鼻腔を擽る香ばしい香り。そして、子気味よくリズムを刻む包丁の音が聞こえる。視界のボヤけが徐々に治まり始めた頃、ナギヨシは自分がいままで寝ていたことに気付いた。音のする方に首を傾けると、長い髪の女性が台所に立っていた。
「……ここはどこだ?」
「おはようございます、ナギヨシさん。ここは私たちのお家ですよ」
「アンタ……もしかしてケンスケの」
「挨拶がまだでしたね。武市ソラと申します。もう少しで出来ますから待っててくださいね」
ソラは料理をする手を止めることなく答える。ナギヨシはまだ痛む身体を起こし、自分の状態を確認する。斜めに切られた傷跡には大きな包帯が巻かれていた。
「簡単なものですけど、食べて元気だしてくださいね」
「病み上がりに油物はちと重いんじゃねぇかなぁ」
「ウチは定食屋ですから」
「揚げ物以外のバリエーションもあっていいんじゃねぇの?」
「ウチは定食屋ですから」
「いや、ほら焼き魚とかもあるじゃん?」
「ウチは定食屋ですから」
「ウン。そうだね。定食屋だもんね。唐揚げしかないよね。だって定食屋だもの」
何言っても無駄だと諦めたナギヨシは、料理に手を付け始めた。家庭的な味は何年ぶりだろうか。彼は随分とちゃんとした食事を摂っていなかった。
「この度は弟が大変ご迷惑をお掛けしました。なんとお詫びしたら」
「お詫びも何も、俺ァ仕事しただけだぜぃ。依頼料払ってくれたらいい。それよりも、アンタ怪我は?」
「ナギヨシさんに比べたら全然ですよ」
ソラは頬に湿布を貼っている。左右を比べると少し腫れてるだろうか。彼女は気丈に振舞っているが、トラウマになっても仕方の無い仕打ちを受けた身である。それを隠し他者に親身に接する彼女に、ナギヨシは強かさを感じた。
「ただいまー……って起きてる!?」
「ケンちゃんおかえりなさい!」
帰宅したケンスケは、真っ先にナギヨシに駆け寄った。彼の目が覚めたことに安堵したケンスケは、肩の荷が降りたのか大きく息を吐いた。
「ナギヨシさん、ほんとに目が覚めて良かったです」
「おう。でも、お前のねーちゃんのせいで血糖値爆上がりしてまた寝そうだけどな」
「すいません。唐揚げしか作れない女で」
「そりゃ、人も来ねーわけだ」
「本人が目の前にいるんですよ?もっとオブラートに包めないんですか貴方たちは」
ソラの目の笑っていない笑顔に2人は思わず引き攣った。強かな女に全ての男は敵わない。
ケンスケは1つ咳払いをして、ナギヨシに向き直る。
「ナギヨシさん、お話があります」
「なんだよ、改まって。悪いが報酬はビタ一門負けねぇぞ。」
「――僕を岩戸屋で働かせて下さいッ!!」
「ゴホッゴホッ!?」
あまりにも突拍子の無い発言に、ナギヨシは唐揚げを喉に詰まらせてた。胸を叩き、苦しそうに喉を詰まらせるナギヨシに、ソラが慌てて水を渡した。
「プハッー!!ハァ……ハァ……。お前本気で言ってんのか?何でも屋だぞ?いざこざの解決から、便意の開ケツまでやんだぞ?現代っ子に出来んのか!?」
「はい。僕はナギヨシさんの生き方に惹かれたんです!!」
「……本音は?」
「結局遅刻してバイトクビになったんで今すぐ働き口が見つからないとねーちゃんに殺されるんです」
「だから本人の前で言ったらダメでしょケンちゃん?」
ナギヨシはケンスケの目を見る。その目には熱い何かが篭っていた。ようやく自分のやりたいことを見つけた、そんな何かが。
ソラが理由なのも勿論だが、ナギヨシの力になりたいという気持ちは本物であることは、ナギヨシにも充分伝わっていた。
「……報酬の内容変えるわ」
「え、今更ですか!?」
「だいぶサービスしてやったからな。割り増しくらい許してくれや」
「命を救って頂いた恩があります。背に腹はかえられせませんが一生かけてお支払いします」
「姉さん!?そんな簡単に受け入れちゃっていいんですか!?」
頭を深々下げるソラ。慌てふためくケンスケ。両名の様子を見ながら、ナギヨシは不敵な笑みを浮かべた。
「ケンスケを岩戸屋のバイトとしてコキ使う。それでトントンだ」
「えっ……ええええええ!?お、お金は?」
「テメェが今後稼いでくれるんだろ?金まで貰ったらバチが当たらァ。俺は等価交換を大事にしてんの。価値に見合う働きをしろよ?」
「ナ、ナギヨシさん……本当にありがとうございます!!」
「後、ソラはレパートリー増やせよ。俺は今後この店の常連になるつもりだから」
「勿論です。カレー風味の唐揚げも用意しときますね」
「唐揚げ以外の選択肢は君の中には無いんだね」
ケンスケは喜びにジャンプしガッツポーズで跳ね回った。ナギヨシとソラは、にこやかに笑みを浮かべその様子を見ている。
「これからよろしくお願いします!ナギさん!!」
「痛たたた……!あんま大声出すなよ。俺の傷に障るんだから。……ったく、これからしっかり頼むぜ」
「はい!!」
大きな返事は青く澄んだ空に響き消えていく。
この日々に起こる偶然の出会い、偶然の事件は思いも寄らぬ運命を手繰り寄せた。それは孤独を生きるナギヨシにとって破格な報酬なのかもしれない。
