「勿論さ」

 レオンはとびっきりの流し目を相手へ送ると、くるりとカメラへ向かって開いている目でウィンクをした。

「俺は、レイディよりジェントルマンを抱きたいんだ」

 魅力あふれる声が決めセリフを吐くと「カーットオ!!!」という叫び声が現場に響き渡った。

「素晴らしい!! ブラヴォレオーン!!」

 簡易椅子から飛び跳ねて駆けつけたのは、巨匠スティーブン・ハンバーグ監督である。

「とにかくワンダフルだ! 君にお願いして良かったよ!」

 レオンの両手を強引に掴んでぎゅーっと握りしめると、まるで神さまのように拝んだ。

 映画界では一番興行収入を稼ぐ映画監督として有名なハンバーグ監督は、エイリアンの指先と子供の指先をくっつけて技術革命を起こす「I・T」、セクシィな考古学者の奇蹟体験アンビリーバボーアドベンチャー「ミラクル・ジョーンズ」、ジュラ紀の恐竜たちが遊園地でどんちゃん騒ぎをする「アミューズメント・パーク」など錚々たる大ヒット作を連発している。そのヒットメイカーが新作映画として絶賛撮影中なのが「ランドウォーズ」で、遥か昔に起きた新大陸対旧大陸の戦いを描いた壮大な物語である。本来の監督は旧知のジョージ・サーカスなのだが、世界の幻獣をレンタルできるワールドモンスターエージェンシーからペガサスをレンタルし、スーパーアクロバティックサーカスな撮影をしていた最中、突然飽きたペガサスがひらりと翼で舞うと、海中に監督をドッポンと落として大空へ駆けていってしまった。サーカス監督は入院中で、本来はプロデューサーだったハンバーグ監督が映画の指揮をとっている。

 そのハプニングでだいぶ時間をロスし、映画の撮影自体は何とかかんとかなっているのだが、撮影スケジュールが押し気味になった結果、出演予定だった俳優たちが数人降板してしまった。その一人が、少ない出番ながら旧大陸を指揮したことで有名なエスパニョールの太陽王の役を演じる俳優だった。この役は誰もが演じられるわけではなく、一目で太陽王とわかる有名な容姿を持ち合わせていなければならない。

「ほんとに助かったよ」

 監督はまだ手を握って感謝している。

「シーンは少ないが、太陽王は絶対登場させたかったんだ。けれど隻眼の男性がそこら辺にいないんだよ! レオンが隻眼で映画が助かった」

 偉大なる太陽王は隻眼で有名だった。

「お安い御用だ」

 前職が実はその太陽王であるレオンは余裕癪々(しゃくしゃく)で演技を終えて、俺はやったぜ! と全身で達成感を燃え上がらせている。

「最高に楽しかった。また太陽王を演じて欲しかったら呼んでくれ。いつだって俺は演じられるからな! 本物の太陽王も見たらびっくりするだろう」

 と、大陸間の平和の代償として人柱となり不老不死者となった――当事者たちしかその事実を知らない――元太陽王が盛り上がっているところへ、サンタ・マリア海賊団の副船長兼俳優レオンのマネージャーをしているマルコが慌てて駆け寄ってくる。

「大変だ! レオン!」
「俺の太陽王がスーパーファンタジックで大変なことが起きたんだな、マルコ」

 非常にご機嫌がよろしいレオンは、ハンバーグ監督と手に手を取って踊っている。

「違うぞ! 今海の向こうからイングレ……」

 マルコの叫び声をかき消すように、一発の砲弾が飛来して近場に落ちると爆発した。

「おお! これから戦闘シーンか! よし! 俺もやるぞ!」

 巻き起こったド派手な土煙に、レオンはノリノリで腰に巻いた帯から剣を抜き取る。この間かっさらったイングレス女王国の秘宝、第一の剣ランスロットだ。

「これから俺が華麗にフラメンコをしながら敵をやっつけていく。さあカメラスタンバイだ!」
「いいねえ!」
「やめてくれ!」

 真面目なマルコが真面目に突っ込みを入れて、一生懸命に愉快な二人組を現実に立ち返らせようとする。

「しっかりしろレオン! ロイヤル・ネルソン号が追いかけてきたんだ! 俺たちを捕まえて縛り首にするためだぞ!」
「縛り首!! いいねえ! 盛り上がるシチュエーションだ!」

 何も知らない監督が手を叩いて盛り上がっている。

 レオンはロイヤル・ネルソン号という言葉に、どれどれと海の方を眺める。撮影は海が見えるすぐそばの丘の上で行われている。沖合にはサンタ・マリア海賊団の帆船が(いかり)を下ろして停泊していて、その向こうから巨大な船が徐々に前進してくる。

「お、バスターか」

 レオンは嬉しそうに歓声を上げる。

「ようやく俺に追いついたな! 待ちくたびれたぞ!」
「どうする?」

 ようやく現状認識してくれたレオンにホッとして、手で額の汗を拭いながらマルコは傍らに立つ。少し前に母船から緊急――でもなかったが連絡がきて、「船が近づいてきてまっせー」というテッドの昼寝を起こされたような声が、青い渡り鳥の嘴から聞こえてきたかと思うと、ピカンと一瞬鳥が光り「砲弾が飛んできましたっせー」「わーわーでっせー」「わてらトンずらしまっせー」と立て続けに青い鳥がお気楽に喋り、ビックリしたマルコがエキストラ五十三人分の役をやっていた魔術師のヴァイオに、すぐに母船に戻って砲撃から船と仲間たちを守るように伝えた。魔術『立体三次元(3D)』を駆使して五十三人分のエキストラ代を稼いでいたヴァイオは、六歳の無垢であどけない美少女のなりで「えー、めんどいなー」と手でお腹をかきながらオヤジの声でぶつぶつ文句を言ったが、命令には従って、小鳥に変身してピューッと飛んで行った。