私の親友を見つけるまで

 今日も無事に一日が終わった。
 といっても、執筆はこれからなので本当の意味ではまだ終わっていない。日中はフルタイムで仕事をしており、先日からミステリーやら和風ファンタジーやらと今までの私には書いたことのないジャンルを書いていることもあって、進捗はまるで芳しくない。11月も中旬に差し掛かっており、ここからどう巻き返していくかが大切だ。頑張れ、私。

 そして一番大事なモキュメンタリーホラーの題材探しについてだが、ひとまず今週の休日に現地調査に行くことにした。いわゆる知り合いへの聞き込みや、題材になりそうな与太話のモデルとなった場所へ赴いてみる。もはや与太話などと言っている時点でどうかと思うが、ホラーが苦手な人はこうして自分の心の平穏を保っているのだ。
 それにこれは、私なりの心の準備でもある。なにせ、いなくなった親友の件にまつわる場所ももう一度巡ってみようと思っているのだから。あれには妙な噂もあったし、以前探した時から全くその手の耐性がついていない私としては、ありもしない都市伝説でどうせただの尾ひれがついた空想や妄想の類だと決めてかからないと腰が重くなる一方なのだ。

 ということで、平日のうちは昨日の日記に書いた私の親友の行方不明事件(事件といっていいのかはわからないが、ここでは事件と書いておく)に関連することについて、少しずつ綴っていきたいと思う。私の記憶整理も兼ねてなるべく詳細に書くつもりでいるが、もしなにかわかったことや気にかかることがあれば教えてほしい。
 まずはそう。一番重要な、行方不明になった日の出来事についてまとめていこうと思う。

 あれは今から6年ほど前。大学一年生の冬のことだった。
 厳しい残暑もとうに落ち着き、急に冷え込みが激しくなった12月初週の月曜日の一限目を、彼は無断で欠席した。
 まあ、それ自体はべつになんてことはない。寒くなった日の月曜の一限目なんて休みたいに決まっている。私だって休みたいのを堪えて掛け布団を鋼の意志で蹴飛ばし、無理やり頭を覚醒させて起きたくらいだから。
 優しい私は、彼のために代筆をして講義を受けつつ、「代筆してやるから昼飯を奢れよ~」などとメッセージを飛ばした。講義は90分。終わるころには何かしら返信があるだろうと呑気に考えていたが返信はなく、既読がつくこともなかった。
 これは本格的に眠りこけているなと、それでも私は悠長に構えていた。

 一限目が終わってすぐに、私は彼が一人暮らしをしているアパートに向かった。私たちは二人とも地元だったが、一度親元を離れたいという気持ちもあり、私も彼も一人暮らしをしていた。
 彼のアパートは、私の住んでいるところよりも少しばかり家賃は高いが、かなりの良物件だった。
 日当たりの良い角部屋の二階で、8.5畳もある1Kの間取りにバストイレ別の駐車場付き。これで家賃が二万五千円だというのだから破格もいいところだ。以前理由を訊いたら、「不動産会社で勤めている叔父に探してもらったんだよ」と言っていた。事故物件とか、そういう類のものではなかった。
 そんな良質で羨ましいアパートに赴き、呼び鈴を何度も押したが彼は出てこなかった。念のためドアレバーを回すと、不用心にも彼の部屋の鍵は開いていた。
 私の親友には、かなりそそっかしい面があった。だから、その時はまだ鍵をかけ忘れて寝ているのだろうと私は思っていた。
 ゆっくりとドアを開けて親友の名前を呼んだが、やはり返事はなかった。

 そこで初めて、私は違和感を覚えた。

 再度名前を呼びつつ、私は彼の部屋に入った。一番最初にあったのはキッチンで、使用済みの皿やコップがシンクにつけられていた。かなり時間が経っているようで、汚れはこびりついていた。
 キッチンから奥に向かえば、彼がいつも過ごしている8.5畳の部屋がある。親友は特に持病なんかは持っていなかったが、もしかしたらということもある。私は急いで引き戸を開いて中に入った。

 しかし、そこに彼の姿はなかった。
 カーテンは閉め切られ、薄暗い室内はいつも通り散らかっていて、部屋の中央にあるローテーブルの上には教科書やら飲みかけのお酒の缶やらおつまみやらと雑多に物が置かれていた。ベッドやソファーには脱ぎ散らかした下着や衣服が散乱しており、部屋の隅には漫画や小説が高々と平積みされていたと記憶している。
 そして、一番目に留まったのは電源がついていたノートパソコンだ。薄暗い部屋の中で、唯一光を発していた。
 はっきりとは覚えていないが、確か大学の英語の授業で出ていた課題のeラーニングの画面だったように思う。それと別タブに、どこかのWEB小説サイトらしき画面があった。彼は小説を書いていなかったはずなので、きっと適当にeラーニングをしながら合間にWEB小説を読んでいたんだろう。そのわきにはコーヒーが置かれており、すっかりと冷め切っていた。

 ただ今にして思えば、なんとなくおかしな部屋だった。
 どこか彼らしくないというか、言語化しにくい何かがその部屋にはあった。

 でも、そのほかにこれといって変わったところはなかった。一応トイレや浴室も見てみたが、最近使用されたような形跡はなく、水気も一切なかった。
 気味が悪くなって、私は一度部屋から出た。それからいつも彼の車が停まっている駐車場に目を向ければ、そこに車はなかった。
 きっと一限目があることを忘れてどこかに出かけているんだろう。
 私は無理矢理そう思い込むことにして、その時はそのまま大学に戻って授業を受けた。親友と一緒にとっていた講義は一限のほかにも二つあったが、結局どちらも彼は来なかった。そればかりか、合間にした電話には出ず、メッセージにも相変わらず反応はなかった。

 大学が終わり夜になったところでいよいよ怖くなってきて、私は親友の自宅に電話をかけた。すると彼のお母さんが出てきたので、私は事の顛末を全て話した。
 彼のお母さんは驚きつつも連絡をなんとかとってみると言っていたので、私はその先をお任せすることにした。ただどうしても心配になり、私からも何度か電話やメッセージを繰り返ししてみたが応答はなかった。

 それから五日経っても、彼の所在は知れなかった。
 彼のお母さんから連絡があり、捜索願を出すことになったと聞いた。

 あれから6年。未だに、私の親友がどこにいるのかはわからない。
 ずっと既読のつかない最後のメッセージを、今でもたまに確認している。
 けれど、やはり変化はない。

 彼は本当に、どこに行ってしまったのだろうか。
 昔から放浪癖というか、ふと思い立ってどこかに行ってしまうところはあったが、必ずその日中に私や家族に連絡を入れていた。
 そのことを加味しても、やはりこの件には何かあるに違いない。それが彼自身の意思によるものなのか、あるいは人による事件や事故なのか、はたまたそれ以外によるものなのかは、わからないけれど。

 少々長くなってしまったので、今日はこれくらいにしておこうと思う。
 また後日、彼の捜索をしてくれた関係者の方から聞いたことや、その後に小耳に挟んだ噂話などについてもまとめていく。

 本当に、どこかで無事に過ごしているといいのだけれど。
 日記というものは三日坊主になるとよく言われる。
 その所以をなんとなく実感しながらこの文章を書いているのだが、おそらくあれだ。書くことがなくなるのだ。そして書くことを考えることが面倒くさくなってやめてしまう。
 私の場合はまだいい。なんといっても、日記を書く期間とその目的がはっきりしているのだから。

 改めてこの日記についてだが、私が応募しようと思っているモキュメンタリーホラー小説コンテストの初稿を書き上げた時点で終わらせるつもりだ。その時までは、書いたこともないモキュメンタリーホラー小説を私がどんな過程で形にしていくかを綴っていく。これについてはほとんど記録用だ。

 題材については前述したとおり、巷で聞いた怪談話や、行方不明になった私の親友に関する案件、それにまつわる噂話を調査していく中で見つけていきたい。現実にあったことを調査・記録し、主観的な考えを書いていくことはまさにドキュメンタリーであり、ここに上手く虚構を織り交ぜることができればモキュメンタリーとしての物語が完成する。そのように踏んでいるわけだ。

 また形式だが、いくつかの手法を案として考えてあるので、以下にまとめておく。

 案1:取材メモ、雑誌形式
 案2:記録日誌、日記形式
 案3:報告書、レポート形式
 案4:SNS投稿形式

 案1は、よくある手法だと思う。ドキュメンタリーという言葉を聞いて真っ先に思いついたのがこの形式だ。一番書きやすいので、この形式で書く可能性が高い。
 案2は、今私が書いているような形になるだろうか。事件や都市伝説に関することを思い起こす形で記述していき、それを読者が見ているというイメージだ。
 案3は、案1に近いが、記者やライターといったものに囚われないため、幅広く応用が利くように思われる。ただし、小説としてどこまで上手く書けるのかはわからない。私のような初心者には難しそうな印象だ。
 案4は、ちょっと面白そうだなと思ったのでメモとして残しておく。いわゆる現実にあった出来事(モキュメンタリーの場合は虚構の出来事)を、あたかもSNSに投稿して不特定多数に見てもらっているという体裁で綴っていくのだ。今回は短編と長編の二つの部門があるようなので、短編の場合はこうしたあまり見ないような形式で書いてみるのも面白そうだ。
 他にも手法はありそうだし、組み合わせてもいいし、またここにあるのはあくまでも私個人の主観(日記なので書くまでもないと思うが)なので、結局どれがいいのかはわからないが、思いついたことは書きまとめておかないと忘れてしまう性分ということもあり、こうして見返す時用に残しておく。

 あとはそう、題材との相性もありそうだ。
 都市伝説や怪談話の類であれば案1や案3がいいだろうし、行方不明の案件に関することを書いていくのであれば、実在した事件を追求し、調査するというイメージになりそうだ。その意味では、案4は少々難しいか。うーん残念。
 とりあえず今週のうちにもう少し全体のイメージを固めつつ、実際に書かれているモキュメンタリーホラー小説を読んでインプットをしていかないといけないなと考えている。頑張れ、明日からの私。(今日はやらないのか、というツッコミはなしだ)

