心臓の鼓動が最高速を叩き出すのはいつだろうか?
美しいものを見て感動した時だろうか。それとも、緊張に身を縛られた時だろうか。
俺は、愛する人の死を体験する時だと思う。
「ミコちゃん、だめだって。ミコちゃんが死んだら俺はどうするのさ。どうすりゃいいのさ」
俺はベットに呼吸装置をつけて横たわる最愛の人に嘆く。
「……ナギくんは本当に馬鹿だなぁ。普通に生きればいいんだよ。今まで通りに。ご飯食べて、よく寝て、音楽聴いて、映画見て。なんら変わらないんだよ」
最愛の人、勇魚ミコトは、あまりにも酷なことを俺に言う。
「変わっちゃうんだよ!ミコちゃんがいなきゃ、俺は何も楽しめない。ミコちゃんがいるから、俺は……俺は呼吸が出来たんだよ!!だからさぁ……だから、俺を置いてかないでくれよぅ」
俺は子供みたいに声を荒らげ涙を零す。握りしめた彼女の腕には黒く焦げた跡が斑模様に浮かんでいた。
「ほんと赤ちゃんみたいだなぁキミは。出会った時は、『この世の全部が面白くない』みたいな顔してたのに。今は元気すぎるくらいだ……ゲホッ!ゲホッ!!」
ミコちゃんの顔に忌々しい斑模様がじわりじわりと広がっていく。俺は、彼女の生が残りわずかだということを認めたくなかった。
「ミコちゃん、だめだ。逝かないでくれ、頼む!!」
「ふふっ、普段なら昔のこと言うなーって怒るのに。今は泣いてさぁ。ナギくんは寂しん坊の甘えん坊さんだねぇ」
「ミコちゃん、今そんな冗談じゃ笑えねぇよ……」
俺はより強く彼女の手を握りしめた。あまりにも細くなってしまった指先を離さないために、俺は指を強く深く絡めた。
同時に生命維持装置の警告音が鳴り響く。それに呼応する様にミコちゃんが激しく咳き込んだ。
「ミコちゃんッ!?」
「……ナギくん、聞いて。最期のお願いになるかもだから。ちゃんと、聞いて」
ミコトの顔が黒く染まる。その中にある2つの光が俺を見つめた。それはとても力強く宝石の様な輝きを放った。
「私の後を追って自殺とかしちゃダメだよ?これからもキミは生きていくんだから。どうか素敵な日々を」
ミコちゃんの笑顔と対照的に俺は顔を歪めた。
「無理だよ、ミコト……俺は、ミコトがいない日々を過ごせる自信が無いよ」
「それでも、それでも生きなきゃダメだよ?ナギくん……」
――――愛してる。
彼女の最期の一言と、生死を決定づける不快な心電図の音が俺の脳にこびり付いた。
……ピピピピピピッ!
眩しい日差しと電子音。付け合せには呼吸をするのも苦しいほどの、激しい動悸。モーニングセットにしては重すぎるメニューで俺は叩き起こされた。
「ほんと最高だけど、最低な夢だな」
俺の寝起き第一声は、ここ1年変わらずいつも通りだ。記憶というのは凄いもので、俺は感じるはずのないミコトの甘い香りを、艶やかな声を覚えている。
未だ耳障りな音を奏でるスマホに目を向けた。液晶に表示された見知らぬ電話番号に俺は頭を巡らせる。
「新しい依頼か、はたまた支払い忘れか……いや、でも家賃は払ってたよな」
俺は寝癖まみれの頭を掻きながら、不快な寝汗をタオルで拭う。
「ミコちゃん、あんな夢みせるくらいなら死ぬなよぅ。俺はあの日を思い出す度に、死にたくてたまらなくなるんだぜ?でも、その夢のおかげでなんとか生きてるのも確かか……」
俺は半ばこじつけの様な文句をボヤいた。未だ、着信音は鳴り止まない。
「分かった!分かったって……出るよ、出ればいいんでだろ!……ったく営業時間外だっての。何が素敵な日々だ。こちとら、死人との約束守るのに精一杯なんだよ」
俺はコールマークに触れ、お決まりの言葉を告げた。
「ゆりかごから墓場まで。この世にあるものなんでもござれの『岩戸屋』店主、平坂ナギヨシです。冷やかしですか?それとも……ご依頼でしょうか?」
