この日記を読んでくださっているあなたは、身代わりから逃れられた「あなた」でしょうか。
それとも、身代わりとなってヨミクイの世界に飛ばされた後、親友が練った作戦が功を奏して戻ってきてくれた「アナタ」でしょうか。
あるいは、どちらでもない「アナタ」でしょうか。
いずれにしろ、私は謝らなければなりません。
大変申し訳ございませんでした。
既にお察しのことと思いますが、先日私が投稿した短編小説『アナタを見つけるまで』は、ヨミクイの世界で私が執筆した身代わりのための書き物です。
私は私が助かるために、親友との約束を果たすために、そしてあの世界にヨミクイを閉じ込めるために、どうしてもこの日記の読者の中から身代わりを立てる必要がありました。
これから、順序立てて説明します。
事の発端は、25日の月曜日に起こりました。
私は、日記を書きながら親友のスマホをいじっていました。
何か手がかりがないか。
彼はどこにいるのか。
本当にヨミクイに攫われてしまったのか。
この文字化けの文言は、いったい誰に対して向けられたものなのか……。
その時でした。
窓に当たっていた雨の音が、ピタリと止んだのです。
私は日記を書くのを止め、辺りを見渡しました。
そこは、いつもの自室。なんら変化はありません。
しかし、明らかに異質でした。
音が、環境音が、まったくありませんでした。
暖房器具の稼働音も、窓を揺らす風の音も、先ほどまで響いていた雨の音も、遠くで鳴っていた車の走行音も、なにもかも。
そうした音が、一切聞こえませんでした。
もっとも、私が発する音だけは別でした。
声や、足音や、物に触れる音や、私の心臓の音。
そうしたものは鮮明に、私の耳に届いていました。
まるで、それこそが重要なのだと言わんばかりに。
どこまでも不気味で、異様な空間に、私はどうしようもない恐怖駆られました。
私はとるものもとりあえず、すぐさま外へ飛び出していました。
けれど外も、異様としか呼べない光景が広がっていました。
先日投稿したこちらの写真は、その時に助けを求めようと撮影したものです。
夕暮れ時のようにオレンジ色に染まった雲に、黄昏時の後のように紫色に彩られた空。
一方で遥か彼方は真夜中のように真っ暗で何も見えず、私のいる場所は薄暗く、後方に至ってはやや明るい道が続いていました。
いや、明るいという表現は適切ではないかもしれません。
見てお分かりのことと思います。
そこもまた、異常な光景でした。
ここは、本来なら銀杏の木々が並んでいる道です。
ところが元々の黄色は微塵もなく真っ赤に染まり、色は潰れ、写真だけでなく実際の光景もピンボケしていました。
まるで、作られた世界。
モキュメンタリーのごとく、私は現実と非現実との境界がわからなくなっていきました。
焦りと怖さがせり上がってくる感覚に、私は一目散に走り出していました。
なるべく明るい方へ、明るい方へと走りました。
聞こえるのは、私の息遣いと足音、そして高鳴る心臓の音ばかりです。
他の音は、一切聞こえませんでした。
私の心は、完全に恐怖に支配されていました。
しかもそこで、私は何かにぶつかってしまいました。
それは、この世界で初めて見た、人でした。
ヨミクイ。
人は本当に怖い時、声なんて出せないのだと知りました。
けれど、違いました。
頭を抱えて震える私に、その人は優しい声をかけてくれました。
「まさか、本当に来ちまうなんてな」
今でもその人の声は、彼の声は、鮮明に耳の奥に残っています。
私がぶつかったのは、私がずっと探していた親友でした。
親友は、生きていました。
今度は驚きのあまり声が出ない私に、親友は静かに笑みを浮かべました。
それだけで、私の心はみるみる落ち着いていくのがわかりました。
その後、私は親友からその世界のことを聞きました。
その世界は、案の定「ヨミクイの世界」のようでした。
親友はあらゆる術を駆使して、6年近くヨミクイから逃げていました。脱帽というほかありません。
そしてどうやら、私は親友が昔に残したメモの文章を夢中になって読んでしまい、身代わりとしてこの世界に連れて来られたようでした。
親友は確認のため、私にスマホを見せてきました。そう、あの私が直前まで見ていたはずのスマホです。
私はまた驚きました。
