竜巻は波都の外へと紫陽花たちを運んだ。森の木々に馬がつながれている。
「ここからは馬で行く。紫陽花殿は馬に乗ったことはあるか?」
「いえ、初めてです。乗れるでしょうか」
「安心しろ、俺は馬の扱いも国一だ。この馬は戒砂でも随一の早馬だ。空を飛ぶように駆けるように走るからな、すぐに国につく」
時春は紫陽花を馬に乗せると、自分も紫陽花の後ろに乗る。
「私が乗っていて重くありませんか?」
「紫陽花殿は軽すぎるくらいだ。もう少ししっかり食べた方がいい」
「きちんと食べております」
「戒砂は食事も旨い。紫陽花殿にも堪能してもらいたい」
波都の食事も美味しかった。泉の底では魚や水の中に生息する植物が主食である。用意される食事はどれも新鮮で美味しかった。地上にいたときは質素な食事をしていた。波都に来たばかりのときは贅沢な食事に驚いたものだ、
「戒砂の国というのは、どういうところなのですか? 波都では人の世とつながる岩場から湧き出るように穢れが流れ込んでおりました。戒砂のどこから穢れが流れ込んできているのか知りたいと思います」
「なるほど、生真面目なことだ。ますます紫陽花殿の価値が分かる」
「私は求められる仕事をするだけです。それから時春様、私のことは紫陽花とお呼びください。私はもう透璃様の妻ではございませんから」
「それは喜ばしいな、では紫陽花」
「はい」
「戒砂の国は波都とは異なり砂漠の中にある」
「サバク、ですか? すみません、私は聞いたことも見たこともありません」
紫陽花は波都の国から一歩も出たことがない。
「そうか、それは連れ帰るのが楽しみだ。今はあまり話さないでおこう、おまえを驚かせたいからな」
時春は馬を自在に操り、波都の国がどんどん離れていく。住み慣れた都の景色が遠のいていくと、紫陽花は急に不安になった。
私は本当に、波都にも透璃様にも必要がなくなってしまったのだ。
脳裏に浮かぶのは透璃と過ごした穏やかな日々だった。いつも隣には透璃が隣にいた。
国のことはふたりで常々話し合ってきた。
だが今となっては、透璃の横にいるのは自分ではない。もう、かけがえのなかったあの場所は紫陽花のものではなくなってしまった。
自然と目頭が熱くなる。大きな瞳からこぼれ落ちたしずくを、時春の大きな手が掬い取った。
「紫陽花、今のうちに泣いておけ」
「え……」
「戒砂にいけば、今おまえが感じている喪失感など、消えてなくなってしまうからな」
「そう、でしょうか」
「あたりまえだ、おまえの傍には、俺がいるのだから」
「時春様が……」
「紫陽花、俺は冗談でおまえを妻にしたいといったわけではない。おまえの心が俺に向いた時に、俺はもう一度おまえに求婚する。覚えていてくれ」
顔は見えなくとも、背中越しの時春の鼓動の音を感じた。
もしかしたら、時春様は本当に私のことを好いてくれているのかもしれない。そういえば、透璃様はどうだったのだろう。突然落ちてきた私を、仕方なく妻として迎えたのかもしれない。現に透璃からはただの一度も愛の告白を受けたことがない。
もう忘れよう。私は波都には必要のない人間だから。前を向くのだ、前だけを。それが、私を連れ出してくださった時春様への恩返しになる。
緑に染まっていた景色には次第に砂埃が混じるようになり、木々の姿が消えると景色は一変した。
「すごい、砂の大地……」
「これが砂漠だ。どうだ、美しいだろう?」
「はい、とても」
水の豊かな波都の国とは全く違う。砂に覆いつくされた大地は無機的でありながら自然の力強さを感じた。砂の上を進むと、遠くに揺れる緑が見える。
「見ろ、あれが戒砂だ」
「砂の上に木々が生えているのですか?」
「地下から水が湧き出しているのだ。戒砂の国は砂漠の中にありながら緑豊かで美しい国だ」
「すごいです……!」
目に映るすべてが新しい。時春がいうように、波都を出たときのような喪失感が消えていくような気がした。
「お帰りなさいませ時春様、お客様をお連れですか? おや、ずいぶんと別嬪ですね」
「お帰りなさい時春様」
通りを進むと人々が話しかけてくる。時春は国のひとから愛されているようであった。自ずと隣を歩く紫陽花にも興味を持たれる。
「高名な祈祷師を迎えてきたのだ」
紫陽花の肩を抱くと時春は人々にそう告げた。
「それはありがたい! 祈祷師様、どうかこの国をよろしくお願いいたします」
行く先々であたたかな声をかけられるのでなかなか屋敷へとたどり着かない。立派な門が見えてくるまでにかなり時間がかかった。屋敷の門をくぐるとこちらに向かって足早に駆けてくる足音がした。紫陽花と同じ年頃の若い男が顔を出す。
「時春様! ようやくお帰りですか。突然供も連れずに波都に向かわれたかと思ったら……って、もしかして本当に連れて帰ってきちゃったんですか!」
若い男は紫陽花を見て目を丸くし、それから頭を押さえた。
「何をやっているんですか。もう少し節操のある行動をしてください。下手をすれば戦になりかねませんよ」
「阿呆の透璃が奥方を離縁したのだ。だから俺が貰ってきた。なにも問題はない」
「なにを言っているんですか、大問題……って、え? 透璃様、紫陽花様を離縁なさったのですか? なぜ? どうして!」
「新しい花嫁が身ごもったそうだ」
「それで? それだけで? 紫陽花様を? とんでもない阿呆じゃないですか!」
「だから言っているだろう。透璃はとんでもない阿呆だが、おかげで俺は幸運を手にした。紫陽花殿を我が戒砂の祈祷師として迎え入れることにしたのだ」
「え、奥方ではなくて?」
「……すぐ妻にするわけにはいかない」
時春がバツの悪そうな顔をすると、若い男はニヤリと笑った。
「さては断られましたね」
「断られてはいない、まだ」
「求婚なさっていないのですか?」
「それは……したことにはしたが真面目に取り合ってもらえなかった」
「それはそうでしょうよ、時春様が透璃様の奥方に横恋慕していたのを知るのはこの国でも私くらいのものですから、ご本人は知る由もありません。突然の求婚を受け入れらるはずがありませんよ。離縁されてすぐとなれば気持ちの方も落ち着いてはいらっしゃらないでしょうし。それにしても祈祷師とは、上手くやりましたね。穢れに感謝しないといけませんね」
時春と若い男はこそこそと何やら話をしているが、紫陽花の耳には届かない。
「紫陽花、この男は月臣という。俺の片腕のような働きをしてくれている」
「ようこそ紫陽花様、歓迎いたります。私は月臣、時春様のお目付け役をかっております」
「よ、よろしくお願いします」
「紫陽花様、長旅でお疲れでしょう? すぐに部屋を整えさせますから、客間でお待ちいただいてもよろしいですか」
「俺の部屋でいいだろう」
「そういうわけにはいきませんよ、公私混同なさらないでください。紫陽花様は我が国の大事な祈祷師様ですから、屋敷のものに時春様の恋人だと勘違いされては困ります」
「本当に恋人になってくれたいいのだがな」
