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N県◆◆◆市▲▲町 女児行方不明

二〇〇三年七月三十日 夜八時の報道番組より

本日夕方六時半頃、N県◆◆◆市に住む〇〇〇ちゃん(十歳)が遊びに行ったまま帰ってこないとご家族の方から通報がありました。夏休みに入り、いつも通り水神橋へ遊びに行ったとのことですが、その後の行方がわかっていません。
事件・事故両方の観点から捜査を続けています。
また、近隣住民の皆様は〇〇〇ちゃんの目撃情報、怪しい人物の情報などございましたら、N県警までご連絡ください。

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不審人物目撃情報

二〇〇三年七月三十一日 報道番組より

N県◆◆◆市▲▲町にて、昨日不審な人物が目撃されていたとのことです。

性別:男
身長:170センチくらい
服装:黒のパーカーに黒のズボン、黒のスニーカー

男は水神橋付近で目撃され、発見当時黒い布に包まれた何かを俵担ぎにしていたとのことです。
近くには黒のワゴン車も停められており、先日の女児行方不明事件が誘拐と見て引き続き捜査を続けています。

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 私はいまから二十年以上も前に、ある罪を犯しました。それが、前述した上記の件です。

 私は元より引っ込み思案な性格で、学区内に仲の良い友達は一人もいませんでした。周りは皆、学校が終わったら誰かの家に行って遊んだり、公園で集まったりしていたようですが、私は一度たりとも誘われたことなどありませんでした。家にこもっていると両親に心配されるので、私は「遊びに行ってくる」といつも嘘をついて、家の近くにある水神橋へと時間つぶしに行っていました。その時出会ったのが、佐藤凛でした。

 彼女はいつも数人の友達と仲良く遊んでいて、一人でいる私に初めて声をかけてくれたのが彼女でした。元々社交的な性格なのでしょう、それから毎日のように彼女に声をかけられて、一緒に遊びました。

 私には友達がいませんでした。地味で、暗くて、自分から声をかけたりなんかできない。
 だから佐藤凛は私にとって初めてできた友達であり、親友でした。

 これまでずっと隠してきましたが、私の名前も「りん」といいます。ひらがなで、「りん」です。奇しくも彼女と同じ名前だったこともあり、私と佐藤凛はかなりのスピードで仲良くなりました。そのうち好きなアニメや漫画も同じだということもわかり、お互いにとって唯一無二の存在になっていたと自負しています。

 二人で話すのが楽しかった。二人でいられればそれでよかった。
 そのうち佐藤凛が引き連れて来る私以外の「友達」がだんだんと疎ましくなってきました。
 私の性格の歪みが、あの事件の引き金だったのだと思います。

 当時、水神橋付近はまだ整備が進んでいなくて土手は草が生い茂っていたし、川辺まで降りていくことができました。いつも通り祠のお地蔵さんに手を合わせて、付近の探検をしていたときでした。一人の女の子が、元より空いていた祠近くにあった土手の空洞に足を滑らせて落ちたのです。その落ちたのが、ニュースで報道された〇〇〇ちゃんでした。

 深さは三メートルくらいあったと思います。手を差し伸べても届かない。這い上がろうとしても、土がもろもろと崩れてしまう。下では助けを求める〇〇〇ちゃんが足を押さえながら泣いている。落ちた時に怪我をしたのでしょう。大人の助けが必要でした。夏休みに入っており、その時はまだ昼を過ぎたばかりの十三時頃。辺りを探せば大人がいるだろうと、助けを呼ぶために凛ちゃんは▲▲村へと駆け出しました。真夏だというのに草が生い茂る穴の中は薄暗かったのをいまでもまだ覚えています。凛ちゃん、凛ちゃんと泣きながら助けを求める〇〇〇ちゃんの声が、私には鬱陶しかった。

 私は、何もできなかった。いいえ、何もしないことを選んだ。むしろ、落ちていい気味だとさえ思っていたくらいです。まだたった十歳だったというのに、怖い女です。

 鳴き声が鬱陶しくて、なかなか戻って来ない凛ちゃんにもだんだんと腹が立ち始めて、「私も人を探して来る」なんて、できもしないくせにその場から離れました。人を探して来る、なんていうのは大嘘です。本当はその時、自分の自宅の方まで走って行って、小石を蹴ってただぶらぶらと凛ちゃんを待っていただけでした。

