真実を知りたければ咲いた花ではなく、植えられた種に目を向けること。
この言葉はかの有名な探偵、藤沢千星が残した言葉だ。そう、今作ったのだ。
私は現在、校庭の片隅で花山翔吾を観察している。
なんでこうなったかといえば、
――花山翔吾と友達になってほしい
蒼空の言葉に、開いた口が開いたまま開いていて、開いたまま開いていたので開いたままになった。
ようは塞がらなかった。
「花山翔吾って、あの怖い人でしょ?」
「うん」
私が鼻歌を歌っていたときに、校門でぶつかった男だ。
「私に学校のてっぺんを取れと?」
「いや、喧嘩するんじゃなくて、友達になってほしい」
無理だ。雪乃のときも同じことを思ったが、今回は流石に無理中の無理の介だ。
「今日、ものすごく睨まれた。あれは完全に私を敵視してた。明智光秀が本能寺に向かうときの目だった。このままだと本能寺の変・シーズン2〜令和炎上編〜が始まってしまう」
蒼空は間を置かずに「それはよく分からない」と言って話を続ける。
「あまり話したことはないから断言はできないけど、俺は花山が悪いやつではないと思ってる。中学の時にクラスの子を殴ったことも、それなりの理由があると思う。もし話してみて嫌なやつだと感じたら、そのときは未練を叶えなくていい」
「あまり話したことないのに、なんで友達になってほしいの?」
「孤独の中でもがいていそうだったから」
その理由だけで理解できた。蒼空はそういう人だった。
「花山も何かを抱えていて、だから人を遠ざけるんだと思う。その理由を知りたい」
雪乃も自分の中だけで苦しんでいた。誰にも相談できずに孤独の中を彷徨っていた。
もし花山も同じなのだとしたら、その辛さは私にも分かる。
「雪乃の時よりも難しいお願いだと思う。でも話すだけでもいいから試みてほしい。無理そうだったら何もしなくていいから」
本音を言えば断りたい。
雪乃は私を受け入れようとしてくれたが、花山は受け入れるどころか弾いてきそうだ。
話しかけても、きっと一言、二言で会話も終わる。私自身がそうだったから、よく分かる。
花山も人を避けて高校生活を送っているように思う。よっぽどのきっかけがない限り、友達になるなんて無理だ。
「花山はいつも一人でいるけど、本当は友達が欲しいんじゃないかと思ってる。でも作れない理由がある。話してみてそう感じた。表面には出さないけど、奥底ではきっと何かを抱えている。俺は花山と仲が良いわけじゃないけど、もし道に迷っているなら手を差し伸べたい」
蒼空がここまで言うのは珍しかった。話してみて、花山に何か感じるところがあったのかもしれない。
人は表と裏で違う顔を持っている。表で嘘を隠せても、裏に張り付いた苦悩はそう簡単に偽れない。複雑に絡み合い、いずれ自分だけでは解けなくなる。私も雪乃もそうだったように。
「花山が一人で居たいなら私はそっとしておく。でも蒼空の言うように何かを抱えていて、友達が欲しいと思っているなら力になりたい。孤独でもがく辛さは私も分かるから」
蒼空が私にしてくれたように。
「ありがとう」
いつものように優しさを滲ませた笑顔を向けてくれた。その顔を見るだけで頑張ろうと思える。
そして今、校庭で花山翔吾を観察している。
私の知っているかぎり、花山はいつも一人でいる。
入学してから、誰かと仲良くしているところも見たことがない。
怖い人。一年のときからそう言われていたと思う。
中学のときにクラスの子を殴ったという噂が拍車をかけ、余計に人が寄りつかなくなったのだろう。
確かに見た目はヤンキーみたいで怖い。でも蒼空が怖くはないと言っていたから、話したら意外と可愛いのかもしれない。
もしかしたら語尾にピョンを付けてくるのかもしれない。いや、たぶんそれはない。
ノリツッコミを終え、朝から昼休みまでの観察過程を頭の中でまとめた。
朝は登校時間ぎりぎりに来て、ホームルームまで自分の席で音楽を聴きながらうつ伏せで寝ている。
授業中はちゃんとノートを取っている。
廊下を歩けば周りの人たちは道を開ける。
目つきが怖いので誰も近寄らない。
そして昼休みの今、花山はテニスコートの外側で、フェンスに寄りかかりながら購買で買ったチキンカツサンドを一人で食べている。
ここまで誰とも会話していないし、ずっと一人で行動している。
一昔前の私みたいだ。そう思うと親近感が湧いてくる。
ちなみに私は、少し離れたベンチで食事をとりながら花山を観察している。
ぼっちという属性は一人でいる人間を好意的に見る。もし花山の視界に私が入れば、「あれ、あいつも一人なんだ。めっちゃ良いやつじゃん」となり、私に好印象を持つかもしれない。そうなれば話かけやすくなる。
だが雪乃と違って、花山は人を寄せ付けない。
昨日も私を睨んでどこかへ行った。話かけても回避される可能性を考慮しないといけない。かなり難関だ。
ツンデレのツンだけで好きになってもらうくらい難しい。デレがあってこそのツンだ。デレのないツンはエビのないエビフライみたいなものだ。
花山は結局、昼休みの間ずっとそこにいた。ただ時間が過ぎるのを待っているように。
そして何も掴めないまま、放課後を迎えた。
これでは一生話せないと思い、覚悟を決めて下校時に話しかけることにした。
