「まさか、アンタがこんな別嬪さん連れてくるなんてね。意外だったわ」
「俺にだっていい人の1人や2人は居らァ」
「へー……私以外にも居るんだ」
「ちがっ!ミコちゃん、それは言葉の綾であってだね!?」
私に会わせたい人がいる。そう言ったナギくんが連れてきたのは、キャバクラだった。
流石のデリカシーの無さにひっぱたこうかと思ったが、私も無差別暴力主義者ではない。話を聞いてみると、ここが彼の職場であり、オーナーが親同然の方だと言うのだ。
夜のお店とは無縁の私は、最初こそ雰囲気に圧倒され緊張に固まってしまったが、オーナーの雛オウカさんは気さくな方で、そんな私を気にかけてくれていた。
「第一、こんなとこにミコトさんみたい子を連れてくんじゃないわよ」
「うるせーな。ババァ、言わなきゃ一生根掘り葉掘り聞いてくるだろうが!バレる前に会わせた方が後々楽なんだよ!」
「ナギくんお母さんにそんなこと言っちゃダメだよー?ナギくん、オウカさんのこと親同然って私に紹介したんですよ?」
「あれま、反抗期が終わらない子だね全く。ミコトさん、こいつはね。最初に会った時眉間にシワがすっごい寄ってたのよ」
オウカさんはお酒を作りながら、過去を懐かしむ。その顔は、困った様な呆れた様な、でも愛がある母親の表情をしている。
「まだ14歳くらいだったかしら。この世のモン全部敵だーみたいな怖い顔してアタシの財布奪ってどっか行っちまったのさ」
「えっ!?」
私は思わずナギくんの方を見る。ナギくんはバツが悪そうに顔を逸らした。あ、これ、ほんとにやったことだ。
「その頃天逆町の治安もあんまり良くなくてね、強盗、ひったくり、殺しなんて日常茶飯事だったよ。だからアタシは財布だけで済んで良かった。そんなことを考えていたさ。でもねぇ、その日は運の悪いことに此処に強盗が入ってきたのさ」
「そんなことがあったんですか……」
「何処で手に入れたのか知らないけど、銃なんて取り出してね。アタシらに向けてぶっぱなそうとしてきたのさ。そしたら急に昼間のガキンチョが鉄パイプ片手に大立ち回りしたのよ」
「その子供っていうのが……」
「そこのバカさね」
ナギくんは過去の話を恥ずかしがってそっぽを向いている。ナギくんの過去を全く知らない私には新鮮な話だ。
表の人じゃないことは知ってたけど、小さい頃から苦労している彼は、ある意味私とは住んでいる世界が違うことに改めて気付かされる。
ナギくんは刺激も何も無い私を選んで本当に良かったのだろうか。いっそのことスパイとか彼女にしていた方がまだ納得できる。
「そしたらね、ナギヨシが言ったんだよ。『ばーさん、依頼料くらいは働いたろ?だから警察には言うな』ってさ。アタシゃ笑っちまったよ。自分で盗んでおいて依頼料ってなんてガキだってね。だから言ったのさ。『全然足らないよ。飯と寝床はツケとくから、ウチで稼ぎな』ってね。それ以来の付き合いよ」
「そんなことがあったんだ……ナギくん、全然教えてくれないから」
「男ってそんなモンよ。ミコトさん、この馬鹿はきっとこれからも迷惑たくさんかけると思うけど、どうかよろしく頼みます」
「そんな、顔を上げてくださいよっ!!こちらこそ、ナギくんを今まで育ててくれてありがとうございます」
私とオウカさんは共に頭を深々と下げあった。彼女の深い愛を感じる。
愛が不変なものでは無いことは承知している。それでも私は私なりにナギくんを愛していこう。
オウカさんの姿勢を見て、私は素直にそう思えた。
「あーもう、小っ恥ずかしいんだよ!ミコちゃん、もうどーにでもなれだ!踊ろう!!」
「は、え、ちょっ!?私そんな経験ないんだけどっ!」
「アッハッハッ!!いいじゃないか!恋人同士仲の良い所を見せておくれ!ほら、曲変えなぁ!」
「ちょっ!?オウカさんも悪ノリしないでください!!」
動揺する私など意に介さず、ナギくんは私の手を取り、お立ち台の方へ駆けだした。
「ちょっと恥ずかしいって!」
「俺にも恥ずかしい思いをさせたんだ。これくらい悪くないだろう?」