「時春様、紫陽花様も反応にお困りでしょう。申し訳ありません紫陽花様、どうぞこちらへいらしてください。時春様、客間を訪れる際はきちんとやるべきことを終えてからいらしてくださいよ。あなたが急に波都に行かれたものですから、机の上に書類が崩れそうなほど重なっております」
「わかったわかった、うるさいやつだな」
「うるさくもなります。では参りましょう紫陽花様」
「はい」
月臣に連れられ、客間に通された紫陽花は月臣に手紙を書くための筆と紙をお願いした。
「手紙……ですか?」
「はい、正妻になられた志保子さんに浄化の方法を教えたいのです。国にいる間にはうまく教えることが出来ませんでしたから」
紫陽花が答えると、月臣は驚いたように目を丸くした。
「透璃様はそんな状態で紫陽花様を離縁なさったというのですか?」
「志保子さんが私と一緒にいることに気まずい思いをされているようで……私も志保子さんにが祈祷を使えるようにと厳しく指導しすぎたかもしれません」
「そんなのあたりまえではありませんか! 浄化の祈祷はとても難しいのです。少々教えられたからといって簡単にできるものではございません。そもそも隠り世のものでは穢れは扱えない。私は正直波都が羨ましかったのですよ、紫陽花様のようなきちんとした浄化ができるかたがいらっしゃったので。その点で今回の時春様の横暴は評価できます」
「横暴ではありませんよ、時春様は透璃様から必要とされなくなった私の受け皿となってくださったのです」
「はあ、ご本人に自覚がないのも困ったものです。紫陽花様、あなたはもっとご自分のことを評価なさったほうがいいです。では、紙と筆をお持ちしますね。急いで送った方が波都のためにもなるでしょうし、恩を売るためにも一番早い馬に運ばせましょう」
「ありがとうございます月臣さん」
「月臣とお呼びください」
月臣から紙と筆を受け取ると、紫陽花は丁寧に祈祷の方法をしたためた。初めて見るものでもわかりやすいように難解な言葉をかみ砕く。書きあがった手紙を見た月臣は感嘆の声を上げた。
「同じものをもう一部用意していただけないでしょうか」
「それはかまいませんよ」
「助かります。紫陽花様のご負担を軽くするためにも知識を共有しておきたいと思います。素質も必要になると思うので、紫陽花様同等の浄化はできないでしょうけれど」
「それはありがたいことです。では、さっそくもう一部同じものを用意いたしますね」
同じものを書き終えると、一部を封に閉じ、波都へと送ってもらうことにした。
「月臣、この国の穢れはどこから入り込んできていますか? 少しでも早く浄化に取り掛かりたいと思います」
「紫陽花様、今日来られたばかりではありませんか。戒砂の穢れはあまりひどくありませんから、少しゆっくりされてください」
「でも、落ち着かないのです。私は時春様に祈祷師として雇われましたから」
「生真面目なお方だ。では少しだけお話いたしましょうか。汚染は国の北側にそびえる山麓から吹き降ろす風に乗って流れてきております。戒砂は元凶である山麓からかなり距離がありますので、穢れを散らすことが出来ていますが、浄化が出来ないので濃度はどんどん濃くなっていると思います。穢れの影響はご覧の通り、周りが砂の大地になっているのが証拠です」
「なるほど、あの、地図のようなものはありますか? 私には土地勘がなくて……」
「すぐにご用意しましょう」
部屋を出て行く月臣と入れ替わりに時春が尋ねてきた。
「時春様、お仕事は」
「終えてきた」
「あの量をですか! まあ、あなたならやりかねない。いつもそうやって本気を出してくれたよろしいのに」
時春は紫陽花の向かいに腰かけると紫陽花を見て微笑む。
「夢のような光景だ」
「夢、でございますか」
「いつかおまえとふたりで話をしたいと思っていた」
「それは、すぐに叶うことではありませんか」
「容易いことではなかった。透璃はおまえを俺には会わせたがらなかったからな」
「そうなのですか、なぜ……」
「さあな」
とぼける時春には答えが分かっているようであった。思わぜぶりな時春の態度を紫陽花は気にも留めない。
「あの侍女に迎えを送った。おまえの荷もすぐにつくだろう。他に必要なものがあればなんでも言え」
「あ、ありがとうございます。荷が届けばそれだけで。那魚が来てくれるなら言うことは何もありません」
「そうか、無欲なものだ。おまえに相応の対価を支払いたいのだが、なにが良い?」
「浄化のでしょうか? それでしたら何もいりません。ただ、この国に置いていただけるなら」
「そういうわけにはいかないだろう」
「波都ではそうでしたから。あたりまえのことかと」
「それは、おまえが透璃の妻であったからで、この国では当然のことではない。対価を払う。受け取るのが嫌なら俺の妻になれ」
「それは……」
紫陽花が答えに困っていると、ガタリと音を立てて障子戸が開いた。入ってきたのは不機嫌そうな顔をした月臣だ。
「時春様、その脅しはどうかと思います」
「おまえにどう思われてもかまわん」
「紫陽花様が困っておいでです。そのように婚姻を迫れるなど、高貴な黒龍にあるまじき姿。幻滅いたします」
「おまえに幻滅されてもかまわない」
「紫陽花様が幻滅なさいます」
月臣がそう答えると時春はうろたえたように紫陽花を見た。
「それは悪いことをした。おまえの気持ちを蔑ろにしたいわけではない」
「はい、承知しております。婚姻の方はまだ心の準備が出来ておりません。離縁して間もないことですし、しばらくは無心になりたいのです」
そもそも、時春が本当に自分を妻にしたいと思っているとは思っていない。冗談の類だろう。真面目に受け取るものではない。
「そうか、わかった。俺は紫陽花の気持ちを尊重する」
「くれぐれも早まらないでくださいね」
「わかっている」
月臣に釘を刺され、時春は苦い顔をした。
日中は暑さを感じたのに、陽が落ちると急に寒さを感じるようになる。波都に比べて、戒砂は寒暖差の激しい国だった。紫陽花は時春が用意してくれた羽織で暖をとる。薄い生地には時春の力が込められているようで、触れるとほのかな温かさを感じた。
障子越しに淡い月の光が見える。今日一日で自分の在り方がずいぶんと変化してしまった。
もしも時春様がいらしてくれなかったら、私は北の離れでなにをしていたのだろう。
誰からも必要とされず、ただ生きるだけの日々はつらいものだったかもしれない。そう思うと、今戒砂にいられることを感謝せずにはいられない。少々強引ではあったが、時春は確かに紫陽花の恩人だった。
月の明かりを頼りに地図を眺める。
「穢れのもとはどこかしら」
浄化を進めるため、紫陽花は地図にをたどった。
紫陽花を離縁した透璃は頭を抱えていた。志保子が穢れを浄化できないのである。波都の町へは少しずつではあるが、穢れた水がたまり始めていた。このままではひとびとに影響が出るのは時間の問題である。
「申し訳ありません透璃様。私は紫陽花様がおっしゃったとおりに祈祷を行っているのです」