私が読んだ時は文字化けを起こしていた文章が、読めるようになっていました。
しかし、一番上にある宛名だけは、相変わらず文字化けを起こしていました。
そこで、私は現実世界で集めた情報を全て親友に話しました。
頭の切れる親友は、これまで彼がこの世界でいろいろと試して集めた知識と合わせて、いくつかの結論に辿り着いたようでした。
まず前提として、私が読んだのは間違いなくヨミクイの世界で親友が書き起こした文章でした。
しかし、どうやら現実世界にいる人に向けて助けや逃走を求めるような文章を書いた場合は文字化けを起こすようです。(私が月曜日にヨミクイの世界で書いた助けを求める投稿も文字化けを起こしていましたが、まさにこれに由来するものです。)
また、ヨミクイの世界にいる者の名前も文字化けを起こすみたいでした。(親友が書いたメモの宛名には私の名前が書いてあったようですが、写真でもわかる通り文字化けを起こしていました。)
一方で、ヨミクイの世界で書いたそれ以外の文章は、そのまま現実世界にも反映されるようでした。その証拠に、私が現実世界で見つけたいくつかのヨミクイの世界に関する情報は、親友がヨミクイの世界でネット掲示板に書き込んだ内容でした。これに付随して、ヨミクイの世界でもネットを使った調べ物はできることも判明しました。
ヨミクイの世界は、どこまでも現実の世界を踏襲していました。
こうした推測から、親友はひとつの作戦を提案してきました。
その作戦は、あまりにも親友らしく、そして寂しさと悲しさに満ちたものでした。
「俺の命は、もう長くない。これを利用して、俺はヨミクイをこの世界に閉じ込めたいと思う」
彼はそう言いました。
彼の言う作戦とは、これ以上ヨミクイの犠牲者を出さないために、ヨミクイを自身の世界に閉じ込めてしまうというものです。
親友が着目したのは、ヨミクイの世界から生還した人がヨミクイの写真を撮っているという情報と、ヨミクイは目が見えず心音で標的を探すという情報でした。
前者は、ヨミクイは現実世界で連れ去った人を喰らう以外に、ヨミクイから逃げ延びた者を現実世界に送り返す時にも当人の目の前に姿を現すのではないか、ということ。
後者は、ヨミクイは標的の位置を特定する際に、標的の心音を頼りにしている、ということ。
これらを組み合わせて考えた時、先ほどの作戦が浮上すると彼は言いました。
それは、もしヨミクイの世界でヨミクイに喰われる以外の理由により標的の命が尽きた時、ヨミクイは標的の場所が分からず延々と探し回るのではないか、ということです。
私は驚愕しました。
必死に止めました。
けれど彼は、自分の心臓は病気に蝕まれ、もう限界なのだと言いました。
そしてどうせヨミクイに喰われて終わるのなら、最後に一矢報いたいのだとも言いました。
親友は、ヨミクイのせいで小説に夢中になれない人がいることを嘆きました。
親友は、世の中には素晴らしい小説がたくさんあるのだから、もっと多くの人が憂いなく夢中になってほしいのだと主張しました。
親友は、ヨミクイが生まれた経緯を知ってヨミクイを哀れんでもいました。
親友は、同じような悲劇が二度と起こってほしくないのだと強く望みました。
それから親友は、私に生きて現実世界に戻り、これからも小説を書いていってほしいのだと言ってくれました。
私は泣きました。
泣いて泣いて、泣きました。
私は苦悩と葛藤の末、親友の作戦を承諾しました。
親友と一緒に、ヨミクイに見つからないよう注意しつつ、あの公園へと行きました。
道中は、たくさんの思い出話や世間話をしました。
公園に着くと、私たちは何枚か写真を撮りました。
それから私は、一本の短編小説を書きました。
前述した通り、その短編小説は私の身代わりを立てるためのものです。
身代わりの対象は、私の日記の読者。
親友から、なるべく生存率を高めるために、ヨミクイについて一番知っている人たちを身代わりにするよう言われたからです。
そして短編小説のページ数は、最小の1ページ。
身代わりとして逃げるべき日数を、とにかく少なくするためです。
ちなみに小説以外の書き物で身代わりを立てた場合、元々の人が逃げるべき日数をそのまま引き継ぐことになるようで、1ページの短編小説が最適だという結論に至りました。(かくいうこの時の私の頭の中にも、親友の逃げるべき残日数と同様の1271日逃げなければいけないという強迫観念のようなものが渦巻いていました。)