 普通の日記ならここで止めるところだが、この日記は全世界に向けて公開しているものなので、読んでくださっている皆さまに向けた、とても重要なことも綴っておかなければ。


 それは……――私の自己紹介です。(今さらすぎる)
 いやね、昨日の日記で私が早々にまとめておきたかった行方不明の案件について書き終わり、公開もして見直していたら気づいてしまったわけです。これを読んでくださっている皆さまからすれば、いったいこいつは誰なんだ、ということを。

 ということで改めまして、私の名前は矢田川いつきといいます。
 もちろん、本名ではありません。物書きとして活動するためにつけた、いわゆるペンネームです。
 普段の私は北陸地方に居住しているごくごく普通の社会人です。ちなみに年齢は秘密です。
 物書きとしては現時点では特に書籍化経験などもないアマチュアで、とある業種のフリーランスを生業としています。周囲には私がこのような活動をしていることは明かしておらず、いつかデビューして兼業作家として羽ばたいていくことを夢見ています。
 好きな食べ物はわらび餅。好きな場所は波打ち際。最近の悩みは創作仲間に女性作家だと間違われていることです。(誰も聞いていない)
 とまあ、このような未熟な物書きである私が、次なる土俵として選んだのが此度のモキュメンタリーホラー小説なわけで、サボり癖のある自分を追い込むためと、この場を活用して気掛かりだった案件の情報収集を目的としてこのような日記を書いているわけです。
 以上で、自己紹介は終了です。ふう。


 ……さてさて。
 モキュメンタリーホラー小説の進捗記録も自己紹介も終わったところで、ここから先は再び私の親友の話に戻していこうと思う。

 昨日は親友が行方不明となった日のことについて書き記したが、今日は自己紹介の話題も出したということで、私と親友の関係性について少しまとめておきたい。

 私と親友は小学校から大学まで、およそ10年に渡って仲良くしていた。
 小学校三年生の時に同じクラスになり、二回目か三回目の席替えで隣の席になったことをきっかけに仲良くなった。また彼の実家は、私の実家の隣町にあり、自転車を15分ほど漕げばつくような近さだったため、学校が終わったあとはほとんど毎日のように一緒に遊んでいた。
 よくしていた遊びとしては、テレビゲームやカードゲームといった男の子らしい遊びはもちろんのこと、室内だけでなく鬼ごっこやサッカーなど室外でも活発に遊んでいた。親友には友達が多く、特に小学生の時は大人数でできるケイドロやかくれんぼなどをすることが多かった。彼は小柄で足が速かったこともあり、鬼から逃げるのはかなり得意だった。
 中学生や高校生の時は、よく休日にレジャー施設に行って遊んでいた。親友はボウリングが得意でアベレージは200が当たり前。一方の私は100を超えればいいほうだった。
 しかも彼は、かなり勉強が得意だった。定期試験や全国模試などで勝てたことは一度としてない。勉強方法は単語帳ではなく便覧を使うような変わり者だったが、常に学内でも5位以内をキープしていた。その頃から放浪癖やサボり癖があったのに成績だけは落とさなかったので、実に羨ましく不思議なことこの上なかった。
 ただ、そうした羨望や悔しさはあったものの、私と彼は喧嘩を一度もしたことがなかった。
 彼の変なところは別にして、私は彼の人間性を心の底から尊敬していた。
 いつも朗らかに笑い、ふざけて面白い話をしており、私だけでなく周囲にいた友達全員を笑わせていた。
 自ら進んで困っている人を助ける積極性や優しさを持ち合わせているだけでなく、大勢の前で堂々と発言ができる度胸や、先陣を切って高さ数十メートルを誇る恐怖の反り立つ壁のクライミングに挑戦する気概も持ち合わせていた。(あれはすごかった)

 そうした彼と、私は生涯親友でいることができると思っていた。
 彼もまた、私のことを親友だと言ってくれたことがなにより嬉しかった。
 地元の大学に入学してからも交流は当たり前のように続き、講義の履修登録はもちろん、一部のサークルに至るまで同じものを選んでいた。私も親友も男だったので、一時期ホモ疑惑が立ったほどだった。
 そんなこともあって顔を合わさない日はないといっていいほどだったのだが、あの日を境にぱったりと彼は姿を見せなくなったわけだ。

 彼の行方不明には、二通りの見方があると考えている。
 すなわち、彼自身の意志でいなくなった場合と、何らかの事件や事故に巻き込まれた場合だ。

 前者の場合なら、彼は今も無事で、平穏か不穏かはともかくこの世界のどこかで暮らしていることになる。
 それならばメッセージに反応をしてくれてもいいのではと思うのだが、スマホそのものを無くしている可能性も否定できない。

 そこで以前の私は、ひとつの方法を考えた。
 彼も好きだった小説を通して、彼の目に触れてもらおうとする方法だ。
 実は、私のペンネームは、親友の名前が由来でもある。
 このペンネームで活動していれば、もしかしたら彼から連絡があるかもしれないと思ったわけだ。
 ただお察しの通り、未だに彼からの連絡も反応もない。私がまだまだ無名の物書きという理由が大きい気もするので、ぜひとも今回のモキュメンタリーホラー小説コンテストでは良い結果を残したい。もし彼の行方不明案件を使った題材で書籍化することができれば、彼から何かしらのアクションがあることも期待できるからだ。

 ただし後者の場合……何かの事件・事故に巻き込まれている場合は、話が変わってくる。
 このような活動をしていても親友の目に触れることはなく、最悪の場合、既にこの世にいない可能性だってある。

 しかしもしそうだとするならば、それは果たして事件なのだろうか。事故なのだろうか。

 人為的なものなのだろうか。非人為的なものなのだろうか。

 そしてここで関わってくるのが、前述したとある噂話の類だ。
 この噂話にはいくつかの種類があり、中には妄想の域を出ないようなオカルトめいたものもある。

 次からは、この噂話について綴っていきたいと思う。

 引き続き、もし何か情報があれば感想やメッセージなどの方法で連絡をいただけると幸いです。


 そして、昴>縺、縺。

 もし君がこの日記を見てくれているのであれば、どんな方法でもいい。

 どうか、無事であることだけでも教えてほしい。

 頼む。
 いよいよ今週の平日もあと1日となった。
 私的には、木曜日という曜日は1週間の中で一番一日が長く感じられ、そしてもっとも憂鬱な曜日だ。月曜日から水曜日までの疲れが積もりに積もっているだけでなく、あろうことか木曜日自体を含めて平日がまだ2日も残っているからだ。
 まあフリーランスの身としては、取引相手の休日を確認する意味合いぐらいしかなく、普通に土曜日も仕事なのであまり関係ないのだが。ただそれでも、こうした学生時代からの感覚というものは、今でも根強く心に残っているものだとしみじみ思う。

 さて、現実から目を逸らすのはこのくらいにして、そろそろ本題のことについても書いておかないと。どうしてもホラー小説を読んだ後は、こうして一ミリも関係のないくだらない話を考えてないと怖くてたまらない。(こんなんでモキュメンタリーホラー小説なんぞ書けるのだろうか。)


 まずは今日の記録だ。今日はホラー小説の短編を2本ほど読み、ホラー関連の動画を1本視聴した。内容については怖いので割愛するが、いかに臨場感たっぷりに書くか、が私なりの課題になりそうだ。そもそも怖い情景を思い浮かべることに抵抗があるのに、それを鮮明に描写していかなければならないのだから。
 まあ書く時の私よ、頑張りたまえ。(いつも未来の自分に任せる。)

 それと、私の休日である日曜日に行く現地調査だが、当時小耳に挟んだ噂話のどれかについて調べていきたいと考えている。可能であれば、親友のことを知っている知り合いにも話を聞いておきたいので、明日調整をしよう。


 それにしても改めて思うのだが、親友がいなくなった6年前に私の周りで囁かれていた噂のうち三つが「行方不明に関するものだった」ことは、実に不可解だ。
 およそ、噂のジャンルというものは千差万別であるのが普通だ。大学の堅物教授に関する面白ネタだったり、共通する知人の恋バナであったり、バイト先に来る迷惑客の裏事情であったり、そうした多種多様なジャンルで構成されるのが当たり前だ。
 しかし、6年前のあの時ばかりはそうではなかった。
 いや正確には、ジャンルそのものは確かに多種多様だったが、噂話のどこかしらに「行方不明」というワードが含まれていたのだ。
 今日はその中でも、人為的な事件についてまとめておこうと思う。(ホラー小説を読んだ真夜中に、オカルト話を思い出して書き綴るというのは勘弁願いたいので。)

 まずもっとも私の周りでまことしやかにささやかれていたのは、闇バイト事件だ。
 まさに最近のニュースでかなり話題になっている闇バイトだが、それ自体はもっと昔から少しずつ横行していたらしい。私の通っていた大学でも、いつもお金に困っていたやつが急に羽振りが良くなったりだとか、お金を貯めるためにシフトを入れまくっていた人が急に辞めたりだとか、そうした話はたまに耳にしていた。

 一番私の身近なところで言えば、当時所属していたテニスサークルの先輩から聞いた話がある。
 先輩の友達に、少々メンヘラ気質な可愛らしい女の子がいたらしい。彼女には、高校三年生の時から付き合っている同い年の彼氏がいた。なんとしても彼氏と同じ大学に行きたくなった女の子は、現役時代に受かっていた大学を全て蹴り、浪人と奨学金を借りてまでして彼氏と同じ私立大学に入った。生活費やら浪費家の彼氏への貢ぎやらでお金が必要だった彼女は、時給のいいバイトを掛け持ちしていた。とても熱心に働く彼女は周囲の人とも良好な関係を築き、評価もかなり良かったらしい。
 しかし、ある日を境にぱったりと彼女はバイトへ来なくなった。心配になったバイト先の店長は、女の子の友達だった先輩を通じて理由を訊いてくれるよう言ってきたらしい。
 そして先輩が遠回しに彼女に理由を訊くと、普通のバイトなんかバカらしくなるような超高額バイトを発見したから辞めることにしたのだと言い張ったそうだ。

