今日から一気に寒くなった。
 この前秋になったかと思えば、すぐさま冬になった感じ。もう少し秋が頑張ってくれたらいいのに。

 こんな寒い日になると、どうしてもあの日のことを思い出す。
 私の親友がいなくなった日。
 2018年12月3日。
 以前も書いたが、冬の訪れが感じられるような実に肌寒い日だった。
 私はなんとしても、彼の行方不明の真相が知りたい。せめて、少しでも真相に近づきたい。
 だからこそ、ホラーが苦手な心を奮い立たせて今日も案を捻り出している。

 さて。その案とやらはまた後日、頭の中でまとまってから書くことにして、ひとまず日曜日の調査結果の残りについて早々に書いていきたい。
 今日まとめていくのは、17日の12:00〜14:00におこなった満谷先輩への聞き取りについてだ。

 以前の日記にも書いたが、満谷先輩は千咲先輩や私の親友と仲が良かった、テニスサークルで副会長も務めていた人当たりの良い先輩だ。
 その印象は社会人になって久しぶりに会っても変わりなく、さして千咲先輩たちに比べれば薄い交流しかなかった私の頼みにも気さくに応じてくれた。一応、聞き取りの内容については録音させていただいたので、個人の特定に繋がる部分や一身上の都合から記載できない部分を除いて文字起こしをしたものを明日にでも載せておきたいと思う。(満谷先輩にも許可をもらっている。)

 先に結論を言っておくと、親友の行方不明事件と千咲先輩が捕まった闇バイトの一件についてはどうも無関係のようだった。
 ようだった、というのは、どうにも推測の域を出ないからだ。私は一流のミステリー作家ではないし、探偵でもなければ警察でもない。もし私の日記をお読みの有識者の方がいらっしゃるなら、私の稚拙な推測についてご意見をいただけるとありがたい。

 まず、親友の行方不明との関連性を考える前に、先に千咲先輩の現況について教えていただいたのでまとめておく。

 千咲先輩は闇バイトの一件で逮捕されたあと、大学をしばらく休学したらしい。逮捕されたというのが友達を含めて大学に広まってしまったし、そんな中でキャンパスライフなんて送れないと言っていたようだ。
 容疑自体は否認しており、そんなバイトに申し込んだ覚えもやった覚えもないと主張していたそうだ。
 しかし、警察は千咲先輩が闇バイトの勧誘をしていた音声データや、実際に千咲先輩が逮捕された時に運んでいたダンボールの中身に麻薬が入っていたことを証拠として検察に提出、送検されてしまった。

 ただし、結果的には不起訴となったらしい。嫌疑不十分、という理由だそうだ。
 この結果について、千咲先輩は納得していなかったとのことだった。それはそうだろう。もし千咲先輩が無実ならば、逮捕されて犯罪を犯したのではないかという疑いまでかけられたのに、その白黒がはっきりとしないまま終わってしまうことを意味するのだから。
 実際問題、同じサークルに所属していた私も千咲先輩が逮捕されたことは知っていたが、その結果については全く把握をしていなかった。これだけの認識であれば、好き勝手に「逮捕された」という事実だけが広まって白い視線を向けられることも容易に想像がつく。

「人生狂わされた。もう最悪」

 そんな言葉の最後に千咲先輩と会っていないらしく、今はどこでなにをしているのかまったくわからないと満谷先輩は悔しそうにしていた。

 千咲先輩のことは気の毒としか言いようもないが、当然ここでいくつかの疑問が残る。

 もし無実ならば、どうして友達を誘うような音声データがあり、麻薬の入ったダンボールを運んでいたのか?
 客観的に見れば十分な証拠があるような気がするのに、どうして嫌疑不十分、すなわち犯人として認めるのに証拠が足りないという理由で起訴されなかったのか?
 そもそも、「闇バイトに誘われた人が、どんなに警戒していてもいつの間にか闇バイトをしており、誘った人は行方知らずになる」という噂はどこから広まったのか?

 私がその疑問を振ると、どうやら満谷先輩も私と同じ疑問を当時持っていたらしく、いろいろと調べたことを話してくれた。

 まず音声データだが、満谷先輩が千咲先輩から聞いたところによると、二人の声が入っていたそうだ。どちらも女性で、ひとつは千咲先輩。もうひとつは千咲先輩の友達を名乗っているようだったが、なんと千咲先輩自身もその声は聞いたことがなかったらしい。声自体はかなり綺麗で、一度聞いたら必ず覚えているというほど印象的な声だったそうだ。
 やりとりについても、千咲先輩はまったく身に覚えがないらしかった。むしろ千咲先輩は、「私が友達から変なバイトに誘われたくらい(14日の日記に書いた内容と同一と思われる。)なのに、私が同じようなことをするはずないじゃない!」と怒っていたと、満谷先輩は言っていた。
 それはそうだ。
 そんなバイトに誘われれば誰だって警戒するし、そのあとに自分から怪しげな闇バイトを探したり(興味本位で検索をしてしまう人もいるかもしれないが、千咲先輩はそういうことはしないタイプの人だ。)、ましてや応募なんてするはずもない。その点については、満谷先輩も同意見だと深く頷いてくれた。