「だが、穢れは消えていない。なぜだ」
「それは……きっと紫陽花様が私に嘘を教えられたんです。私はちゃんと祈祷しているのに……」
さめざめと泣く志保子をそれ以上責めることができず、透璃はため息を吐いた。
「紫陽花はなぜ嘘など……そんな女ではなかったのに」
透璃は頭を悩ませた。透璃の知る紫陽花は、自分に厳しいところはあったが他者には優しかった。
常に波都のことを考えてくれていたのに、どうして志保子につらく当たったりしたのか。やはり、志保子が俺の子供を身ごもったことが許せなかったのか。波都のことを考えれは跡継ぎは必要だ。紫陽花が間違っている。
「紫陽花様は、私に嫉妬していらっしゃったのです。透璃様の愛を私が奪ったから。そう考えると、申し訳ないことをしてしまいました。私が生贄として泉に落とされたばかりに」
「それは志保子のせいではないだろう」
そう答えてからふと疑問に思う。自分はこの女を愛していると言えるのだろうか、と。
そして、紫陽花に愛していると伝えていただろうか、と。
別れ際、紫陽花は俺のことを好きだったと言ってくれた。思えば紫陽花から聞いた始めての言葉ではなかっただろうか。
俺は、紫陽花にただの一度も好きだと告げたことがなかったかもしれない。そばにいるのが当たり前過ぎたのだ。まさか自分の手のなかから居なくなってしまうとは考えもしなかった。
「透璃様……本当にお優しいのですね」
とんっと胸に持たれかかってくる志保子の肩を抱く。
そういえば、紫陽花に触れたのはいつが最後だっただろう。初めて褥を共にしたのは紫陽花が嫁いできてから七年の時が経った時だ。あまりに美しく育った紫陽花に、俺は気おくれした。
ずっと妹のように大事にしてきた。それが、次第に手の届かない宝石のように光輝いて見えたのだ。触れることが許されないような、そんな気高さが紫陽花にはあった。
憧れが紫陽花に触れることをためらわせた。子供が出来なかったのは、当然ではないか。紫陽花に非はなかった。それなのに志保子を重宝した。紫陽花が腹を立てて志保子につらく当たったのも当たり前ではないか。
「紫陽花……」
「透璃様?」
名を呼ばれてはっとする。自分の隣にいるのは紫陽花ではない。彼女は、遠い地へ連れ去られてしまったのだ。
「手放すつもりなどなかったのだ。今はそばにはおけなくとも、俺の目の届くところにいさせるつもりだった」
それを、時春が奪った。
「時春のやつめ……」
「透璃様、どうかなさいましたか?」
「い、いや、なんでもない。それよりも、穢れの浄化について考えなければならないな。祈祷に詳しい者たちを集めよう。志保子にきちんとした知識をつけさせなければいけない。調子がよくなったらでいい、無理はするな」
「ありがとうございます透璃様」
嬉しそうに笑う志保子を可愛らしいと感じる。だがそれは、幼い子供を見て可愛いと感じるそれと同じに思えた。
紫陽花の顔が浮かぶ。それはどれも心配そうに透璃を見つめる表情だった。彼女が無邪気に笑いかけてくれたのは、いつが最後であっただろう。
別れ際の、彼女の不安そうな顔が今更になって頭をよぎる。
紫陽花、なぜ俺のそばにいないのか。俺は何を間違った。
そばにいることが当たり前すぎて忘れてしまっていた、離れて初めて実感した。俺は、こんなにも紫陽花のことが好きだったのだ。
愛していると伝えていたら、紫陽花は時春に抵抗してこの国にとどまってくれたのか。きっとそうだ。
「……必ず取り返す」
「透璃様?」
「志保子、調子が良くなったら勉強をしてくれ、紫陽花か戻るまではおまえに穢れを祓ってもらわなければ困る。なんとしてでも浄化を成功させてくれなければいけない」
「そんなの、紫陽花様が戻られてからやってもらえばよいではありませんか、私にはお腹の子が……」
「そんな悠長なことは言っていられない。穢れの悪影響はいつでてもおかしくないのだ」
「……わかりました」
透璃の言葉に志保子はしぶしぶ頷いた。
紫陽花が波都を離れてすぐ、一通の手紙が届いていた。それは穢れを祓う浄化の方法が事細かに書かれていたが、受け取った志保子はそれを破り捨てていた。
それを知らぬ透璃は志保子のために祈祷の知識を持つ者たちを集め、志保子への指導が始まったのであるが、波都の祈祷師たちは険しい顔をした。
「透璃様、大変申し上げにくいことなのですが、紫陽花様は我々よりも正しく、そして非常にわかりやすく志保子様にご指導なさっておりました。なかなか覚えられない志保子様に付き合って、紫陽花様は匙を投げずに根気よく説明されていたのです」
「それは……どういうことだ」
「つまり、私どもでは志保子様のお役に立てないと思います。紫陽花様でお教えできなかったことを、我々が行うのは荷が重すぎます」
「そ、それでは困る」
「紫陽花様がこの国を立ってすぐ、戒砂から志保子様宛の手紙が届いておりました。筆跡からして紫陽花様のものでした。念の為中身を検めましたが、中には祈祷の方法が細やかに記されておりました。それ以上の知識を私どもがお伝えするのは到底無理かと……」
「紫陽花から手紙が来ていただと、そんなことは一言も言っていなかったぞ」
祈祷師たちの言葉を聞いて、透璃は混乱していた。
志保子の言うことも、祈祷師の言うことも正しいとしたら矛盾が生じてしまう。いや、それはありえない。あってはならない。志保子の言うことを信じるしかない、そうでなければ、波都の穢れは浄化できない。穢れが進めば波都は滅んでしまう。
「なんとかしてくれ」
「そう申されましても……」
祈祷師たちはため息を吐き、「わかりました」と引き下がった。
「紫陽花さえ、紫陽花さえいてくれたらこんなことにはならなかったのだ。時春め……」
透璃の怒りの矛先は自然と紫陽花を連れ去った時春へと向いた。
「以前から紫陽花のことを誉めていた、あいつは紫陽花に恋慕していたのだ。だから波都にいるべき紫陽花を奪った。紫陽花も慣れ親しんだこの国に残りたかったはずだ。紫陽花のためにも、必ず取り返してやる」
透璃は急いで要人たちを集めると、宣言した。
「戒砂に囚われている紫陽花の救出に向かう」
透璃の言葉に集まった人々は困惑した。
「紫陽花様を救出に……でございますか?」
「そうだ」
「そうは申しましても、透璃様は紫陽花様を離縁なさってはありませんか。こちらとしては紫陽花様をこの国へ戻す名目がありません。それに、そもそも透璃様がおっしゃるように戒砂の国へ無理矢理連れていかれたのかどうかも怪しいところでございます。紫陽花様付きの侍女である那魚が先日紫陽花様の荷をもって戒砂へと向かいました。彼女は紫陽花様が助けを欲しているとは申しておりませんでした」
「それは、時春に脅迫されているのだ。戦になってでも連れ返してこい」
「……わかりかねます。戒砂は大国です、ことは慎重に運ぶべきです。紫陽花様の状況を調べましょう」
「そんな悠長なことを言ってはいられないだろう」
