今日の17時14分。
 待ちに待った告知がなされた。

 モキュメンタリーホラー小説コンテスト。

 一度は書いてみたいと思ったジャンルのコンテストの開催が発表されたのだ。

 あれはそう、いつだったか。春先だった気がする。
 いちアマチュア物書きとして、SNSでこれから書く小説の情報収集をしていた時だった。
 モキュメンタリーホラーが旬だったのか、一番推しているレーベルの公式投稿で、このジャンルへの興味の有無を訊かれた。
 私は元々ホラーが苦手だ。正直、参加するかは微妙な心境だった。
 でも、大好きなレーベルからの投稿の手前、興味ないなどとは言えるはずもない。私はすぐさま「興味あります!」とリプライした気がする。
 そして一度「興味あります!」と言い切った手前、出さないというのは信条的に抵抗があった。ということで、明日からモキュメンタリーホラーの題材を探すことにした。
 この日記は、意志の弱い私を奮い立たせるために綴っていくものだ。加えて、全世界に向けて発信することで、完全に逃げ道を立つ戦法だ。これを書いている現時点ですら、「やってくれたな、このやろう」と思っている。

 ただし、全世界に向けて発信する理由はそれだけではない。
 もうひとつ、私には前々から気がかりなことがあるのだ。

 私には、よく一緒に遊んでいた親友がいた。
 その親友とは小学生の時から登下校をともにし、それこそ学校が終わってからも毎日のように遊んでいた。
 でも、大学生のある日を境にその親友はぱったりといなくなってしまった。
 いわゆる行方不明だ。私もかなり探したが、未だに見つかっていない。

 私はこれからモキュメンタリーホラーの題材を探すためにあちこちを回ることにする。そしてその過程や執筆の進捗を日記として綴っていくつもりだ。筆無精ということもあり、毎日は難しいがなるべく頻度多めに更新していきたいと思っている。
 それとあわせて、私は行方不明になった親友を今一度探してみようと思っているのだ。これには変な噂もあったし、全世界に発信するこの機会を使えば、もしかしたら心当たりのある人から情報提供があるかもしれないからだ。

 ということで、この日記を読んでくださっているあなたにも何卒お願いしたいのです。
 私の親友に関する情報があれば、どうか教えてほしいです。
 詳細については一度しっかりとまとめてから、少しずつ書いていきたいと思います。
 とりあえず今日は名前だけでも。

 私の親友の名前は、遏「逕ー蟾昴>縺、縺です。

 どうか、よろしくお願いします。
 今日も無事に一日が終わった。
 といっても、執筆はこれからなので本当の意味ではまだ終わっていない。日中はフルタイムで仕事をしており、先日からミステリーやら和風ファンタジーやらと今までの私には書いたことのないジャンルを書いていることもあって、進捗はまるで芳しくない。11月も中旬に差し掛かっており、ここからどう巻き返していくかが大切だ。頑張れ、私。

 そして一番大事なモキュメンタリーホラーの題材探しについてだが、ひとまず今週の休日に現地調査に行くことにした。いわゆる知り合いへの聞き込みや、題材になりそうな与太話のモデルとなった場所へ赴いてみる。もはや与太話などと言っている時点でどうかと思うが、ホラーが苦手な人はこうして自分の心の平穏を保っているのだ。
 それにこれは、私なりの心の準備でもある。なにせ、いなくなった親友の件にまつわる場所ももう一度巡ってみようと思っているのだから。あれには妙な噂もあったし、以前探した時から全くその手の耐性がついていない私としては、ありもしない都市伝説でどうせただの尾ひれがついた空想や妄想の類だと決めてかからないと腰が重くなる一方なのだ。

 ということで、平日のうちは昨日の日記に書いた私の親友の行方不明事件(事件といっていいのかはわからないが、ここでは事件と書いておく)に関連することについて、少しずつ綴っていきたいと思う。私の記憶整理も兼ねてなるべく詳細に書くつもりでいるが、もしなにかわかったことや気にかかることがあれば教えてほしい。
 まずはそう。一番重要な、行方不明になった日の出来事についてまとめていこうと思う。

 あれは今から6年ほど前。大学一年生の冬のことだった。
 厳しい残暑もとうに落ち着き、急に冷え込みが激しくなった12月初週の月曜日の一限目を、彼は無断で欠席した。
 まあ、それ自体はべつになんてことはない。寒くなった日の月曜の一限目なんて休みたいに決まっている。私だって休みたいのを堪えて掛け布団を鋼の意志で蹴飛ばし、無理やり頭を覚醒させて起きたくらいだから。
 優しい私は、彼のために代筆をして講義を受けつつ、「代筆してやるから昼飯を奢れよ~」などとメッセージを飛ばした。講義は90分。終わるころには何かしら返信があるだろうと呑気に考えていたが返信はなく、既読がつくこともなかった。
 これは本格的に眠りこけているなと、それでも私は悠長に構えていた。

