「――あれは何だ?」
「おそらくプロペラ機です。新大陸の飛行機です。ということは、新大陸のパパラッチーズどもです。かの大陸ならば、ラッキー・スター誌かニューピープル誌かと思われます」
小型のプロペラ機には二人の人影が見えた。のろのろと旋回すると、今度は高度をさげて、ロイヤル・ネルソン号へ一直線に突っ込んできた。
「うあああ!」
兵士たちは甲板から駆け出して、船室へと逃げ込む。その悲鳴に混じり、女性の甲高い声が轟いた。
「ラッキー・スター誌のアンナ・ドットソンです!!! イングレス女王国のバデーリ提督閣下ですね!!! 隻眼のレオンにまんまと円卓の剣を盗まれたそうですけど、コメントをください!!!」
プロペラ機は勝手に甲板に不時着すると、ペンとメモ用紙を持ったパンツスーツ姿の女性が飛びおりて来て、バスターへ突撃取材を始めた。プロペラ機を操縦してきたと思われる太っちょの男性も飛行用メガネと帽子を脱ぎ捨てると、よいしょよいしょと操縦席から下りて、カメラを片手にパシャパシャと撮影しながら近づいてきた。
「閣下閣下閣下!! 今のご心境をひと言お願いします!!」
「……」
バスターは事のなりゆきについていけなくなった。代わりに有能な副官が場を仕切る。
「ノーコメントだ」
「それじゃ記事になりません! ひと言だけでいいのでお願いします!!」
女性記者の隣で、パイロット兼カメラマンが膝をついて、バスターとハックフォードを撮りまくる。
「我々は取材に応じるとは言っていない。提督閣下へのインタビューならば、女王国の報道官を通じて申し込んでもらおう」
「えー、でもせっかく本人から教えてもらったトップニュースなんですよ!!」
「……本人?」
バスターの意識が復活した。
「本人とは誰だ?」
「もちろん、隻眼のレオンです! あたし、レオンとは飲み友達なんです!!」
自慢するように鼻を高くする。
「さっきもいい話を教えてやるって渡り鳥の連絡がきて……」
提督閣下の大事な血管が一本ぷちんと切れた。
「……おのれ! あの男!!!」
その後の叫びは怒りで意味不明になった。
「閣下、落ち着いて下さい」
ハックフォードが急いでなだめ、下士官たちも駆けつけて怒り狂う提督閣下を取り押さえる。ドットソン記者は、バデーリ提督パニックになるとメモし、カメラマンはここぞとばかりにシャッターを押しまくる。
その場が、突如薄暗くなった。
バスター以外の全員がいっせいに空を見上げる。
なんと巨大なグリフォンが両翼を広げて、ロイヤル・ネルソン号に迫っていた。金色の翼が大きくて、太陽の光を遮っている。グリフォンの頭部は白く、その首回りには『レンタルのグリフォン。二十四時間いつでもご利用頂けます。世界中の幻獣たちをレンタルしたい時はワールドモンスターエージェンシーへ』と書かれた木製の看板をぶら下げている。
「あ! ハローオーケーの連中だわ!」
グリフォンから一つの影が落ちてきた。それはパラシュートを開いていて、無事に甲板に落ちると、ヘルメットとパラシュートを脱ぎ捨てて、Tシャツに短パンというラフな男が現れた。
「ハロー、オッケー、のピーター・ユニットでーす! バデーリ提督閣下ですネ! 先程の戦闘であの隻眼のレオンからラブコールを受けたそうですが、返事は何と答えたんですかー? 教えてくださーい」
「ラブコールゥ!!??」
まっさきにドットソン記者が声を一オクターブ張り上げて喰いついた。
「何それ! 教えてよ!」
「駄目でーす。スクープは渡しません!」
ユニット記者は腕でバッテンしてライバルを押しのけた。
「レオンは有名な男好きでーす。そのレオン本人から聞いた話によると、バデーリ提督閣下がすごく好みのタイプだそうで、ぜひメイクラブしたいそうですが、提督のお返事はイエスですかー? それともノーですかー?」
「メイクラブゥ!? やだレオンてば、どうしてそっちも教えてくれないのよ! スーパーゴシップだわ! 隻眼のレオン、海軍提督とのセックスを希望……」
と熱心にメモる横で、カメラマンは汗をふきながら激しく動きまくる。
「!……!!……!!!」
若き提督閣下は憤死寸前になった。
「一列に並べ!!」
その提督の背中を一生懸命支えながら、ハックフォードが号令を出す。兵士たちは駆け足で集まると、提督閣下と記者たちとの間に一列に整列した。
「ちょっとぉ! 取材拒否ですかぁ!!」
「我々には知る権利がありまーす!!」
