空気が凍てつき、氷の槍が降り注ぐ。かと思えば一気に蒸発し、骨まで焦がす炎の砲弾が襲いかかる。
炎と氷。相反する2つの魔術を使うテンセイに、ナギヨシは回避に専念する他なかった。
「攻守ともに堅実。まさにチート主人公ってか?……ったく、魔法もバカスカ打ちやがって。常にガンガン行き過ぎなんだよ。MPって概念はねーのか」
「無限の魔力で世界を制す。~魔王さえ凌ぐこの力に誰もは為す術なし~」
「そうかい。俺ァ、チート系は嫌いなんだよッ!」
ナギヨシはそれでも果敢に飛び込む。間合いに入れまいと彼に目掛けて放たれる魔法を既の所で躱す。1つ、2つ、3つ。テンセイが4発目の魔法を打とうと手を翳した。
しかし、ナギヨシはその手を蹴り上げる。魔法は手の向きに合わせ、明後日の方向に飛んでいった。
拳が届く間合いに迫ったナギヨシ。テンセイもそれを理解し盾を構える。
だが、その先にナギヨシの姿は無かった。
「くらって現実と向き合いなァ!!」
「……ッ!?」
後の先の更に先にナギヨシは存在た。
盾を構え視界が狭まった一瞬を見逃さず、ナギヨシはテンセイの死角を捉えたのだ。
ガラ空きになったテンセイの右脇腹に目掛け、鋭い打撃を浴びせる。
「なっ……!?」
「何って……ただ魔法による防御バフを事前にかけていただけだが?」
ナギヨシの全力の一撃は目に見えない硬く薄い膜に防がれる。
同様に固まるその隙を、テンセイが見逃す筈もなかった。既にテンセイの剣は、眩い光を放っていた。
「――ぎらまはほーりー」
振り下ろされた剣がナギヨシを斬り払う。眩い光と共にナギヨシは吹っ飛ばされた。
凄まじい衝撃を受け、壁に打ち付けられたナギヨシの体から大量の血液が吹き出す。
「痛ッてぇなぁコノヤロウ……!まじで何でもありかよ……」
相当に深い裂傷がナギヨシの意識を飛ばしかけていた。攻撃を受ける際、危険な部位を庇ったのが幸いしたのか臓器の損傷は少ない。故に全身の痛みに顔が歪む。
「ハッハッハァ!!流石、私のヒットマン!どうした女を救うんだろ?そのザマじゃ何も出来ねぇよなぁ!?」
外野のノゾムがここぞとばかりに煽り散らかす。
そんな彼の言葉を気にも止めず、ナギヨシは傷付いた身体を無理矢理起こし周囲を見渡す。環境を利用した戦い方をする彼は、現状の打破に思考をめぐらせていた。
「……こりゃ使えるな」
ナギヨシは破壊された壁から剥き出した鉄の棒を、おもむろに手に取る。
「だいたい……4尺ってとこか?少し重いが、悪くねぇ」
ナギヨシは棒を体に馴染ませるように、全身を使って回す。棒は回される度に空を裂く音を奏でながら、徐々にナギヨシの体の一部へと変わり始めた。それに伴いナギヨシも舞い始める。
速く、時には遅く緩急をつけた演武は、ナギヨシの我流の構えによって締めくくられた。
ピタリと止まった棒の先端は、テンセイ目掛け一直線に向けられていた。
「待たせたかい?魔法使いさんよ」
「……」
「タイトルで思いつかない返答は出来ないんかい。……まぁいい。俺はテメェの喋り方にも、クソ長いタイトルにも飽き飽きしてんだよ」
ナギヨシの顔は笑っていた。怒りでも苦痛の表情でもなく笑っていた。まるで強烈な痛みが当たり前の様に、日常の延長戦であるかの様に。
「――長ぇタイトルはなぁ……見る気が失せんだよぉ」
力のままに地面を蹴ると、ナギヨシは加速する。それはテンセイに詠唱の隙を与えず、まるで瞬間移動の様に彼の前に現れた。
「ギア上げてくぜぃ」
「……ッ!?」
「テメェにゃ、二度と喋らせねぇ。言ったろ?クソ長冒頭あらすじタイトルは好かねーって」
その棒捌きはテンセイに行動の権利を与えない。身構えること所か、口を開くことさえ許さない疾風迅雷の乱打は、的確に彼の身体に打ち込まれていく。ナギヨシは底上げされた防御力など気にも止めていない。むしろ、殴り甲斐があるとさえ感じていた。
「こいつで終いだァ!!」
下から上に薙ぎ払われた棒は、テンセイの顎をかち上げる。強烈な速度による攻撃の勢いを逃がすことが出来ず、ガクガクとテンセイの身体は痙攣する。そしてナギヨシの宣言通り、テンセイはガクンと膝から崩れ落ちた。