美しいものを見て感動した時だろうか。それとも、緊張に身を縛られた時だろうか。
俺は、愛する人の死を体験する時だと思う。
「ミコちゃん、だめだって。ミコちゃんが死んだら俺はどうするのさ。どうすりゃいいのさ」
俺はベットに呼吸装置をつけて横たわる最愛の人に嘆く。
「……ナギくんは本当に馬鹿だなぁ。普通に生きればいいんだよ。今まで通りに。ご飯食べて、よく寝て、音楽聴いて、映画見て。なんら変わらないんだよ」
最愛の人、勇魚ミコトは、あまりにも酷なことを俺に言う。
「変わっちゃうんだよ!ミコちゃんがいなきゃ、俺は何も楽しめない。ミコちゃんがいるから、俺は……俺は呼吸が出来たんだよ!!だからさぁ……だから、俺を置いてかないでくれよぅ」
俺は子供みたいに声を荒らげ涙を零す。握りしめた彼女の腕には黒く焦げた跡が斑模様に浮かんでいた。
「ほんと赤ちゃんみたいだなぁキミは。出会った時は、『この世の全部が面白くない』みたいな顔してたのに。今は元気すぎるくらいだ……ゲホッ!ゲホッ!!」
ミコちゃんの顔に忌々しい斑模様がじわりじわりと広がっていく。俺は、彼女の生が残りわずかだということを認めたくなかった。
「ミコちゃん、だめだ。逝かないでくれ、頼む!!」
「ふふっ、普段なら昔のこと言うなーって怒るのに。今は泣いてさぁ。ナギくんは寂しん坊の甘えん坊さんだねぇ」
「ミコちゃん、今そんな冗談じゃ笑えねぇよ……」
俺はより強く彼女の手を握りしめた。あまりにも細くなってしまった指先を離さないために、俺は指を強く深く絡めた。
同時に生命維持装置の警告音が鳴り響く。それに呼応する様にミコちゃんが激しく咳き込んだ。
「ミコちゃんッ!?」
「……ナギくん、聞いて。最期のお願いになるかもだから。ちゃんと、聞いて」
ミコトの顔が黒く染まる。その中にある2つの光が俺を見つめた。それはとても力強く宝石の様な輝きを放った。
「私の後を追って自殺とかしちゃダメだよ?これからもキミは生きていくんだから。どうか素敵な日々を」
ミコちゃんの笑顔と対照的に俺は顔を歪めた。
「無理だよ、ミコト……俺は、ミコトがいない日々を過ごせる自信が無いよ」
「それでも、それでも生きなきゃダメだよ?ナギくん……」
――――愛してる。
彼女の最期の一言と、生死を決定づける不快な心電図の音が俺の脳にこびり付いた。
……ピピピピピピッ!
眩しい日差しと電子音。付け合せには呼吸をするのも苦しいほどの、激しい動悸。モーニングセットにしては重すぎるメニューで俺は叩き起こされた。
「ほんと最高だけど、最低な夢だな」
俺の寝起き第一声は、ここ1年変わらずいつも通りだ。記憶というのは凄いもので、俺は感じるはずのないミコトの甘い香りを、艶やかな声を覚えている。
未だ耳障りな音を奏でるスマホに目を向けた。液晶に表示された見知らぬ電話番号に俺は頭を巡らせる。
「新しい依頼か、はたまた支払い忘れか……いや、でも家賃は払ってたよな」
俺は寝癖まみれの頭を掻きながら、不快な寝汗をタオルで拭う。
「ミコちゃん、あんな夢みせるくらいなら死ぬなよぅ。俺はあの日を思い出す度に、死にたくてたまらなくなるんだぜ?でも、その夢のおかげでなんとか生きてるのも確かか……」
俺は半ばこじつけの様な文句をボヤいた。未だ、着信音は鳴り止まない。
「分かった!分かったって……出るよ、出ればいいんでだろ!……ったく営業時間外だっての。何が素敵な日々だ。こちとら、死人との約束守るのに精一杯なんだよ」
俺はコールマークに触れ、お決まりの言葉を告げた。
「ゆりかごから墓場まで。この世にあるものなんでもござれの『岩戸屋』店主、平坂ナギヨシです。冷やかしですか?それとも……ご依頼でしょうか?」