焦りを見せる透璃の様子に、どこからともなくため息が漏れた。
「戒砂に使いを出します」
「俺が行く」
「なりません、もう少し冷静になってください」
「冷静だ。自分の妻を迎えに行って何が悪い」
「紫陽花様はもうあなた様の奥方ではありません。ご自分で離縁なさってはありませんか! 我々は反対致しましたのに、志保子様の意見を尊重なさったのはほかでもない透璃様です」
「それは、志保子の腹には俺の子が…・・」
「跡継ぎのことを考えるように、目の前の国の在り方を考えていただきたかったと思います。紫陽花様が、いかにこの国の在り方に心を砕いてくださっていたか、あの方が必死で祈祷を習得なさった日々をお忘れですか! 大奥様が幼い紫陽花様に厳しく指導なさっていたのを、あなたもご存じでしょう。志保子様にだって、国のことを思えば厳しく指導して当たり前なのです。紫陽花様は、この国に必要な方だったのに」
「だから北の離れをくれてやるといったではないか。他の国へ行ってもよいとは言っていない」
「紫陽花様を飼殺すおつもりですか。紫陽花様が自ら戒砂へ向かったというのなら、私は紫陽花様をこの国へ連れ戻すことに反対です。そのために、調査をさせます」
「だが、それではこの国の穢れは……」
「それは志保子様の責任でしょう。なんとしてでも祈祷に成功していただきます」
「志保子に負担をかけると腹の子が……」
「透璃様、あなたはお優しいのではありません。甘いのです」
そう言い切ると、要人のひとりは席を立つ。その意見に賛同するようにひとり、またひとりと席を立ち、ついには誰もいなくなった。
「紫陽花、あまり根を詰めるな」
地図を頼りに戒砂へ流れ込む穢れのもとが、北の山麓にある洞窟だとわかった。そこから現し世に繋がっているらしい。紫陽花は洞窟の中へ入る算段を立てているところだった。
寝る間を惜しんで根源の穢れを浄化することを考えていた紫陽花のことを、時春は心配した。
「大丈夫ですよ、時春様」
「だが、最近あまり寝ていないようだと那魚が心配していた。俺も心配だ。日中も穢れの浄化を行っているだろう。今のままでは穢れを根だやす前におまえが倒れてしまうのではないかと気が気ではない」
「私は大丈夫です。丈夫なのだけが取り柄なのですから」
「俺はおまえに無理をさせるために戒砂に連れてきたわけではない」
時春は紫陽花の頬に触れる。大きな手のひらから温かさを感じた。
「そろそろ休め、体が冷えている。夜になると砂漠は冷える。暖かくして眠れ、暖を取る衣を持ってくる」
「もう少しだけ考えさせてください」
「そうか、邪魔にならないなら俺も付き合う」
「邪魔だなんてとんでもないことです。ですが、時春様こそお休みになられたほうが良いのではありませんか? 毎日お忙しいでしょう?」
「問題ない。忙しさを測るならおまえのほうが忙しいだろう。紫陽花、今、おまえは穢れに関して何を考えている」
問われて紫陽花は北の山麓を指さした。
「ここから穢れが出ています。洞窟を塞ぐという方法もありますが、それではまだ穢れが漏れ出す可能性があるでしょう。穢れの根を絶つ必要があります。うまくいけば、この戒砂だけではなく、波都の穢れも祓うことができるかもしれません」
波都の穢れが溜まっているようだと那魚が言っていた。手紙を送ったが、志保子がうまく祓えていないのだろう。もしかしたら、穢れの量自体が増えてきているのかもしれない。そうなれば、根源を絶つ必要がある。
「そこまで考えているのか。穢れの根を断つときは俺も付き添おう。祈祷の手伝いはしてやれないが、おまえの護衛なら勤まるだろう」
「いけません! 私などに時春様の貴重な時間や労力を割かせるわけにはいきません。これは私の責務なのです。私がやらなければいけません。私はひとりで大丈夫ですから」
「紫陽花」
時春は紫陽花の名を呼んだ。
「はい」
「なにがおまえをそこまで駆り立てるのだろうな」
「駆り立てられてなどおりません。ただ、落ち着かないのです。なにかやるべきことがないと、やるべきことをやっていないと、落ち着かないのです」
ずっとそうであった。誰かに必要とされること、誰かの役に立つこと。そればかりを考えてきた。そうでなければ自分には価値がないと紫陽花は思っていた。異国の地に来た今は尚更。
「お役に立たなければ……」
地上のひとのために生贄になった。
波都のために穢れを祓ってきた。
透璃の妻としてその子を孕むべきだった。
透璃様のお役に立てなかった。
私はもう役立たずだったのだ。
このまま穢れの根源を祓えば、きっと、戒砂での私の役目は終わる。
今度こそ誰にも必要とされなくなる。
戒砂でも役に立たないとわかってしまえば、私はどうしたら良いのだろう。
私は……必要とされなくなることがこんなにも怖い。でも、みんなの生活のために穢れの根を経たないわけにはいかない。
「私は……」
いずれ無意味な人間になってしまうとしても。
「紫陽花」
自然と頬を涙が伝う。ハラハラと零れ落ちる涙を止めることができない。
「申し訳ありません、申し訳ありません……」
泣くのはいつぶりだろう。生贄になったとき、穢れを祓う訓練が辛かったとき。志保子が身ごもったとき。
どんなときでも人前では決して泣かなかった。それは透璃の前でも同じことだ。
泣いたところで何も変わりはしない。泣けば困らせるだけだとわかっていたから。
それなのに、どうして今涙が止まらないのだろう。
どうして、時春の前では泣いてしまうのだろう。
「なぜ謝る。おまえは何に心を痛めているのだ、教えてくれ紫陽花。俺は、おまえに笑っていてほしい
そのためになら何でもする」
時春の言葉が優しく心を撫でる。思わず本音がこぼれてしまいそうになる。
この方の言葉は、私の心を惑わせる。私のことを心配してくれる。
だから。
言えるわけがない。自分が役立たずになるのが怖いだなんて。そんなことを言えば、時春様は私を慰めるために必要だと言ってくれる。そんなことを、無理に言わせたくない。
「大丈夫です。時春様がおっしゃるように寝不足で少し疲れているのだと思います」
「波都に帰りたいのか? 俺はおまえが弱っている時に無理矢理この国へ連れてきた。思えば随分と強引なことをした、反省している」
「違います。私の居場所はもう波都にはありません。ですから、時春様に連れ出していただけて本当に良かったのです」
「後悔していないのか」
「後悔などしておりません。ただ、波都の穢れについて心配はしております」
「それを憂いで泣いているのか」
「それは……」
「穢れの根源を絶てば良い」
「はい」
それを心から望んでいる。望むと同時に恐ろしい。穢れがなくなれば、紫陽花は存在の意義を失ってしまう。
「紫陽花、何を憂いでいる」
「私は、穢れを祓うことを望んでいます」
「ああ、俺も力を尽くす」
「……それと同時に恐ろしいのです。もしも穢れがなくなれば、私は、私は……」