ナギくんは意地悪な笑みを向け、型無しのダンスで私をリードする。店内に流れる曲はアップテンポな物に代わり、酒に寄ったお客さんが手拍子を始めた。
「ほんっと君はっ!こんなことばかり巻き込むんだから!!」
「そういう割には顔が笑ってるぜマイハニー」
正直、ロマンチストに片足を突っ込んでいる私はこういう展開がやぶさかでは無い。
少し入ったお酒の性もあり、思考が喜と楽に飲まれていく。もうどうにでもなれだ。
私はぎこちないながらも、ナギくんのリードを受け入れる。
右へ、左へ、軽やかに回り、ステップを踏む。靴が地面を跳ねる度、リズムに乗った小気味良い音がビートを刻む。
ベタな洋画のワンシーンを、こんなベタなシチュエーションで自分が体験することになるとは正直思ってもみなかった。
私は呆れながらナギくんに話しかける。
「サプライズが好きなダーリンだなぁ」
「今日くらいはバカになっても誰も責めんさ。ほら、ステップ踏んで、そこでくるっとターンッ!」
ナギくんの手を離さず、くるりと一回転する。脳に反して冷静な視界が人々を捉える。皆、楽しそうに笑っていた。
オウカさんは満足気に煙草をふかしている。彼女にも幸せなナギくんを見せられているだろうか。
音楽と酒、そして観客の熱狂に身体が火照る。
私は熱に浮かされただ踊る。
目の前の恋人の幸せな表情が、足取りを導いてくれるのだから。
「ミコちゃん、愛してる」
「ナギくんは素直すぎるくらいだね」
「愛が重い自負はある」
「私は素直に伝えるの苦手だから、ナギくんがそれくらい情熱的な方がいいのかもね」
「なら離れない様にもっと伝えなきゃだな」
そう言うとナギくんは『ミコちゃん愛してるぅぅぅぅ』と大きな声で宣言した。
その瞬間、店内を黄色い歓声がドッと包み込んだ。
流石に恥ずかしいから勘弁して頂きたい。テーマパークでサプライズ婚約するバカップルみたいじゃないか。
自分の顔がより紅くなるのを自覚する。
でも、まぁ、今日くらいは許してあげよう。
そう思えるくらい、私はこの人を愛しているんだろう。その瞬間、恥ずかしながら、私もバカップルの仲間入りを果たしたのだ。
「俺にだっていい人の1人や2人は居らァ」
「へー……私以外にも居るんだ」
「ちがっ!ミコちゃん、それは言葉の綾であってだね!?」
私に会わせたい人がいる。そう言ったナギくんが連れてきたのは、キャバクラだった。
流石のデリカシーの無さにひっぱたこうかと思ったが、私も無差別暴力主義者ではない。話を聞いてみると、ここが彼の職場であり、オーナーが親同然の方だと言うのだ。
夜のお店とは無縁の私は、最初こそ雰囲気に圧倒され緊張に固まってしまったが、オーナーの雛オウカさんは気さくな方で、そんな私を気にかけてくれていた。
「第一、こんなとこにミコトさんみたい子を連れてくんじゃないわよ」
「うるせーな。ババァ、言わなきゃ一生根掘り葉掘り聞いてくるだろうが!バレる前に会わせた方が後々楽なんだよ!」
「ナギくんお母さんにそんなこと言っちゃダメだよー?ナギくん、オウカさんのこと親同然って私に紹介したんですよ?」
「あれま、反抗期が終わらない子だね全く。ミコトさん、こいつはね。最初に会った時眉間にシワがすっごい寄ってたのよ」
オウカさんはお酒を作りながら、過去を懐かしむ。その顔は、困った様な呆れた様な、でも愛がある母親の表情をしている。
「まだ14歳くらいだったかしら。この世のモン全部敵だーみたいな怖い顔してアタシの財布奪ってどっか行っちまったのさ」
「えっ!?」
私は思わずナギくんの方を見る。ナギくんはバツが悪そうに顔を逸らした。あ、これ、ほんとにやったことだ。
「その頃天逆町の治安もあんまり良くなくてね、強盗、ひったくり、殺しなんて日常茶飯事だったよ。だからアタシは財布だけで済んで良かった。そんなことを考えていたさ。でもねぇ、その日は運の悪いことに此処に強盗が入ってきたのさ」
「そんなことがあったんですか……」
「何処で手に入れたのか知らないけど、銃なんて取り出してね。アタシらに向けてぶっぱなそうとしてきたのさ。そしたら急に昼間のガキンチョが鉄パイプ片手に大立ち回りしたのよ」