 一限目が終わってすぐに、私は彼が一人暮らしをしているアパートに向かった。私たちは二人とも地元だったが、一度親元を離れたいという気持ちもあり、私も彼も一人暮らしをしていた。
 彼のアパートは、私の住んでいるところよりも少しばかり家賃は高いが、かなりの良物件だった。
 日当たりの良い角部屋の二階で、8.5畳もある1Kの間取りにバストイレ別の駐車場付き。これで家賃が二万五千円だというのだから破格もいいところだ。以前理由を訊いたら、「不動産会社で勤めている叔父に探してもらったんだよ」と言っていた。事故物件とか、そういう類のものではなかった。
 そんな良質で羨ましいアパートに赴き、呼び鈴を何度も押したが彼は出てこなかった。念のためドアレバーを回すと、不用心にも彼の部屋の鍵は開いていた。
 私の親友には、かなりそそっかしい面があった。だから、その時はまだ鍵をかけ忘れて寝ているのだろうと私は思っていた。
 ゆっくりとドアを開けて親友の名前を呼んだが、やはり返事はなかった。

 そこで初めて、私は違和感を覚えた。

 再度名前を呼びつつ、私は彼の部屋に入った。一番最初にあったのはキッチンで、使用済みの皿やコップがシンクにつけられていた。かなり時間が経っているようで、汚れはこびりついていた。
 キッチンから奥に向かえば、彼がいつも過ごしている8.5畳の部屋がある。親友は特に持病なんかは持っていなかったが、もしかしたらということもある。私は急いで引き戸を開いて中に入った。

 しかし、そこに彼の姿はなかった。
 カーテンは閉め切られ、薄暗い室内はいつも通り散らかっていて、部屋の中央にあるローテーブルの上には教科書やら飲みかけのお酒の缶やらおつまみやらと雑多に物が置かれていた。ベッドやソファーには脱ぎ散らかした下着や衣服が散乱しており、部屋の隅には漫画や小説が高々と平積みされていたと記憶している。
 そして、一番目に留まったのは電源がついていたノートパソコンだ。薄暗い部屋の中で、唯一光を発していた。
 はっきりとは覚えていないが、確か大学の英語の授業で出ていた課題のeラーニングの画面だったように思う。それと別タブに、どこかのWEB小説サイトらしき画面があった。彼は小説を書いていなかったはずなので、きっと適当にeラーニングをしながら合間にWEB小説を読んでいたんだろう。そのわきにはコーヒーが置かれており、すっかりと冷め切っていた。

 ただ今にして思えば、なんとなくおかしな部屋だった。
 どこか彼らしくないというか、言語化しにくい何かがその部屋にはあった。

 でも、そのほかにこれといって変わったところはなかった。一応トイレや浴室も見てみたが、最近使用されたような形跡はなく、水気も一切なかった。
 気味が悪くなって、私は一度部屋から出た。それからいつも彼の車が停まっている駐車場に目を向ければ、そこに車はなかった。
 きっと一限目があることを忘れてどこかに出かけているんだろう。
 私は無理矢理そう思い込むことにして、その時はそのまま大学に戻って授業を受けた。親友と一緒にとっていた講義は一限のほかにも二つあったが、結局どちらも彼は来なかった。そればかりか、合間にした電話には出ず、メッセージにも相変わらず反応はなかった。

 大学が終わり夜になったところでいよいよ怖くなってきて、私は親友の自宅に電話をかけた。すると彼のお母さんが出てきたので、私は事の顛末を全て話した。
 彼のお母さんは驚きつつも連絡をなんとかとってみると言っていたので、私はその先をお任せすることにした。ただどうしても心配になり、私からも何度か電話やメッセージを繰り返ししてみたが応答はなかった。

 それから五日経っても、彼の所在は知れなかった。
 彼のお母さんから連絡があり、捜索願を出すことになったと聞いた。

 あれから6年。未だに、私の親友がどこにいるのかはわからない。
 ずっと既読のつかない最後のメッセージを、今でもたまに確認している。
 けれど、やはり変化はない。

 彼は本当に、どこに行ってしまったのだろうか。
 昔から放浪癖というか、ふと思い立ってどこかに行ってしまうところはあったが、必ずその日中に私や家族に連絡を入れていた。
 そのことを加味しても、やはりこの件には何かあるに違いない。それが彼自身の意思によるものなのか、あるいは人による事件や事故なのか、はたまたそれ以外によるものなのかは、わからないけれど。

 少々長くなってしまったので、今日はこれくらいにしておこうと思う。
 また後日、彼の捜索をしてくれた関係者の方から聞いたことや、その後に小耳に挟んだ噂話などについてもまとめていく。

 本当に、どこかで無事に過ごしているといいのだけれど。
 日記というものは三日坊主になるとよく言われる。
 その所以をなんとなく実感しながらこの文章を書いているのだが、おそらくあれだ。書くことがなくなるのだ。そして書くことを考えることが面倒くさくなってやめてしまう。
 私の場合はまだいい。なんといっても、日記を書く期間とその目的がはっきりしているのだから。

 改めてこの日記についてだが、私が応募しようと思っているモキュメンタリーホラー小説コンテストの初稿を書き上げた時点で終わらせるつもりだ。その時までは、書いたこともないモキュメンタリーホラー小説を私がどんな過程で形にしていくかを綴っていく。これについてはほとんど記録用だ。