壁のように立ち並んだ兵士たちに向かって、やいややいやと騒ぎ立てる記者たちには、ベテラン下士官キャッスルフォードが「まあまあ、一服どうですか?」とアフタヌーンティーを差し出しながらにこやかに応対に出て、その隙にバデーリ提督は副官と他の下士官たちの手で船長室へと引きずられていった。
バスターは飾りっ気のない船長椅子に座らされても、ずっと無言だった。何が何だか、わけがわからなくなって、思考回路がショートしていた。
「さあ閣下、まずは紅茶を飲みましょう」
少年従卒が駆け足で持ってきたアフタヌーンティーを差し出す。バスターは出されるままに受け取ると、その紅茶から漂う懐かしい匂いに誘われるように、口にした。
母国の味が喉をとおり、胸に染み渡ってきて、ようやくバスターの意識が回復した。
――あの男……
先程までの出来事がスローモーションのように甦る。
風になびく長い黒髪。
抜群のプロポーション。
一文字の傷痕。
傲岸不遜な態度。
怖ろしいほどの剣技。
『俺を追いかけて来い! そうしたらこの剣を返してやる!!』
バスターの手にあるティーカップがわなわなと震えた。激しい怒りが全身に満ち満ちて、体全体が怒りのオーラに包まれる。
「……あの男」
バスターはもう一口飲んだ。喉がからからだった。
「絶対に捕まえる……」
乾いた声で呟く。
「捕まえて、必ず縛り首にする……」
もう一回ぐいっと飲む。
「――すぐに追いかけるぞ!」
傍らのテーブルにドンとティーカップを置いた。その乱暴な物音に、提督閣下の様子を見守っていた部下たちが息を呑む。
「追いかけるぞ! 今すぐに!」
バスターは船長室の屋根が吹き飛ぶくらいの大声を出した。
「――畏まりました」
やや待って、ハックフォードが静かに頷いた。
「閣下のご命令どおり、ロイヤル・ネルソン号はサンタ・マリア海賊団を追い、隻眼のレオンを捕らえます」
冷静な顔立ちが、わずかに怪訝そうな色合いを浮かべる。
「ですが――」
バスターはハアハアと息をつきながら、副官を振り返った。
「何だ」
「隻眼のレオンを追いかけるにあたって、一つ、閣下にご確認させて頂きたいことがございます。とても重要なことです」
ハックフォードはいつになく真剣だった。
「何だ」
バスターもまた真剣に聞き返す。
ハックフォードは真面目な表情を変えないまま、どうしたらよいのかというように、提督閣下へちらりと流し目をおくった。
「閣下は――童貞ですか?」
「おそらくプロペラ機です。新大陸の飛行機です。ということは、新大陸のパパラッチーズどもです。かの大陸ならば、ラッキー・スター誌かニューピープル誌かと思われます」
小型のプロペラ機には二人の人影が見えた。のろのろと旋回すると、今度は高度をさげて、ロイヤル・ネルソン号へ一直線に突っ込んできた。
「うあああ!」
兵士たちは甲板から駆け出して、船室へと逃げ込む。その悲鳴に混じり、女性の甲高い声が轟いた。
「ラッキー・スター誌のアンナ・ドットソンです!!! イングレス女王国のバデーリ提督閣下ですね!!! 隻眼のレオンにまんまと円卓の剣を盗まれたそうですけど、コメントをください!!!」
プロペラ機は勝手に甲板に不時着すると、ペンとメモ用紙を持ったパンツスーツ姿の女性が飛びおりて来て、バスターへ突撃取材を始めた。プロペラ機を操縦してきたと思われる太っちょの男性も飛行用メガネと帽子を脱ぎ捨てると、よいしょよいしょと操縦席から下りて、カメラを片手にパシャパシャと撮影しながら近づいてきた。
「閣下閣下閣下!! 今のご心境をひと言お願いします!!」
「……」
バスターは事のなりゆきについていけなくなった。代わりに有能な副官が場を仕切る。
「ノーコメントだ」
「それじゃ記事になりません! ひと言だけでいいのでお願いします!!」
女性記者の隣で、パイロット兼カメラマンが膝をついて、バスターとハックフォードを撮りまくる。
「我々は取材に応じるとは言っていない。提督閣下へのインタビューならば、女王国の報道官を通じて申し込んでもらおう」
「えー、でもせっかく本人から教えてもらったトップニュースなんですよ!!」
「……本人?」
バスターの意識が復活した。
「本人とは誰だ?」
「もちろん、隻眼のレオンです! あたし、レオンとは飲み友達なんです!!」
自慢するように鼻を高くする。
「さっきもいい話を教えてやるって渡り鳥の連絡がきて……」
提督閣下の大事な血管が一本ぷちんと切れた。
「……おのれ! あの男!!!」
その後の叫びは怒りで意味不明になった。
「閣下、落ち着いて下さい」
ハックフォードが急いでなだめ、下士官たちも駆けつけて怒り狂う提督閣下を取り押さえる。ドットソン記者は、バデーリ提督パニックになるとメモし、カメラマンはここぞとばかりにシャッターを押しまくる。