私は親友の隣で、短編小説を書き上げました。
親友は私の小説を読んで、満足げに頷いてくれました。面白いと言ってくれました。
それから、不覚にも身代わりに立てることになる私の日記の読者を必ず生きて返すと約束してくれました。6年近く生き延びた彼の言葉は、それでも迷いのあった私の心を安心させてくれました。
そうして私は、短編小説『アナタを見つけるまで』を投稿しました。
今私が現実世界に戻れているということは、すなわちどなたか2人が身代わりとしてヨミクイの世界に飛ばされたことを意味します。本当にごめんなさい。
しかし私は、親友との約束を守るためにも、どうしても現実世界に戻る必要がありました。
親友との約束。
それは、この物語を世に広めることです。
以前の日記にも書きましたが、かつてのヨミクイは娯楽小説が大好きだった商家の主人の感情に包まれて過ごしていました。主人が亡くなってからは、主人が大好きだった小説を拠り所として存在していました。元々は、人に害をなす怪異ではありませんでした。
しかし、主人の家族の嫉妬による放火によりそれらの娯楽小説が全て燃えてしまい、怒りに猛たヨミクイは人に害をなす怪異となってしまいました。
そしてヨミクイが、今も小説に夢中になる感情を追い求めるのは、かつて自分を包み込んでいた感情が失われたことによる寂しさがあるからではないでしょうか。
既に存在しているヨミクイは、私の親友の手によって自身の世界に永遠に閉じ込められました。
しかし、新たなヨミクイが生まれないとも限らないのです。
この物語を広めることで、どうか新たなヨミクイが生まれないことを祈るばかりです。
それから、もうひとつ。
親友との最期の約束を果たさなければなりません。
そのために、私はこの日記を応募することに決めたのです。
スターツ出版主催の、モキュメンタリーホラー小説コンテストに――。
果たして、この日記に書かれたものが、現実なのか物語なのか。
全ては、あなたのご想像にお任せします。
それとも、身代わりとなってヨミクイの世界に飛ばされた後、親友が練った作戦が功を奏して戻ってきてくれた「アナタ」でしょうか。
あるいは、どちらでもない「アナタ」でしょうか。
いずれにしろ、私は謝らなければなりません。
大変申し訳ございませんでした。
既にお察しのことと思いますが、先日私が投稿した短編小説『アナタを見つけるまで』は、ヨミクイの世界で私が執筆した身代わりのための書き物です。
私は私が助かるために、親友との約束を果たすために、そしてあの世界にヨミクイを閉じ込めるために、どうしてもこの日記の読者の中から身代わりを立てる必要がありました。
これから、順序立てて説明します。
事の発端は、25日の月曜日に起こりました。
私は、日記を書きながら親友のスマホをいじっていました。
何か手がかりがないか。
彼はどこにいるのか。
本当にヨミクイに攫われてしまったのか。
この文字化けの文言は、いったい誰に対して向けられたものなのか……。
その時でした。
窓に当たっていた雨の音が、ピタリと止んだのです。
私は日記を書くのを止め、辺りを見渡しました。
そこは、いつもの自室。なんら変化はありません。
しかし、明らかに異質でした。
音が、環境音が、まったくありませんでした。
暖房器具の稼働音も、窓を揺らす風の音も、先ほどまで響いていた雨の音も、遠くで鳴っていた車の走行音も、なにもかも。
そうした音が、一切聞こえませんでした。
もっとも、私が発する音だけは別でした。
声や、足音や、物に触れる音や、私の心臓の音。
そうしたものは鮮明に、私の耳に届いていました。
まるで、それこそが重要なのだと言わんばかりに。
どこまでも不気味で、異様な空間に、私はどうしようもない恐怖駆られました。
私はとるものもとりあえず、すぐさま外へ飛び出していました。
けれど外も、異様としか呼べない光景が広がっていました。
先日投稿したこちらの写真は、その時に助けを求めようと撮影したものです。
夕暮れ時のようにオレンジ色に染まった雲に、黄昏時の後のように紫色に彩られた空。