「その子供っていうのが……」
「そこのバカさね」
ナギくんは過去の話を恥ずかしがってそっぽを向いている。ナギくんの過去を全く知らない私には新鮮な話だ。
表の人じゃないことは知ってたけど、小さい頃から苦労している彼は、ある意味私とは住んでいる世界が違うことに改めて気付かされる。
ナギくんは刺激も何も無い私を選んで本当に良かったのだろうか。いっそのことスパイとか彼女にしていた方がまだ納得できる。
「そしたらね、ナギヨシが言ったんだよ。『ばーさん、依頼料くらいは働いたろ?だから警察には言うな』ってさ。アタシゃ笑っちまったよ。自分で盗んでおいて依頼料ってなんてガキだってね。だから言ったのさ。『全然足らないよ。飯と寝床はツケとくから、ウチで稼ぎな』ってね。それ以来の付き合いよ」
「そんなことがあったんだ……ナギくん、全然教えてくれないから」
「男ってそんなモンよ。ミコトさん、この馬鹿はきっとこれからも迷惑たくさんかけると思うけど、どうかよろしく頼みます」
「そんな、顔を上げてくださいよっ!!こちらこそ、ナギくんを今まで育ててくれてありがとうございます」
私とオウカさんは共に頭を深々と下げあった。彼女の深い愛を感じる。
愛が不変なものでは無いことは承知している。それでも私は私なりにナギくんを愛していこう。
オウカさんの姿勢を見て、私は素直にそう思えた。
「あーもう、小っ恥ずかしいんだよ!ミコちゃん、もうどーにでもなれだ!踊ろう!!」
「は、え、ちょっ!?私そんな経験ないんだけどっ!」
「アッハッハッ!!いいじゃないか!恋人同士仲の良い所を見せておくれ!ほら、曲変えなぁ!」
「ちょっ!?オウカさんも悪ノリしないでください!!」
動揺する私など意に介さず、ナギくんは私の手を取り、お立ち台の方へ駆けだした。
「ちょっと恥ずかしいって!」
「俺にも恥ずかしい思いをさせたんだ。これくらい悪くないだろう?」
ナギくんは意地悪な笑みを向け、型無しのダンスで私をリードする。店内に流れる曲はアップテンポな物に代わり、酒に寄ったお客さんが手拍子を始めた。
「ほんっと君はっ!こんなことばかり巻き込むんだから!!」
「そういう割には顔が笑ってるぜマイハニー」
正直、ロマンチストに片足を突っ込んでいる私はこういう展開がやぶさかでは無い。
少し入ったお酒の性もあり、思考が喜と楽に飲まれていく。もうどうにでもなれだ。
私はぎこちないながらも、ナギくんのリードを受け入れる。
右へ、左へ、軽やかに回り、ステップを踏む。靴が地面を跳ねる度、リズムに乗った小気味良い音がビートを刻む。
ベタな洋画のワンシーンを、こんなベタなシチュエーションで自分が体験することになるとは正直思ってもみなかった。
私は呆れながらナギくんに話しかける。
「サプライズが好きなダーリンだなぁ」
「今日くらいはバカになっても誰も責めんさ。ほら、ステップ踏んで、そこでくるっとターンッ!」
ナギくんの手を離さず、くるりと一回転する。脳に反して冷静な視界が人々を捉える。皆、楽しそうに笑っていた。
オウカさんは満足気に煙草をふかしている。彼女にも幸せなナギくんを見せられているだろうか。
音楽と酒、そして観客の熱狂に身体が火照る。
私は熱に浮かされただ踊る。
目の前の恋人の幸せな表情が、足取りを導いてくれるのだから。
「ミコちゃん、愛してる」
「ナギくんは素直すぎるくらいだね」
「愛が重い自負はある」
「私は素直に伝えるの苦手だから、ナギくんがそれくらい情熱的な方がいいのかもね」
「なら離れない様にもっと伝えなきゃだな」
そう言うとナギくんは『ミコちゃん愛してるぅぅぅぅ』と大きな声で宣言した。
その瞬間、店内を黄色い歓声がドッと包み込んだ。
流石に恥ずかしいから勘弁して頂きたい。テーマパークでサプライズ婚約するバカップルみたいじゃないか。
自分の顔がより紅くなるのを自覚する。
でも、まぁ、今日くらいは許してあげよう。
そう思えるくらい、私はこの人を愛しているんだろう。その瞬間、恥ずかしながら、私もバカップルの仲間入りを果たしたのだ。