昇降口で声をかけようとしたが、今じゃないと思いやめた。
校門を出るときに声をかけようとしたが、今じゃないと思いやめた。
駅前で声をかけようとしたが、今じゃないと思いやめた。
電車の中で声をかけようとしたが、今じゃないと思いやめた。
花山が電車を降り、改札を出たときに声をかけようとしたが、今じゃないと思いやめ――
何をやっているんだ私は。これじゃあストーカーじゃないか。今話しかけても「学校からここまで付いてきたの、キモ」と思われるだけだ。
明日からストーキングレディ藤沢という深夜ドラマみたいな異名がつけられてしまう。そして今もどうしていいか分からず、花山の後ろを歩いている。完全にストーカーだ。私は薄汚れた女になってしまった。蒼空に合わせる顔がない。
辺りも薄暗くなり、河川敷でサッカーをしていた子供たちも帰る支度を始めていた。
自宅まで行ったら犯罪者予備軍になってしまうので、駅まで引き返そうと思っとき、
「兄ちゃん」
一人の子供が堤防を上がってきて、花山に駆け寄ってきた。
さっきまでサッカーをしていたからか、冬というのに半袖半ズボンだ。兄ちゃんと言っていたから弟かもしれない。
「一緒に帰ろう」
弟(仮)にそう言われると、花山は「うん」と笑顔を向けていた。
驚いた、あんな顔もするのか。しかも学校とは違い、雰囲気が優しくなったように見える。
日曜劇場に出てくる優しいお兄ちゃんみたいだ。ナレーションとBGMをつけたい。
そう思っていたら弟がこちらを見てきた。
やばいと思い、咄嗟に鞄で顔を隠す。
怪しい人に映ってるかもしれない。踵を返し、背を向けたほうがまだ自然だった。しかも見られたのは弟(仮)の方だから、顔を隠す必要はなかったのに。
鞄を下に少しずらして花山の様子を伺うと、弟(仮)がこちらに向かってきている。
なんで私の方に来るんだ。いや大丈夫だ落ち着け、たぶん珍しい虫でも見つけたのだろう。たまたま私の方に虫がいただけだ。
私は鞄を上げて完全に顔を隠した。話しかけてこないよう祈りながら。
「兄ちゃんと同じ学校の人?」
祈りは通じず、声をかけてきた。
「私は通りすがりの女子高生。あなたのお兄ちゃんなんて知らないよ」
テンパって少しだけ声を高くして言ってしまった。アニメのキャラみたいだ。
「そっか……兄ちゃんの友達かと思ったけど違うんだ……」
悲しみを帯びた声だった。
どんな表情なのか気になり、鞄を少し下にずらすと、
「なんで藤沢がいんの?」
弟(仮)の後ろに花山がいた。怪訝な顔でこちらを見ている。
「道に迷って……」
無理がある理由だった。学校からここまで電車で一時間。迷ってくるような場所ではない。
劇場版ちいかわを観に来たつもりが、箱根の森美術館に来てしまったようなものだ。いや、この例えはなんかしっくりこない。ちいかわは現代美術の最高峰だから、あながち間違ってない。
マサラタウンに行こうとしたのに、渋谷に来てしまったようなものだ。いや、これも違う。あそこはモンスターがたくさん集まるから、あながち間違ってない。
「兄ちゃんの友達?」
弟(仮)は嬉しそうな顔で花山に問いかけた。
「同じクラスだけど、友達ってわけじゃ……」
「お姉ちゃん、うちに来てよ。すぐそこだから」
弟(仮)は花山の語尾を摘み取り、その嬉しそうな顔をこちらに向けてきた。
「家?」
「うん。来てよ!」
「いや……」
私が当惑していると、すかさず花山が入ってきた。
「蓮夜《れんや》、友達じゃなくて同じクラスってだけだから」
「これから友達になればいいじゃん」
弟(仮)改め、蓮夜くんは私の腕を掴み、
「じゃあお姉ちゃん行こう」
「へ?」
私は引っ張られる形で後を付いていく。河川敷にいた友達に「また明日ね」と手を振る蓮夜くんの顔は喜びに満ちていた。
後ろを振り返ると、思い悩んでいるような表情で立ち尽くす、花山の姿が目に入った。
「兄ちゃんの友達が家に来るの久しぶりなんだ」
蓮夜くんは楽しそうに笑いながら、キャラクターが描かれたグラスをコーヒーテーブルに置き、そこに紙パックのオレンジジュースを注いだ。
私は花山の部屋に来ていた。
モノトーンで構築されたシンプルなレイアウトで、窓際の背の低い本棚の上には、枝だけが伸びた植木鉢が置かれている。
母親が同窓会に行っているため、家には私を含め三人だけらしい。
この五年間、蒼空の家を除けば、よそ様の家に来たのは初めてだった。
他人の家というのは、こうも落ち着かないのか。ソワソワしたものが胸の辺りを這いずり回っているようだ。
「じゃあゆっくりしていってね」
蓮夜くんはそう言い、部屋を後にした。
気を遣ったのか分からないが、かなり気まずい。あまりよく知らない親戚の叔父さんと、二人きりでいるときのようだ。
ベッドに腰を掛けている花山を横目で見ると、床に視線を落とし一点を見つめていた。何かを考えているようにも見える。
お互い何も発さないまま会話が枯れた。枯れたというか咲いてもいない。
私は話の種を探すため部屋を見渡した。
「何育ててるの?」
とりあえず、本棚の上の植木鉢を種にする。そこから会話を育てていこう。
「夜香木《やこうぼく》」
「木?」
「夜にだけ咲く花」
なんかオシャレだ。
