様、足下が悪いのでお気をつけください」
「ありがとう。スイも気をつけてね」
地面は岩だらけで苔(こけ)に覆われている部分も多く、そうした場所は滑りやすい。
おまけに太い木の根が張り出し、草木が所構わず生い茂っている。
道なんてものはないに等しかった。
山道って、思った以上に歩きづらいんだな……。
「……す、スイ、ちょっと休憩しよう」
過酷な道を歩き続けたことで、自分の熱気で頭がぼーっとしてきた。
このままでは事故に繋(つな)がりかねない。
僕とスイは、比較的大きな木の根元に腰を下ろし、一息つくことにした。
道は悪いが空気は澄んでいて、深呼吸をするごとに身体が浄化されていく気がする。
風が吹くと、木々の隙間からこぼれる光が地面を彩り美しい。
――とはいえ、汗をかいて体力を消耗していることに変わりはなく。
「喉が渇いた……。なにがあるか分からないし、あまり魔力を消費したくないけど……でも水分補給は大事だよね。――そうだ、せっかくだしあれを試してみよう!」
「あれ、とは?」
「いいから見てて!」
僕はそこらへんに落ちていた木の枝を拾い集め、一か所にまとめる。
そして「スキル【アイテム錬成】!」と唱えてみた。
すると集めた枝が光り始め、形を変え、木製のカップが2つ完成した。
「で、できたああああああああ!」
「す、すごいです……! これがスキルの力なんですね!?」
生み出された木のカップは仕上がりも滑らかで、高級感すら漂わせている。
恐らく、前世で見た市販の木製カップをイメージしたためだろう。
取っ手もついていて、とても使いやすそうだ。
「あとはこれに、水魔法で水を――」
僕は錬成した2つのカップを並べてそれぞれに左右の手のひらをかざし、力を集中させて冷たい水をイメージした。
手のひらから小さな水球が生まれ、そこからカップに水が注がれていく。
そしてここで、魔力量が増えた影響なのか、魔法を使う際の負担が以前より圧倒的に少ないことに気がついた。
――これは、思った以上に魔力量が底上げされているのでは?
「はいこれ、スイの分」
「ありがとうございますっ! いただきます!」
片方をスイに渡し、自分もカップに口をつける。
ゴクッゴクッゴクッゴクッ……。
ひんやりと冷たく清らかな水が、喉を通るたびに体内の熱を溶かしていく。
「――っぷはーっ! うまいっ! 生き返るううう!」
「本当、冷たくてとってもおいしいです。身体が内側から浄化されていくみたい」
「よかった。喉が渇いたら遠慮なく言ってね。魔力量、思った以上に増えてるみたい」
試しにステータス画面を確認すると、元々50しかなかった魔力量――MPが、なんと300になっていた。
「魔力量、300に増えてる。元々50くらいしかなかったはずなのに……」
「基準が分かりませんがだいぶ増えましたね!? すごいです!」
僕以外の人にはステータス画面が存在しないため、ブロンドール家のみんなの魔力がどれほどのものだったのかは分からないが、これは負けず劣らずくらいになったのでは!?
「どうりで魔法を使っても疲れないわけだ。――というわけだからスイ、遠慮は無用だよ。水分補給以外でも、困ったことがあったら言ってね」
「はい。ありがとうございますっ!」
本当は糖分や塩分、ミネラルも補給したほうがいいんだけど。
地下室に閉じ込められて突然飛ばされたから、今はなにも持っていない。
海からも遠そうだし、どこかに岩塩かなにかがあればいいんだけど。
僕とスイは、水分補給のあとしばらくのんびり休息を取り、適当なところで再び上を目指すことにした。
今が何時かは分からないが、うっすらと夕方の気配が近づいている気がする。
暗くなる前には、どこか寝られる場所を見つけられるといいな……。
「――にしても本当、もうちょっと足場がどうにかならないかなあ」
「手つかずの山奥ですからね……」
「――そうだ、道がないなら作ればいいんだ。ちょっと試してみよう!」
僕は足下へ手をかざし、歩きやすい山道をイメージしながら意識を集中させて、「スキル【アイテム錬成】!」と唱えてみた。
すると足下の土と木の根が強く光り、うねうねと姿を変えていく。
「――やった! 成功だ!」
「!? 道が……道ができています! スキルというのは本当にすごい力なんですね!」
僕とスイは、歩きやすくなった足下の変化に、手を取り合って喜んだ。
行く手を阻んでいた木の根や岩が取り払われて道ができただけでなく、高低差の激しい場所にはしっかりと木の階段まで造られている。
これなら怪我の心配もないし、安心して歩けるぞ!
