しかし藍堂くんは、鋭い……という言葉が適切なのかは分からないが、メグが言っていた通り、“視える人”なのだろうというのは、なんとなく私にも分かる。
ただ、私は心霊現象は繰り返すが正直言って懐疑派であり、ある仮説を立てたことがある。藍堂くんは、サイコメトリストとやらではないのか――即ち、過去の記憶を読み取れるのではないかという推測だ。超能力者も心霊現象も、似たり寄ったりのオカルトかもしれないが、似非科学の方がなんとなく分かりやすい。
そんなことを考えるのは、私がホラー小説好きだからだろうか。
書くのも読むのも好きで、高校時代からずっと読みあさっている。過去にその内のお気に入りの一冊を、広瀬さんに貸したことがある。私の十歳年上だった広瀬さんは、当時二十六歳。入院をする事になり、そこに広瀬さんはなにか本を持っていきたいというので、私は貸した。すると退院後申し訳なさそうに広瀬さんが本を返しに来て、入院時に私物に名前を書かなければならず、借りた本だと気づかなかった広瀬さんのご家族が、広瀬さんの名前を書いてしまったのだという。だから私の本棚には、今も室井広瀬と名前が書かれたホラー小説がある。今、広瀬さんはなにをしているのだろう。
なにを、といえば、それはメグも同じだ。
私たちは親友だと、今も私は思っているのだが、結婚後に連絡が途絶えたのである。やはり生活環境が変化すると、育児なども忙しいだろうし連絡が来ないのかと思っていたら、ある日藍堂くんに言われた。
「メグと連絡取ってるか?」
「連絡が来るのを待ってるよ。忙しいのかと思って」
「連絡先が変わってるっぽい」
「へ?」
「俺だけじゃない。黎も繋がらないって言ってた」
「……っ」
その場で私はメグにメッセージアプリで連絡したが、返事はなかった。というか、IDが無かった。ブロックでもない様子だった。アカウントが無く、退会しているようだと判明した。焦った私は電話をかけてみたのだが、電話番号が存在しなかった。機種を変更して番号も変えたのだと考えられる。その後、他のSNSなどもあたったが、全て退会済みだった。
「なにかあったのかなぁ……」
私が呟くと、藍堂くんがじっと私を見た。
「お前も自分に用事が無いと、人に連絡をしないよな」
「え? 用事がないのに、連絡ってする必要があるの?」
「そういうところだぞ。まぁお前の場合は連絡が取れなくなっても、徒歩で家に見に来られるからマシだけどな」
はぁっと藍堂くんが溜息をついた。
さて、その藍堂くんと、昨年の夏には御薬園へと出かけた。御薬園は会津若松市にあり、羊羹と冷たい抹茶が非常に美味だ。
どの季節に言っても綺麗だが、私たちは夏に出かけた。夏の緑がとてもたまらなかった。私は紅葉の季節も好きなのだが、新緑の季節や初夏といった緑の木々もとても好きである。なお昼食には、天ざる蕎麦を食べた。
こうして帰り道、私たちは頻繁に通るのだが、会津若松から大内宿や塔のへつりに曲がる道がある峠をくねくねと進んだ。私は勿論助手席である。水鳴は免許を持っていないのだから。すると藍堂くんが、また言った。
「ここ、本当にお前と通るの嫌なんだよ」
「峠? 運転が危ないから?」
「違う。お前を乗せてると、引っ張られる感じがするんだよ」
それを聞いて、私は小さな川を挟んだ向こうにあるきりたった崖を見ながら考える。
昔、そういえば広瀬さんとここをドライブしたことがあった。ただその時の会話は、あまり明るいものではなかったから、誰かに話そうという気はついぞ起きないでこの時まできていたし、藍堂くんにも広瀬さんの話をしたことはない。
「引っ張られるってどんな感覚なの?」
「そのまんま」
そんなやりとりをしながら、私は帰宅した。そしてふと思い立ち、本棚へと向かって、広瀬さんの名前が書かれた本を見る。今、何をしているんだろう、本当に。
そう考えながらそれを手に、台所で新聞を読んでいた母の元へと向かった。
「ねぇ、お母さん」
「どうかしたの? お土産の抹茶、最高に美味しいからまた買ってきてね」
「あ、うん。えっとさぁ……広瀬さんって覚えてる?」
「――ええ」
「今どうしてるのかな?」
すると母が俯いた。そして新聞を手で撫でた。
「あなたが大学一年生の時に、お悔やみ欄で名前を見たわ。峠から車ごと落ちて、事故死したそうよ」
それから母が語った峠の位置は、藍堂くんが引っ張られると話していたところだった。
私は青ざめた。
思わず藍堂くんに通話をしていた。
『なんだ? 水鳴。忘れ物でもしたのか?』
「あ、あのね……峠なんだけどさ」
こうして私は、初めて藍堂くんに、広瀬さんとのドライブの記憶を語った。
その峠を通りかかった時、広瀬さんは私に言った。
「ここから一緒に車で落ちて、死のうか?」
「……広瀬さん。そんなことは冗談でも言わないで。一緒に、ラーメン食べに行くって約束したじゃん」
これが私が高校三年生の時の記憶だ。
母の話によれば、その一ヶ月後に、その場所から車で落ちて広瀬さんは亡くなっている。とても因果関係がないとは思えない。本当に、事故なのだろうか?
『言えよ、そういうことは早く』
「やっぱり自殺なのかな?」
『そうじゃない。危うくお前も道連れにされて死ぬところだったんだぞ! 俺とお前は当時あんなに電話してたのに、お前、一言もそんな……言え、このバカ! なにかあってからじゃ遅かったんだぞ!』
まさか藍堂くんから、その角度で、私の心配をされるとは思っておらず、私はスマホを手にしたままで、暫しの間ぽかんとしてしまった。
『でも、引っ張られるのは十中八九それだ。髪の短い女だろ?』
「そ、そうだった。よく分かるね……」
『安心しろ。水鳴は絶対に連れていかせない』
なにやら怒るような声音の藍堂くんの気迫に、私は言葉が見つからず、この日は通話を切った。それから、今回衝動的にかけた通話は、果たして用件があったといえるのか、それともただ誰かに聞いて欲しくてかけたのか、漠然と思った。
その二週間後、藍堂くんから誘われた。会津若松市の鶴ヶ城のそばの鶴ヶ城会館のカプセルトイをしに行きたいから、一緒に行かないか、と。あのルートが好きでないといつも話していたから、先日の通話もあり悩みつつ私も赤べこが好きなので同意した。
そして峠にさしかかると、藍堂くんが言った。
「よし。もう大丈夫だ」
「大丈夫って?」
「先週、ここに来て、ちょっとな。八倉寺の人間らしいことをしたんだよ」
藍堂くんはそういうと鼻で笑った。なにをしたのかは分からないが、詳しいことは聞かなかった。なお、その後あたったカプセルトイがこちらである。
非常に可愛いので、気に入っている。