 題材については前述したとおり、巷で聞いた怪談話や、行方不明になった私の親友に関する案件、それにまつわる噂話を調査していく中で見つけていきたい。現実にあったことを調査・記録し、主観的な考えを書いていくことはまさにドキュメンタリーであり、ここに上手く虚構を織り交ぜることができればモキュメンタリーとしての物語が完成する。そのように踏んでいるわけだ。

 また形式だが、いくつかの手法を案として考えてあるので、以下にまとめておく。

 案1:取材メモ、雑誌形式
 案2:記録日誌、日記形式
 案3:報告書、レポート形式
 案4:SNS投稿形式

 案1は、よくある手法だと思う。ドキュメンタリーという言葉を聞いて真っ先に思いついたのがこの形式だ。一番書きやすいので、この形式で書く可能性が高い。
 案2は、今私が書いているような形になるだろうか。事件や都市伝説に関することを思い起こす形で記述していき、それを読者が見ているというイメージだ。
 案3は、案1に近いが、記者やライターといったものに囚われないため、幅広く応用が利くように思われる。ただし、小説としてどこまで上手く書けるのかはわからない。私のような初心者には難しそうな印象だ。
 案4は、ちょっと面白そうだなと思ったのでメモとして残しておく。いわゆる現実にあった出来事(モキュメンタリーの場合は虚構の出来事)を、あたかもSNSに投稿して不特定多数に見てもらっているという体裁で綴っていくのだ。今回は短編と長編の二つの部門があるようなので、短編の場合はこうしたあまり見ないような形式で書いてみるのも面白そうだ。
 他にも手法はありそうだし、組み合わせてもいいし、またここにあるのはあくまでも私個人の主観(日記なので書くまでもないと思うが)なので、結局どれがいいのかはわからないが、思いついたことは書きまとめておかないと忘れてしまう性分ということもあり、こうして見返す時用に残しておく。

 あとはそう、題材との相性もありそうだ。
 都市伝説や怪談話の類であれば案1や案3がいいだろうし、行方不明の案件に関することを書いていくのであれば、実在した事件を追求し、調査するというイメージになりそうだ。その意味では、案4は少々難しいか。うーん残念。
 とりあえず今週のうちにもう少し全体のイメージを固めつつ、実際に書かれているモキュメンタリーホラー小説を読んでインプットをしていかないといけないなと考えている。頑張れ、明日からの私。(今日はやらないのか、というツッコミはなしだ)

 普通の日記ならここで止めるところだが、この日記は全世界に向けて公開しているものなので、読んでくださっている皆さまに向けた、とても重要なことも綴っておかなければ。


 それは……――私の自己紹介です。(今さらすぎる)
 いやね、昨日の日記で私が早々にまとめておきたかった行方不明の案件について書き終わり、公開もして見直していたら気づいてしまったわけです。これを読んでくださっている皆さまからすれば、いったいこいつは誰なんだ、ということを。

 ということで改めまして、私の名前は矢田川いつきといいます。
 もちろん、本名ではありません。物書きとして活動するためにつけた、いわゆるペンネームです。
 普段の私は北陸地方に居住しているごくごく普通の社会人です。ちなみに年齢は秘密です。
 物書きとしては現時点では特に書籍化経験などもないアマチュアで、とある業種のフリーランスを生業としています。周囲には私がこのような活動をしていることは明かしておらず、いつかデビューして兼業作家として羽ばたいていくことを夢見ています。
 好きな食べ物はわらび餅。好きな場所は波打ち際。最近の悩みは創作仲間に女性作家だと間違われていることです。(誰も聞いていない)
 とまあ、このような未熟な物書きである私が、次なる土俵として選んだのが此度のモキュメンタリーホラー小説なわけで、サボり癖のある自分を追い込むためと、この場を活用して気掛かりだった案件の情報収集を目的としてこのような日記を書いているわけです。
 以上で、自己紹介は終了です。ふう。