「千咲もさ、一緒にバイトやってみない? めっちゃ稼げるよ」

 千咲というのは、私の先輩の名前(仮名)だ。先輩は何度も怪しいから辞めなと止めたのに、むしろ友達はそんな言葉でしつこく勧誘してくるようになったと言っていた。先輩曰く、度重なる誘いが苦痛になり、結局彼女とは疎遠になっていったとのことだ。
 おそらく、その時に先輩の友達が手を出してしまったのが闇バイトだ。内容は至ってシンプルで、指定された日にちに指定された場所へ行き、簡単な指示に従ってタスクをこなしていくだけだと言っていたらしい。タスクも荷物整理とか、看板の傍に立っているだけとか、配達・運搬など誰でもできることが募集欄には書かれていたみたいだ。
 しかし、それだけの簡単な仕事内容で、高額報酬がもらえるというのがそもそもおかしい。遅かれ早かれ、個人情報を人質にされて抜け出せなくなり、犯罪に手を染めて警察に逮捕されるというのがオチだ。まさに昨今のニュースでも、そうした事件が多数摘発されている。
 だが、私の周りで広まっていた噂は、そんな闇バイトに加担している人が周囲にたくさんいるとか、そういう内容ではない。
 闇バイトに誘われた人は、どれだけ警戒していようと漏れなくそのバイトをするようになり、それと付随するように誘った人が消息を絶つというものだった。
 ありえない。
 私も、最初はそう考えていた。
 しかし、私の先輩である千咲さん自身が闇バイトに加担して捕まったことで、その信憑性は格段に上がってしまった。
 それだけではない。先輩が逮捕される前に、私は聞いていた。先輩は自分の友達だけでなく、私の親友からも同じように割のいいバイトに誘われたことがあるということを。
 そんなことはありえない。ただの偶然だ。
 私は繰り返しそう自分に言い聞かせてきた。今でも偶然だと思っているし、偶然だと思い込もうとしているし、そのためにもこうしてここに偶然だと書いている。
 けれど、どうにもタイミングが良すぎた。先輩が捕まったのは、私の親友が姿を消してからちょうど10日後のことだった。

 この噂については、未だに真相がはっきりしていない。
 そもそもしっかりと警戒していて、お金にも困っていない人がこのようなバイトに手を出すとは思えない。しかも誘われただけでいつの間にかそのバイトをするようになるなど、全くもって意味がわからない。催眠術にかけられたわけじゃあるまいし、そんなことがありえるのだろうか。

 現在、先輩とは連絡をとっていない。
 だから、どこでなにをしているのかはわからない。先輩が捕まったのも特にニュースにはなっていなかったので、罪を認めたのかどうかなど詳しい事情は何も知らない。
 けれど、千咲先輩と仲が良かった同じサークルの先輩が、次の日曜日に地元に帰ってくるらしい。(SNSで呟いていた。)
 現在返信待ちだが、もし話を聞くことができれば、この噂話の真相に辿り着くことができるかもしれない。そうなれば、この噂話が私の親友の行方不明に関係しているのかどうかもわかるだろう。
 それにもし関係しているかわからない、あるいは関係していないだろうが確証が持てないなどの場合であれば、モキュメンタリーホラー小説としてこれをモデル題材に執筆するだけだ。このような日記の場だけでなく、今話題の小説ジャンルとして執筆し、より多くの人の目に触れることができたなら、もし関係があれば親友からの何かしらのリアクションが期待できるだろう。(それだけの人の目に触れるかはまた別問題だが。)

 何はともあれ、この噂は一番現実味がある話(オカルトではないだろうという意味で)として、必ず探っておきたい案件ではある。
 他の噂話はどちらかといえば非現実的な、ともすればオカルトチックな側面が強いので、正直あまり気が進まない。
 とはいえ、調査をやらなければ題材探しも情報収集もままならないので、しっかりやっていこうとは思っている。(こうして人目のある場所に書き記すことで逃げ道を無くしているのだ。わかっているのか、明日以降の私よ。)

 気になっている噂話は、残り二つ。

 果たして、この中に親友の行方不明と関係しているものはあるのだろうか。 
 今日もモキュメンタリーホラー小説の執筆に向けて短編を3本読み、動画を2本(ドキュメンタリー系とゲーム実況系)観た。
 ホラーの雰囲気づくりのために頭の中をホラー脳にしておかないといけないのだが、なにぶんホラー嫌いの身としてはこれがなかなかにしんどい。ううっ。

 そうそう、日曜日の現地調査については、昨日書いた千咲先輩と仲の良かった、満谷先輩(仮名)に話を聞きにいくことができそうだ。
 また私の親友が行方不明になった件について、彼が所属していたサークル(私と彼が所属していたテニスサークルとは別のダンスサークル)のメンバーと、彼のお兄さんに連絡を入れた。ただ二人とも次の日曜は難しいらしいので、その次の日曜になりそうだ。

 よし。ということで、今日はこの辺で。
 また明日も頑張ろう。





















 というのは、さすがにダメ?
 ダメか。
 いや、わかっている。いくらホラー嫌いとはいえ、ちゃんと書くものは書かないといけないということを。
 ホラーを連日に渡って読み、視聴して、考え続けてもはや震えまくっている心だが、頑張ってあの噂を思い出して、しっかり書きまとめておかないといけない。……いけないよなあ。

 さて、さすがに先ほどの数行では全然ダメだと思うので、もう少し追記していく。
 まず満谷先輩というのは、千咲先輩と仲が良く、当時私が所属していたサークルの副会長も務めていた人だ。私はあまり話したことはなかったのだが、人当たりがとても良く、明るくて社交的な人だった。確か、いなくなった私の親友とも馬が合っていたようで、飲み会の時はよく絡み合っていたのを覚えている。
 現在は東京のほうで不動産関係の職に就いているらしく、受け持っていた仕事がひと段落ついたので有休をとって地元に数日帰ってくるそうだ。そんな貴重な休みに私の取材もどきを受けていただくのはとても申し訳ないのだが、そこはさすがの満谷先輩ということで快諾してくれた。イケメンすぎる。
 千咲先輩のこともさることながら、私の親友の行方不明の一件についてもいろいろご教示いただこうと考えている。

 またその行方不明事件に関して何か知っていそうな、心当たりのある数人に連絡を入れてみた。
 その中でも、先ほど記述したダンスサークルに所属していた人(仮に加藤さんとしておく)と、親友のお兄さんである智也さん(こちらも仮名)が当時のことをいろいろと覚えているようだったので、詳しい話を直接聞かせてもらうことになった。二人のことについては後日改めて書いていきたいと思う。
 そのほかにも、メッセージでやりとりをした人の中には気になることを言っている人もいたので、もう少し訊いてみたうえでこちらについても後日まとめておきたい。

 それと今日は、気になっている残り二つの噂話のうち、せめてひとつくらいはまとめておかねば。
 どちらもミステリーというよりは完全にホラーな話なので、私個人としては本当に書きたくない。誰か代わりに書いてくれないだろうか。(誰かって誰だ。)


 今日まとめておきたいのは、「隠れ鬼」に関する噂話だ。
 隠れ鬼ごっこについては、知っている人も多いと思う。いわゆる、世間一般に広く浸透している「かくれんぼ」と「鬼ごっこ」を組み合わせた、子どもの頃にしていた遊びのことだ。もしかすると本日記に目を通していただいている方たちの中には知らない人もいるかもしれないので、念のためルールも以下に書いておく。

【隠れ鬼ごっこの基本ルール】
・最初にかくれんぼと同じく鬼を決める。
・鬼以外は、鬼が時間を数えている間にどこかに隠れる。
・鬼は時間を数え終わったら、隠れている参加者を見つけにいく。
・鬼は参加者を見つけたら、鬼ごっこの要領でその参加者を捕まえにいく。
・捕まった場合は、その捕まった参加者が次の鬼になる。

 これ以外にローカルルールも多数あるらしく、私のいた地域では鬼が参加者を見つけた場合、かくれんぼと同じく「みーつけた」と見つけたことを言葉で示すことになっていた。(調べた限りでは、「みーつけた」と言わない場合が多いらしい。)

 そしてここからが本題なのだが、親友が行方不明になった当時、小学生くらいの子どもたちが行方知れずになる事件が数件起きていて、その子どもたちはこの隠れ鬼ごっこをして遊んでいたらしい、という噂が流れていたのだ。
 噂の内容もいろいろと不可解で怪しげなものが多く、

「参加者とは別に、『隠れ鬼』という本物の怪異が紛れ込んでいたらしい」
「隠れている時に、本物の隠れ鬼に見つかり捕まると攫われる」
「お墓の見える場所で、お墓に背を向けて隠れると連れて行かれる」
「本物の隠れ鬼は前髪の長い子どもの姿をしており、朱色に染まったボロボロの服を着ている」
「本物の隠れ鬼は獲物を見つけた時に、『みーつけた』のほかに、『お逃げーなさい』と言うらしい」
「本物の隠れ鬼は獲物を追いかける時に、『ほーらはやく。お逃げーなさい』と繰り返し唱えてくるらしい」
「本物の隠れ鬼に連れて行かれると、連れて行かれた先でもう一度隠れ鬼ごっこをやらされ、逃げ切った場合は元の場所に戻れるが、捕まった場合は食われてしまうらしい」

 などといったことがささやかれていた。

 この噂についても、真偽のほどは定かではない。
 ただ、いかにもなホラー話だし、信ぴょう性は低いように思われる。(というかそうであってくれ。)
 一方で、大人である大学生が、このような子どもじみた噂をしていたことはどことなく不思議ではある。発信元もわからないし、それこそ当時私の周りではよくある怪談話の一種みたいなノリで話されていたのだ。