「いつ咲くの?」
「夏頃」
「じゃあまだ先だね」
「……」
会話が終わった。これが映画なら開始数秒でエンドロールが流れている。
「この間、雪降ったよね」
「うん」
「……」
「最近寒いよね」
「うん」
「……」
「お鍋が食べたくなるね」
「うん」
「……」
会話がうまくない同士だと各駅停車になる。しかも駅と駅の間隔が徒歩一分くらいの距離にあるから止まるのも早い。
「たまに蒼空とお昼ご飯食べてたみたいだね」
最終兵器を使った。まだ部屋に来て五分も経ってないが。
「……仲良かったわけじゃないけど」
「そうなんだ。私は蒼空と小学校から一緒だったの。幼馴染ってやつかな」
「知ってる」
「蒼空から聞いた?」
「うん」
「そっか……」
話を繋げ、藤沢千星。お前ならできる。
「蒼空とどんな話してたの?」
「別になんも話してない。一緒に飯食ってただけ」
男子高校生なんだからスケベな話しくらいしろ。
「そうなんだ……」
雪乃との会話を思い出せ。
確かあの時は、好きな映画の話をしてくれて、駅まで場を繋いでくれた。
「枯木青葉って作家がいるんだけど知ってる?」
「知らない」
「私、その人の小説が好きなの。都市伝説をモチーフにしてるんだけど、主人公が孤独を抱えて……」
「藤沢」
これからと言うところで、花山は話の腰を折ってきた。
「俺が中学の時の話、知ってる?」
たぶんクラスの子を殴った話だろう。
「うん」
「それ弟には言わないでくれ」
といことは、あれは噂ではなく本当だったということか。それと蓮夜くんは知らないようだ。
「分かった」
「奥村と住んでるとこ同じだろ? ここからだと一時間以上かかるから、もう帰ったら」
花山からしたら確かに迷惑だ。蓮夜くんに連れてこられたとはいえ、急によく知らないクラスメイトが部屋に来たら、私だって帰ってほしいと思う。
「……じゃあ帰るね。また明日」
花山の家から駅に向かっていた。
結局、何の成果もあげられずに一日を終えてしまった。友達になるどころか会話すらままならない。
花山はこちらの投げたボールをその場に捨てるような返答だった。
雪乃ならそれでも拾って会話を広げるのかもしれないが、私の会話の守備範囲では拾うことすらできない。
途方に暮れていると、「お姉ちゃん」と後ろから呼び止められた。
振り返ると、蓮夜くんが走って向かってくる。急いで来たのか、足元を見るとサンダルを履いていた。
「どうしたの?」私がそう聞くと、蓮夜くんは息を切らしながら「もう帰るの?」と寂しそうな顔で言った。
「うん」
「じゃあ駅まで送ってくよ」
「ありがと、でも遅いから大丈夫だよ」
蓮也くんは息を整えている。表情を見ると、何か言いたいことがあるが、言い出せずにいるように感じた。
「お姉ちゃんは、兄ちゃんの友達じゃないの?」
落ち着きを取り戻したあと、不安が滲むような声で聞いてきた。
「クラスメイトかな」
「そっか……」
冬の木々から葉が落ちていくように、蓮夜くんは表情を枯らした。
その顔に心苦しくなり「友達だよ」と思わず嘘をついてしまった。
「本当に?」
蓮夜くんの顔に笑顔が咲いた。
嘘を信じた純粋な少年に、罪悪感が胸を這うようだった。
「……うん」
「じゃあまた来てよ。今度三人でゲームしよう」
「分かった」
造花のような笑顔で答えた。蓮夜くんのためと言い訳をしながら。
駅まで見送くられ「またね」と手を振られた。私も振り返すが、いつもより腕が重く感じた。
教室に入ると花山に呼び止められた。いつもギリギリで来るはずなのに、なぜか今日は私よりも登校が早い。
「何?」
「ちょっと来て」
後を付いて行くと、屋上前にある踊り場まで来た。下の階から生徒たちの笑い声が微かに耳に入る。
花山は視線を突き刺すように私を見てきた。空気が急に重くなり、緊張が腹の奥から脳天に向かって走る。
「昨日、弟に友達って言った?」
重低音を響かせた声が心臓にのしかかる。
「うん……」
「勝手なこと言うのやめろ。迷惑だから」
「ごめん、蓮夜くんの顔みたらつい……」
蓮夜くんの名前を出したとき、花山の顔色が変わった。怒りが枯れ落ちて、そこから悲しみが芽生えてくるように。
「昨日は弟が悪かった。でも……」
花山は言いかけた言葉を飲み込んだように見えた。そこから数秒の沈黙を置き、再び口を開く。
「もう関わらないでくれ」
そう言って階段を降りていった。悔やむような表情を残して。
人は心に何かを抱えている。見えない境界線がその人の中にあって、知らないうちにその線を踏んでしまうことがある。
もしかしたら私も踏んでしまったのかもしれない。
そう考えると一歩踏み出すことが怖くなった。花山と友達になってという蒼空の願いは、流れ星のように消えてしまいそうだった。
移動教室の際、雪乃に花山のことを聞いてみた。
「話かけても、すぐに切り上げられちゃうからよく分からない」
雪乃にもそうなのか。私なら尚更だ。
「花山くんて自分から人を遠ざけてるよね。目つきとか怖いけど、なんか作ってるというか、来るなって言ってるような感じ」
蓮夜くんといたときが本来の花山ならそうなのかもしれない。でも何でわざわざ嫌われるようなことをするのだろう。
「何で花山くんのこと知りたいの?」