 ……さてさて。
 モキュメンタリーホラー小説の進捗記録も自己紹介も終わったところで、ここから先は再び私の親友の話に戻していこうと思う。

 昨日は親友が行方不明となった日のことについて書き記したが、今日は自己紹介の話題も出したということで、私と親友の関係性について少しまとめておきたい。

 私と親友は小学校から大学まで、およそ10年に渡って仲良くしていた。
 小学校三年生の時に同じクラスになり、二回目か三回目の席替えで隣の席になったことをきっかけに仲良くなった。また彼の実家は、私の実家の隣町にあり、自転車を15分ほど漕げばつくような近さだったため、学校が終わったあとはほとんど毎日のように一緒に遊んでいた。
 よくしていた遊びとしては、テレビゲームやカードゲームといった男の子らしい遊びはもちろんのこと、室内だけでなく鬼ごっこやサッカーなど室外でも活発に遊んでいた。親友には友達が多く、特に小学生の時は大人数でできるケイドロやかくれんぼなどをすることが多かった。彼は小柄で足が速かったこともあり、鬼から逃げるのはかなり得意だった。
 中学生や高校生の時は、よく休日にレジャー施設に行って遊んでいた。親友はボウリングが得意でアベレージは200が当たり前。一方の私は100を超えればいいほうだった。
 しかも彼は、かなり勉強が得意だった。定期試験や全国模試などで勝てたことは一度としてない。勉強方法は単語帳ではなく便覧を使うような変わり者だったが、常に学内でも5位以内をキープしていた。その頃から放浪癖やサボり癖があったのに成績だけは落とさなかったので、実に羨ましく不思議なことこの上なかった。
 ただ、そうした羨望や悔しさはあったものの、私と彼は喧嘩を一度もしたことがなかった。
 彼の変なところは別にして、私は彼の人間性を心の底から尊敬していた。
 いつも朗らかに笑い、ふざけて面白い話をしており、私だけでなく周囲にいた友達全員を笑わせていた。
 自ら進んで困っている人を助ける積極性や優しさを持ち合わせているだけでなく、大勢の前で堂々と発言ができる度胸や、先陣を切って高さ数十メートルを誇る恐怖の反り立つ壁のクライミングに挑戦する気概も持ち合わせていた。(あれはすごかった)

 そうした彼と、私は生涯親友でいることができると思っていた。
 彼もまた、私のことを親友だと言ってくれたことがなにより嬉しかった。
 地元の大学に入学してからも交流は当たり前のように続き、講義の履修登録はもちろん、一部のサークルに至るまで同じものを選んでいた。私も親友も男だったので、一時期ホモ疑惑が立ったほどだった。
 そんなこともあって顔を合わさない日はないといっていいほどだったのだが、あの日を境にぱったりと彼は姿を見せなくなったわけだ。

 彼の行方不明には、二通りの見方があると考えている。
 すなわち、彼自身の意志でいなくなった場合と、何らかの事件や事故に巻き込まれた場合だ。

 前者の場合なら、彼は今も無事で、平穏か不穏かはともかくこの世界のどこかで暮らしていることになる。
 それならばメッセージに反応をしてくれてもいいのではと思うのだが、スマホそのものを無くしている可能性も否定できない。

 そこで以前の私は、ひとつの方法を考えた。
 彼も好きだった小説を通して、彼の目に触れてもらおうとする方法だ。
 実は、私のペンネームは、親友の名前が由来でもある。
 このペンネームで活動していれば、もしかしたら彼から連絡があるかもしれないと思ったわけだ。
 ただお察しの通り、未だに彼からの連絡も反応もない。私がまだまだ無名の物書きという理由が大きい気もするので、ぜひとも今回のモキュメンタリーホラー小説コンテストでは良い結果を残したい。もし彼の行方不明案件を使った題材で書籍化することができれば、彼から何かしらのアクションがあることも期待できるからだ。

 ただし後者の場合……何かの事件・事故に巻き込まれている場合は、話が変わってくる。
 このような活動をしていても親友の目に触れることはなく、最悪の場合、既にこの世にいない可能性だってある。

 しかしもしそうだとするならば、それは果たして事件なのだろうか。事故なのだろうか。

 人為的なものなのだろうか。非人為的なものなのだろうか。

 そしてここで関わってくるのが、前述したとある噂話の類だ。
 この噂話にはいくつかの種類があり、中には妄想の域を出ないようなオカルトめいたものもある。

 次からは、この噂話について綴っていきたいと思う。

 引き続き、もし何か情報があれば感想やメッセージなどの方法で連絡をいただけると幸いです。


 そして、昴>縺、縺。

 もし君がこの日記を見てくれているのであれば、どんな方法でもいい。

 どうか、無事であることだけでも教えてほしい。

 頼む。
 いよいよ今週の平日もあと1日となった。
 私的には、木曜日という曜日は1週間の中で一番一日が長く感じられ、そしてもっとも憂鬱な曜日だ。月曜日から水曜日までの疲れが積もりに積もっているだけでなく、あろうことか木曜日自体を含めて平日がまだ2日も残っているからだ。
 まあフリーランスの身としては、取引相手の休日を確認する意味合いぐらいしかなく、普通に土曜日も仕事なのであまり関係ないのだが。ただそれでも、こうした学生時代からの感覚というものは、今でも根強く心に残っているものだとしみじみ思う。

 さて、現実から目を逸らすのはこのくらいにして、そろそろ本題のことについても書いておかないと。どうしてもホラー小説を読んだ後は、こうして一ミリも関係のないくだらない話を考えてないと怖くてたまらない。(こんなんでモキュメンタリーホラー小説なんぞ書けるのだろうか。)


 まずは今日の記録だ。今日はホラー小説の短編を2本ほど読み、ホラー関連の動画を1本視聴した。内容については怖いので割愛するが、いかに臨場感たっぷりに書くか、が私なりの課題になりそうだ。そもそも怖い情景を思い浮かべることに抵抗があるのに、それを鮮明に描写していかなければならないのだから。
 まあ書く時の私よ、頑張りたまえ。(いつも未来の自分に任せる。)

 それと、私の休日である日曜日に行く現地調査だが、当時小耳に挟んだ噂話のどれかについて調べていきたいと考えている。可能であれば、親友のことを知っている知り合いにも話を聞いておきたいので、明日調整をしよう。