一方で遥か彼方は真夜中のように真っ暗で何も見えず、私のいる場所は薄暗く、後方に至ってはやや明るい道が続いていました。
いや、明るいという表現は適切ではないかもしれません。
見てお分かりのことと思います。
そこもまた、異常な光景でした。
ここは、本来なら銀杏の木々が並んでいる道です。
ところが元々の黄色は微塵もなく真っ赤に染まり、色は潰れ、写真だけでなく実際の光景もピンボケしていました。
まるで、作られた世界。
モキュメンタリーのごとく、私は現実と非現実との境界がわからなくなっていきました。
焦りと怖さがせり上がってくる感覚に、私は一目散に走り出していました。
なるべく明るい方へ、明るい方へと走りました。
聞こえるのは、私の息遣いと足音、そして高鳴る心臓の音ばかりです。
他の音は、一切聞こえませんでした。
私の心は、完全に恐怖に支配されていました。
しかもそこで、私は何かにぶつかってしまいました。
それは、この世界で初めて見た、人でした。
ヨミクイ。
人は本当に怖い時、声なんて出せないのだと知りました。
けれど、違いました。
頭を抱えて震える私に、その人は優しい声をかけてくれました。
「まさか、本当に来ちまうなんてな」
今でもその人の声は、彼の声は、鮮明に耳の奥に残っています。
私がぶつかったのは、私がずっと探していた親友でした。
親友は、生きていました。
今度は驚きのあまり声が出ない私に、親友は静かに笑みを浮かべました。
それだけで、私の心はみるみる落ち着いていくのがわかりました。
その後、私は親友からその世界のことを聞きました。
その世界は、案の定「ヨミクイの世界」のようでした。
親友はあらゆる術を駆使して、6年近くヨミクイから逃げていました。脱帽というほかありません。
そしてどうやら、私は親友が昔に残したメモの文章を夢中になって読んでしまい、身代わりとしてこの世界に連れて来られたようでした。
親友は確認のため、私にスマホを見せてきました。そう、あの私が直前まで見ていたはずのスマホです。
私はまた驚きました。
私が読んだ時は文字化けを起こしていた文章が、読めるようになっていました。
しかし、一番上にある宛名だけは、相変わらず文字化けを起こしていました。
そこで、私は現実世界で集めた情報を全て親友に話しました。
頭の切れる親友は、これまで彼がこの世界でいろいろと試して集めた知識と合わせて、いくつかの結論に辿り着いたようでした。
まず前提として、私が読んだのは間違いなくヨミクイの世界で親友が書き起こした文章でした。
しかし、どうやら現実世界にいる人に向けて助けや逃走を求めるような文章を書いた場合は文字化けを起こすようです。(私が月曜日にヨミクイの世界で書いた助けを求める投稿も文字化けを起こしていましたが、まさにこれに由来するものです。)
また、ヨミクイの世界にいる者の名前も文字化けを起こすみたいでした。(親友が書いたメモの宛名には私の名前が書いてあったようですが、写真でもわかる通り文字化けを起こしていました。)
一方で、ヨミクイの世界で書いたそれ以外の文章は、そのまま現実世界にも反映されるようでした。その証拠に、私が現実世界で見つけたいくつかのヨミクイの世界に関する情報は、親友がヨミクイの世界でネット掲示板に書き込んだ内容でした。これに付随して、ヨミクイの世界でもネットを使った調べ物はできることも判明しました。
ヨミクイの世界は、どこまでも現実の世界を踏襲していました。
こうした推測から、親友はひとつの作戦を提案してきました。
その作戦は、あまりにも親友らしく、そして寂しさと悲しさに満ちたものでした。
「俺の命は、もう長くない。これを利用して、俺はヨミクイをこの世界に閉じ込めたいと思う」
彼はそう言いました。
彼の言う作戦とは、これ以上ヨミクイの犠牲者を出さないために、ヨミクイを自身の世界に閉じ込めてしまうというものです。
親友が着目したのは、ヨミクイの世界から生還した人がヨミクイの写真を撮っているという情報と、ヨミクイは目が見えず心音で標的を探すという情報でした。
前者は、ヨミクイは現実世界で連れ去った人を喰らう以外に、ヨミクイから逃げ延びた者を現実世界に送り返す時にも当人の目の前に姿を現すのではないか、ということ。
