「またな!」
レオンが手を振る目の前に、一発の砲弾が飛んできた。しかしマストの上でふんぞり返って座っている少年姿のヴァイオがひとさし指をくいっと動かし、砲弾の軌道を変えて海へ弾き飛ばした。「グラシアース!」とレオンが拳を上げると、ヴァイオは無事任務遂行というように頷く。
「大丈夫だったか、お前ら」
甲板に集合しているサンタ・マリア海賊団の海賊たちは、イエーイ! と歓声を上げる。砲弾を浴びたわりにはケガ人もなく、帆船も一見して無事のようだ――が、副船長のマルコが船内を駆けずり回って状況を確認している。
「よーし! お前ら! 錨を上げろ!」
レオンは晴れ渡った青い海空の下で、元気に号令をかける。
「逃げるぞ!!」
「閣下、海賊船が動き始めました」
ロイヤル・ネルソン号の甲板の右舷側から望遠鏡で覗いていた副官ハックフォードは、冷静に報告する。
「どうやら、船は無傷のようです」
「あり得ない!!」
その傍らに立つ海軍提督のバスターは木製の手すりに両手を激しく押しつける。
「なぜだ! あれほど砲弾を撃ち込んだのに!!」
叫びながら、今にも海中に飛び込む勢いで前のめりになる。ベテラン下士官キャッスルフォードが急いでバスターの背後から海に落ちないように支える。
「砲弾があの者たちの船で爆発したのを見たのだ! この目で! それなのになぜ普通に動けるのだ!」
バスターは両目が痛くなるほど強く見開く。つい先程までこの目の端から端まで映っていたのは、砲弾が直撃して海賊船が傾いていく姿だった。砲弾はマウンテンロッキード社製の新商品で、パワーボールよりも絶対に当たります! ご要望にお応えしてスーパーロングになりました! というコマーシャルで売り出されたもので、命中率と飛距離が数段パワーアップした、という説明書きがついている。そのとおり、砲弾の半分以上は海賊船に撃ち込まれ、さらには海辺の丘の上まで飛んで行った。そこで隻眼のレオンが映画の撮影をしていると、海外セレブゴシップサイトで知ったのだ。
それなのにと、バスターは自分の目をこすりたくなった。砲弾が命中し、海賊船は損傷を受けた。航行不能になった可能性もある。よし! とバスターは背後に並ぶ海兵たちに指示を出し、また海賊船を見た。するとダメージを負って傾いていた帆船が、なぜか元通りになっていた。唖然となって瞬きをしたバスターの視界へ入り込んできたのは、今の今まで命中していた砲弾が、あれよあれよというまに海中へボットンボットンと沈んでいく光景だった。
信じられないようによろめいたバスターを、キャッスルフォードがさっと背中から両手で押し支え、その横で優雅でいて有能なる副官がすらすらと謎を解く。
「おそらく、いつもの魔術師が戻ってきたのでしょう。大変に強い魔術を持っています。もう砲弾を撃ち込んでも無駄です。ジ・エンドです」
提督の大事なこめかみがぴくぴくと震えた。
「……ジ・エンドで終わらせるな、ハックフォード」
バスターは何とか立ち直ると、全海兵へ命ずる。
「海賊船へ突撃する! 攻撃態勢を……」
ふいに、強烈なイナズマが空に奔った。
バスターは何事だと仰ぎ見る。快晴で太陽も眩しい。天候は良好だ。波もなだらかである。目の錯覚かと思った瞬間、再び長く大きなイナズマがビカンビカンと光った。同時に、黒い雲が恐ろしい速さで近づいてきて頭上に差し掛かると、周辺が一気に暗くなった。
「あれはサンダーバードです」
黒い雲は巨大な鳥で、海辺の丘の上へ向かう。
「……」
突然登場した神鳥に、バスターは絶句する。フリーズした提督とは対照的に、ハックフォードは楽しそうに目を細めて微笑を浮かべた。
「おそらくは、隻眼の男が呼び寄せたのでしょう。派手好きでミーハーですから」
まるで知り合いでも語るような口調に、バスターは固まっていた口元を皮肉そうにひらいた。
「よく知っていることだな、ハックフォード。頼もしいことだ」
「当前です」
ハックフォードは甘い顔立ちに大人の余裕を覗かせる。
「我らの国の宝を盗んだ罪人です。イングレス女王国の敵なのです。敵ならば、当人以上に当人のことを知る義務があります。私はロイヤル・ネルソン号の副官として義務を果たしております」
耳触りの良い声で立て板に水の如く口上すると、何やら白けた色合いを浮かべている提督を叱るような目で見つめる。
「それに、あの男は閣下の貞操を狙っております。お忘れですか? 悪しき海賊が閣下の初めてのお相手になる悪夢を、ロイヤル・ネルソン号の名誉にかけて断固として阻止せねばなりません」
バスターの背後に控えているキャッスルフォードがクソ真面目に頷く。レオンを追いかけるロイヤル・ネルソン号のシークレットスローガンは「勇敢なる紳士たちよ、提督閣下の童貞を守れ」――ただし提督閣下は知らない――だ。
「……」
再びバスターは絶句する。何だそれは! と叫びそうになるが、怒りと破廉恥さで口がてんで動かない。そんな提督閣下を横目に空気を読める優秀なる副官は、すました表情でさらりと提督の意識の矛先を最初に戻す。