 それにしても改めて思うのだが、親友がいなくなった6年前に私の周りで囁かれていた噂のうち三つが「行方不明に関するものだった」ことは、実に不可解だ。
 およそ、噂のジャンルというものは千差万別であるのが普通だ。大学の堅物教授に関する面白ネタだったり、共通する知人の恋バナであったり、バイト先に来る迷惑客の裏事情であったり、そうした多種多様なジャンルで構成されるのが当たり前だ。
 しかし、6年前のあの時ばかりはそうではなかった。
 いや正確には、ジャンルそのものは確かに多種多様だったが、噂話のどこかしらに「行方不明」というワードが含まれていたのだ。
 今日はその中でも、人為的な事件についてまとめておこうと思う。(ホラー小説を読んだ真夜中に、オカルト話を思い出して書き綴るというのは勘弁願いたいので。)

 まずもっとも私の周りでまことしやかにささやかれていたのは、闇バイト事件だ。
 まさに最近のニュースでかなり話題になっている闇バイトだが、それ自体はもっと昔から少しずつ横行していたらしい。私の通っていた大学でも、いつもお金に困っていたやつが急に羽振りが良くなったりだとか、お金を貯めるためにシフトを入れまくっていた人が急に辞めたりだとか、そうした話はたまに耳にしていた。

 一番私の身近なところで言えば、当時所属していたテニスサークルの先輩から聞いた話がある。
 先輩の友達に、少々メンヘラ気質な可愛らしい女の子がいたらしい。彼女には、高校三年生の時から付き合っている同い年の彼氏がいた。なんとしても彼氏と同じ大学に行きたくなった女の子は、現役時代に受かっていた大学を全て蹴り、浪人と奨学金を借りてまでして彼氏と同じ私立大学に入った。生活費やら浪費家の彼氏への貢ぎやらでお金が必要だった彼女は、時給のいいバイトを掛け持ちしていた。とても熱心に働く彼女は周囲の人とも良好な関係を築き、評価もかなり良かったらしい。
 しかし、ある日を境にぱったりと彼女はバイトへ来なくなった。心配になったバイト先の店長は、女の子の友達だった先輩を通じて理由を訊いてくれるよう言ってきたらしい。
 そして先輩が遠回しに彼女に理由を訊くと、普通のバイトなんかバカらしくなるような超高額バイトを発見したから辞めることにしたのだと言い張ったそうだ。

「千咲もさ、一緒にバイトやってみない? めっちゃ稼げるよ」

 千咲というのは、私の先輩の名前(仮名)だ。先輩は何度も怪しいから辞めなと止めたのに、むしろ友達はそんな言葉でしつこく勧誘してくるようになったと言っていた。先輩曰く、度重なる誘いが苦痛になり、結局彼女とは疎遠になっていったとのことだ。
 おそらく、その時に先輩の友達が手を出してしまったのが闇バイトだ。内容は至ってシンプルで、指定された日にちに指定された場所へ行き、簡単な指示に従ってタスクをこなしていくだけだと言っていたらしい。タスクも荷物整理とか、看板の傍に立っているだけとか、配達・運搬など誰でもできることが募集欄には書かれていたみたいだ。
 しかし、それだけの簡単な仕事内容で、高額報酬がもらえるというのがそもそもおかしい。遅かれ早かれ、個人情報を人質にされて抜け出せなくなり、犯罪に手を染めて警察に逮捕されるというのがオチだ。まさに昨今のニュースでも、そうした事件が多数摘発されている。
 だが、私の周りで広まっていた噂は、そんな闇バイトに加担している人が周囲にたくさんいるとか、そういう内容ではない。
 闇バイトに誘われた人は、どれだけ警戒していようと漏れなくそのバイトをするようになり、それと付随するように誘った人が消息を絶つというものだった。
 ありえない。
 私も、最初はそう考えていた。
 しかし、私の先輩である千咲さん自身が闇バイトに加担して捕まったことで、その信憑性は格段に上がってしまった。
 それだけではない。先輩が逮捕される前に、私は聞いていた。先輩は自分の友達だけでなく、私の親友からも同じように割のいいバイトに誘われたことがあるということを。
 そんなことはありえない。ただの偶然だ。
 私は繰り返しそう自分に言い聞かせてきた。今でも偶然だと思っているし、偶然だと思い込もうとしているし、そのためにもこうしてここに偶然だと書いている。
 けれど、どうにもタイミングが良すぎた。先輩が捕まったのは、私の親友が姿を消してからちょうど10日後のことだった。

 この噂については、未だに真相がはっきりしていない。
 そもそもしっかりと警戒していて、お金にも困っていない人がこのようなバイトに手を出すとは思えない。しかも誘われただけでいつの間にかそのバイトをするようになるなど、全くもって意味がわからない。催眠術にかけられたわけじゃあるまいし、そんなことがありえるのだろうか。