 もっとも、この話の真偽がどうであれ、私の親友の行方不明の一件とはさすがに関係ないと思っている。
 あくまでもこの話は隠れ鬼ごっこで遊んでいることが前提にあるし、子どもならまだしも、いち大学生が隠れ鬼ごっこをして遊んでいた可能性はかなり低い。やはり、昨日まとめた闇バイト事件のほうが関係はありそうだ。その意味でも調査する必要はないと思っているのだが、ひとつだけ気がかりなことがあるのだ。

 それは、隠れ鬼ごっこのできそうな広さのある場所で、噂にあるような「お墓の見える場所」が、親友が住んでいたアパートの近くにある、という点だ。

 さすがに違うと思う。これだけでは、やはり弱い。
 しかし、明後日の日曜日に現地を軽く見ておきたい気持ちもあるのだ。
 現地を見て回り、後日ダンスサークルに所属していた加藤さんや親友の兄である智也さんに、合わせてこの話についてもいろいろと訊いて、やはり関係なかったのだと心の中で確証付けておきたい。それに、この手の話はホラー感がかなり強いので、単純にモキュメンタリーホラー小説の題材としても申し分ないだろうし。

 以上が、今私が気になっている噂話の二つ目だ。
 よし、まとめ切った。よくやったぞ、私。

 明日は残る最後の噂話について、頑張ってまとめてみよう。
 そちらもホラー感満載の話なので、正直気は進まないのだが。
 のめり込むように物語を読んでいたら怪異に連れ去られる、なんて話、ありえないだろうし。
 ようやく一週間が終わった。
 明日は待ちに待った休日……ではあるのだが、モキュメンタリーホラー小説コンテスト用の題材探し兼、親友の行方不明事件調査であちこちを回る予定だ。
 今日もコンテスト用の執筆のためにいくつかホラー小説を読もうと思っていたのだが、さすがに一週間の疲れが出たのか集中力がまるでない。(正直、日記を書く元気もあまりない。)
 ということで、明日のためにも今日はもう休もうと思う。

 ただし、その前にどうしても最後の噂話についてはまとめておきたいので、今日は一日の振り返りもそこそこに早速まとめに入っていきたい。

 私が気にしていた噂話のうちの最後のひとつは、「熱狂的読者を攫う怪異」というものだ。
 昨今、様々な小説投稿サイトが運営されており、そこでは多種多様なWEB小説が執筆され、誰でも閲覧できるようになっている。各小説投稿サイトごとにも特色があり、異世界転生やスローライフといった異世界ファンタジーが数多く掲載されているものから、短編に特化したもの、女性向けの和風ファンタジー・溺愛ものをメインに扱っているものなど、じつに多くの投稿サイトがネット上で運営されている。中には出版社が積極的に運営し、定期的にコンテストを開催しているものもあり、かくいう私もそうした投稿サイトで毎回全力で小説を執筆・投稿し、応募をしている。
 このように、書き手は数多ある小説投稿サイトの中から自分に合ったものを選び、作品を公開している。

 一方で、この日記を読んでくださっている方々の中にもいると思うのだが、小説投稿サイトに登録しているユーザーには、書き手のほかに読書メインで登録しているユーザー、いわゆる「読み専」の人たちがいる。書き手のモチベーションの源泉であるPV数に大きく関係しており、時として感想やレビューをくれる大変ありがたい方たちだ。(いつも本当にありがとうございます。)
 しかしこの読み専の方たちの数は、各投稿サイトによって天と地ほどの差がある。そしてこの数の差が、前述した「熱狂的読者を攫う怪異」と関係しているらしい。
 つまり、熱狂的なまでに物語を読み、魅了されている読者を、その物語の世界へと引きずり込む怪異がいるという噂が、当時流れていたのだ。
 ただし、流れていたといってもこれは大学での話ではない。私がまだ小説を書き始めて間もない頃、読み専から書き手へとシフトしていた時期に、SNSで交流していた人たちから聞いた話だ。以下に、その内容について綴っておく。


 この「熱狂的読者を攫う怪異」は、もともと小説の読者を狙っていたわけではなかった。
 事の発端は、今から300年ほど昔まで遡る。
 300年前のここ日本では、長く続いていた戦乱の世が落ち着き、人々は平和の世を謳歌していた。人々の生活は豊かになって元禄文化が花開き、商才に長けていた町人の家では商いで儲け、大きな商家として発展していった家もあるという。
 そうした世において、とある商家の主人は骨董品や娯楽品に魅了され、大きな蔵を建てては収集した品々を大切にしまい込み、暇があれば食い入るように眺め愛でていた。中でも、絵巻物や木版印刷による娯楽小説(当時、本は高価な物であった)に向ける気持ちは異常といってもよく、妻や実の息子、娘と過ごすよりも多くの時間を割いていたらしい。
 当然、主人の家族は納得しなかった。怒りや不満を長年抱えていた彼ら彼女らは、主人が亡くなったあと、骨董品や娯楽品を蔵ごと燃やし尽くした。
 しかし、この一件が悲劇の始まりであった。
 元来、行き過ぎた強い感情のもとには、怪異が宿るという。主人がその生涯にわたって愛した出版物の山々についても例外ではなく、主人の絵巻物や娯楽小説に対する熱狂的な感情に惹かれ包み込まれていた怪異が、蔵には住み着いていた。
 主人の強い思い入れがある品々ごと蔵を焼かれた怪異は怒り狂い、蔵を燃やした主人の妻や子どもたちを惨殺した。そしてその後、なくなってしまった熱狂的な感情が宿る物を求めて、あちこちを彷徨うようになった。
 時には、絵画に宿った。
 時には、生花に宿った。
 時には、屏風に宿った。
 時には、神社に宿った。
 時には、恋をされている人間に宿った。
 しかし、怪異には物足りなかったのか、感情を向けてきた者すべてを喰らった。その熱狂的な感情を、内に取り込もうとした。
 時には、絵画を眺めている人を頭から喰らった。
 時には、生花を愛でている人を手から喰らった。
 時には、屏風の前に座っている人を背後から喰らった。
 時には、神社に参拝しにきた人を地面に引きずり込んで喰らった。
 時には、恋人との接吻の最中に身体全体を飲み込んだ。
 そうして現代まで、怪異はあらゆる場所や人や物に憑りつき、永らえてきた。

 怪異が憑りつく対象には、必ず「物語」を必要とした。
 そして6年前の当時、その怪異が標的としていたのは、「小説に熱狂的な感情を向ける読者」だったらしい。
 
 その時の私も、常々不思議に思っていた。
 素敵な作品が数多く投稿されているにもかかわらず、なぜか読者が増えていない小説投稿サイトがあった。
 そのサイトは既に閉鎖されているらしいが、当時の登録しているアクティブユーザー(ここでは、「一週間に一回程度ログインしているユーザー」を指す)の全数に対して、読み専の方たちの数は一割程度だったとか。さらには、アクティブユーザーではない登録者の九割以上が読み専だった方たちらしいのだ。(正式な内訳や数値が公表されたわけではないはずなので、これもあくまでも噂だ。)
 つまるところ、この噂が本当であれば、素晴らしい作品が数多く投稿されていたその小説投稿サイトに怪異が住み着き、物語に魅了された読者を片っ端から連れ去り、喰らったという推測が成り立つ。

 正直、昨日の「隠れ鬼」の一件と同じくこれもありえない話だ。
 行方不明になった私の親友がよく閲覧していた小説投稿サイトのひとつが、その閉鎖された噂の投稿サイトでなければ、私もすっかり忘れていた類の与太話だ。

 そういえば、あの日。
 私が親友の住んでいたアパートの部屋に入った時に見たパソコンの別タブに表示されていたのも、どこかの小説投稿サイトだった。
 まあ、ないだろうとは思っている。
 一応、明日の調査の合間にネットで調べてみようとは思っているが、聞き込みなんかには直接関係のない話だ。それに、今ある小説投稿サイトでそのような不可解な現象が起きているものはないはずなので、過去の情報以外には目ぼしいものは見つからないと思う。


 よし。
 これで当初の予定通り、私が気にしていた三つの噂話についてまとめることができた。
 もしこれらの噂話について、何か情報を持っているという読者がおられるようなら、ぜひとも情報提供をお願いしたい。

 いよいよ明日は調査当日。
 親友の昴>縺、縺のためにも、しっかりと頑張っていこう。
 本日のことを書く前に、この日記を読んでいただいている皆さまにひとつお知らせです。

 どうやら、私のこれまでの日記内にいくつかの文字化けがあるようです。しかも、文字化けを修正するツールを使っても完璧に復元できないタイプの文字化けらしいです。
 そして、さらに恐怖をあおるようなことを言って申し訳ないのですが、私のほうではその文字化けを把握できていないのです。
 過去の日記を見返しても、どこにもそのような痕跡がないのです。
 これは、どういうことでしょうか。
 理由がはっきりせず、把握できないこともあり修正ができませんので、大変申し訳ないのですが、修正できない文字化けについてはそのままスルーしていただけると幸いです。


 さて、ここからはいつも通りの日記に戻していこうと思うのだが、それにしても怖すぎる!
 え、文字化けってどういうこと? しかも修正できない? え、そんな文字化けあるんですか。
 連絡していただいた方からは、「矢田川さんが私たちを怖がらせるためにわざと作ったんですか?」などと言われましたが、とんでもない! そもそも修正できない文字化けってどうやって作るんだ。意図的に作れるなら普通戻せるはず……。意味がわからない。怖い怖い怖い。

 ただでさえ今日の現地調査は怖いことだらけだったのに、その上私の日記にまで……?
 え、私、呪われたりしていないですよね? 誰に訊いてるんだって感じですね。ごめんなさい。

 いったん、日記の文字化けについては忘れよう。それよりも、記憶が薄れないうちに早く今日の調査結果をまとめておかねば。

 まず、今日の現地調査の行程について先に簡単に記載しておく。

⚪︎第1回題材探し兼情報収集調査 行程
 10:00 〜 11:30 ……「隠れ鬼」調査
 11:30 〜 12:00 …… 移動
 12:00 〜 14:00 …… 満谷先輩にランチ取材
 14:00 〜 15:00 …… 移動、「熱狂的読者を攫う怪異」について情報収集
 15:00 〜 18:00 …… 親友の実家訪問