失った男ナギヨシ。彼に未来を感じた男ケンスケ。彼らの出会いは幸か不幸か。それは神と今後の依頼者のみぞ知ることだろう。
「……ここはどこだ?」
「おはようございます、ナギヨシさん。ここは私たちのお家ですよ」
「アンタ……もしかしてケンスケの」
「挨拶がまだでしたね。武市ソラと申します。もう少しで出来ますから待っててくださいね」
ソラは料理をする手を止めることなく答える。ナギヨシはまだ痛む身体を起こし、自分の状態を確認する。斜めに切られた傷跡には大きな包帯が巻かれていた。
「簡単なものですけど、食べて元気だしてくださいね」
「病み上がりに油物はちと重いんじゃねぇかなぁ」
「ウチは定食屋ですから」
「揚げ物以外のバリエーションもあっていいんじゃねぇの?」
「ウチは定食屋ですから」
「いや、ほら焼き魚とかもあるじゃん?」
「ウチは定食屋ですから」
「ウン。そうだね。定食屋だもんね。唐揚げしかないよね。だって定食屋だもの」
何言っても無駄だと諦めたナギヨシは、料理に手を付け始めた。家庭的な味は何年ぶりだろうか。彼は随分とちゃんとした食事を摂っていなかった。
「この度は弟が大変ご迷惑をお掛けしました。なんとお詫びしたら」
「お詫びも何も、俺ァ仕事しただけだぜぃ。依頼料払ってくれたらいい。それよりも、アンタ怪我は?」
「ナギヨシさんに比べたら全然ですよ」
ソラは頬に湿布を貼っている。左右を比べると少し腫れてるだろうか。彼女は気丈に振舞っているが、トラウマになっても仕方の無い仕打ちを受けた身である。それを隠し他者に親身に接する彼女に、ナギヨシは強かさを感じた。
「ただいまー……って起きてる!?」
「ケンちゃんおかえりなさい!」
帰宅したケンスケは、真っ先にナギヨシに駆け寄った。彼の目が覚めたことに安堵したケンスケは、肩の荷が降りたのか大きく息を吐いた。
「ナギヨシさん、ほんとに目が覚めて良かったです」
「おう。でも、お前のねーちゃんのせいで血糖値爆上がりしてまた寝そうだけどな」
「すいません。唐揚げしか作れない女で」
「そりゃ、人も来ねーわけだ」
「本人が目の前にいるんですよ?もっとオブラートに包めないんですか貴方たちは」
ソラの目の笑っていない笑顔に2人は思わず引き攣った。強かな女に全ての男は敵わない。
ケンスケは1つ咳払いをして、ナギヨシに向き直る。
「ナギヨシさん、お話があります」
「なんだよ、改まって。悪いが報酬はビタ一門負けねぇぞ。」
「――僕を岩戸屋で働かせて下さいッ!!」
「ゴホッゴホッ!?」
あまりにも突拍子の無い発言に、ナギヨシは唐揚げを喉に詰まらせてた。胸を叩き、苦しそうに喉を詰まらせるナギヨシに、ソラが慌てて水を渡した。
「プハッー!!ハァ……ハァ……。お前本気で言ってんのか?何でも屋だぞ?いざこざの解決から、便意の開ケツまでやんだぞ?現代っ子に出来んのか!?」
「はい。僕はナギヨシさんの生き方に惹かれたんです!!」
「……本音は?」
「結局遅刻してバイトクビになったんで今すぐ働き口が見つからないとねーちゃんに殺されるんです」
「だから本人の前で言ったらダメでしょケンちゃん?」
ナギヨシはケンスケの目を見る。その目には熱い何かが篭っていた。ようやく自分のやりたいことを見つけた、そんな何かが。
ソラが理由なのも勿論だが、ナギヨシの力になりたいという気持ちは本物であることは、ナギヨシにも充分伝わっていた。
「……報酬の内容変えるわ」
「え、今更ですか!?」
「だいぶサービスしてやったからな。割り増しくらい許してくれや」
「命を救って頂いた恩があります。背に腹はかえられせませんが一生かけてお支払いします」
「姉さん!?そんな簡単に受け入れちゃっていいんですか!?」
頭を深々下げるソラ。慌てふためくケンスケ。両名の様子を見ながら、ナギヨシは不敵な笑みを浮かべた。
「ケンスケを岩戸屋のバイトとしてコキ使う。それでトントンだ」
「えっ……ええええええ!?お、お金は?」
「テメェが今後稼いでくれるんだろ?金まで貰ったらバチが当たらァ。俺は等価交換を大事にしてんの。価値に見合う働きをしろよ?」
「ナ、ナギヨシさん……本当にありがとうございます!!」
「後、ソラはレパートリー増やせよ。俺は今後この店の常連になるつもりだから」
「勿論です。カレー風味の唐揚げも用意しときますね」
「唐揚げ以外の選択肢は君の中には無いんだね」
ケンスケは喜びにジャンプしガッツポーズで跳ね回った。ナギヨシとソラは、にこやかに笑みを浮かべその様子を見ている。
「これからよろしくお願いします!ナギさん!!」
「痛たたた……!あんま大声出すなよ。俺の傷に障るんだから。……ったく、これからしっかり頼むぜ」
「はい!!」
大きな返事は青く澄んだ空に響き消えていく。
この日々に起こる偶然の出会い、偶然の事件は思いも寄らぬ運命を手繰り寄せた。それは孤独を生きるナギヨシにとって破格な報酬なのかもしれない。
失った男ナギヨシ。彼に未来を感じた男ケンスケ。彼らの出会いは幸か不幸か。それは神と今後の依頼者のみぞ知ることだろう。