今日も無事に一日が終わった。
 といっても、執筆はこれからなので本当の意味ではまだ終わっていない。日中はフルタイムで仕事をしており、先日からミステリーやら和風ファンタジーやらと今までの私には書いたことのないジャンルを書いていることもあって、進捗はまるで芳しくない。11月も中旬に差し掛かっており、ここからどう巻き返していくかが大切だ。頑張れ、私。

 そして一番大事なモキュメンタリーホラーの題材探しについてだが、ひとまず今週の休日に現地調査に行くことにした。いわゆる知り合いへの聞き込みや、題材になりそうな与太話のモデルとなった場所へ赴いてみる。もはや与太話などと言っている時点でどうかと思うが、ホラーが苦手な人はこうして自分の心の平穏を保っているのだ。
 それにこれは、私なりの心の準備でもある。なにせ、いなくなった親友の件にまつわる場所をもう一度巡ってみようと思っているのだから。あれには妙な噂もあったし、以前探した時から全くその手の耐性がついていない私としては、ありもしない都市伝説でどうせただの尾ひれがついた空想や妄想の類だと決めてかからないと腰が重くなる一方なのだ。

 ということで、平日のうちは昨日の日記に書いた私の親友の行方不明事件(事件と言っていいのかはわからないが、ここでは事件と書いておく)に関連することについて、少しずつ綴っていきたいと思う。私の記憶整理も兼ねてなるべく詳細に書くつもりでいるが、もしなにかわかったことや気にかかることがあれば教えてほしい。
 まずはそう。一番重要な、行方不明になった日の出来事についてまとめていこうと思う。

 あれは今から6年ほど前。大学一年生の冬のことだった。
 厳しい残暑もとうに落ち着き、急に冷え込みが激しくなった12月初週の月曜日の一限目を、彼は無断で欠席した。
 まあ、それ自体はべつになんてことはない。寒くなった日の月曜の一限目なんて休みたいに決まっている。私だって休みたいのを堪えて掛け布団を鋼の意志で蹴飛ばし、無理やり頭を覚醒させて起きたくらいだから。
 優しい私は、彼のために代筆をして講義を受けつつ、「代筆してやるから昼飯を奢れよ~」などとメッセージを飛ばした。講義は九十分。終わるころには何かしら返信があるだろうと構えていたが返信はなく、既読がつくことすらなかった。
 これは本格的に眠りこけているなと、それでも私は悠長に構えていた。

 一限目が終わってすぐに、私は彼が一人暮らしをしているアパートに向かった。二人とも地元だったが、一度親元を離れたいという気持ちもあり、私も彼も一人暮らしをしていた。
 彼のアパートは、私の住んでいるところよりも少しばかり家賃は高いが、かなりの良物件だった。
 日当たりの良い角部屋の二階で、8.5畳もある1Kの間取りにバストイレ別の駐車場付き。これで家賃が二万五千円だというのだから破格もいいところだ。以前理由を訊いたら、「不動産会社で勤めている叔父に探してもらったんだよ」と言っていた。事故物件とか、そういう類のものではなかった。
 そんな良質で羨ましいアパートに赴き、呼び鈴を何度も押したが彼は出てこなかった。念のためドアレバーを回すと、不用心にも彼の部屋の鍵は開いていた。
 私の親友には、かなりそそっかしい面があった。だから、その時はまだ鍵をかけ忘れて寝ているのだろうと私は思っていた。
 ゆっくりとドアを開けて親友の名前を呼んだが、やはり返事はなかった。

 そこで初めて、私はなにか違和感のようなものを覚えた。

 再度名前を呼びつつ、私は彼の部屋に入った。一番最初にあったのはキッチンで、使用済みの皿やコップがシンクにつけられていた。かなり時間が経っているようで、汚れはこびりついていた。
 キッチンから奥に向かえば、彼がいつも過ごしている8.5畳の部屋がある。親友は特に持病なんかは持っていなかったが、もしかしたらということもある。私は急いで引き戸を開いて中に入った。

 しかし、そこに彼の姿はなかった。
 カーテンは閉め切られ、薄暗い室内はいつも通り散らかっていて、ローテーブルの上には教科書やら飲みかけのお酒の缶やらおつまみやらと雑多に物が置かれていた。ベッドやソファーには脱ぎ散らかした下着や衣服が散乱しており、部屋の隅には漫画や小説が高々と平積みされていたと記憶している。
 それと、一番に目に留まったのは電源がついていたノートパソコンだ。薄暗い部屋の中で、唯一光を発していた。
 はっきりとは覚えていないが、確か大学の英語の授業で出ていた課題のeラーニングの画面だったように思う。それと別タブに、私も書いているWEB小説サイトの画面があった。彼は小説を書いていなかったはずなので、きっと適当にeラーニングをしながら合間にWEB小説を読んでいたんだろう。そのわきにはコーヒーが置かれており、すっかりと冷め切っていた。

 ただ今にして思えば、なんとなくおかしな部屋だった。
 どこか彼らしくないというか、言語化しにくい何かがその部屋にはあった。

 でも、そのほかにこれといって変わったところはなかった。一応トイレや浴室も見てみたが、最近使用されたような形跡はなく、水気も一切なかった。
 気味が悪くなって、私は一度部屋から出た。それからいつも彼の車が停まっている駐車場に目を向ければ、そこに車はなかった。
 きっと一限目があることを忘れてどこかに出かけているんだろう。
 私は無理矢理そう思い込むことにして、その時はそのまま大学に戻って授業を受けた。親友と一緒にとっていた講義は一限のほかにも二つあったが、結局どちらも彼は来なかった。そればかりか合間にした電話には出ず、メッセージにも相変わらず反応はなかった。

 大学が終わり夜になったところでいよいよ怖くなってきて、私は親友の自宅に電話をかけた。すると彼のお母さんが出てきたので、私は事の顛末を全て話した。
 彼のお母さんは驚きつつも連絡をなんとかとってみると言っていたので、私はその先のことをお任せすることにした。ただどうしても心配になり、私からも何度か電話やメッセージを繰り返ししてみたが応答はなかった。

 それから五日経っても、彼の所在は知れなかった。
 彼のお母さんから連絡があり、捜索願を出すことになったと聞いた。

 あれから六年。未だに、私の親友がどこにいるのかはわからない。
 ずっと既読のつかない最後のメッセージを、今でもたまに確認している。
 けれど、やはり変化はない。

 彼は本当に、どこに行ってしまったのだろうか。
 昔から放浪癖というか、ふと思い立ってどこかに行ってしまうところはあったが、必ずその日中に私や家族に連絡を入れていた。
 そのことを加味しても、やはりこの件には何かあると私は思っている。

 少々長くなってしまったので、今日はこれくらいにしておこうと思う。
 また後日、彼の捜索をしてくれた関係者の方から聞いたことや、その後に小耳に挟んだ噂話などについてもまとめていく。

 本当に、どこかで無事に過ごしているといいのだけれど。