ギクッ、漫画でしか見たことない擬音が頭の中で鳴った。
そう聞かれると予想できたのに、今朝のことで頭が回らなかった。
「蒼空がたまに話すみたいなこと言ってたから、どんな人なのかなーと思って」
瞬時に脳内をフル回転させて絞り出した。
「私や千星と同じかもね」
「同じ?」
「何かに縛られてるように感じる。何となくだけど」
蒼空も言っていた。何かを抱えているかもしれないと。
雪乃の時と同様、それを聞き出せたらいいんだが、関わるなと言われてしまった。
「花山の噂知ってる?」
「中学のとき、同じクラスの子を殴ったってやつ?」
「うん」
「私はあんまり興味なかったけど、一年のとき結構話題になったよね」
「何でクラスの子を殴ったのかな?」
もし何かを抱えているとしたら、この事件が影響しているかもしれない。
「聞いてみる?」
「誰に?」
「3組に相澤さんっているでしょ? その子が花山くんと同じ中学だよ」
その子がみんなに花山のことを話したということか。
「話し聞きたいなら昼休みに誘おうか? 私も人伝てで聞いただけだから、本当のところは分からないし」
過去を知ることも大事だ。クラスメイトを殴った理由も知りたい。もしかしたらそこに何かあるのかもしれない。
昼休み、空き教室で相澤さんを交え、三人で昼食をとった。
雪乃と相澤さんはそこまで親しくないみたいで、誘ったときに驚いた顔をしていた。
「花山くん、中学の時はあんな感じじゃなかったの」
「そうなの?」
雪乃が合いの手を入れる。
「うん、もっと優しい感じだった。奥村くんみたいな」
蒼空と同じ……想像つかない。それは雪乃も同じようだった。「え?」ていう顔をしている。
「高校からだよ、あんなに目つきが悪くなったの。あんなヤンキーみたいじゃなかった。中学のときはみんなから慕われてたし、友達も多かったと思う。でも三年のときに、花山くんが仲の良かった男の子を殴ったの。相手の子は頭に包帯を巻いて、顔にはガーゼを何枚か貼ってた。酷いよね、いくらなんでもやりすぎだよ」
「花山くんは何で殴ったの?」
私が聞こうとする前に雪乃が聞いた。
「花山くんがその子にお金を貸してたみたいなんだけど、なんかすれ違いでトラブったみたい」
金銭トラブルか……ややこしそうだ。
「私ガッカリしちゃった。花山くんのこと好きだったのに」
当時を思い出したのか、彼女は箸で掴んだハンバーグにため息を吐いていた。
「花山は本当にその人を殴ったの?」
「殴ったのは本当みたい。本人もそう言ってたから。でも一発しか殴ってないし、包帯とガーゼを見て大袈裟すぎるって言ってた。それ聞いてさらに引いちゃった。殴った人が言うことじゃないじゃん。本当に幻滅しちゃった」
再びハンバーグにため息を吐く。何だかハンバーグが可哀想に思えてきた。
「それから、花山くんは一人でいるようになった。話しかける人も、ほとんどいなかったんじゃないかな」
そのあと、弁当を食べ終わった相澤さんは自分のクラスに戻って行った。
空き教室には、大きな穴が空いたような余韻が残る。
「雪乃はどう思う? さっきの話」
「なんか腑に落ちない。もともとは蒼空みたいな人だったんでしょ? そんな人がそこまでやる? 花山くんがお金を貸してたなら尚更。本当のところは分からないけどさ、なんかありそう」
同感だ。蓮夜くんといた時の顔を見ているから余計にそう思う。
「て言っても本人には聞けないよね。あのとき何があったのなんて。花山くんも嫌がるだろうし」
「花山の弟に、家に来てって誘われてる」
「何で? しかも弟って」
雪乃に昨日のことと、今朝のことを説明した。
もちろん私がストーカー紛いのことをしてたのは言ってない。買い物してたら河川敷でたまたま会ったと伝えた。
「なんか少しだけ私と似てる」
雪乃は花山の話を聞き、そう答えた。
「花山くんは蓮夜くんの前では良いお兄ちゃんでいたいのかも。私も両親に見てほしくて頑張ってたから、なんか分かる」
雪乃は求められる自分を作り続けてきた。それが自分を苦しめることになって生きかたを見失った。花山も自分の中に何かを抱え、その何かに縛られているのかもしれない。
「本当の花山くんってどんな人なんだろうね?」
雪乃がそう言ったように、私も知りたいと思っていた。蒼空も殴ったという話は聞いていたはずだ。そのうえで花山と接していた。しかも私に友達になってほしいとお願いしてきた。きっとそれには意味があるんだと思う。
中学で孤立した彼は高校でも孤立している。それも自らそうなるように。そこにも意味があるはずだ。
「花山にもう一回話しかけてみる」
「関わるなって言われたんでしょ?」
「花山は本音を吐き出す場所を求めてるかもしれないし、誰かに救ってほしいとも思ってるかもしれない。本心は分からないけど、もしそうなんだとすれば、きっと今すごく苦しいと思う。孤独の中で生きる辛さは私も知ってるから。本当に迷惑だったらもう関わらないし、花山の言う通りにする。でも何も分からないまま終わりにはしたくないかなって」
「じゃあ私も協力する。形は違えど孤独の中で生きる辛さは私も知ってるから」
雪乃の言葉で一人ではないんだと思った。なんだか私が救われる。