 現在、先輩とは連絡をとっていない。
 だから、どこでなにをしているのかはわからない。先輩が捕まったのも特にニュースにはなっていなかったので、罪を認めたのかどうかなど詳しい事情は何も知らない。
 けれど、千咲先輩と仲が良かった同じサークルの先輩が、次の日曜日に地元に帰ってくるらしい。(SNSで呟いていた。)
 現在返信待ちだが、もし話を聞くことができれば、この噂話の真相に辿り着くことができるかもしれない。そうなれば、この噂話が私の親友の行方不明に関係しているのかどうかもわかるだろう。
 それにもし関係しているかわからない、あるいは関係していないだろうが確証が持てないなどの場合であれば、モキュメンタリーホラー小説としてこれをモデル題材に執筆するだけだ。このような日記の場だけでなく、今話題の小説ジャンルとして執筆し、より多くの人の目に触れることができたなら、もし関係があれば親友からの何かしらのリアクションが期待できるだろう。(それだけの人の目に触れるかはまた別問題だが。)

 何はともあれ、この噂は一番現実味がある話(オカルトではないだろうという意味で)として、必ず探っておきたい案件ではある。
 他の噂話はどちらかといえば非現実的な、ともすればオカルトチックな側面が強いので、正直あまり気が進まない。
 とはいえ、調査をやらなければ題材探しも情報収集もままならないので、しっかりやっていこうとは思っている。(こうして人目のある場所に書き記すことで逃げ道を無くしているのだ。わかっているのか、明日以降の私よ。)

 気になっている噂話は、残り二つ。

 果たして、この中に親友の行方不明と関係しているものはあるのだろうか。 
 今日もモキュメンタリーホラー小説の執筆に向けて短編を3本読み、動画を2本(ドキュメンタリー系とゲーム実況系)観た。
 ホラーの雰囲気づくりのために頭の中をホラー脳にしておかないといけないのだが、なにぶんホラー嫌いの身としてはこれがなかなかにしんどい。ううっ。

 そうそう、日曜日の現地調査については、昨日書いた千咲先輩と仲の良かった、満谷先輩(仮名)に話を聞きにいくことができそうだ。
 また私の親友が行方不明になった件について、彼が所属していたサークル(私と彼が所属していたテニスサークルとは別のダンスサークル)のメンバーと、彼のお兄さんに連絡を入れた。ただ二人とも次の日曜は難しいらしいので、その次の日曜になりそうだ。

 よし。ということで、今日はこの辺で。
 また明日も頑張ろう。





















 というのは、さすがにダメ?
 ダメか。
 いや、わかっている。いくらホラー嫌いとはいえ、ちゃんと書くものは書かないといけないということを。
 ホラーを連日に渡って読み、視聴して、考え続けてもはや震えまくっている心だが、頑張ってあの噂を思い出して、しっかり書きまとめておかないといけない。……いけないよなあ。

 さて、さすがに先ほどの数行では全然ダメだと思うので、もう少し追記していく。
 まず満谷先輩というのは、千咲先輩と仲が良く、当時私が所属していたサークルの副会長も務めていた人だ。私はあまり話したことはなかったのだが、人当たりがとても良く、明るくて社交的な人だった。確か、いなくなった私の親友とも馬が合っていたようで、飲み会の時はよく絡み合っていたのを覚えている。
 現在は東京のほうで不動産関係の職に就いているらしく、受け持っていた仕事がひと段落ついたので有休をとって地元に数日帰ってくるそうだ。そんな貴重な休みに私の取材もどきを受けていただくのはとても申し訳ないのだが、そこはさすがの満谷先輩ということで快諾してくれた。イケメンすぎる。
 千咲先輩のこともさることながら、私の親友の行方不明の一件についてもいろいろご教示いただこうと考えている。

 またその行方不明事件に関して何か知っていそうな、心当たりのある数人に連絡を入れてみた。
 その中でも、先ほど記述したダンスサークルに所属していた人(仮に加藤さんとしておく)と、親友のお兄さんである智也さん(こちらも仮名)が当時のことをいろいろと覚えているようだったので、詳しい話を直接聞かせてもらうことになった。二人のことについては後日改めて書いていきたいと思う。
 そのほかにも、メッセージでやりとりをした人の中には気になることを言っている人もいたので、もう少し訊いてみたうえでこちらについても後日まとめておきたい。

 それと今日は、気になっている残り二つの噂話のうち、せめてひとつくらいはまとめておかねば。
 どちらもミステリーというよりは完全にホラーな話なので、私個人としては本当に書きたくない。誰か代わりに書いてくれないだろうか。(誰かって誰だ。)


 今日まとめておきたいのは、「隠れ鬼」に関する噂話だ。
 隠れ鬼ごっこについては、知っている人も多いと思う。いわゆる、世間一般に広く浸透している「かくれんぼ」と「鬼ごっこ」を組み合わせた、子どもの頃にしていた遊びのことだ。もしかすると本日記に目を通していただいている方たちの中には知らない人もいるかもしれないので、念のためルールも以下に書いておく。

【隠れ鬼ごっこの基本ルール】
・最初にかくれんぼと同じく鬼を決める。
・鬼以外は、鬼が時間を数えている間にどこかに隠れる。
・鬼は時間を数え終わったら、隠れている参加者を見つけにいく。
・鬼は参加者を見つけたら、鬼ごっこの要領でその参加者を捕まえにいく。
・捕まった場合は、その捕まった参加者が次の鬼になる。