 正直、想定以上の調査をすることができた。
 それぞれについてしっかりまとめていきたいと思うが、非常に長くなりそうなので、とりあえず今日は「隠れ鬼」調査についてのみにここに記しておく。明日以降に分割する形で、満谷先輩への聞き取り(主に闇バイト事件について)や急遽することになった親友の実家への訪問内容について書いていこうと思う。(特に、満谷先輩への聞き取りについては録音したテープの起こしも記載したいので。)

 ということで、早速「隠れ鬼」調査の内容についてまとめていく。

 以前も記載したが、もともと私は、「隠れ鬼」の噂にあった「お墓の見える場所」で、かつ隠れ鬼ごっこができそうなほどの広さがある広場が、親友のアパートの近くにあることが気になっていた。あのノリの良い親友のことだ。大学生といえど、たまたま楽しそうに隠れ鬼ごっこをしている子どもたちに混ざって、一緒に遊んでいた可能性も否定できない。(もちろん、確率としてはかなり低い。)

 来週会う予定をしている加藤さんや智也さんへの聞き取りの前準備として、私はまずその広場を訪れた。
 広場といっても、そこは金網のフェンスに囲まれた空き地である。昔小学校のグラウンドだったこともあって、桜の木が広場を囲むようにして植えられていた。11月も中旬。整然と並んだ桜の木々の葉は散り始めていた。
 広場の隅のほうには、旧忠霊塔、今でいう慰霊碑が建てられている。他にも石造りのアートチックなオブジェや、近くのハイテク工業団地で開発された受配電設備機器が埋め込まれた街灯など、じつに様々なものが配置されている。こうした障害物を利用すれば充分に身を隠すことができるし、そこそこの広さもあるので逃げ回ることもできる。これほど隠れ鬼ごっこに適した場所も少ないだろう。

 そして問題のお墓なのだが、フェンスを越えた先、田んぼが広がる中に小さな霊園がひとつあるのだ。昔からある古い霊園らしく、墓じまいをせずに無縁仏となってしまったものもあると聞いている。
 また慰霊碑(旧忠霊塔)も、一種のお墓だ。事実、その慰霊碑は太平洋戦争で戦死した者の霊を称え祀っているもので、墓地取締規則に基づき管理され、忠霊碑とは異なり納骨堂も備えている。(ただし、現在は遺骨は納められていないらしい。)

 このように、まさに「隠れ鬼」の噂話が実現しそうな条件の揃った場所だ。もしそのような怪異が実在するのであれば、この場所で隠れ鬼ごっこをすればほぼ間違いなく出てくるに違いない。あくまでも、条件的な意味では。
 ただし、もちろん疑念もある。フェンスを越えた先にある霊園は広場から見えるといってもそこそこに遠いし、おおよそこの広場に隠れるとなれば自ずと背中を向けてしまうような位置にある。そしてそれは慰霊碑についても同じ(慰霊碑はかなり大きい)であり、さらに言えばどちらのお墓も「隠れ鬼」の噂とは何の関係もないはずなのだ。(例えば、鬼ごっこをしていて足を踏み外して亡くなった子どものお墓があるとか、そう言ったことは聞いたことがない。)

 この件について、当初想定した調査はここまでだった。
 来週話を聞く親友のお兄さんの智也さんは、これらのお墓を管轄している町の町内会の役員に属している。また改めていろいろ尋ねてみようかと思い、私は去り際に何枚か写真を撮ろうとしていた。

 そんな時、私は不意に後ろから声をかけられたのだ。
 もちろんビビった。「うおっ!?」とも「うわっ!?」ともつかない変な声をあげて反応してしまったのは、一番新しい黒歴史だ。
 ただ、私がこうして普通に日記を書いていることからもわかる通り、「隠れ鬼」ではなかった。私に声をかけてきたのは、昔親友とともに一緒に遊んであげていた、この町内に住む雄太くん(仮名)だった。

「どどどどど、どうしたんですか?」

 私の黒歴史だけを記載するのはあれなので、私の「うおっ!?」とも「うわっ!?」ともつかないビビり散らした反応に驚いて、同じくどもり散らした雄太くんの返答もここに書いておく。これだけで私の中にある羞恥心がいくらか紛れてくれる。(性格悪いな、私。ごめんよ、雄太くん。)
 雄太くんは私よりも10歳ほど年下の男の子で、今では高校生になっていた。
 ここで私は閃いた。
 10歳ほど下ということは、私や親友が大学生の時は小学生だ。小学生であればこの広場で隠れ鬼ごっこをしていてもなんらおかしくないし、「隠れ鬼」の噂話についてもより詳細に知っているのではないだろうか。
 そして雄太くんに尋ねると、私の思惑は見事に的中した。
 いや、的中どころではなかった。

「ああ、知ってますよ、その噂。というか、それが広まる発端となった事件のひとつは俺らですし」

 この言葉を聞いた時の私の衝撃といったら筆舌に尽くしがたい。
 私はすぐさま雄太くんにこの後予定がないのを確認するとカフェに連行した。(雄太くんはちょうど部活帰りでお腹が空いていたらしく、カフェで詳しい話を聞かせてほしいと頼むと快く承諾してくれた。)
 雄太くんが大きなパンケーキを頬張りながら話してくれた内容をまとめると、以下の通りだ。

 雄太くんが小学校五年生だった秋のころ、学校終わりに同じ町内の小学生総勢6人が集まり、あの広場で隠れ鬼ごっこをしていた。私の読み通り、あの場所はオブジェや大きめの街灯、東屋など様々な遮蔽物があったので、隠れ鬼ごっこは大いに盛り上がった。
 夕方の四時から始まった隠れ鬼ごっこは、負けず嫌いな子どもたちが集まったこともあって過熱し、辺りが暗くなり始める五時を過ぎてもまだ続いていた。

「その時だったんですよ。一回リセットして鬼を決め直そうってみんなを集めたら、一人足りなくて」

 そんな言葉を語る雄太くん曰く、みんなでいくら呼びかけても、一番負けず嫌いだったAくんが一向に姿を現さなかったらしい。
 そのような場合、本来ならみんなで探すところだろう。しかしそこへ、悪戯好きなKくんが、「このまま仕切り直した新しい隠れ鬼ごっこを始めて、Aくんを混乱させよう」と提案した。
 白熱していた雰囲気も相まって、K君の提案は満場一致で決まった。
 ところが、さらに鬼が何度か変わるほど続けても、Aくんは姿を見せなかった。いよいよ不思議に思ったみんなは、隠れ鬼ごっこを中断してAくんを探そうということになった。

 しかし、そこへ更なる恐怖の火種が放り込まれた。
 再度招集した時、Kくんの姿もなかったのだ。
 その場は、軽いパニック状態になった。
 夕方の五時半を過ぎ、辺りもかなり暗くなっていたので、大人も交えて探し始め、ちょっとした騒ぎになった。
 けれど、やはりAくんとKくんは見つからなかった。
 大きな側溝や用水といった場所はなく、広場自体も平地にあるので落ちたら危ない高台や段差もない。田んぼも稲刈りはとっくに済んでおり、乾き切った泥があるばかりで足がはまって抜け出せないとったことも考えにくい。いよいよ誘拐だ行方不明だなんだと言い始める人まで現れ、警察に連絡することとなった。
 犯罪なんて聞いたことのない小さな町で、町民をあげての捜索が開始された。
 捜索範囲はその広場を中心とした町内全体。さらには防災無線を活用して近隣の市町村内に呼びかけまで行った。捜索は、夜の十時過ぎまで徹底して行われた。

「そしたらびっくり。二人とも普通に出てきたんですよ。あの広場から」

 そう話す雄太くんの顔は、思いがけず楽しそうだった。
 結論を言ってしまうと、二人はあろうことか忠霊塔の納骨堂の中で眠りこけていたらしい。
 納骨堂には部外者が入れないように南京錠をかけてあるのだが、それが雨風にさらされて脆くなり壊れていた。最初にAくんがそれを発見して隠れ、次に仕切り直して始まった隠れ鬼ごっこでKくんも納骨堂に隠れた。二人は「ここなら絶対に見つからないだろう」と楽しくなっていたが、やがて薄暗い室内で眠くなってしまい、そのまま寝てしまった……というのが、真相だった。

 時間が経ってしまえば、なんとも人騒がせな笑い話だ。
 そして、この話を町民から聞いたとあるライターが、他の似たような笑い話や、元々あった例の「隠れ鬼」のオカルト話に関連付けて、面白おかしいフェイクニュースを書いたらしい。しかもそのフェイクニュースがバズってしまい、このような噂話として広まってしまったとのことだった。

 全体の顛末を聞くと、本当の与太話だった。
 しかし、なるほど納得だ。おおよそこの世に広まっている怪談話だとか本当にあった怖い話だとかは、このような様々な出来事が組み合わさってできているのだろう。

 そしてひとつ追記しておくと、もともとの「隠れ鬼」の話には、以下のような内容もあるらしい。

【「隠れ鬼」の噂について追記】
・「隠れ鬼」の正体は、遥か昔に似たような遊びをして転落死した女の子。自分が死んだことに気づかず、隠れ鬼ごっこを続けている。
・上記の正体ゆえに、当時のルール(「みーつけた」の後に「お逃げーなさい」と続けること。追いかける時は「ほーらはやく。お逃げーなさい」と唱えること。など)のまま、隠れ鬼ごっこを続けている。
・「隠れ鬼」の足はそこまで速くないが、気配が薄く認識しずらい。
・「隠れ鬼」は夕方に現れやすい。
・「隠れ鬼」に連れ去られ、その先で隠れ鬼ごっこをして負けて食べられると、食べられた人の存在はこの世の中から消える。(認識において、そもそもそんな人はいなかったことになる。)
・「隠れ鬼」の話は、お墓の近くで遊ぶことを戒めるために作られた。