 もうそろそろ凛ちゃんが戻ってくる頃かなと、私はもう一度川へ向かいました。遠目から凛ちゃんが穴を覗き込んでいる姿が見えました。近くには大人の姿はありません。あとで知ったのですがその日は▲▲村の集会だったらしく、凛ちゃんは誰かを連れて来ることができなかったみたいでした。

 二人で〇〇〇ちゃんの安否を確認すべく、穴を覗き込みました。時間にしたらたった十分、二十分程度のことだったと思います。
 穴の中に、〇〇〇ちゃんの姿はありませんでした。

 当時、凛ちゃんと話して、通りかかった誰かが偶然〇〇〇ちゃんを見つけて助けてくれたのだろうとの考えに至りました。子供なので、解決してしまえばそれでもう終わりです。その後は日暮れまで凛ちゃんと二人で遊びました。誰かに助けられたわけではなかったと知ったのは、しばらく経ってからでした。

 小学生だったので、ニュースを見る習慣など当時ありません。近くで行方不明者が出たと両親が話していたのは薄っすらと記憶にはありますが、それが〇〇〇ちゃんのことだとは思い当たりませんでした。学区も違うし、私と知り合うわけがないと誰もが思っていたはずです。でも、凛ちゃんの方は違ったみたいです。〇〇〇ちゃんと遊んだか、いつまで一緒にいたか、どこで何をしていたか等、様々なことを聞かれたみたいでした。

 当時凛ちゃんはそれを大人たちに責められていると感じたのでしょう。「怖くなって、知らないって言っちゃった」と震える声で私に話してくれたのを覚えています。凛ちゃんが、私を頼ってる。心のどこかで、それを嬉しく思った自分がいました。こんなだから、友達の一人もいなかったのだと、いまだから思えます。

 凛ちゃんが本当は助けを呼びに行ったことを知っています。でも私は、「二人だけの秘密にしちゃおう」と凛ちゃんに言いました。凛ちゃんは小さくですが、確かに頷きました。

 それからしばらく経っても、〇〇〇ちゃんは行方不明のままでした。あの日本当のことを言っていたらもしかしたら、という気持ちがあったのかもしれません。大人に嘘をついたことも、私との約束を守ることも、本当は負担だったのでしょう。凛ちゃんはぱたりと、いつからか橋には来なくなりました。凛ちゃんの家は知っていたけれど、会いに行くという選択肢は私の中にはありませんでした。中学に上がる頃には、完全に凛ちゃんとは疎遠になっていました。大人になるにつれて、会わないこと、忘れることがお互いの為だと気付き始めて、だけどそれが間違いだったと最近では思うのです。

 あの日、私と佐藤凛と〇〇〇ちゃんは、確かに一緒にいました。
 私は完全なる悪意から〇〇〇ちゃんの元から離れたし、これは誰にも言っていない、私の秘密です。あの時のことは二人だけの秘密。彼女にとってもそうだと疑っていませんでした。つい最近までは。だけど、本当は違ったのだとあの日、凛ちゃんのお母さんに会って気が付いたのです。





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海外ドキュメンタリー番組 衝撃の誘拐事件(メモ)

あるカルト宗教団体の一部が逮捕された
そこから衝撃の事実が浮かび上がった

・活動資金調達の為、子供の臓器を売買しお金儲けをしていた
・子供の血を飲むと寿命が延びると信じ、誘拐してきた子供の血液を飲んでいた

団体は常にグループで行動しており、黒い布、またはビニールを被せ、身動きが取れない状況で子供を誘拐していた

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 一つの海外のドキュメンタリー番組を、なんとなく見ていました。どこか心に引っ掛かりを感じました。考えれば考えるほど、繋がってしまうのです。

 〇〇〇ちゃんは、二〇二四年九月現在も行方不明のまま。後の不審人物のニュースを大人になったいま見て、あの日の自分の行動がいかに愚かだったか知りました。そこに巻き込んでしまった凛ちゃんにも、どう詫びたらいいかわからない。

 あの日見捨てた代償が巡ってきたのだと、そう思うのです。




(二〇二四年九月五日)