 これ以外にローカルルールも多数あるらしく、私のいた地域では鬼が参加者を見つけた場合、かくれんぼと同じく「みーつけた」と見つけたことを言葉で示すことになっていた。(調べた限りでは、「みーつけた」と言わない場合が多いらしい。)

 そしてここからが本題なのだが、親友が行方不明になった当時、小学生くらいの子どもたちが行方知れずになる事件が数件起きていて、その子どもたちはこの隠れ鬼ごっこをして遊んでいたらしい、という噂が流れていたのだ。
 噂の内容もいろいろと不可解で怪しげなものが多く、

「参加者とは別に、『隠れ鬼』という本物の怪異が紛れ込んでいたらしい」
「隠れている時に、本物の隠れ鬼に見つかり捕まると攫われる」
「お墓の見える場所で、お墓に背を向けて隠れると連れて行かれる」
「本物の隠れ鬼は前髪の長い子どもの姿をしており、朱色に染まったボロボロの服を着ている」
「本物の隠れ鬼は獲物を見つけた時に、『みーつけた』のほかに、『お逃げーなさい』と言うらしい」
「本物の隠れ鬼は獲物を追いかける時に、『ほーらはやく。お逃げーなさい』と繰り返し唱えてくるらしい」
「本物の隠れ鬼に連れて行かれると、連れて行かれた先でもう一度隠れ鬼ごっこをやらされ、逃げ切った場合は元の場所に戻れるが、捕まった場合は食われてしまうらしい」

 などといったことがささやかれていた。

 この噂についても、真偽のほどは定かではない。
 ただ、いかにもなホラー話だし、信ぴょう性は低いように思われる。(というかそうであってくれ。)
 一方で、大人である大学生が、このような子どもじみた噂をしていたことはどことなく不思議ではある。発信元もわからないし、それこそ当時私の周りではよくある怪談話の一種みたいなノリで話されていたのだ。

 もっとも、この話の真偽がどうであれ、私の親友の行方不明の一件とはさすがに関係ないと思っている。
 あくまでもこの話は隠れ鬼ごっこで遊んでいることが前提にあるし、子どもならまだしも、いち大学生が隠れ鬼ごっこをして遊んでいた可能性はかなり低い。やはり、昨日まとめた闇バイト事件のほうが関係はありそうだ。その意味でも調査する必要はないと思っているのだが、ひとつだけ気がかりなことがあるのだ。

 それは、隠れ鬼ごっこのできそうな広さのある場所で、噂にあるような「お墓の見える場所」が、親友が住んでいたアパートの近くにある、という点だ。

 さすがに違うと思う。これだけでは、やはり弱い。
 しかし、明後日の日曜日に現地を軽く見ておきたい気持ちもあるのだ。
 現地を見て回り、後日ダンスサークルに所属していた加藤さんや親友の兄である智也さんに、合わせてこの話についてもいろいろと訊いて、やはり関係なかったのだと心の中で確証付けておきたい。それに、この手の話はホラー感がかなり強いので、単純にモキュメンタリーホラー小説の題材としても申し分ないだろうし。

 以上が、今私が気になっている噂話の二つ目だ。
 よし、まとめ切った。よくやったぞ、私。

 明日は残る最後の噂話について、頑張ってまとめてみよう。
 そちらもホラー感満載の話なので、正直気は進まないのだが。
 のめり込むように物語を読んでいたら怪異に連れ去られる、なんて話、ありえないだろうし。
 ようやく一週間が終わった。
 明日は待ちに待った休日……ではあるのだが、モキュメンタリーホラー小説コンテスト用の題材探し兼、親友の行方不明事件調査であちこちを回る予定だ。
 今日もコンテスト用の執筆のためにいくつかホラー小説を読もうと思っていたのだが、さすがに一週間の疲れが出たのか集中力がまるでない。(正直、日記を書く元気もあまりない。)
 ということで、明日のためにも今日はもう休もうと思う。

 ただし、その前にどうしても最後の噂話についてはまとめておきたいので、今日は一日の振り返りもそこそこに早速まとめに入っていきたい。

 私が気にしていた噂話のうちの最後のひとつは、「熱狂的読者を攫う怪異」というものだ。
 昨今、様々な小説投稿サイトが運営されており、そこでは多種多様なWEB小説が執筆され、誰でも閲覧できるようになっている。各小説投稿サイトごとにも特色があり、異世界転生やスローライフといった異世界ファンタジーが数多く掲載されているものから、短編に特化したもの、女性向けの和風ファンタジー・溺愛ものをメインに扱っているものなど、じつに多くの投稿サイトがネット上で運営されている。中には出版社が積極的に運営し、定期的にコンテストを開催しているものもあり、かくいう私もそうした投稿サイトで毎回全力で小説を執筆・投稿し、応募をしている。
 このように、書き手は数多ある小説投稿サイトの中から自分に合ったものを選び、作品を公開している。

