——〚九月二日のタイムスケジュール〛——
06:30 起床
07:00 三人で朝食をとる
09:30 早めに実家を出て、佐藤凛の自宅へ向かう
09:50 佐藤凛の自宅に到着
11:00 訪問終わり、一度実家へ帰宅
12:30 お昼を実家で食べる
13:00 帰り支度
14:30 N県出発、A県へ帰るために帰途につく
17:00 A県にある賃貸アパートに無事帰宅
18:00 夕食
19:00 荷物の片付け、翌日準備、風呂など
21:00 記事まとめ
23:30 就寝(予定)
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いまの時刻はちょうど二十一時。疲れていてあまり頭が回らないけど、記憶が新しいうちに書いておかないと。そう思ってなんとかPCを立ち上げた。
佐藤凛の死を知ってから様々なことを調べ始めて、早くも一か月が過ぎようとしている。あの日Tちゃんに会わなければ、……いいえ。あの日あんなことをしなければ、こんなふうに記録を残すこともなかったのだと思う。何も考えず、目の前の幸せに浸っていられたのかもしれない。
自分は安全だと思いたい。大丈夫だと信じたい。そんな気持ちで調べ始めたはずなのに、いま私が向かおうとしている場所がどこなのか、わからなくなりつつあります。人を不幸にしておきながら、自分は安全なところに居たいだなんて、私は汚い人間です。
こうなってしまったのも、すべて因果応報。
全部過去の私、過去の私たちがしたことです。誰の目に触れなくてもいい。私は自分自身の罪と向き合うために、これを書いています。
忘れるために、お互いを思って離れました。忘れようとお互いに誓いました。だけど、あなたは亡くなった。不可解な死だった。そして、こうしてあなたのことを知っているTちゃんに出会った。私にとっては大学時代のかわいい後輩。あなたにとっては会社のかわいい後輩だったのでしょう。こんなふうに出会ってしまうなんて。あなたをまた、思い出すなんて。忘れることなんて、はじめからきっと許されていなかった。それはもう、巡り巡ってこうなると決まっていたということなのでしょうね。
九月二日、九時五十分。時間より少し早いけれど、あなたの自宅に着きました。家がどこにあるかは知っていました。行くのは今日が初めてだったけれど、会話の中でよく「あそこが家だよ」と教えてくれていたので知っていました。
その自宅は古くも新しくもなく、本当に普通の家でした。この辺では珍しい片流れ屋根で、もちろん瓦張りなんかではありません。黒いインターホンを押すと、奥から柔らかい声が聞こえました。凛ちゃん、あなたのお母さんは、とても優しそうな人だったんだね。
元々がどういう女性だったのかはわかりません。痩せていて細くて、いまにも折れそう。だけどあなたのお母さんの私を見る目だけは、とても優しかった。
お家に上がらせてもらって、仏間に通されました。遺影の中のあなたはもう私の知っているあなたではなかったけれど、幼い頃の面影が微かに残っていました。おりんを鳴らして、手を合わせました。静かに、穏やかに。あなたが安らかに眠っていればいいと、ただひたすらにそう願いながら。そう願うことも本当は罪なのかもしれないけれど。
リビングに通されて、あなたのお母さんと少しばかりお話をしました。
小学生だった頃よく遊んでくれていたこと。学区が違うからそのうち疎遠になったこと。あなたの死を知ったのが三年も遅れてしまったこと。県外にいて線香をあげに来れなかったこと。
凛ちゃん、お母さんに私のことを話してくれていてありがとう。
「あなたのこと、凛からよくお話を聞いてました。今日、会うことができてうれしい」
やつれた顔で微笑むあなたのお母さんは、まだあなたの死から立ち直れていないようでした。
私は、幽霊とかオバケとか、目に見えないものを信じてはいません。けれど、良心の呵責、過去の罪の意識からでしょうか。最近は近くにいると肌で感じることが多くなりました。それがなんなのか、誰なのか。あなたなのか、あの子なのか。それとも別の何かなのか。わからないけれど確かに感じるのです。
「……実はね、誰にも話していなかったんだけど。あの子ね、妊娠してたの」
あなたのお母さんから聞いた話は、私の心に深い影を落とすのに十分でした。きっとその手で抱きたかったはずだと思うのです。どうして、どうして……。
ほかには何を話したのか。覚えておきたかったのに録音がうまくできていなくて、記憶がおぼろげです。それだけショックを受けました。あなたが亡くなったことを知った時よりも、大きな衝撃だったかもしれません。
私は一つ、嘘をつきました。それはきっと、あなたのお母さんは気付いている。
もしかしたらあの日からずっと、本当は知っていたのかもしれない。
私たちのついた嘘に。
だからなのかもしれません。
「凛がこうなってしまったことは本当に悲しいし、やるせない。何年経ってもあの子の笑顔が思い浮かぶし、あの子のことを考えると涙が出る。でもそれは、きっとあの人も同じ」
凛ちゃん、あなたのお母さんは私をまっすぐ見つめて言いました。
「あなたもだよね? あの日、一緒にいたの。ねえ? ——ちゃん」