「な、何が……一体何が起こったんだ!?答えろぉ!」
一瞬の出来事に頭が追いついていないノゾムが、身を乗り出しナギヨシに言葉をぶつける。
「何って……ただ殴り倒しただけだが?」
ナギヨシは耳をほじり、欠伸をしながら回答した。その答えは当然ながらノゾムの顰蹙を買った。
「奴は魔法使いだぞ!?しかも防御力も上げている!攻撃は効かないはずだ!」
「攻撃は効かない。でもな、衝撃は効くんだよ。最初に殴った時に分かったんだ。ちゃーんと身体は仰け反る。だから顎を思いっきり殴れば脳みそが揺れて気絶する。この通りな」
魔法が使えることで、触れられず、痛みも感じない。それ故の慢心。力に過信し、魔術の弱点を調べなかったことが敗北に繋がったのだ。
「く、クソが!それ以上私の元に近づくなぁ!!女がどうなってもいいのかぁ!?」
「ンなもん余裕だわバカタレ。さっさとお前を……あり?」
啖呵を切って歩みを進めようとするナギヨシの身体が、地面に倒れ込む。自分の身体にいったい何が起こったのか。ナギヨシは咄嗟に理解することが出来なかった。
「血ィ流しすぎた……」
「はは……ははは……ハッハッハッ!!ビビらせやがって!結局ケンスケの野郎は来なかったなぁ?女も護れてねぇぞ?テメェはな、何も出来ずに死ぬんだよ!!」
これで妨げる者は居なくなった。そう確信したノゾムは、力なく倒れるナギヨシの元に降りてくる。その手には拳銃が握られていた。
「どーするぅ?このまま出血で死ぬか、私が引導を渡すか。もし後者なら私の手を煩わせることになるんだ。お願いしますの一言でも聞きたいなぁ?」
「ハッ!死ぬつもりなんざねぇよ。それになぁ、俺は何もねーちゃんを助けるなんて依頼は受けてねぇ。あくまでも協力だ、協力。元より人を護るなんて大層な約束は俺には出来ねぇよ」
「まだ強がるか。惨めなことだな」
ナギヨシは地面に伏したまま、視線をノゾムに向けて自嘲気味に笑った。
「だけどな、こんな俺を頼って依頼してくれンなら、その依頼内容は絶対に守る。守りきるまでは死なねぇ。ただ、それだけだ」
「だから守れてねぇって言ってんだろうが!!」
「フッ……そうでもねーぜ。――――なぁ、ケンスケ」
ノゾムはその言葉に何かを感じ、思わず視線を上げる。
目の前には、木刀を大きく振りかぶった男の姿があった。
「うおぉぉぉぉぉっ!!」
「な、なにぃぃぃぃぃ!!?」
木刀はノゾムの顔を歪ませながら振り抜かれる。
鈍い打撃音が響き、ノゾムの身体は地面に叩きつけられる。それだけでは勢いは殺せず、1度バウンドし大回転しながら宙に舞い上がった。その様は誰が見ても文句無しの満点だった。
「ぐあっぱちィィィィィ!!」
重力に従い大きな音を立て落下したノゾムは、白目を向き完全に意識を無くしていた。
「着地は0点だコノヤロー!」
ノゾムを吹っ飛ばし、ナギヨシを窮地から救った男。それは武市ケンスケだった。
恐怖に、己に打ち勝った彼の顔はどこか晴れやかだった。
「遅くなってごめんなさい。ちゃんと姉さん助けに来ましたよ……!!」
「おせーんだよ。チンコくん……」
「だからチンコじゃないですって。ていうか、平坂さん血みどろじゃないですか!?大丈夫なんですか?」
「あぁ、俺は大丈夫だ。だから、早くねーちゃん迎えに行ってやれ。上の階にいる」
「わ、分かりました……!直ぐに連れくるので平坂さんもちゃんと生きててくださいね!!」
ケンスケはそう言うと一目散に2階席へと向かった。ソラを見つけたのか、お互いの無事を確認する歓喜の声が聞こえてくる。
「……こんなに血みどろになってよぉ。これが素敵な日々っていうのかぁ?ミコちゃんよぉ。随分手厳しいじゃんかよぉ……」
ナギヨシは、皮肉まじりの言葉と柔らかい笑みを今は亡き婚約者に向けた。それが届いていないことは、本人でさえ分かっている。それでもナギヨシは伝えたい気分だったのだ。自己満足めいた心に吹くこの清涼感を。