次は私が誰かの光になれるようになりたい。蒼空のように。
この言葉はかの有名な探偵、藤沢千星が残した言葉だ。そう、今作ったのだ。
私は現在、校庭の片隅で花山翔吾を観察している。
なんでこうなったかといえば、
――花山翔吾と友達になってほしい
蒼空の言葉に、開いた口が開いたまま開いていて、開いたまま開いていたので開いたままになった。
ようは塞がらなかった。
「花山翔吾って、あの怖い人でしょ?」
「うん」
私が鼻歌を歌っていたときに、校門でぶつかった男だ。
「私に学校のてっぺんを取れと?」
「いや、喧嘩するんじゃなくて、友達になってほしい」
無理だ。雪乃のときも同じことを思ったが、今回は流石に無理中の無理の介だ。
「今日、ものすごく睨まれた。あれは完全に私を敵視してた。明智光秀が本能寺に向かうときの目だった。このままだと本能寺の変・シーズン2〜令和炎上編〜が始まってしまう」
蒼空は間を置かずに「それはよく分からない」と言って話を続ける。
「あまり話したことはないから断言はできないけど、俺は花山が悪いやつではないと思ってる。中学の時にクラスの子を殴ったことも、それなりの理由があると思う。もし話してみて嫌なやつだと感じたら、そのときは未練を叶えなくていい」
「あまり話したことないのに、なんで友達になってほしいの?」
「孤独の中でもがいていそうだったから」
その理由だけで理解できた。蒼空はそういう人だった。
「花山も何かを抱えていて、だから人を遠ざけるんだと思う。その理由を知りたい」
雪乃も自分の中だけで苦しんでいた。誰にも相談できずに孤独の中を彷徨っていた。
もし花山も同じなのだとしたら、その辛さは私にも分かる。
「雪乃の時よりも難しいお願いだと思う。でも話すだけでもいいから試みてほしい。無理そうだったら何もしなくていいから」
本音を言えば断りたい。
雪乃は私を受け入れようとしてくれたが、花山は受け入れるどころか弾いてきそうだ。
話しかけても、きっと一言、二言で会話も終わる。私自身がそうだったから、よく分かる。
花山も人を避けて高校生活を送っているように思う。よっぽどのきっかけがない限り、友達になるなんて無理だ。
「花山はいつも一人でいるけど、本当は友達が欲しいんじゃないかと思ってる。でも作れない理由がある。話してみてそう感じた。表面には出さないけど、奥底ではきっと何かを抱えている。俺は花山と仲が良いわけじゃないけど、もし道に迷っているなら手を差し伸べたい」
蒼空がここまで言うのは珍しかった。話してみて、花山に何か感じるところがあったのかもしれない。
人は表と裏で違う顔を持っている。表で嘘を隠せても、裏に張り付いた苦悩はそう簡単に偽れない。複雑に絡み合い、いずれ自分だけでは解けなくなる。私も雪乃もそうだったように。
「花山が一人で居たいなら私はそっとしておく。でも蒼空の言うように何かを抱えていて、友達が欲しいと思っているなら力になりたい。孤独でもがく辛さは私も分かるから」
蒼空が私にしてくれたように。
「ありがとう」
いつものように優しさを滲ませた笑顔を向けてくれた。その顔を見るだけで頑張ろうと思える。
そして今、校庭で花山翔吾を観察している。
私の知っているかぎり、花山はいつも一人でいる。
入学してから、誰かと仲良くしているところも見たことがない。
怖い人。一年のときからそう言われていたと思う。
中学のときにクラスの子を殴ったという噂が拍車をかけ、余計に人が寄りつかなくなったのだろう。
確かに見た目はヤンキーみたいで怖い。でも蒼空が怖くはないと言っていたから、話したら意外と可愛いのかもしれない。
もしかしたら語尾にピョンを付けてくるのかもしれない。いや、たぶんそれはない。
ノリツッコミを終え、朝から昼休みまでの観察過程を頭の中でまとめた。
朝は登校時間ぎりぎりに来て、ホームルームまで自分の席で音楽を聴きながらうつ伏せで寝ている。
授業中はちゃんとノートを取っている。
廊下を歩けば周りの人たちは道を開ける。
目つきが怖いので誰も近寄らない。
そして昼休みの今、花山はテニスコートの外側で、フェンスに寄りかかりながら購買で買ったチキンカツサンドを一人で食べている。
ここまで誰とも会話していないし、ずっと一人で行動している。
一昔前の私みたいだ。そう思うと親近感が湧いてくる。
ちなみに私は、少し離れたベンチで食事をとりながら花山を観察している。
ぼっちという属性は一人でいる人間を好意的に見る。もし花山の視界に私が入れば、「あれ、あいつも一人なんだ。めっちゃ良いやつじゃん」となり、私に好印象を持つかもしれない。そうなれば話かけやすくなる。
だが雪乃と違って、花山は人を寄せ付けない。
昨日も私を睨んでどこかへ行った。話かけても回避される可能性を考慮しないといけない。かなり難関だ。
ツンデレのツンだけで好きになってもらうくらい難しい。デレがあってこそのツンだ。デレのないツンはエビのないエビフライみたいなものだ。
花山は結局、昼休みの間ずっとそこにいた。ただ時間が過ぎるのを待っているように。
そして何も掴めないまま、放課後を迎えた。
これでは一生話せないと思い、覚悟を決めて下校時に話しかけることにした。