 また麻薬の入ったダンボール箱についてだが、当時千咲先輩はバイト先の閉店作業を終えたあと、余った材料を24時間営業の別店舗へ配達していたところだったらしい。その時は私服で、たまたま巡回中だった警察官に呼び止められて中身を見せるよう言われ、発覚したそうだ。
 ダンボールの中身は、余った生地や卵、野菜のほかいくつかの調味料と、クリーニング済みの包装がなされた制服に、新品の文房具が数個。どれも千咲先輩が自分で判断し、入れたものだった。そして麻薬については、クリーニングされた制服のポケットの裏地から出てきたようだ。
 警察はさらに千咲先輩がバイトをしていたその店舗にガサ入れを行ったが、結局見つかったのは千咲先輩が運んでいたものだけだったらしい。クリーニングされた制服を運んだ業者やクリーニングした業者、さらには本社や他の店舗まで調べたが何も出てこなかったため、一気に千咲先輩への嫌疑が高まったらしかった。

 私的には、この時点で不可解な点がひとつあった。
 まず千咲先輩が無実だと仮定すると、最初の音声データはおそらく何かで加工されたものだろう。かなり綺麗な声だったというから、AIで生成した歌用の声なんかを使った可能性が高い。そしてそのような準備をしているということは、犯人は千咲先輩を予めはめようとしていたことになる。つまりは、計画的な犯行なのだ。
 しかしそれでは、麻薬の件の説明がつかない。当時、別店舗へと持っていくダンボールの中に何を入れるか決めたのは千咲先輩自身だ。生地や卵、野菜といった食物ならば移動させることも見当がつくのだが、クリーニングされた制服なんかは前もって頼まれでもしない限り持っていくとは考えにくい。
 もっと言えば、その制服を媒介として麻薬取引なんかをしていたとするなら、いくらなんでも危険すぎないだろうか。店員が何の気はなしにその袋を破って制服を着てしまい、シフトが終わり次第クリーニング箱へポイッとするイメージが簡単に想像できる。

 であるならば、闇バイトとこの麻薬の件は別ものなんだろうか?
 たまたま誰かが闇バイト関連で千咲先輩を貶めようとしていた矢先に、陰で動いていた別件の麻薬事件に巻き込まれたのだろうか?

 偶然にしてはあまりにもできすぎているように思えた。
 むしろ千咲先輩が麻薬配達のバイト(中身が麻薬と知っていたのかは不明)をしていて、友達にも勧めていたというのが順当だ。ゆえに、警察も送検したのだろう。
 
 でも本当に、あの真面目で明るい千咲先輩がこんなことをするだろうか。
 実は腹の底でお金に悩んでいて、友達から誘われる前に闇バイトに手を染めていたのだろうか。
 まさか、本当にあの噂通りになってしまったわけでもあるまいし……。

 そんなことをカフェのテーブルにうずくまって考えていたら、満谷先輩はさらに情報を教えてくれた。
 なんでも千咲先輩の不起訴が決定したのは、以前千咲先輩に怪しげな稼げるバイトを紹介した女友達が逮捕された直後だったらしいのだ。

 これには驚いた。
 きっとここで逮捕されたのは、以前千咲先輩に怪しいバイトを紹介していたメンヘラ気質な友達さんのことだろう。その人まで逮捕されたこともさることながら、すぐあとに千咲先輩の不起訴が決定するなんて、あまりにもタイミングが良すぎる気がした。

 そして最後、「闇バイトに誘われた人が、どんなに警戒していてもいつの間にか闇バイトをしており、誘った人は行方知らずになる」という噂の出所については、満谷先輩も私からDMがあった後に気になっていろいろ探ってくれたらしいが、結局それらしいものは見つからなかったらしい。
 満谷先輩の予想では、「おおかた闇バイトに引きずり込まれて、引きずり込んだ側が逃げた直後に警察に摘発されたとか、そんなところじゃないか」と言っていた。「いつの間にか闇バイトをしている」というのも、「闇バイトに誘われる人はきっとお金に困っている人が多く、誘われた時は断っても結局稼げる話を忘れられなかったからだろう」と推理していた。

 歯切れが悪い気がしてならないが、この闇バイトに関する情報で集められたのはここまでだった。
 そして最初にも書いたが、以上の話を聞く限り親友の行方不明事件とはあまり関係がないように思えた。
 一連の話の中に私の親友の名前や影が出てこなかったし、満谷先輩に訊いてみても「あいつはそんな怪しいバイトをするほどお金には困っていなかった」と笑っていた。
 それに、千咲先輩の不起訴決定の直前に逮捕されたのが例のメンヘラ気質な友達さんであるならば、「闇バイトに誘った人が行方知らずになる」という部分も当てはまっていないことになる。加えて時間系列としても、千咲先輩の不起訴が決定した後、すなわち闇バイトに関わっていなかったとされた日の後に親友が行方不明になっているようなのだ。やはり満谷先輩の予想通り、闇バイトを誘う人、誘われる人の法則性のようなものが、この噂の起源となったのだろうか。

 いかんせん、私の推理力ではこの辺りが限界だ。
 ここまで書いてみても、これをモキュメンタリーホラー小説コンテスト用の題材にはできなさそうだった。(とてもじゃないが内容が複雑すぎて書ける気がしないし、親友の行方不明にも関係しないのならば、無実な知人が逮捕されている話を題材にするのは抵抗がある。)

 ということで、闇バイト事件については消化不良ではあるが、明日の聞き取り音声の文字起こしでひとまず区切りをつけたいと思う。
 残っている『「熱狂的読者を攫う怪異」の件で収集したネット情報』と『親友の実家への訪問』の記録については、もう少しまとめるのに時間がかかりそうなので、明後日以降に投稿していきたい。

 なんとか、真相に近づけるといいのだけれど。