言ってはいけない。言葉にしてはいけないのに。時春様の瞳に見つめられると、心の弱いところを見せてしまう。
「私の存在が、無意味なものに、なってしまうと……そう思うと恐ろしくて……」
「紫陽花……それを誰かに言われたのか?」
「いえ、違います。ですが、私はずっとそう、思っていたのだと思います。お役に立たなければ……私に価値はありません。お役に立ちます、お役に立ちますから、どうか穢れを祓っても、私を必要としてください。どうか……」
流れ落ちる涙とともに、すべてを話してしまった。とんでもないことをしてしまった、後悔してももう遅い。
「すみません、忘れていただけますか」
そう涙を拭いながら言うと、時春に抱きすくめられた。
「紫陽花、俺は仮におまえにその浄化の力がなくとも、妻にしたいと願う。そもそも、おまえにそんな力があると知ったのは、おまえを妻にしたいと思ったあとのことだ。おまえのことが欲しくて欲しくて、おまえの隣に立つ透璃のことが、たまらなく羨ましかった」
「時春様……」
「もう、なにもしなくていい」
耳から、心地よい音が流れ込んでくる。
「それはできません」
「なにもしなくていいんだ。おまえは、在るだけで計り知れない価値がある」
「在る、だけで……」
そんなことは、思いもしなかった。
「そうだ、俺はおまえに救われた。おまえがいたから、ここまで生きてこられた。おまえと出会っていなければ、この国はとうに滅びていた」
「そんな……」
「もう、俺は限界だ。そろそろおまえのことがほしい。ずっとおまえに恋をしてきた。やっとそばにおくことが叶ったのだ。これからもおまえのそばにいたい。隣に立ちたい。どうか、その資格を俺にくれ」
「時春様……」
「紫陽花、おまえことを愛している。どうか、俺の妻になってくれ」
時春の言葉に、紫陽花は困惑した。そんなことを言われるとは夢にも思っていなかった。
時春と過ごした時間の中で、彼が戒砂の国をいかに愛しているかを知った。人々に慕われ、人々を守ろうとする時春の姿を見てきた。
自然と惹かれていたのかもしれない。思い返せば、時春の姿を見るたびに、胸が高鳴った。
それは、透璃に対する穏やかな好意とは違う。胸を焼くような痛みを伴う感情だった。
時春が微笑んでくれるたびに、紫陽花は戸惑った。
「私などで、よろしいのですか」
時春は常に紫陽花のことを気にかけてくれた。波都にいたときは顧みられることのなかった紫陽花自身のことをいつも心配してくれていた。こんなことは初めてだった。
波都にいたとき、紫陽花が穢れを祓うのは当たり前のことだった。厳しい訓練も、つらい祈祷も、すべては当たり前のことだった。それが、紫陽花の責務だったから。
それを、時春は心から労ってくれた。
透璃へ募らせていた想いは、波都を離れる時に置いてきた。もう、この新しく生まれた感情を受け入れてもよいのかもしれない。
恋など、したことがなかった。
これがきっと、誰かを好きになるということなのでしょう。この震えるような心の痛みこそが。
「おまえがいいのだ。おまえ以外は、誰も必要ない」
「私を、私を必要としてくださいますか……?」
「俺にはおまえが必要だ。だから、おまえも俺を必要としてくれ」
深い紺色の瞳が不安そうに揺れている。
もしかしたら、時春様も不安なのかもしれない。ならば、私はその不安を消して差し上げたい。
思っているだけではだめだ。きちんと言葉にしなければきっと伝わらない。
「私にも、時春様が必要です。どうか、私を妻にしてください」
「紫陽花、俺の妻になってくれ」
時春が見つめてくる。瞳を閉じると、唇に熱いものが触れた。触れ合った唇にから、想いが通じ合ったような気がした。
波都に穢れが溜まり始めた。人々は病に倒れ、国から活気が失われてきている。
頭を悩ませる透璃のもとに、志保子を診ている医師が面会を求めてきた。
会うことを許すと、青ざめた顔の男が姿を見せた。
「志保子様のことで、透璃様に申し上げたいことがございます」
「どうした」
話を促すと、医師は深々と平伏した。
「申し訳ございません」
「もしや、志保子の腹の子になにかあったのか!」
医師の男は床に頭をこすりつけたまま、叫ぶように言った。
「志保子様の御腹の中には、もとよりなにもおりません」
「なん、だと……! おまえは俺を謀ったというのか!」
「志保子様に家族を人質に取られております。それで懐妊したと嘘を……いずれ紫陽花様からの叱責を負担に流産したと志保子様はおっしゃるつもりだったようです。ですが、時期を逃しまして、私の方も引くに引けなくなってしまいました。ですが、もう限界でございます。穢れを祓わなくてはこの国は終わりです」
「なんということだ……」
積み上げてきたもののすべてが崩れ落ちるような感覚がした。耳の奥で何かが壊れる音がする。
「紫陽花を呼び戻せ」
「は……?」
「戒砂に使いを出したのだろう! 紫陽花はなぜ帰ってこない」
答えに困る医師の代わりに、控えていた男が答える。
「透璃様、紫陽花はすでに戒砂の祈祷師となれております。簡単に連れ帰ることはできません」
「時春に脅されているのだ! 無理矢理戒砂に閉じ込められているに違いない! 救い出せ!」
「その可能性は低いと思います。透璃様も知らせをご覧になられたのでしょう。紫陽花様は戒砂の地で歓迎され、ご本人も精力的に浄化を行っておられます。透璃様がなさることは、志保子様に穢れの浄化をしていただくことです」
「志保子……志保子だと、志保子を呼べ。腹の子について問い出す」
ほどなくしてやってきた志保子はキョトンとした顔で透璃の隣に寄り添うとその腕に自分の腕を絡めた。
「透璃様、志保子をお呼びですか?」
「志保子、具合はどうだ?」
「お腹の子ですか? 順調だと医師に言っていただけました」
「なにもいないのにか」
「え?」
「その腹にはなにもいないのになにが順調なのだ。俺が聞いているのは浄化についてだ」
「な、なぜ、それを! あの薮医者……! そ、それは医師の虚言でございます! い、いえ、腹に何もいないのは本当でございます。流産してしまったのです。紫陽花様がお手紙をくださって……その中に、私への恨み辛いが書かれておりましたから……悲しくて悲しくて……嘘をついていたことは謝ります。透璃様をがっかりさせるのが怖くて……」
「紫陽花の手紙は祈祷の方法が事細かに書かれていたと聞いたが」
「そ、それは偽りでございます」
「手紙を見せろ」
「そんなものはもうありませんよ、悲しくて破り捨ててしまいました」
透璃は深いため息をついた。
「もはや誰が嘘ををついていても構わない。そんなことは些細なことだ。問題なのは、紫陽花を離縁してしまったことだ。おまえが紫陽花と顔を合わせたくないなどと言い出さなければ、俺は紫陽花を離縁したりなどしなかった」
「そ、そんなこと私は頼んでおりません! 離縁したのは透璃様が勝手になさったことでしょう! おかけで私は祈祷師に文句を言われて迷惑をしております! あの女が出ていったりするから! はやくあの女を連れ戻して祈祷させてください!」