その場が、突如薄暗くなった。
バスター以外の全員がいっせいに空を見上げる。
なんと巨大なグリフォンが両翼を広げて、ロイヤル・ネルソン号に迫っていた。金色の翼が大きくて、太陽の光を遮っている。グリフォンの頭部は白く、その首回りには『レンタルのグリフォン。二十四時間いつでもご利用頂けます。世界中の幻獣たちをレンタルしたい時はワールドモンスターエージェンシーへ』と書かれた木製の看板をぶら下げている。
「あ! ハローオーケーの連中だわ!」
グリフォンから一つの影が落ちてきた。それはパラシュートを開いていて、無事に甲板に落ちると、ヘルメットとパラシュートを脱ぎ捨てて、Tシャツに短パンというラフな男が現れた。
「ハロー、オッケー、のピーター・ユニットでーす! バデーリ提督閣下ですネ! 先程の戦闘であの隻眼のレオンからラブコールを受けたそうですが、返事は何と答えたんですかー? 教えてくださーい」
「ラブコールゥ!!??」
まっさきにドットソン記者が声を一オクターブ張り上げて喰いついた。
「何それ! 教えてよ!」
「駄目でーす。スクープは渡しません!」
ユニット記者は腕でバッテンしてライバルを押しのけた。
「レオンは有名な男好きでーす。そのレオン本人から聞いた話によると、バデーリ提督閣下がすごく好みのタイプだそうで、ぜひメイクラブしたいそうですが、提督のお返事はイエスですかー? それともノーですかー?」
「メイクラブゥ!? やだレオンてば、どうしてそっちも教えてくれないのよ! スーパーゴシップだわ! 隻眼のレオン、海軍提督とのセックスを希望……」
と熱心にメモる横で、カメラマンは汗をふきながら激しく動きまくる。
「!……!!……!!!」
若き提督閣下は憤死寸前になった。
「一列に並べ!!」
その提督の背中を一生懸命支えながら、ハックフォードが号令を出す。兵士たちは駆け足で集まると、提督閣下と記者たちとの間に一列に整列した。
「ちょっとぉ! 取材拒否ですかぁ!!」
「我々には知る権利がありまーす!!」
壁のように立ち並んだ兵士たちに向かって、やいややいやと騒ぎ立てる記者たちには、ベテラン下士官キャッスルフォードが「まあまあ、一服どうですか?」とアフタヌーンティーを差し出しながらにこやかに応対に出て、その隙にバデーリ提督は副官と他の下士官たちの手で船長室へと引きずられていった。
バスターは飾りっ気のない船長椅子に座らされても、ずっと無言だった。何が何だか、わけがわからなくなって、思考回路がショートしていた。
「さあ閣下、まずは紅茶を飲みましょう」
少年従卒が駆け足で持ってきたアフタヌーンティーを差し出す。バスターは出されるままに受け取ると、その紅茶から漂う懐かしい匂いに誘われるように、口にした。
母国の味が喉をとおり、胸に染み渡ってきて、ようやくバスターの意識が回復した。
――あの男……
先程までの出来事がスローモーションのように甦る。
風になびく長い黒髪。
抜群のプロポーション。
一文字の傷痕。
傲岸不遜な態度。
怖ろしいほどの剣技。
『俺を追いかけて来い! そうしたらこの剣を返してやる!!』
バスターの手にあるティーカップがわなわなと震えた。激しい怒りが全身に満ち満ちて、体全体が怒りのオーラに包まれる。
「……あの男」
バスターはもう一口飲んだ。喉がからからだった。
「絶対に捕まえる……」
乾いた声で呟く。
「捕まえて、必ず縛り首にする……」
もう一回ぐいっと飲む。
「――すぐに追いかけるぞ!」
傍らのテーブルにドンとティーカップを置いた。その乱暴な物音に、提督閣下の様子を見守っていた部下たちが息を呑む。
「追いかけるぞ! 今すぐに!」
バスターは船長室の屋根が吹き飛ぶくらいの大声を出した。
「――畏まりました」
やや待って、ハックフォードが静かに頷いた。
「閣下のご命令どおり、ロイヤル・ネルソン号はサンタ・マリア海賊団を追い、隻眼のレオンを捕らえます」
冷静な顔立ちが、わずかに怪訝そうな色合いを浮かべる。
「ですが――」
バスターはハアハアと息をつきながら、副官を振り返った。
「何だ」
「隻眼のレオンを追いかけるにあたって、一つ、閣下にご確認させて頂きたいことがございます。とても重要なことです」
ハックフォードはいつになく真剣だった。
「何だ」
バスターもまた真剣に聞き返す。
ハックフォードは真面目な表情を変えないまま、どうしたらよいのかというように、提督閣下へちらりと流し目をおくった。
「閣下は――童貞ですか?」