スキルの効果は一定の範囲にしか及ばないようなので、僕とスイは、道を作りながら少しずつ進んでいった。
――そんな中。
ガサ、ガサガサガサッ!
突然、背後の草むらが不自然な音を立て始めた。
「――スイ、なにかいる」
「は、はい。怖い魔物だったらどうしましょう。最悪、私がおとりになりますのでその隙に――」
「そんなのダメだよ!」
魔力を持たないスイを置いて逃げるなんて、そんなこと絶対にできない。
万が一のときは、僕がなんとかしないと――。
「……キュイ?」
「……へ? え?」
ガサガサと音がしていた茂みからぴょこっと顔を覗(のぞ)かせたのは、なんと体長30センチほどの、細くて真っ白いふわふわした生き物だった。
首の周りには、首輪のように黒いギザギザした模様が一周していて、つぶらな瞳でじっとこちらを見つめてくる。
尻尾の先の黒い部分も、似たようなギザギザになっているようだ。
「お、オコジョ!? いや、なんか黒い模様がついてるし、魔物かな……」
「な、なななななんですかこの子!? 可愛いいいいいいいい!」
先ほどまでいったいなにが潜んでいるのかと怯えていたスイは、突然現れたオコジョのような生き物にすっかり魅了されている。
たしかに可愛い。可愛いが。
この世界には、魔力を持たない普通の動物とは別に、魔物が存在する。
そのためこうした山の中では、普通の動物は魔物に淘汰されほとんど生き残れない。
現存する動物は、人間が飼育しているものが大半を占めている――と、以前本で読んだ。
つまり、恐らくはこいつも魔物だ。
「……キュイイイ?」
「くっ……そんな可愛く首をかしげたって、僕は騙されないぞ!」
魔物はどんなに可愛く見えても、人の敵であり懐くことはないと言われている。
……言われているはずなのだが。
そのオコジョ的な魔物は、スイを守りながら警戒している僕のほうへやってきた。
そして足下にすり寄り、そのままスリスリと気持ちよさそうに――。
「わあ、とっても人懐っこいですね、この子!」
「え、あ、うん……」
僕がスリスリされるままにじっとしていると、大丈夫な相手だと認識されたのか、身体を伝ってスルスルと肩まで登ってきた。
なんだよ可愛すぎるだろおおおおお! こんな魔物反則だあああああ!
「……い、一緒に来る?」
「キュイ!」
試しに誘ってみたところ、今度は頬ずりされた。
どうやら一緒に来るらしい。
スイが横で目を輝かせ、その愛らしさに声にならない声をあげている。
「早速仲間ができちゃいましたね! さすがリース様です! ……魔物、なんですよね? この子。魔物って人に懐くんですね!」
「基本的には懐かないはずなんだけどね……。なんだろう、山の所有者になったこととなにか関係があるのかな?」
このオコジョ、なぜか僕の言ってることを理解してるっぽいし。
魔物に言葉が通じるなんて、そんなの聞いたことがない。
「まあとにかく、先に進もう。安心して休めそうな場所を見つけないといけないし」
「キュイ!」
僕の言葉に、なぜかオコジョが反応した。
そしてスルスルと身体から降りて僕の前に立ち、少し進んではこちらを振り返るという行動を繰り返している。
どうしたのかと様子を窺っていると、ある程度離れたところでピタリと止まって進まなくなり、じっとこちらを見つめ始めた。
「これは――ついてこい、ってこと?」
「……みたいですね?」
「上へ向かうみたいだし、試しについていってみよう」
僕とスイは、覚悟を決めてオコジョについていくことにした。