後者は、ヨミクイは標的の位置を特定する際に、標的の心音を頼りにしている、ということ。
これらを組み合わせて考えた時、先ほどの作戦が浮上すると彼は言いました。
それは、もしヨミクイの世界でヨミクイに喰われる以外の理由により標的の命が尽きた時、ヨミクイは標的の場所が分からず延々と探し回るのではないか、ということです。
私は驚愕しました。
必死に止めました。
けれど彼は、自分の心臓は病気に蝕まれ、もう限界なのだと言いました。
そしてどうせヨミクイに喰われて終わるのなら、最後に一矢報いたいのだとも言いました。
親友は、ヨミクイのせいで小説に夢中になれない人がいることを嘆きました。
親友は、世の中には素晴らしい小説がたくさんあるのだから、もっと多くの人が憂いなく夢中になってほしいのだと主張しました。
親友は、ヨミクイが生まれた経緯を知ってヨミクイを哀れんでもいました。
親友は、同じような悲劇が二度と起こってほしくないのだと強く望みました。
それから親友は、私に生きて現実世界に戻り、これからも小説を書いていってほしいのだと言ってくれました。
私は泣きました。
泣いて泣いて、泣きました。
私は苦悩と葛藤の末、親友の作戦を承諾しました。
親友と一緒に、ヨミクイに見つからないよう注意しつつ、あの公園へと行きました。
道中は、たくさんの思い出話や世間話をしました。
公園に着くと、私たちは何枚か写真を撮りました。
それから私は、一本の短編小説を書きました。
前述した通り、その短編小説は私の身代わりを立てるためのものです。
身代わりの対象は、私の日記の読者。
親友から、なるべく生存率を高めるために、ヨミクイについて一番知っている人たちを身代わりにするよう言われたからです。
そして短編小説のページ数は、最小の1ページ。
身代わりとして逃げるべき日数を、とにかく少なくするためです。
ちなみに小説以外の書き物で身代わりを立てた場合、元々の人が逃げるべき日数をそのまま引き継ぐことになるようで、1ページの短編小説が最適だという結論に至りました。(かくいうこの時の私の頭の中にも、親友の逃げるべき残日数と同様の1271日逃げなければいけないという強迫観念のようなものが渦巻いていました。)
私は親友の隣で、短編小説を書き上げました。
親友は私の小説を読んで、満足げに頷いてくれました。面白いと言ってくれました。
それから、不覚にも身代わりに立てることになる私の日記の読者を必ず生きて返すと約束してくれました。6年近く生き延びた彼の言葉は、それでも迷いのあった私の心を安心させてくれました。
そうして私は、短編小説『アナタを見つけるまで』を投稿しました。
今私が現実世界に戻れているということは、すなわちどなたか2人が身代わりとしてヨミクイの世界に飛ばされたことを意味します。本当にごめんなさい。
しかし私は、親友との約束を守るためにも、どうしても現実世界に戻る必要がありました。
親友との約束。
それは、この物語を世に広めることです。
以前の日記にも書きましたが、かつてのヨミクイは娯楽小説が大好きだった商家の主人の感情に包まれて過ごしていました。主人が亡くなってからは、主人が大好きだった小説を拠り所として存在していました。元々は、人に害をなす怪異ではありませんでした。
しかし、主人の家族の嫉妬による放火によりそれらの娯楽小説が全て燃えてしまい、怒りに猛たヨミクイは人に害をなす怪異となってしまいました。
そしてヨミクイが、今も小説に夢中になる感情を追い求めるのは、かつて自分を包み込んでいた感情が失われたことによる寂しさがあるからではないでしょうか。
既に存在しているヨミクイは、私の親友の手によって自身の世界に永遠に閉じ込められました。
しかし、新たなヨミクイが生まれないとも限らないのです。
この物語を広めることで、どうか新たなヨミクイが生まれないことを祈るばかりです。
それから、もうひとつ。
親友との最期の約束を果たさなければなりません。
そのために、私はこの日記を応募することに決めたのです。
スターツ出版主催の、モキュメンタリーホラー小説コンテストに――。
果たして、この日記に書かれたものが、現実なのか物語なのか。
全ては、あなたのご想像にお任せします。