昇降口で声をかけようとしたが、今じゃないと思いやめた。
校門を出るときに声をかけようとしたが、今じゃないと思いやめた。
駅前で声をかけようとしたが、今じゃないと思いやめた。
電車の中で声をかけようとしたが、今じゃないと思いやめた。
花山が電車を降り、改札を出たときに声をかけようとしたが、今じゃないと思いやめ――
何をやっているんだ私は。これじゃあストーカーじゃないか。今話しかけても「学校からここまで付いてきたの、キモ」と思われるだけだ。
明日からストーキングレディ藤沢という深夜ドラマみたいな異名がつけられてしまう。そして今もどうしていいか分からず、花山の後ろを歩いている。完全にストーカーだ。私は薄汚れた女になってしまった。蒼空に合わせる顔がない。
辺りも薄暗くなり、河川敷でサッカーをしていた子供たちも帰る支度を始めていた。
自宅まで行ったら犯罪者予備軍になってしまうので、駅まで引き返そうと思っとき、
「兄ちゃん」
一人の子供が堤防を上がってきて、花山に駆け寄ってきた。
さっきまでサッカーをしていたからか、冬というのに半袖半ズボンだ。兄ちゃんと言っていたから弟かもしれない。
「一緒に帰ろう」
弟(仮)にそう言われると、花山は「うん」と笑顔を向けていた。
驚いた、あんな顔もするのか。しかも学校とは違い、雰囲気が優しくなったように見える。
日曜劇場に出てくる優しいお兄ちゃんみたいだ。ナレーションとBGMをつけたい。
そう思っていたら弟がこちらを見てきた。
やばいと思い、咄嗟に鞄で顔を隠す。
怪しい人に映ってるかもしれない。踵を返し、背を向けたほうがまだ自然だった。しかも見られたのは弟(仮)の方だから、顔を隠す必要はなかったのに。
鞄を下に少しずらして花山の様子を伺うと、弟(仮)がこちらに向かってきている。
なんで私の方に来るんだ。いや大丈夫だ落ち着け、たぶん珍しい虫でも見つけたのだろう。たまたま私の方に虫がいただけだ。
私は鞄を上げて完全に顔を隠した。話しかけてこないよう祈りながら。
「兄ちゃんと同じ学校の人?」
祈りは通じず、声をかけてきた。
「私は通りすがりの女子高生。あなたのお兄ちゃんなんて知らないよ」
テンパって少しだけ声を高くして言ってしまった。アニメのキャラみたいだ。
「そっか……兄ちゃんの友達かと思ったけど違うんだ……」
悲しみを帯びた声だった。
どんな表情なのか気になり、鞄を少し下にずらすと、
「なんで藤沢がいんの?」
弟(仮)の後ろに花山がいた。怪訝な顔でこちらを見ている。
「道に迷って……」
無理がある理由だった。学校からここまで電車で一時間。迷ってくるような場所ではない。
劇場版ちいかわを観に来たつもりが、箱根の森美術館に来てしまったようなものだ。いや、この例えはなんかしっくりこない。ちいかわは現代美術の最高峰だから、あながち間違ってない。
マサラタウンに行こうとしたのに、渋谷に来てしまったようなものだ。いや、これも違う。あそこはモンスターがたくさん集まるから、あながち間違ってない。
「兄ちゃんの友達?」
弟(仮)は嬉しそうな顔で花山に問いかけた。
「同じクラスだけど、友達ってわけじゃ……」
「お姉ちゃん、うちに来てよ。すぐそこだから」
弟(仮)は花山の語尾を摘み取り、その嬉しそうな顔をこちらに向けてきた。
「家?」
「うん。来てよ!」
「いや……」
私が当惑していると、すかさず花山が入ってきた。
「蓮夜《れんや》、友達じゃなくて同じクラスってだけだから」
「これから友達になればいいじゃん」
弟(仮)改め、蓮夜くんは私の腕を掴み、
「じゃあお姉ちゃん行こう」
「へ?」
私は引っ張られる形で後を付いていく。河川敷にいた友達に「また明日ね」と手を振る蓮夜くんの顔は喜びに満ちていた。
後ろを振り返ると、思い悩んでいるような表情で立ち尽くす、花山の姿が目に入った。
「兄ちゃんの友達が家に来るの久しぶりなんだ」
蓮夜くんは楽しそうに笑いながら、キャラクターが描かれたグラスをコーヒーテーブルに置き、そこに紙パックのオレンジジュースを注いだ。
私は花山の部屋に来ていた。
モノトーンで構築されたシンプルなレイアウトで、窓際の背の低い本棚の上には、枝だけが伸びた植木鉢が置かれている。
母親が同窓会に行っているため、家には私を含め三人だけらしい。
この五年間、蒼空の家を除けば、よそ様の家に来たのは初めてだった。
他人の家というのは、こうも落ち着かないのか。ソワソワしたものが胸の辺りを這いずり回っているようだ。
「じゃあゆっくりしていってね」
蓮夜くんはそう言い、部屋を後にした。
気を遣ったのか分からないが、かなり気まずい。あまりよく知らない親戚の叔父さんと、二人きりでいるときのようだ。
ベッドに腰を掛けている花山を横目で見ると、床に視線を落とし一点を見つめていた。何かを考えているようにも見える。
お互い何も発さないまま会話が枯れた。枯れたというか咲いてもいない。
私は話の種を探すため部屋を見渡した。
「何育ててるの?」
とりあえず、本棚の上の植木鉢を種にする。そこから会話を育てていこう。
「夜香木《やこうぼく》」
「木?」
「夜にだけ咲く花」
なんかオシャレだ。
「いつ咲くの?」
「夏頃」