「祈祷はおまえの仕事だろう」
「嫌ですよ! どうして私があんな面倒くさいことをしないといけないの! なんのために泉の底に逃げてきたと思っているの!」
「どういうことだ、おまえは生贄ではないのか……」
「そ、それは……生贄にさせられたのですが……日照りで………」
「以前は洪水だと言っていたな。なぜ矛盾が生じる」
「そ、そんな前のこと、忘れてしまったのです。思い出したくないことですもの……」
「虚言はもういい。本当のことを話せ」
透璃がそう言うと志保子は眉を吊り上げた。
「どうしてみんな志保子を嘘つき呼ばわりするの! 地上でもそう、水の底でもそう、みんなひどいわ! 大切にされたくて逃げてきたのに透璃様まで……」
「逃げてきたのか、地上から?」
「そうよ! みんな私のことを嘘つきだって罵るの! 村にいられなくなって、峠の洞窟に逃げ込んだの。だけど、中は真っ暗で怖くって、途方に暮れていた時に隣村の水龍の生贄の話を思い出したのよ! 泉に身を投げれば、水龍の奥さんになれて大切にされるって。それなのに、透璃様には紫陽花がいて、私のことなんか見向きもしなかった! 私、悔しかったのよ! その上祈祷なんて面倒なことを教えられて、邪魔な紫陽花をやっと追い出したと思ったのに、あの女、私に面倒な祈祷を押し付けたのよ!」
「おまえ……よくもそんなことを……とんでもないことをしてくれたな」
「もとはと言えば、透璃様がいけないのよ! はじめから志保子のことを大切にしてくれたらよかったのに! 紫陽花、紫陽花って、あの女のことばっかり。だから私も子供ができたと嘘を吐くしか無かったのよ!」
透璃はうなだれた。理解が追いつかない。自分はこんなもののために紫陽花の手を離してしまったのかと。
「本当に俺は愚かだった」
「ふん、ようやくわかったのね、それなら紫陽花を連れ戻してください!」
「その前に志保子、おまえには南の離れに移ってもらう」
「南の離れですって! あそこは監獄ではありませんか」
「それ以外におまえにふさわしい場所があるのか?」
透璃の暗い瞳を見て、志保子は一瞬言葉を失う。だが、透璃を責める言葉は消えない。
「透璃様……強い水龍だなんていっても、ただの役立たずではありませんか! こんなところに来て失敗しました! どうせ花嫁になるのなら、洞窟の向こうにいるという黒龍様のところにすればよかった!」
喚く志保子を連れて行かせると、透璃は頭を抱えた。
「紫陽花を、連れ戻してくれ。いくらでも頭を下げる。心から謝罪する、だから、紫陽花に俺のもとに帰ってきてくれと伝えてくれ」
「透璃様、大変申し上げにくいのですが……」
「なんだ」
「戒砂から手紙が届いております」
「紫陽花からか!」
「いえ、時春様からです。紫陽花様を正式に奥方にされたそうで……」
「なんだと……紫陽花は俺の妻だ」
俺の妻だった。十年もの間ずっとそばにいたではないか。それが、どうして時春の妻になっているのか。
失ったものの大きさを実感した。紫陽花と過ごした穏やかな日々はもう二度と戻らないのだ。それがほかでもない自分のせいだと思うと、やり場のない思いに苦しんだ。
「穢れに関しては紫陽花様と時春様が協力してその根源を絶ってくださると書いてあります。残っている穢れに関しましては、後日紫陽花様が浄化してくださるそうです。ですので、穢れの問題は今に解消されるかと」
「……そうか」
穢れなどもうどうでもよかった。ただ、紫陽花とともにあった日々を恋しく思うばかりだ。
緊張した面持ちで俺のもとに降りてきた紫陽花はとても可愛らしかった。その緊張をほぐしてやりたくて、兄のように接していたのを今でも覚えている。守ってやりたいと思った。
年を重ね、次第に美しくなる紫陽花に気おくれした。母から教えられた浄化の祈祷を習得した紫陽花は波都を守る盾になった。もう、俺が守る必要はなくなってしまったと思い、寂しく思っていた時だ。志保子が落ちてきた。不安そうにする志保子のなかに幼い日の紫陽花を見て愛おしく思った。
生贄になるべく降りてきた紫陽花がつらい修行に耐えるのは当たり前だと心の何処かで納得していたのかもしれない。同じことを志保子がしなければいけないと知ったときは不憫に思ったのに。
紫陽花と志保子に、どんな違いがあったというのか。紫陽花の方が幼かった。なぜ、紫陽花は当たり前だと思ったのか。それは、彼女がつらそうなそぶりを見せなかったからだ。覚悟の仕方が志保子とは違った。
「すまない紫陽花、本当に俺は愚かだった……」
きっと、時春は紫陽花を手放したりはしないだろう。俺のもとに彼女がもどることはない。
「二度と……」
つぶやいた言葉は嗚咽に変わった。
南の離れに移した志保子が水龍の力が宿った水晶をもって逃げ出したという知らせが透璃のもとに届くのは、雪のちらつく季節のことになる。
腕の中で眠っている紫陽花に視線を落とす。泣きつかれて眠ってしまったまつ毛の上にはまだうっすらと雫が載っていた。この小さな肩に、どれだけの責任を背負ってきたのだろうか。
「とうとう手に入れてしまった」
水龍の花嫁を奪った。
それが正しいことなのかどうか、時春にはわからない。ただ、紫陽花を幸せにするのは自分でありたいと願った。
かつて、戒砂の国は砂漠に打ち捨てられた辺境の地であった。黒龍の治める地はもともと戒砂の北にそびえる山麓にあり、時春はそこで生まれた。純血を尊ぶ黒龍の一族の中で、唯一妾腹に生まれた時春の境遇は芳しいものではなかった。龍の年で十五を迎え、時春に与えられた領地は砂に埋もれた戒砂の国であった。一族から追い出されたも同然である。
言葉通り砂をかむような思いをしていた時である、水路の相談をすべく訪れた波都の国で、透璃の妻になったばかりの紫陽花に出会った。人の世から生贄として連れてこられた幼い少女は、少しも悲壮な素振りを見せず、波都の繁栄に心を砕いでいるようだった。ただひとり故郷を離れ、見知らぬ土地に来た紫陽花の姿に自分を重ね、したたかに生きようとする姿に心を打たれた。
以来紫陽花に心を奪われ、ただの一度も縁談も受けず、戒砂の国が大国に名を連ねると手のひらを返したかのように本国から送られてくる姫たちのことも袖にしてきた。
欲しいのはただひとり、紫陽花だけであった。
国政に努めるうちに国は大きくなり、代わりに山麓からの穢れで本国は瞬く間に衰退していった。生まれ故郷が亡くなってもう何年も経つ。
戒砂が大陸一の大国になったころ、波都の透璃のもとに新しい生贄が来たという知らせが入ってきた。
水龍は現世から生贄という名目で花嫁を迎えると噂には聞いていた。現に紫陽花も雨乞いのために遣わされた生贄だったと聞く。だが、ひとりの水龍に花嫁はひとりと決まっていたはずである。長い歴史を見ても、ひとりの水龍にふたりの花嫁などいたことはない。
おかしなものだと思っていたが、時春にとっては幸運であったというしかない。