 オチも含めて、ここまで詳細に情報をくれた雄太くんには本当に感謝だ。この話を上手く編集すれば、短編のモキュメンタリーホラー小説を書けそうだ。

 また、雄太くんから当時書かれた話題のフェイクニュースについても見せてもらうことができた。「夕刻の慰霊碑広場で催された『隠れ鬼ごっこ』が、悲劇の始まりであった」だとか、「隠れた子どもたちが次々と消えていく真実の裏には、この地域に伝わるとある逸話があった」だとか、いかにもフェイクニュースっぽい仰々しい言葉が並べられていた。モキュメンタリーホラー小説を書く際には是非とも参考にしたい。


「まあでも、最後まで無事でしたけどね。隠れていた6人全員」


 そんな言葉を最後に、宿題をまだ終わらせてないらしい雄太くんは帰っていった。


 このあとは移動を経て、満谷先輩とランチをしながら闇バイト事件について聞き取りをした。ここでも予想以上にいろいろなことがわかった。
 ただ前述したとおり、かなり長くなってしまったので今日の記載はここまでとする。

 ひとまず「隠れ鬼」の噂については大丈夫そうで、本当に良かった。

 ただ、残りの二つについては……。
 今日から一気に寒くなった。
 この前秋になったかと思えば、すぐさま冬になった感じ。もう少し秋が頑張ってくれたらいいのに。

 こんな寒い日になると、どうしてもあの日のことを思い出す。
 私の親友がいなくなった日。
 2018年12月3日の、月曜日。
 以前も書いたが、冬の訪れが感じられるような実に肌寒い日だった。
 私はなんとしても、彼の行方不明の真相が知りたい。せめて、少しでも真相に近づきたい。
 だからこそ、ホラーが苦手な心を奮い立たせて今日も案を捻り出している。

 さて。その案とやらはまた後日、頭の中でまとまってから書くことにして、ひとまず日曜日の調査結果の残りについて早々に書いていきたい。
 今日まとめていくのは、17日の12:00〜14:00におこなった満谷先輩への聞き取りについてだ。

 以前の日記にも書いたが、満谷先輩は千咲先輩や私の親友と仲が良かった、テニスサークルで副会長も務めていた人当たりの良い先輩だ。
 その印象は社会人になって久しぶりに会っても変わりなく、さして千咲先輩たちに比べれば薄い交流しかなかった私の頼みにも気さくに応じてくれた。一応、聞き取りの内容については録音させていただいたので、個人の特定に繋がる部分や一身上の都合から記載できない部分を除いて文字起こしをしたものを明日にでも載せておきたいと思う。(満谷先輩にも許可をもらっている。)

 先に結論を言っておくと、親友の行方不明事件と千咲先輩が捕まった闇バイトの一件についてはどうも無関係のようだった。
 ようだった、というのは、どうにも推測の域を出ないからだ。私は一流のミステリー作家ではないし、探偵でもなければ警察でもない。もし私の日記をお読みの有識者の方がいらっしゃるなら、私の稚拙な推測についてご意見をいただけるとありがたい。

 まず、親友の行方不明との関連性を考える前に、先に千咲先輩の現況について教えていただいたのでまとめておく。

 千咲先輩は闇バイトの一件で逮捕されたあと、大学をしばらく休学したらしい。逮捕されたというのが友達を含めて大学に広まってしまったし、そんな中でキャンパスライフなんて送れないと言っていたようだ。
 容疑自体は否認しており、そんなバイトに申し込んだ覚えもやった覚えもないと主張していたそうだ。
 しかし、警察は千咲先輩が闇バイトの勧誘をしていた音声データや、実際に千咲先輩が逮捕された時に運んでいたダンボールの中身に麻薬が入っていたことを証拠として検察に提出し、千咲先輩は送検されてしまった。

 ただし、結果的には不起訴となったらしい。嫌疑不十分、という理由だそうだ。
 この結果について、千咲先輩は納得していなかったとのことだった。それはそうだろう。もし千咲先輩が無実ならば、逮捕されて犯罪を犯したのではないかという疑いまでかけられたのに、その白黒がはっきりとしないまま終わってしまうことを意味するのだから。
 実際問題、同じサークルに所属していた私も千咲先輩が逮捕されたことは知っていたが、その結果については全く把握をしていなかった。これだけの認識であれば、好き勝手に「逮捕された」という事実だけが広まって白い視線を向けられることも容易に想像がつく。

「人生狂わされた。もう最悪」

 そんな言葉を最後に千咲先輩と会っていないらしく、今はどこでなにをしているのかまったくわからないと満谷先輩は悔しそうにしていた。

 千咲先輩のことは気の毒としか言いようもないが、当然ここでいくつかの疑問が残る。

 もし無実ならば、どうして友達を誘うような音声データがあり、麻薬の入ったダンボールを運んでいたのか?
 客観的に見れば十分な証拠があるような気がするのに、どうして嫌疑不十分、すなわち犯人として認めるのに証拠が足りないという理由で起訴されなかったのか?
 そもそも、「闇バイトに誘われた人が、どんなに警戒していてもいつの間にか闇バイトをしており、誘った人は行方知らずになる」という噂はどこから広まったのか?

 私がその疑問を振ると、どうやら満谷先輩も私と同じ疑問を当時持っていたらしく、いろいろと調べたことを話してくれた。

 まず音声データだが、満谷先輩が千咲先輩から聞いたところによると、二人の声が入っていたそうだ。どちらも女性で、ひとつは千咲先輩。もうひとつは千咲先輩の友達を名乗っているようだったが、なんと千咲先輩自身もその声は聞いたことがなかったらしい。声自体はかなり綺麗で、一度聞いたら必ず覚えているというほど印象的な声だったそうだ。
 やりとりについても、千咲先輩はまったく身に覚えがないらしかった。むしろ千咲先輩は、「私の方こそ友達から変なバイトに誘われたくらい(14日の日記に書いた内容と同一と思われる。)なのに、私が同じようなことをするはずないじゃない!」と怒っていたと、満谷先輩は言っていた。
 それはそうだ。
 そんなバイトに誘われれば誰だって警戒するし、そのあとに自分から怪しげな闇バイトを探したり(興味本位で検索をしてしまう人もいるかもしれないが、千咲先輩はそういうことはしないタイプの人だ。)、ましてや応募なんてするはずもない。その点については、満谷先輩も同意見だと深く頷いてくれた。

 また麻薬の入ったダンボール箱についてだが、当時千咲先輩はバイト先の閉店作業を終えたあと、余った材料を24時間営業の別店舗へ配達していたところだったらしい。その時は私服で、たまたま巡回中だった警察官に呼び止められて中身を見せるよう言われ、発覚したそうだ。
 ダンボールの中身は、余った生地や卵、野菜のほかいくつかの調味料と、クリーニング済みの包装がなされた制服に、新品の文房具が数個。どれも千咲先輩が自分で判断し、入れたものだった。そして麻薬については、クリーニングされた制服のポケットの裏地から出てきたようだ。
 警察はさらに千咲先輩がバイトをしていたその店舗にガサ入れを行ったが、結局見つかったのは千咲先輩が運んでいたものだけだったらしい。クリーニングされた制服を運んだ業者やクリーニングした業者、さらには本社や他の店舗まで調べたが何も出てこなかったため、一気に千咲先輩への嫌疑が高まったらしかった。

 私的には、この時点で不可解な点がひとつあった。
 まず千咲先輩が無実だと仮定すると、最初の音声データはおそらく何かで加工されたものだろう。かなり綺麗な声だったというから、AIで生成した歌用の声やボイスチェンジャーなんかを使った可能性が高い。そしてそのような準備をしているということは、犯人は千咲先輩を予めはめようとしていたことになる。つまりは、計画的な犯行なのだ。
 しかしそれでは、麻薬の件の説明がつかない。当時、別店舗へと持っていくダンボールの中に何を入れるか決めたのは千咲先輩自身だ。生地や卵、野菜といった食物ならば移動させることも見当がつくのだが、クリーニングされた制服なんかは前もって頼まれでもしない限り持っていくとは考えにくい。
 もっと言えば、その制服を媒介として麻薬取引なんかをしていたとするなら、いくらなんでも危険すぎないだろうか。店員が何の気はなしにその袋を破って制服を着てしまい、シフトが終わり次第クリーニング箱へポイッとするイメージが簡単に想像できる。

 であるならば、闇バイトとこの麻薬の件は別ものなんだろうか?
 たまたま誰かが闇バイト関連で千咲先輩を貶めようとしていた矢先に、陰で動いていた別件の麻薬事件に巻き込まれたのだろうか?

 偶然にしてはあまりにもできすぎているように思えた。
 むしろ千咲先輩が麻薬配達のバイト(中身が麻薬と知っていたのかは不明)をしていて、友達にも勧めていたというのが順当だ。ゆえに、警察も送検したのだろう。
 
 でも本当に、あの真面目で明るい千咲先輩がこんなことをするだろうか。
 実は腹の底でお金に悩んでいて、友達から誘われる前に闇バイトに手を染めていたのだろうか。
 まさか、本当にあの噂通りになってしまったわけでもあるまいし……。

 そんなことをカフェのテーブルにうずくまって考えていたら、満谷先輩はさらに情報を教えてくれた。
 なんでも千咲先輩の不起訴が決定したのは、以前千咲先輩に怪しげな稼げるバイトを紹介した女友達が逮捕された直後だったらしいのだ。

 これには驚いた。
 きっとここで逮捕されたのは、以前千咲先輩に怪しいバイトを紹介していたメンヘラ気質な友達さんのことだろう。その人まで逮捕されたこともさることながら、すぐあとに千咲先輩の不起訴が決定するなんて、あまりにもタイミングが良すぎる気がした。

 そして最後、「闇バイトに誘われた人が、どんなに警戒していてもいつの間にか闇バイトをしており、誘った人は行方知らずになる」という噂の出所については、満谷先輩も私からDMがあった後に気になっていろいろ探ってくれたらしいが、結局それらしいものは見つからなかったらしい。
 満谷先輩の予想では、「おおかた闇バイトに引きずり込まれて、引きずり込んだ側が逃げた直後に警察に摘発されたとか、そんなところじゃないか」と言っていた。「いつの間にか闇バイトをしている」というのも、「闇バイトに誘われる人はきっとお金に困っている人が多く、誘われた時は断っても結局稼げる話を忘れられなかったからだろう」と推理していた。