「じゃあまだ先だね」
「……」
会話が終わった。これが映画なら開始数秒でエンドロールが流れている。
「この間、雪降ったよね」
「うん」
「……」
「最近寒いよね」
「うん」
「……」
「お鍋が食べたくなるね」
「うん」
「……」
会話がうまくない同士だと各駅停車になる。しかも駅と駅の間隔が徒歩一分くらいの距離にあるから止まるのも早い。
「たまに蒼空とお昼ご飯食べてたみたいだね」
最終兵器を使った。まだ部屋に来て五分も経ってないが。
「……仲良かったわけじゃないけど」
「そうなんだ。私は蒼空と小学校から一緒だったの。幼馴染ってやつかな」
「知ってる」
「蒼空から聞いた?」
「うん」
「そっか……」
話を繋げ、藤沢千星。お前ならできる。
「蒼空とどんな話してたの?」
「別になんも話してない。一緒に飯食ってただけ」
男子高校生なんだからスケベな話しくらいしろ。
「そうなんだ……」
雪乃との会話を思い出せ。
確かあの時は、好きな映画の話をしてくれて、駅まで場を繋いでくれた。
「枯木青葉って作家がいるんだけど知ってる?」
「知らない」
「私、その人の小説が好きなの。都市伝説をモチーフにしてるんだけど、主人公が孤独を抱えて……」
「藤沢」
これからと言うところで、花山は話の腰を折ってきた。
「俺が中学の時の話、知ってる?」
たぶんクラスの子を殴った話だろう。
「うん」
「それ弟には言わないでくれ」
といことは、あれは噂ではなく本当だったということか。それと蓮夜くんは知らないようだ。
「分かった」
「奥村と住んでるとこ同じだろ? ここからだと一時間以上かかるから、もう帰ったら」
花山からしたら確かに迷惑だ。蓮夜くんに連れてこられたとはいえ、急によく知らないクラスメイトが部屋に来たら、私だって帰ってほしいと思う。
「……じゃあ帰るね。また明日」
花山の家から駅に向かっていた。
結局、何の成果もあげられずに一日を終えてしまった。友達になるどころか会話すらままならない。
花山はこちらの投げたボールをその場に捨てるような返答だった。
雪乃ならそれでも拾って会話を広げるのかもしれないが、私の会話の守備範囲では拾うことすらできない。
途方に暮れていると、「お姉ちゃん」と後ろから呼び止められた。
振り返ると、蓮夜くんが走って向かってくる。急いで来たのか、足元を見るとサンダルを履いていた。
「どうしたの?」私がそう聞くと、蓮夜くんは息を切らしながら「もう帰るの?」と寂しそうな顔で言った。
「うん」
「じゃあ駅まで送ってくよ」
「ありがと、でも遅いから大丈夫だよ」
蓮也くんは息を整えている。表情を見ると、何か言いたいことがあるが、言い出せずにいるように感じた。
「お姉ちゃんは、兄ちゃんの友達じゃないの?」
落ち着きを取り戻したあと、不安が滲むような声で聞いてきた。
「クラスメイトかな」
「そっか……」
冬の木々から葉が落ちていくように、蓮夜くんは表情を枯らした。
その顔に心苦しくなり「友達だよ」と思わず嘘をついてしまった。
「本当に?」
蓮夜くんの顔に笑顔が咲いた。
嘘を信じた純粋な少年に、罪悪感が胸を這うようだった。
「……うん」
「じゃあまた来てよ。今度三人でゲームしよう」
「分かった」
造花のような笑顔で答えた。蓮夜くんのためと言い訳をしながら。
駅まで見送くられ「またね」と手を振られた。私も振り返すが、いつもより腕が重く感じた。
教室に入ると花山に呼び止められた。いつもギリギリで来るはずなのに、なぜか今日は私よりも登校が早い。
「何?」
「ちょっと来て」
後を付いて行くと、屋上前にある踊り場まで来た。下の階から生徒たちの笑い声が微かに耳に入る。
花山は視線を突き刺すように私を見てきた。空気が急に重くなり、緊張が腹の奥から脳天に向かって走る。
「昨日、弟に友達って言った?」
重低音を響かせた声が心臓にのしかかる。
「うん……」
「勝手なこと言うのやめろ。迷惑だから」
「ごめん、蓮夜くんの顔みたらつい……」
蓮夜くんの名前を出したとき、花山の顔色が変わった。怒りが枯れ落ちて、そこから悲しみが芽生えてくるように。
「昨日は弟が悪かった。でも……」
花山は言いかけた言葉を飲み込んだように見えた。そこから数秒の沈黙を置き、再び口を開く。
「もう関わらないでくれ」
そう言って階段を降りていった。悔やむような表情を残して。
人は心に何かを抱えている。見えない境界線がその人の中にあって、知らないうちにその線を踏んでしまうことがある。
もしかしたら私も踏んでしまったのかもしれない。
そう考えると一歩踏み出すことが怖くなった。花山と友達になってという蒼空の願いは、流れ星のように消えてしまいそうだった。
移動教室の際、雪乃に花山のことを聞いてみた。
「話かけても、すぐに切り上げられちゃうからよく分からない」
雪乃にもそうなのか。私なら尚更だ。
「花山くんて自分から人を遠ざけてるよね。目つきとか怖いけど、なんか作ってるというか、来るなって言ってるような感じ」
蓮夜くんといたときが本来の花山ならそうなのかもしれない。でも何でわざわざ嫌われるようなことをするのだろう。
「何で花山くんのこと知りたいの?」
ギクッ、漫画でしか見たことない擬音が頭の中で鳴った。