「だが、紫陽花はひどく傷ついたことだろう。弱ったところに付け込んだと言っても間違ってはいない。だが、帰りたいと言われたところで、俺はきっと紫陽花を透璃のもとへは帰せなかった」
自分の価値を、他者に置いていた紫陽花の心を癒してやりたい。
「必ず幸せにする。だから、そばにいてくれ」
軽やかな寝息を立てる紫陽花の額に、時春はそっと口づけた。
正式に時春の妻となった紫陽花は、戒砂のひとびとに大いに歓迎された。祈祷師としての実力も申し分ない紫陽花の名は国中にとどろいているのである。
「感無量です……時春様がご結婚なさる日は永遠にこないものだと諦めておりました」
月臣がそう言って目頭を押さえた。
「紫陽花様、時春様は向こう見ずなところはありますが、どうか見捨てずにいてくださいませ」
「もちろんです。私の方こそ、時春様に見捨てられないようにと思っております」
「それはあり得ない」
「それはあり得ません」
時春と月臣の声が重なる。
「命を懸けても構いません」
月臣が真剣な顔で付け加えるので、紫陽花は嬉しくなってほほ笑んだ。
「嬉しいです」
「それは俺のセリフだ。今でも夢なのではないかと疑っている」
「夢ではありませんよ」
紫陽花は時春と見つめ合って顔を赤らめた。
「おふたりとも、そういうことはおふたりのときに存分になさってください。私がいるのをお忘れになられては困ります」
「す、すみません。あの、月臣、準備ができ次第北の山麓に向かいたいと思います」
「えぇ、時春様からもうかがっております。穢れを祓い次第おふたりの婚礼準備も進めてまいります」
「あまり大仰なものはやめてください」
「それは困る。大仰なものにしてくれ」
「時春様!」
「俺は紫陽花を自慢したい」
「自慢にはなりませんよ」
こほん、と月臣が咳払いをしたのでふたりは顔を見合わせて笑った。
十と二つの月。山麓への遠征の準備が整った。紫陽花は時春と一緒に馬に乗る。後ろには月臣をはじめとした戒砂の兵士たちが付き添っている。途中で打ち捨てられた町を見た。穢れて滅んでしまったのかもしれない。紫陽花は心を痛めた。
「私がもっと早くこの地を浄化出来ていたら……」
「この国は亡ぶべくして滅んだのだ。穢れのせいだけではない」
「そう……ですか。でも、これ以上被害を広げないよう、穢れを祓いたいと思います」
「そうだな。おまえがいたら、必ずなせる」
「時春様も、一緒に」
「当たり前だ。おまえひとりにはさせない」
険しい山道を進むと、あたりが暗くなってくる。穢れがあたりに満ちているのが視覚的にも確認できる。
「この洞窟です」
岩の間に人がひとり通れるくらいの穴が開いている。そこから、黒い瘴気が湧き出ていた。
「皆さんは危険かもしれません、私ひとりで向かいます」
紫陽花がそう言うと、時春は紫陽花の手を握った。
「それは許さない。俺も一緒に行く」
「危険です」
「それはおまえも同じことだろう。共に行く」
つないだ手から、確かな温かさを感じた。そこではじめて自分が震えていることに気が付く。経験したことのない穢れに、自然と体が震えていたのだ。
「ありがとうございます、心強いです」
「おふたりとも、なにか問題があったらすぐに出ていらしてください。おふたりの命よりも大事なものがありません。穢れについてはとりあえず物理的に穴をふさいでしまえばいいのですから、無理は禁物です」
月臣が険しい声で警告してくる。ふたりを心配する気持ちが伝わってきた。
「ありがとう月臣、では、行ってまいります」
時春と手をつないで、一歩足を踏み出す。暗いくらい穴の中では、距離の感覚が全くつかめない。小さな穴だと思っていたのに、穴の中は驚くほどに広い。
「この山は現世につながっていると聞いたことがある。もしかしたらこの先にあるのが現世かもしれない。おまえが泉に落ちてこちら世界に来たように、この洞窟を通って人の世から来た者もいたのだろう」
「この地と現し世は色々なところでつながっているのかもしれませんね。あ、時春様、水の音がしませんか?」
耳を澄ませるとちょろちょろと水の流れる音がする。
「この水が穢れを載せて波都に流れ込んでいるのだろう。穢れの根源はここで間違いない」
恐怖は不思議と感じなかった。隣に時春がいてくれるからだろう。今まで穢れをひとりで祓い続けてきた紫陽花にとって、一緒に来てくれた時春の存在はとても心強い。
「お久しぶり」
洞窟の中に声が響く。暗闇にまだ目離れない。だが、その声には聞き覚えがある。だが、遠く離れた場所にいるはずのに、なぜこんなところにいるのか。
「あなたがここに向かったと知って、待っていたの」
「……志保子さん」
志保子がいるところが、禍々しく青く揺れた。その手に、水晶が載っている。
「志保子さん、それは透璃様の水晶ではありませんか、あなたに扱えるものではありません!」
志保子が洞窟にいる理由が分かった。水晶の力を使ったのだろう。だが、長年波都の国で暮らした紫陽花にも扱えない代物である。志保子では当然扱えるわけがない。
「今すぐそれを置いてください! そうしないと……」
魂を吸われてしまう。
「私に指図をしないで! ちょっと早く透璃様の花嫁になったからって、偉そうなのがずっと気に入らなかったのよ! あんたがいなくなって清々したと思ったのに、透璃様ときたら紫陽花、紫陽花って、奥さんは私なのに!」
「志保子さん!」
志保子に近づこうとすると全身にひどい痛みを感じた。水晶の力が暴走している。
「紫陽花、下がれ。俺が対処する」
「時春様、危険です!」
「これは穢れではなく水龍の力だろう? それなら俺の方が適任だ。そんな顔をするな、俺を信じろ、俺は強い」
「わかりました、時春様を信じます」
時春は満足そうにうなずくと志保子に対峙した。
「あなたは誰」
「俺のことを知らないとはな、俺もまだまだということか。悪いが、おまえに名乗る名はない」
時春が両手を合わせると、金色に輝く光が生まれた。そこに強大な力が集まっていることが分かる。水晶に込められた力とは比べようもないほどの大きな力だ。
「なによ、私には透璃様の力があるの、あなたなんか……!」
「透璃よりも、俺の方が上だ」
時春が生み出した光は洞窟中に広がる。あまりのまぶしさに紫陽花は目を閉じた。
「この娘、ひとの世から迷い込んだようだと月臣が言っていた。もとの世界に帰す」
「志保子さんは透璃様の花嫁のはずですが……」
「ひとりの水龍に花嫁はひとり。例外はない」
「それでは志保子さんは……」
「偽りを言っていたようだ。俺としては、感謝するところもある。だから命までは取らない。現世に帰してやろう」
「嫌よ、帰りたくない! だって、だって、みんな私を悪者にするの」
「嘘を吐かず、己の本分をわきまえ、真面目に生きたらいい。誰かの役に立て」
「嫌よ! どうしてそんな馬鹿みたいなことをしないといけないの!」
「心を入れ替えろ」
光がはじけ、志保子の姿が消えた。