 歯切れが悪い気がしてならないが、この闇バイトに関する情報で集められたのはここまでだった。
 そして最初にも書いたが、以上の話を聞く限り親友の行方不明事件とはあまり関係がないように思えた。
 一連の話の中に私の親友の名前は影も形も出てこなかったし、満谷先輩に訊いてみても「あいつはそんな怪しいバイトをするほどお金には困っていなかった」と笑っていた。
 それに、千咲先輩の不起訴決定の直前に逮捕されたのが例のメンヘラ気質な友達さんであるならば、「闇バイトに誘った人が行方知らずになる」という部分も当てはまっていないことになる。加えて時間系列としても、千咲先輩の不起訴が決定した後、すなわち闇バイトに関わっていなかったとされた日の後に親友が行方不明になっているようなのだ。やはり満谷先輩の予想通り、闇バイトを誘う人、誘われる人の法則性のようなものが、この噂の起源となったのだろうか。

 いかんせん、私の推理力ではこの辺りが限界だ。
 ここまで書いてみても、これをモキュメンタリーホラー小説コンテスト用の題材にはできなさそうだった。(とてもじゃないが内容が複雑すぎて書ける気がしないし、親友の行方不明にも関係しないのならば、無実な知人が逮捕されている話を題材にするのは抵抗がある。)

 ということで、闇バイト事件については消化不良ではあるが、明日の聞き取り音声の文字起こしでひとまず区切りをつけたいと思う。
 残っている『「熱狂的読者を攫う怪異」の件で収集したネット情報』と『親友の実家への訪問』の記録については、もう少しまとめるのに時間がかかりそうなので、明後日以降に投稿していきたい。

 なんとか、真相に近づけるといいのだけれど。
⚪︎取材音声文字起こし①

 取材日 :2024年11月17日(日曜日)
 取材時間:12:00 〜 14:00(2時間)
 取材場所:県内にある某カフェ
 参加者:私(取材者)、満谷先輩
 取材テーマ:千咲先輩が逮捕された件について
       闇バイトの噂について

注意点
※1:参加者の名前部分については、ペンネームおよび仮名で表記する。
※2:個人の特定に関する部分等は、略表記あるいは●●表記で記載する。


以下、本文


私:えー、じゃあ取材を始めますね。満谷先輩、今日はありがとうございます。

満:いやいや全然大丈夫よー。それにしても矢田川くんが小説書いてるなんてね。最初聞いた時はすげえびっくりしたよ。

私:はは、まだまだアマチュアで書籍化もできてませんが。

満:とかなんとか言ってー。そのためにコンテストに応募してるんでしょ。俺も今回に限らずいろいろ協力するからさ。なんでも言ってよ。それに、今回の取材内容を公開することで千咲の助けにもなれたらって思うからさ。逮捕されただけで実は無実だったなんてこともあるんだって、ひとりでも多くの人に知ってほしいし。だからまあ、遠慮なくなんでも訊いて。

私:ありがとうございます。そう言ってもらえると大変助かります。それでは早速なんですが、千咲先輩が今どうされているかはご存知ですか。これについては取材云々を除いて本気で気になっているところですが。

満:ああ、そうだよね。千咲のことについては良くも悪くもほとんどニュースとかにならなかったし、知らないのも無理ないと思うよ。まず、千咲とは最近は俺も会ってない。何年前だったかな、ああ、そう6年前か。6年前に千咲が突然逮捕された時は本当にびっくりした。あの時の驚きは人生でも一番で、まだ更新されてないよ。そのあと2、3年くらいは時々会ったりしてたんだけど、俺が関東の●●に就職してからは会ってないんだ。だから、現在どこでなにをしているかはわからないんだ。

私:そっか、そうなんですね。ちなみに、DMでやり取りさせていただいた時にチラッと教えていただきましたが、千咲先輩はやはり無実だったんですね。

満:うん、無実だ。千咲は闇バイトなんかやっていないし、本人もずっと闇バイトなんて申し込んだ覚えもやった覚えもないって警察に訴えたそうなんだ。まあ、ほとんど聞き入れてもらえなかったみたいなんだけどね。ほんとあいつらは頭でっかちで嫌になるよ。そう思わないか。

私:はは、そ、そうですね。

満:まあ、それはそれとして。あの時警察は、千咲が闇バイトを友達に勧誘していた音声データと、逮捕した時に千咲が運んでいたダンボールに麻薬が入っていたことを主な証拠として検察に提出し、送検したんだ。この二つから千咲は闇バイトに関わっていて、千咲自身も手を染めていたことがわかるだろう、ってね。

私:なるほど。

満:でも、千咲は結局不起訴になった。嫌疑不十分だったらしい。って、ああ、そうだ。嫌疑不十分で不起訴っていうのは、犯罪を犯したと断定するには証拠が不十分だから起訴しない、つまり訴えを起こして刑事裁判にはしないって意味ね。

私:はい。有罪になるよりはいいと思いますが、でもなんだかやり切れないですね。

満:それは千咲も言ってたよ。起訴されないイコール「あなたは無実です」ってわけではないからね。疑わしきは罰せず。やったかもしれないけど、絶対にそうだとは言えないからやめておく。つまり、白黒はっきりさせないわけだからね。まあそれでも、刑事裁判にまでされてしまうとほぼ有罪になるから、やっぱり起訴はされなくて良かったと俺は思うけどね。

私:まあ、それはそうですね。じゃあ、千咲先輩は不起訴になった後は大学に戻ったんですか。

満:いや、千咲は休学したよ。1、2年くらいかな。逮捕されたというのが友達を含めて大学に広まってしまったし、そんな中でキャンパスライフなんて送れないって言ってね。まあ、気持ちはわかるよ。逮捕された事実だけで周りは勝手に犯罪を犯した黒だって視線で見てくるだろうし、そんな中戻っていじめとかされたら最悪だし。

私:確かに、そうですね。

満:さっきも少し言ったけど、一応、休学中は時々会ってたんだ。こうしてカフェとかで話してね。やっぱり千咲、かなり精神的にやられてた。すげえ痩せたし、あんまり眠れてないみたいだったな。最後に会った時も、『人生狂わされた、最悪』って、それは酷い顔で言ってたよ。ほんと、罪をかぶせたやつは許せないな。

(ここで頼んでいた料理が運ばれてきたため、取材は一時中断。歓談略。)

私:それじゃあ食べ終わったところで、すみませんがもう少し話を聞かせてください。

満:うんうん、いいよ。なんでも訊いて。

私:満谷先輩の話を聞いていていくつか思ったことがありまして。まず、千咲先輩がもし無実だとするなら、どうして友達を誘うような音声データがあって、麻薬の入ったダンボールを運んでいたんでしょうか。

満:ああ、当然の疑問だよね。まあ、きっと誰かにはめられたんだと思う。音声データは千咲のとある知人から提出されたものらしいし。

私:とある知人、ですか。

満:本人が名前や関係性は出さないでくれって言ったらしいよ。逆恨みをされるのが怖いって思ったんだろうね。俺もその音声データは聞きたかったんだけど、裁判にはなってないから聞けなくてさ。一応千咲からは、二人の女の声が入ってたって聞いたな。

私:二人の女の声。ひとつは千咲先輩として、もうひとつがその知人ですか。

満:いや、知人の友達とかの可能性もあるから、そうとは限らないんじゃないかな。警察も、千咲が「友達」に勧誘していたって言ってたし、多分千咲の友達が人伝いに頼んで警察に提出したんじゃない。

私:なるほど。

満:まあ、そのもうひとつの女性の声については千咲自身も知らなかったらしいんだけどね。

私:え。千咲先輩が勧誘したってことになっているのに、千咲先輩が知らない人の声が入ってたってことですか。

満:不思議な話だよね。なんか声自体はかなり綺麗で、一度聞いたら必ず覚えてるってくらい印象的な声だったって言ってたな。捏造した可能性大じゃん、そんなの。誰だよそいつっていう。まあ、警察は千咲がしらばっくれてるって思ってるんだろうけどな。まったく。んで千咲曰く、その音声の中でもそいつは千咲の友達を名乗っていたらしい。

私:名乗っていた、というのは。

満:たぶん、「私は友達だけどその誘いには乗れない」とか、「むしろ友達として言うけど、そんなバイト辞めなよ」みたいな内容だったんじゃない。

私:ああ、なるほど。でも千咲先輩は、その内容に身に覚えがないんですよね。

満:そうそう。なんか千咲は、「私が友達から変なバイトに誘われたくらいなのに、私が同じようなことをするはずないじゃない!」って怒りまくってたな。

私:まあそうなりますよね。先輩が誘うんじゃなくて誘われてたって話は私も以前聞きましたね。

満:え、矢田川くんも?

私:はい。なんか、千咲先輩の友達に割のいい稼げるバイトがあるって、怪しげなアプリを見せてきてしつこく勧誘されたって。満谷先輩は聞いてません?

満:ああ、どうだったかな。そういえば、なんか聞いたかも。そうか、千咲が言ってたのはその話だったのか。

私:多分、そうじゃないかと。でも、千咲先輩の言う通りですよね。そんな誘いがあれば誰だって警戒するようになるし、自分から調べたり、ましてや応募なんて。

満:それは確かにそうだな。実はお金に苦心してたとか、腹の底では稼げる働き口を探してたけどその時は怪しくてやめた、みたいなのがなければな。

私:まあそうですね。

満:ああそれと、麻薬の入ったダンボールについてだけど、そのダンボールにはバイト先の食材とか備品とかが入ってたらしいよ。

私:食材に、備品?