そしてナギヨシは意識を手放した。
炎と氷。相反する2つの魔術を使うテンセイに、ナギヨシは回避に専念する他なかった。
「攻守ともに堅実。まさにチート主人公ってか?……ったく、魔法もバカスカ打ちやがって。常にガンガン行き過ぎなんだよ。MPって概念はねーのか」
「無限の魔力で世界を制す。~魔王さえ凌ぐこの力に誰もは為す術なし~」
「そうかい。俺ァ、チート系は嫌いなんだよッ!」
ナギヨシはそれでも果敢に飛び込む。間合いに入れまいと彼に目掛けて放たれる魔法を既の所で躱す。1つ、2つ、3つ。テンセイが4発目の魔法を打とうと手を翳した。
しかし、ナギヨシはその手を蹴り上げる。魔法は手の向きに合わせ、明後日の方向に飛んでいった。
拳が届く間合いに迫ったナギヨシ。テンセイもそれを理解し盾を構える。
だが、その先にナギヨシの姿は無かった。
「くらって現実と向き合いなァ!!」
「……ッ!?」
後の先の更に先にナギヨシは存在た。
盾を構え視界が狭まった一瞬を見逃さず、ナギヨシはテンセイの死角を捉えたのだ。
ガラ空きになったテンセイの右脇腹に目掛け、鋭い打撃を浴びせる。
「なっ……!?」
「何って……ただ魔法による防御バフを事前にかけていただけだが?」
ナギヨシの全力の一撃は目に見えない硬く薄い膜に防がれる。
同様に固まるその隙を、テンセイが見逃す筈もなかった。既にテンセイの剣は、眩い光を放っていた。
「――ぎらまはほーりー」
振り下ろされた剣がナギヨシを斬り払う。眩い光と共にナギヨシは吹っ飛ばされた。
凄まじい衝撃を受け、壁に打ち付けられたナギヨシの体から大量の血液が吹き出す。
「痛ッてぇなぁコノヤロウ……!まじで何でもありかよ……」
相当に深い裂傷がナギヨシの意識を飛ばしかけていた。攻撃を受ける際、危険な部位を庇ったのが幸いしたのか臓器の損傷は少ない。故に全身の痛みに顔が歪む。
「ハッハッハァ!!流石、私のヒットマン!どうした女を救うんだろ?そのザマじゃ何も出来ねぇよなぁ!?」
外野のノゾムがここぞとばかりに煽り散らかす。
そんな彼の言葉を気にも止めず、ナギヨシは傷付いた身体を無理矢理起こし周囲を見渡す。環境を利用した戦い方をする彼は、現状の打破に思考をめぐらせていた。
「……こりゃ使えるな」
ナギヨシは破壊された壁から剥き出した鉄の棒を、おもむろに手に取る。
「だいたい……4尺ってとこか?少し重いが、悪くねぇ」
ナギヨシは棒を体に馴染ませるように、全身を使って回す。棒は回される度に空を裂く音を奏でながら、徐々にナギヨシの体の一部へと変わり始めた。それに伴いナギヨシも舞い始める。
速く、時には遅く緩急をつけた演武は、ナギヨシの我流の構えによって締めくくられた。
ピタリと止まった棒の先端は、テンセイ目掛け一直線に向けられていた。
「待たせたかい?魔法使いさんよ」
「……」
「タイトルで思いつかない返答は出来ないんかい。……まぁいい。俺はテメェの喋り方にも、クソ長いタイトルにも飽き飽きしてんだよ」
ナギヨシの顔は笑っていた。怒りでも苦痛の表情でもなく笑っていた。まるで強烈な痛みが当たり前の様に、日常の延長戦であるかの様に。
「――長ぇタイトルはなぁ……見る気が失せんだよぉ」
力のままに地面を蹴ると、ナギヨシは加速する。それはテンセイに詠唱の隙を与えず、まるで瞬間移動の様に彼の前に現れた。
「ギア上げてくぜぃ」
「……ッ!?」
「テメェにゃ、二度と喋らせねぇ。言ったろ?クソ長冒頭あらすじタイトルは好かねーって」
その棒捌きはテンセイに行動の権利を与えない。身構えること所か、口を開くことさえ許さない疾風迅雷の乱打は、的確に彼の身体に打ち込まれていく。ナギヨシは底上げされた防御力など気にも止めていない。むしろ、殴り甲斐があるとさえ感じていた。
「こいつで終いだァ!!」
下から上に薙ぎ払われた棒は、テンセイの顎をかち上げる。強烈な速度による攻撃の勢いを逃がすことが出来ず、ガクガクとテンセイの身体は痙攣する。そしてナギヨシの宣言通り、テンセイはガクンと膝から崩れ落ちた。
