周囲は怒号と喧騒でカオスとなっている。剣と剣が派手にぶつかりあい、銃声が風のように飛び交う。つるっぱげのテッドは腰にあった短銃を持ち出し、見張り台からパンパンと適当に撃っている。その斜め下でジャスレーが長い棒でのっぽの海兵にえいやと立ち向かうが、あっさり手で振り払われ転んだ。のっそりと海兵がジャスレーを踏んづけようとする時に、おちびのルースが上から飛び下りて海兵の頭に硬い壷をぶつける。海兵は目をくるりと回してぶっ倒れ、チビコンビはハイタッチを交わす。その横でキャッスルフォードが若い海賊相手にレイピアをきりきり回し、「脇が甘い! 脇が!」などとどこかの師匠のように叫んでいる。そんな血気盛んな戦闘光景を通り過ぎて、バスターも襲いかかってくる海賊たちを一刀両断していた。

 どこだ!

 血走った提督の耳に戦場にそぐわない明るい声が飛び込んできたのは、その時だった。

「バデーリ爺さん! 元気か! 会いに来たぞ!」

 バスターはランスロットを掲げながら、怪訝そうに声の方へ振り返った。

 ――バデーリ爺さん?

 御年まだ二十五歳の青年提督は、人混みを華麗に飛び越えながらやってくる男に目を留めた。白い綿の半袖シャツに、黒いズボン、膝まである長い革ブーツ。典型的な海賊衣装だが、どれも着馴れた感じでよく似合っている。胸元ははだけていて、厚い胸板が男の強靭そうな肉体をチラ見させている。背も手足も長く、同性から見ても素晴らしく格好いい男性だった。「ニューピープル」誌で世界の最もセクシィな男に選ばれるようなスタイルの良さである。女性たちからすれば、さらに長い黒髪は情熱的で、甘くて男前な顔立ちは胸をときめかせ、一文字に潰れている左目の傷痕はロマンを感じさせるだろう。

 だがバスターはロマンなどこれっぽっちも感じなかった。件の記事で見た写真の男が目の前に現れたのだ。

「レオン!」

 海賊たちを蹴散らしながら、男へ向かってゆく。

「隻眼のレオン!!」

 レオンは気軽に振り返った。こちらも甲板で仁王立ちしているバスターに目を留める。 

 レオンは最初、驚いたように無事な右目だけを大きくした。黒い瞳がこぼれ落ちそうなぐらいにびっくりして、何かを言うように唇を開きかけた。

「アー……」

 だがその言葉を呑み込むように結び直すと、その後は微動だにしないで、周囲の状況など忘れたようにバスターだけをしばらく眺めていた。まるでその姿を懐かしむかのように。

 しかしバスターはそんなレオンの様子にとんと気がつかず、黙って見つめるだけの敵に焦れたように剣の切っ先を向けた。

「私はバスター・アンドーレ・バデーリ! 女王陛下の忠実なる従兄弟にて、ノーフォーク候、ロイヤル・ネルソン号の提督である! お前が盗んでいった円卓の剣の一つガラハッドを奪い返し、お前を縛り首にするために参った! 偉大なる女王陛下に大人しく降伏せよ!」 

 バスターは高々と宣言した。その声に、周辺の海賊や海兵たちはやりあっていた手や足を止めて、なりゆきに注目する。 

 だがレオンは小首をかしげた。

「バデーリ?」

 まるで何かを思い出そうとするかのように、空を睨んで顎を撫でる。

「バデーリ……そうか、バデーリか」

 何やら納得できたようで、自分でうんうんと頷くと、改めてバスターに振り向いた。

「バデーリだって? 俺を追いかけていた八十過ぎの爺さんはどうしたんだ? ついに墓場行きになったのか?」
「な、何だと!」

 バスターはその言い方に憤慨する。

「祖父君はまだお元気であられる! だがお年を召されたので、私が代わってこのロイヤル・ネルソン号を指揮することになったのだ! 祖父君はお前を捕まえることに生涯を捧げられたが、私がこの帆船と共にそれを引き継いだのだ! よく覚えておけ!」 

 実は数ヶ月前に、前ロイヤル・ネルソン号の提督であったシイール・ライナード・バデーリは腰を(したた)かに打ち、ベッドから起き上がれなくなった。女王の強い勧めもあって、提督の座を孫に譲ると、療養のために地中海クルーズへと旅立った。イングレス女王国の社交界では話題になったが、海賊たちの情報網にはまだ引っかかってはいないようだった。

「お前、爺さんの孫か」

 レオンは身軽にへりを飛び越えると、ロイヤル・ネルソン号に乗り移った。甲板にいるバスターへ、まるで年来の知り合いであるかのように気安く歩み寄る。

 だがバスターは容赦なく剣を差し向けた。

「爺さん、元気か? 今日は誕生日だろう?」

 レオンは胸先に突きつけられた剣の切っ先に、苦笑いを浮かべて立ち止まった。けれどその目はとても優しくバスターを見つめている。

「勿論、お元気であられる。しかしお前には何ら関係ないことだ」
「ずっと俺のことを追ってきてくれていたんだ。知らない仲じゃないな。結ばれない恋人みたいなものだ」
「黙れ」

 その口の聞き方に、バスターは不愉快そうに眉を吊り上げた。何が結ばれない恋人かと腹立たしく思って、目の前に立つ海賊の親玉が何故か嬉しそうに笑ったのに気がついた。

「男らしい、いい声をしている」

 レオンは囁いた。

「俺好みだ」
「……」

 バスターは一瞬手から力が抜けそうになった。しかし「黙れ」と一喝して剣を力強く握りしめる。