満:っと、ごめん。その前に逮捕された時の状況言わないとだよね。なんか、千咲はその日バイトを終えて閉店作業をしてたらしいのよ。そしてよくあるじゃない、食材が余ったとか、備品のストックが多いから足りない店舗に回そうみたいなの。

私:ああ、ありますね。

満:まさに千咲のバイト先もそんな感じで、千咲は閉店作業を終わらせた後に余った食材とかを24時間営業してる別の忙しい店舗に持っていくことにしたらしいよ。

私:ああ、それでその道中に捕まったと。

満:そうそう。バイト自体は一応終わってるから、私服でダンボール抱えて移動してたらしくて。巡回してた警察官のひとりに職質されたっぽいね。闇バイトでの配達依頼中とか思われたんじゃない。

私:災難ですね。

満:それで、結構念入りに見られたみたい。ダンボールにはなんだったかな。ちょっと待ってね。俺も気になって千咲にその辺訊きに行ってメモッたんだけど。

(鞄からメモ帳を探す音。)

満:ああ、あったあった。えーっと、ダンボールの中身は、余った生地や卵、野菜のほかにいくつかの調味料と、クリーニング済みの包装がされた制服に、新品の文房具が数個、だったみたい。どれも千咲が自分で判断して入れたものだったって。

私:自分で判断して、つまりは誰かからお願いとかされたわけじゃないんですね。

満:うん、そうらしいよ。

私:でもそれって、闇バイトっていうよりはそのお店自体があやしい気がしますが。

満:警察も最初はその路線で捜査したみたいね。千咲のバイト先の店舗にガサ入れをしたって。でも結局見つかったのは千咲が運んでいたものだけ。クリーニングされた制服を運んだ業者とか、クリーニングをした業者、さらには本社や他の店舗まで調べたけど何も出てこなかったから、一気に千咲への嫌疑が高まったって聞いたな。

私:なるほど。それで、麻薬をこっそりバイト先の備品に紛れ込ませて運んだって思われたんですね。

満:そうそうそう。ちなみに麻薬については、クリーニングされた制服のポケットの裏地から出てきたみたいだけどね。

私:裏地から。よく見つけましたね、その警察官。

満:まあ、麻薬がある場所の定番だからね。服の裏地とか、靴の底とか。推理小説でもそういうのない?

私:ありますけど。ただそれは、麻薬があることを知っていた前提だから調べるというか。普通の職質でもそこまで調べるんですかね。

満:ま、まあ、闇バイトって最近多くなってるし、昔もそれなりにあったって聞くから、職質でもそういうところに気をつけて調べるように言われてたんじゃないかな。

私:へえ、そうなんですね。いや、私もミステリーはほとんど書かないので、そこまで詳しくはないんですけど。

満:俺も似たようなもんよ。まあ、そんな感じで千咲は捕まったけど、俺的には千咲はやってないって思うんだよね。証拠はともかく、動機的には不十分というか。

私:そうですね。んー。まあ、そうか。いやでも、どうなんだろ。

満:どうした? またなにか気になる部分でもあった?

私:えーと、まあそうなんですけど。えっと、もし千咲先輩が無実だとするなら、最初の音声データはきっと加工されたものですよね。かなり綺麗な声だったなら、それこそAIで生成した歌用の声とか。

満:うん、そうだね。

私:もしそうだとするなら、そんな準備をしているってことは、犯人は千咲先輩を前もってはめようとしていたことになります。つまりは、計画的に進められていたものなんですよね。

満:うん、ほう、なるほどなるほど。それで?

私:でもそうなると、麻薬の一件って変なんですよね。ほかの店舗に持っていくダンボールの中に何を入れるか決めたのは千咲先輩自身です。生地や卵、野菜といった食材なら移動させることも見当がつくと思うのですが、クリーニングされた制服なんかは前もって頼まれでもしない限り持っていくとは考えにくいじゃないですか。

満:うん、確かにね。

私:陥れるってことだけ考えたら、あまりにも不確実な形で逮捕されたというか。なんか引っかかるんですよね。そこで発見されたことそれ自体も、計画的なものじゃないと意味が。

満:なるほど、確かに、そうなるね。もしかしたら、麻薬の一件と音声データの件は、別物かもしれないね。

私:別物、というのは?

満:んーなんていうか、これもあくまで想像に過ぎないんだけど。たまたま誰かが闇バイト関連で千咲を貶めようとしていた矢先に、たまたま陰で動いていた別件の麻薬事件に巻き込まれた、みたいな。

私:ということは、警察が調べて出てこなかったけど、千咲先輩のバイト先では麻薬の取引が横行していたってことですか。

満:あくまでも推測よ、推測。その可能性もあるってだけで。

私:まあ、なるほど。クリーニングされた制服の裏地で取引って危険すぎる気もしますけど。

満:博打的ではあるかもね。見つかるかもしれないし。

私:そうなんですよね。というか、警察が調べて他の麻薬が出てこなかったってことは、麻薬取引をしていた人たちは相当手慣れてるか、警戒心が強いってことになりますよね。そんな人たちが、クリーニングされた制服の裏地で

満:まあ、ほんとに想像よ、想像。ちょっと複雑に考えすぎかも。

私:複雑に、ですか。

満:うん。単純に考えてみたらどうかな。

私:それだと警察と同じ結論になっちゃいますよ。千咲先輩が闇バイトしてて紛れ込ませて運んだって。

満:ああ、そっか。難しいな。

私:んー、わかんないですね。なんか、いまいちすっきりしないです。

満:まあ警察が下した判断に逆らおうとしてるからね。それは仕方ないかも。そうだ、気分転換に甘いものでも頼まない?

(追加注文、トイレ等のため、取材は一時中断。歓談略。)

私:でも確かに、警察と違った結論を導き出そうとしてるくらいだから難しいですよね。ただそれなら、なんで検察は起訴しなかったんですかね。

満:んーそこもはっきりしないんだよなあ。ああ、そうだ。そういえば千咲の不起訴が決定したのは、べつの闇バイトに関わってた人が逮捕された直後だったな。

私:え、そうなんですか。そんなタイミングでまた闇バイトの事件が。

満:しかもそいつ、千咲が言うには以前怪しいバイトを紹介してきた女友達だったらしくてさ。

私:え。それほんとですか。

満:らしいのよ。矢田川くんがさっき言ってた、千咲から聞いたって話のことだと思うけど。

私:もしそうなら、それかなり匂いますね。なんか関係がありそうな。

満:俺もそう思うんだけど、なにぶん千咲が今はどこでなにしてるかわかんないからな。これ以上調べようがないっていうか。

私:まあ、そうですね。

(追加注文したものが運ばれてきたため、取材は一時中断。歓談略。)

満:そうそう。それと矢田川くんがDMでも言ってた例の噂のことだけど。

私:ああ、はい。

満:闇バイトに誘われた人が、どんなに警戒していてもいつの間にか闇バイトをしていて、誘った人は行方知らずになる、だっけ。一応俺の方でも友達とか大学時代の先輩後輩とかにも訊いて調べてみたけど、出所っぽいのはわかんなかったよ。役に立たなくて申し訳ないけど、一応報告だけ。

私、いえ、そんな、とんでもないです。調べてくださってありがとうございます。

満:まあ闇バイトって、ほんとにいろんな人が関わる危険があるらしいからね。特に注意しないといけないのは、お金に困ってる人。これは完全に俺の予想だけど、おおかた闇バイトに引きずり込まれて、引きずり込んだ側が逃げた直後に警察に摘発されたとか、そんなところが噂の発端じゃないかな。あと噂にある「いつの間にか闇バイトをしている」っていうのも、闇バイトに誘われる人はお金に困ってる人が多いから、誘われた時は断っても結局稼げる話を忘れられなくて闇バイトに手を出しちゃった、みたいな理由だと思うよ。それが闇バイトだと知ってたかどうかはわかんないけどね。

私:ああ、なるほど。確かに、そう言われるとなんかしっくりきますね。最近の闇バイトの事件のニュースとか見てると特に。

満:だよね。矢田川くんも、お金に困ってもそんなバイトに手を出さないようにね。

私:気をつけますね。なんか、最近のニュース見てると結構常識人な人が捕まったりもしてますし。大学生とかもそうですけど、なんだったかな、普通に真面目に働いている会社員とか、それこそ警察官もいましたよね。

満:ん、ああ、どうだったかな。でも、ほんとにそうなんだよ。俺も気をつけないとな。今みたいな噂にも惑わされないようにしないと。噂ってなんかどことなく不思議な言い回しで伝わってくることが多いからね。曖昧で不安を掻き立てるというか。

私:まあ、噂ってそんなもんですよね。面白おかしく、興味を引くように話す人もいますし。

満:そうそう。むしろそういうのは、それこそ小説とか漫画の中でこそしてほしいよね。矢田川くんの小説も、期待して待ってるから。

私:ははは。頑張ります、としか言えないですが。

満:親友くんのためでもあるもんな。まあ、昴>縺、縺のことだけど、あいつはそんな怪しいバイトをするほどお金には困っていなかったから、そんなのに手を出すとは思えないよ。むしろ楽して稼げるよりも、自分が楽しめるバイトをしたい、みたいなやつだし。それだけに行方不明になってるのはとても心配なんだけどね。

私:そうなんですよ。私もどうにかして見つけたいって思ってるんですが。

満:そのために苦手なホラー分野でコンテストに参加するんでしょ。成功するかどうかはともかく、今書ける最大限のものを書くしかないと思う。

私:はは、ありがとうございます。なんか、元気づけられちゃってますね。

満:期待してるよ。またなにか訊きたいこととか、わからないことがあったらなんでも訊いてね。それこそ不動産事業をやってみようとか、儲かる健全な仕事がないかみたいな相談とかでもいいからさ。

私:ちゃっかりしてますね、満谷先輩も。

満:根回しは大事だからね。何事も計画的に、しっかり準備していかないと。

私:参考にさせていただきます。それじゃあ、今回の取材はこの辺りで。

満:ああ。矢田川くんの小説のためと、千咲の無念が晴らせる助けになってたらいいけど。

私:なってますよ。本当に、ありがとうございました。

満:うん、こちらこそ。ありがとうね。それじゃあ、また。

以上、本文。
総録音時間:96分32秒。