 一方で、この日記を読んでくださっている方々の中にもいると思うのだが、小説投稿サイトに登録しているユーザーには、書き手のほかに読書メインで登録しているユーザー、いわゆる「読み専」の人たちがいる。書き手のモチベーションの源泉であるPV数に大きく関係しており、時として感想やレビューをくれる大変ありがたい方たちだ。(いつも本当にありがとうございます。)
 しかしこの読み専の方たちの数は、各投稿サイトによって天と地ほどの差がある。そしてこの数の差が、前述した「熱狂的読者を攫う怪異」と関係しているらしい。
 つまり、熱狂的なまでに物語を読み、魅了されている読者を、その物語の世界へと引きずり込む怪異がいるという噂が、当時流れていたのだ。
 ただし、流れていたといってもこれは大学での話ではない。私がまだ小説を書き始めて間もない頃、読み専から書き手へとシフトしていた時期に、SNSで交流していた人たちから聞いた話だ。以下に、その内容について綴っておく。


 この「熱狂的読者を攫う怪異」は、もともと小説の読者を狙っていたわけではなかった。
 事の発端は、今から300年ほど昔まで遡る。
 300年前のここ日本では、長く続いていた戦乱の世が落ち着き、人々は平和の世を謳歌していた。人々の生活は豊かになって元禄文化が花開き、商才に長けていた町人の家では商いで儲け、大きな商家として発展していった家もあるという。
 そうした世において、とある商家の主人は骨董品や娯楽品に魅了され、大きな蔵を建てては収集した品々を大切にしまい込み、暇があれば食い入るように眺め愛でていた。中でも、絵巻物や木版印刷による娯楽小説(当時、本は高価な物であった)に向ける気持ちは異常といってもよく、妻や実の息子、娘と過ごすよりも多くの時間を割いていたらしい。
 当然、主人の家族は納得しなかった。怒りや不満を長年抱えていた彼ら彼女らは、主人が亡くなったあと、骨董品や娯楽品を蔵ごと燃やし尽くした。
 しかし、この一件が悲劇の始まりであった。
 元来、行き過ぎた強い感情のもとには、怪異が宿るという。主人がその生涯にわたって愛した出版物の山々についても例外ではなく、主人の絵巻物や娯楽小説に対する熱狂的な感情に惹かれ包み込まれていた怪異が、蔵には住み着いていた。
 主人の強い思い入れがある品々ごと蔵を焼かれた怪異は怒り狂い、蔵を燃やした主人の妻や子どもたちを惨殺した。そしてその後、なくなってしまった熱狂的な感情が宿る物を求めて、あちこちを彷徨うようになった。
 時には、絵画に宿った。
 時には、生花に宿った。
 時には、屏風に宿った。
 時には、神社に宿った。
 時には、恋をされている人間に宿った。
 しかし、怪異には物足りなかったのか、感情を向けてきた者すべてを喰らった。その熱狂的な感情を、内に取り込もうとした。
 時には、絵画を眺めている人を頭から喰らった。
 時には、生花を愛でている人を手から喰らった。
 時には、屏風の前に座っている人を背後から喰らった。
 時には、神社に参拝しにきた人を地面に引きずり込んで喰らった。
 時には、恋人との接吻の最中に身体全体を飲み込んだ。
 そうして現代まで、怪異はあらゆる場所や人や物に憑りつき、永らえてきた。

 怪異が憑りつく対象には、必ず「物語」を必要とした。
 そして6年前の当時、その怪異が標的としていたのは、「小説に熱狂的な感情を向ける読者」だったらしい。
 
 その時の私も、常々不思議に思っていた。
 素敵な作品が数多く投稿されているにもかかわらず、なぜか読者が増えていない小説投稿サイトがあった。
 そのサイトは既に閉鎖されているらしいが、当時の登録しているアクティブユーザー(ここでは、「一週間に一回程度ログインしているユーザー」を指す)の全数に対して、読み専の方たちの数は一割程度だったとか。さらには、アクティブユーザーではない登録者の九割以上が読み専だった方たちらしいのだ。(正式な内訳や数値が公表されたわけではないはずなので、これもあくまでも噂だ。)
 つまるところ、この噂が本当であれば、素晴らしい作品が数多く投稿されていたその小説投稿サイトに怪異が住み着き、物語に魅了された読者を片っ端から連れ去り、喰らったという推測が成り立つ。

 正直、昨日の「隠れ鬼」の一件と同じくこれもありえない話だ。
 行方不明になった私の親友がよく閲覧していた小説投稿サイトのひとつが、その閉鎖された噂の投稿サイトでなければ、私もすっかり忘れていた類の与太話だ。

 そういえば、あの日。
 私が親友の住んでいたアパートの部屋に入った時に見たパソコンの別タブに表示されていたのも、どこかの小説投稿サイトだった。
 まあ、ないだろうとは思っている。
 一応、明日の調査の合間にネットで調べてみようとは思っているが、聞き込みなんかには直接関係のない話だ。それに、今ある小説投稿サイトでそのような不可解な現象が起きているものはないはずなので、過去の情報以外には目ぼしいものは見つからないと思う。


 よし。
 これで当初の予定通り、私が気にしていた三つの噂話についてまとめることができた。
 もしこれらの噂話について、何か情報を持っているという読者がおられるようなら、ぜひとも情報提供をお願いしたい。

 いよいよ明日は調査当日。
 親友の昴>縺、縺のためにも、しっかりと頑張っていこう。