レオンが手を振る目の前に、一発の砲弾が飛んできた。しかしマストの上でふんぞり返って座っている少年姿のヴァイオがひとさし指をくいっと動かし、砲弾の軌道を変えて海へ弾き飛ばした。「グラシアース!」とレオンが拳を上げると、ヴァイオは無事任務遂行というように頷く。
「大丈夫だったか、お前ら」
甲板に集合しているサンタ・マリア海賊団の海賊たちは、イエーイ! と歓声を上げる。砲弾を浴びたわりにはケガ人もなく、帆船も一見して無事のようだ――が、副船長のマルコが船内を駆けずり回って状況を確認している。
「よーし! お前ら! 錨を上げろ!」
レオンは晴れ渡った青い海空の下で、元気に号令をかける。
「逃げるぞ!!」
「閣下、海賊船が動き始めました」
ロイヤル・ネルソン号の甲板の右舷側から望遠鏡で覗いていた副官ハックフォードは、冷静に報告する。
「どうやら、船は無傷のようです」
「あり得ない!!」
その傍らに立つ海軍提督のバスターは木製の手すりに両手を激しく押しつける。
「なぜだ! あれほど砲弾を撃ち込んだのに!!」
叫びながら、今にも海中に飛び込む勢いで前のめりになる。ベテラン下士官キャッスルフォードが急いでバスターの背後から海に落ちないように支える。
「砲弾があの者たちの船で爆発したのを見たのだ! この目で! それなのになぜ普通に動けるのだ!」
バスターは両目が痛くなるほど強く見開く。つい先程までこの目の端から端まで映っていたのは、砲弾が直撃して海賊船が傾いていく姿だった。砲弾はマウンテンロッキード社製の新商品で、パワーボールよりも絶対に当たります! ご要望にお応えしてスーパーロングになりました! というコマーシャルで売り出されたもので、命中率と飛距離が数段パワーアップした、という説明書きがついている。そのとおり、砲弾の半分以上は海賊船に撃ち込まれ、さらには海辺の丘の上まで飛んで行った。そこで隻眼のレオンが映画の撮影をしていると、海外セレブゴシップサイトで知ったのだ。
それなのにと、バスターは自分の目をこすりたくなった。砲弾が命中し、海賊船は損傷を受けた。航行不能になった可能性もある。よし! とバスターは背後に並ぶ海兵たちに指示を出し、また海賊船を見た。するとダメージを負って傾いていた帆船が、なぜか元通りになっていた。唖然となって瞬きをしたバスターの視界へ入り込んできたのは、今の今まで命中していた砲弾が、あれよあれよというまに海中へボットンボットンと沈んでいく光景だった。
信じられないようによろめいたバスターを、キャッスルフォードがさっと背中から両手で押し支え、その横で優雅でいて有能なる副官がすらすらと謎を解く。
「おそらく、いつもの魔術師が戻ってきたのでしょう。大変に強い魔術を持っています。もう砲弾を撃ち込んでも無駄です。ジ・エンドです」
提督の大事なこめかみがぴくぴくと震えた。
「……ジ・エンドで終わらせるな、ハックフォード」
バスターは何とか立ち直ると、全海兵へ命ずる。
「海賊船へ突撃する! 攻撃態勢を……」
ふいに、強烈なイナズマが空に奔った。
バスターは何事だと仰ぎ見る。快晴で太陽も眩しい。天候は良好だ。波もなだらかである。目の錯覚かと思った瞬間、再び長く大きなイナズマがビカンビカンと光った。同時に、黒い雲が恐ろしい速さで近づいてきて頭上に差し掛かると、周辺が一気に暗くなった。
「あれはサンダーバードです」
黒い雲は巨大な鳥で、海辺の丘の上へ向かう。
「……」
突然登場した神鳥に、バスターは絶句する。フリーズした提督とは対照的に、ハックフォードは楽しそうに目を細めて微笑を浮かべた。
「おそらくは、隻眼の男が呼び寄せたのでしょう。派手好きでミーハーですから」
まるで知り合いでも語るような口調に、バスターは固まっていた口元を皮肉そうにひらいた。
「よく知っていることだな、ハックフォード。頼もしいことだ」
「当前です」
ハックフォードは甘い顔立ちに大人の余裕を覗かせる。
「我らの国の宝を盗んだ罪人です。イングレス女王国の敵なのです。敵ならば、当人以上に当人のことを知る義務があります。私はロイヤル・ネルソン号の副官として義務を果たしております」
耳触りの良い声で立て板に水の如く口上すると、何やら白けた色合いを浮かべている提督を叱るような目で見つめる。
「それに、あの男は閣下の貞操を狙っております。お忘れですか? 悪しき海賊が閣下の初めてのお相手になる悪夢を、ロイヤル・ネルソン号の名誉にかけて断固として阻止せねばなりません」
バスターの背後に控えているキャッスルフォードがクソ真面目に頷く。レオンを追いかけるロイヤル・ネルソン号のシークレットスローガンは「勇敢なる紳士たちよ、提督閣下の童貞を守れ」――ただし提督閣下は知らない――だ。
「……」
再びバスターは絶句する。何だそれは! と叫びそうになるが、怒りと破廉恥さで口がてんで動かない。そんな提督閣下を横目に空気を読める優秀なる副官は、すました表情でさらりと提督の意識の矛先を最初に戻す。