「心配するな、あるべき場所に帰しただけだ」
「はい、ありがとうございました」
「あれで少しは懲りてくれると良いのだがな。さあ、先を急ぐぞ、穢れは消えていない」
「はい、今度は私が頑張る番ですね」
「そんなに意気込むな」
「いえ、穢れを祓うとなると意気込みもします」
「そういうものか」
どのくらい進んだのだろうか。時間の感覚が分からない。暗闇に目が慣れてくる、遥か遠くに星のように小さな光が見えた。
「なにかいるな」
時春が光を指さしたとき、すすり泣くような声が聞こえた。
誰かいる……。
目を凝らして暗闇を睨むと、もやもやとした黒い塊があるのが分かる。
「これが穢れの根源でしょうか」
手を伸ばして触れようとすると、手のひらに激痛を感じた。それは黒い塊も同じようで、すすり泣く声が悲鳴に変わる。
「紫陽花の浄化の力と反発しているのだ、不用意に触れるな、怪我をしてはいけない」
「すみません、浄化を行っていきます」
紫陽花は時春に見守られながら祈祷を始める。いくつもの手順を間違わずに行っていく。紫陽花の集中力を欠くように悲鳴が響く。
『どうして私を嘘つき呼ばわりするの! 私ばっかり、私ばっかり! みんなひどいわ』
悲鳴の中に声が聞こえる。聞き覚えのある声に紫陽花は険しい顔をした。
『私は悪くないのに、みんなが悪いのに。どこにいったらいいの、もう村には戻れないわ』
耳の奥にこびりついた志保子の声と同じに聞こえる。
「どうして志保子さんの声が……」
『ここは暗くて怖いわ。どこに逃げたらいいの、そうだわ! 水の底よ、水の底には水龍の都があって、泉に身を投げた女を妻にしてくれると言うじゃない。泉だわ!』
志保子は何を言っているのか。自分だけに聞こえているのかと思ったが、時春の耳にも聞こえているようだ。
「あの娘、泉に落ちる前にこの洞窟に来たのだろう。そこでありったけの怨念を落としていったようだな。厄介な娘だ」
『水龍の花嫁になって、幸せになってやるんだから! 私はいつも正しいの、今に見ていなさい。私が正しいのだから!』
声は再び悲鳴に変わる。志保子の声に混ざって、小さな悲鳴が聞こえる。
この黒いもやは志保子さんや、これまでに洞窟に恨みつらみを置いてきたものが作り出したものだ。だけど、その中にまだなにかいる。暗い塊の中に、小さな小さな光が見えた。それは、小さな木霊だった。木霊に黒いもやが絡みついている。
『過って恨みつらみを飲み込んでしまったんだわ』
木霊はどんどん負の感情を飲み込み、何年もの時が経ってしまった。もう自分ではどうしようもなくなってしまって吐き出していたのだろう。それが、穢れとなって流れ出した。
『悲しいのでしょう、寂しいのでしょう。ですが、もう苦しむ必要はありません、もう、解放されていいのです』
紫陽花は心の中で念じる。穢れに巻かれた木霊をいつくしむように、何度も何度も語り掛ける。
『これ以上苦しまないで、どうか』
体を裂くような痛みを感じる。木霊の嘆きが、痛みに変わって紫陽花に襲い掛かる。
「あぁ……」
思わず嗚咽を漏らすと、時春が強く体を抱きしめてくれる。
「苦しいのか、くそ! 俺がおまえの痛みを引き受けることが出来たらいいのに」
時春が触れたところから痛みが霧散する。
「ありがとうございます、楽になりました。このまま浄化します。私に力を貸してください時春様」
「もちろんだ」
紫陽花は祈りをささげた。何度も何度も、木霊に言葉をかける。すると、次第に黒いもやが小さくなりはじめた。穢れのもとは悲しみや、苦しみ、妬み、嫉み、ありとあらゆる負の感情が木霊に宿ったものだった。その根源ともなる負の質量は測りしてない。
絶対に負けない。あなたを、解放してあげるから……!
祈祷を行うためには、その負の感情に打ち勝つほどの青春力を必要とする。紫陽花が祈るたびにもやは小さくなり、ついには消えた。
「浄化……したのか……」
「はい、どうにか……もうこれで大丈夫だと思います」
時春は紫陽花を抱きしめてくる。
「よくやった」
「時春様が一緒にいてくださったから……私ひとりでは無理だったと思います」
「ひとりで背負う必要はない。俺も一緒に背負う」
「心強かったです、本当に……」
ひとりではないということが、こんなにも心強いのだと時春と出会って初めて知った。
「あなたに出会えてよかった……」
「俺もだ、おまえに出会えてよかった。俺のもとに来てくれてありがとう」
「お礼を言うのは私の方です、私を連れ出してくださってありがとうございました。あの日、悲嘆にくれる私を助けてくださったのは、時春様です」
「女々しいことを聞くことを許してほしい。おまえは、まだ透璃のことを想っているか? いや、想っているところで帰してはやれないのだが、俺ももっと努力しなければいけないと思っている、だが、おまえがどう思っているのか……」
暗がりで時春の顔が見えないことを、紫陽花は残念に思った。
時春様は、私のことを好いていてくれるのだろうか。私は……。
「透璃様と連れ添った時間は、私にとってかけがえのないものだったと思います」
「そうか……」
「ですが、その間に募った思いはすべて透璃様に渡してきました。私の中には、もう透璃様を思う気持ちはありません」
「ほん、とうか……」
「はい、私は今、時春様のことを愛しく思っております」
答えると頬が熱くなる。愛しいという感情を、紫陽花は実感していた。
「おまえの顔が見えないのが惜しい……明るいところでもう一度聞きたい」
「そ、それは……! いずれ……」
恥ずかしがる紫陽花の頬に、あたたかな手が触れる。視線を上げると時春の顔が見えた。
「紫陽花、愛している」
「私もです、時春様」
穢れの紫陽花と時春によって穢れの根源は絶たれた。おかげで戒砂と波都に流れ込む穢れはすっかり消えていったのである。
「もう、穢れを祓う必要はありません。それでも、私を必要をしてくれますか?」
紫陽花が尋ねると、時春は大きくうなずいた。
「あたりまえだ。必ず幸せにする。だから、ずっと俺の隣にいてほしい」
「はい、よろこんで。私も、時春様を幸せにしたいです」
「おまえが隣にいてくれたらいい」
「私もです」
穢れが祓われた戒砂の国では、国をとり囲む砂漠に少しずつ緑が戻りはじめた。これによって国はますます発展したのである。
同様に波都の国からも穢れが消えた。透璃のもとに新しい花嫁が来ることはなく、透璃自身も新しい妻を求めなかった。
現し世にもどった志保子にはこれまでのような邪気はなく、魂の抜けた抜け殻のようになったそうだ。もとにいた村で慎ましやかに暮らしたそうである。
緑が広がりつつある砂漠を、一頭の馬が駆ける。その背には、紫陽花と時春の姿があった。
「ずいぶんと緑が増えましたね」
「あぁ、大地が生き返りつつある」
「ずっとこの国を見守っていきましょうね」
「そうだな、ふたり一緒に」
戒砂の国王夫婦の仲睦まじさは、時春の名声とともに大陸全土に広がっていった。