「な、何が……一体何が起こったんだ!?答えろぉ!」
一瞬の出来事に頭が追いついていないノゾムが、身を乗り出しナギヨシに言葉をぶつける。
「何って……ただ殴り倒しただけだが?」
ナギヨシは耳をほじり、欠伸をしながら回答した。その答えは当然ながらノゾムの顰蹙を買った。
「奴は魔法使いだぞ!?しかも防御力も上げている!攻撃は効かないはずだ!」
「攻撃は効かない。でもな、衝撃は効くんだよ。最初に殴った時に分かったんだ。ちゃーんと身体は仰け反る。だから顎を思いっきり殴れば脳みそが揺れて気絶する。この通りな」
魔法が使えることで、触れられず、痛みも感じない。それ故の慢心。力に過信し、魔術の弱点を調べなかったことが敗北に繋がったのだ。
「く、クソが!それ以上私の元に近づくなぁ!!女がどうなってもいいのかぁ!?」
「ンなもん余裕だわバカタレ。さっさとお前を……あり?」
啖呵を切って歩みを進めようとするナギヨシの身体が、地面に倒れ込む。自分の身体にいったい何が起こったのか。ナギヨシは咄嗟に理解することが出来なかった。
「血ィ流しすぎた……」
「はは……ははは……ハッハッハッ!!ビビらせやがって!結局ケンスケの野郎は来なかったなぁ?女も護れてねぇぞ?テメェはな、何も出来ずに死ぬんだよ!!」
これで妨げる者は居なくなった。そう確信したノゾムは、力なく倒れるナギヨシの元に降りてくる。その手には拳銃が握られていた。
「どーするぅ?このまま出血で死ぬか、私が引導を渡すか。もし後者なら私の手を煩わせることになるんだ。お願いしますの一言でも聞きたいなぁ?」
「ハッ!死ぬつもりなんざねぇよ。それになぁ、俺は何もねーちゃんを助けるなんて依頼は受けてねぇ。あくまでも協力だ、協力。元より人を護るなんて大層な約束は俺には出来ねぇよ」
「まだ強がるか。惨めなことだな」
ナギヨシは地面に伏したまま、視線をノゾムに向けて自嘲気味に笑った。
「だけどな、こんな俺を頼って依頼してくれンなら、その依頼内容は絶対に守る。守りきるまでは死なねぇ。ただ、それだけだ」
「だから守れてねぇって言ってんだろうが!!」
「フッ……そうでもねーぜ。――――なぁ、ケンスケ」
ノゾムはその言葉に何かを感じ、思わず視線を上げる。
目の前には、木刀を大きく振りかぶった男の姿があった。
「うおぉぉぉぉぉっ!!」
「な、なにぃぃぃぃぃ!!?」
木刀はノゾムの顔を歪ませながら振り抜かれる。
鈍い打撃音が響き、ノゾムの身体は地面に叩きつけられる。それだけでは勢いは殺せず、1度バウンドし大回転しながら宙に舞い上がった。その様は誰が見ても文句無しの満点だった。
「ぐあっぱちィィィィィ!!」
重力に従い大きな音を立て落下したノゾムは、白目を向き完全に意識を無くしていた。
「着地は0点だコノヤロー!」
ノゾムを吹っ飛ばし、ナギヨシを窮地から救った男。それは武市ケンスケだった。
恐怖に、己に打ち勝った彼の顔はどこか晴れやかだった。
「遅くなってごめんなさい。ちゃんと姉さん助けに来ましたよ……!!」
「おせーんだよ。チンコくん……」
「だからチンコじゃないですって。ていうか、平坂さん血みどろじゃないですか!?大丈夫なんですか?」
「あぁ、俺は大丈夫だ。だから、早くねーちゃん迎えに行ってやれ。上の階にいる」
「わ、分かりました……!直ぐに連れくるので平坂さんもちゃんと生きててくださいね!!」
ケンスケはそう言うと一目散に2階席へと向かった。ソラを見つけたのか、お互いの無事を確認する歓喜の声が聞こえてくる。
「……こんなに血みどろになってよぉ。これが素敵な日々っていうのかぁ?ミコちゃんよぉ。随分手厳しいじゃんかよぉ……」
ナギヨシは、皮肉まじりの言葉と柔らかい笑みを今は亡き婚約者に向けた。それが届いていないことは、本人でさえ分かっている。それでもナギヨシは伝えたい気分だったのだ。自己満足めいた心に吹くこの清涼感を。
そしてナギヨシは意識を手放した。