そう聞かれると予想できたのに、今朝のことで頭が回らなかった。
「蒼空がたまに話すみたいなこと言ってたから、どんな人なのかなーと思って」
瞬時に脳内をフル回転させて絞り出した。
「私や千星と同じかもね」
「同じ?」
「何かに縛られてるように感じる。何となくだけど」
蒼空も言っていた。何かを抱えているかもしれないと。
雪乃の時と同様、それを聞き出せたらいいんだが、関わるなと言われてしまった。
「花山の噂知ってる?」
「中学のとき、同じクラスの子を殴ったってやつ?」
「うん」
「私はあんまり興味なかったけど、一年のとき結構話題になったよね」
「何でクラスの子を殴ったのかな?」
もし何かを抱えているとしたら、この事件が影響しているかもしれない。
「聞いてみる?」
「誰に?」
「3組に相澤さんっているでしょ? その子が花山くんと同じ中学だよ」
その子がみんなに花山のことを話したということか。
「話し聞きたいなら昼休みに誘おうか? 私も人伝てで聞いただけだから、本当のところは分からないし」
過去を知ることも大事だ。クラスメイトを殴った理由も知りたい。もしかしたらそこに何かあるのかもしれない。
昼休み、空き教室で相澤さんを交え、三人で昼食をとった。
雪乃と相澤さんはそこまで親しくないみたいで、誘ったときに驚いた顔をしていた。
「花山くん、中学の時はあんな感じじゃなかったの」
「そうなの?」
雪乃が合いの手を入れる。
「うん、もっと優しい感じだった。奥村くんみたいな」
蒼空と同じ……想像つかない。それは雪乃も同じようだった。「え?」ていう顔をしている。
「高校からだよ、あんなに目つきが悪くなったの。あんなヤンキーみたいじゃなかった。中学のときはみんなから慕われてたし、友達も多かったと思う。でも三年のときに、花山くんが仲の良かった男の子を殴ったの。相手の子は頭に包帯を巻いて、顔にはガーゼを何枚か貼ってた。酷いよね、いくらなんでもやりすぎだよ」
「花山くんは何で殴ったの?」
私が聞こうとする前に雪乃が聞いた。
「花山くんがその子にお金を貸してたみたいなんだけど、なんかすれ違いでトラブったみたい」
金銭トラブルか……ややこしそうだ。
「私ガッカリしちゃった。花山くんのこと好きだったのに」
当時を思い出したのか、彼女は箸で掴んだハンバーグにため息を吐いていた。
「花山は本当にその人を殴ったの?」
「殴ったのは本当みたい。本人もそう言ってたから。でも一発しか殴ってないし、包帯とガーゼを見て大袈裟すぎるって言ってた。それ聞いてさらに引いちゃった。殴った人が言うことじゃないじゃん。本当に幻滅しちゃった」
再びハンバーグにため息を吐く。何だかハンバーグが可哀想に思えてきた。
「それから、花山くんは一人でいるようになった。話しかける人も、ほとんどいなかったんじゃないかな」
そのあと、弁当を食べ終わった相澤さんは自分のクラスに戻って行った。
空き教室には、大きな穴が空いたような余韻が残る。
「雪乃はどう思う? さっきの話」
「なんか腑に落ちない。もともとは蒼空みたいな人だったんでしょ? そんな人がそこまでやる? 花山くんがお金を貸してたなら尚更。本当のところは分からないけどさ、なんかありそう」
同感だ。蓮夜くんといた時の顔を見ているから余計にそう思う。
「て言っても本人には聞けないよね。あのとき何があったのなんて。花山くんも嫌がるだろうし」
「花山の弟に、家に来てって誘われてる」
「何で? しかも弟って」
雪乃に昨日のことと、今朝のことを説明した。
もちろん私がストーカー紛いのことをしてたのは言ってない。買い物してたら河川敷でたまたま会ったと伝えた。
「なんか少しだけ私と似てる」
雪乃は花山の話を聞き、そう答えた。
「花山くんは蓮夜くんの前では良いお兄ちゃんでいたいのかも。私も両親に見てほしくて頑張ってたから、なんか分かる」
雪乃は求められる自分を作り続けてきた。それが自分を苦しめることになって生きかたを見失った。花山も自分の中に何かを抱え、その何かに縛られているのかもしれない。
「本当の花山くんってどんな人なんだろうね?」
雪乃がそう言ったように、私も知りたいと思っていた。蒼空も殴ったという話は聞いていたはずだ。そのうえで花山と接していた。しかも私に友達になってほしいとお願いしてきた。きっとそれには意味があるんだと思う。
中学で孤立した彼は高校でも孤立している。それも自らそうなるように。そこにも意味があるはずだ。
「花山にもう一回話しかけてみる」
「関わるなって言われたんでしょ?」
「花山は本音を吐き出す場所を求めてるかもしれないし、誰かに救ってほしいとも思ってるかもしれない。本心は分からないけど、もしそうなんだとすれば、きっと今すごく苦しいと思う。孤独の中で生きる辛さは私も知ってるから。本当に迷惑だったらもう関わらないし、花山の言う通りにする。でも何も分からないまま終わりにはしたくないかなって」
「じゃあ私も協力する。形は違えど孤独の中で生きる辛さは私も知ってるから」
雪乃の言葉で一人ではないんだと思った。なんだか私が救われる。
次は私が誰かの光になれるようになりたい。蒼空のように。