その翌日、少女はどこにも行こうとせず部屋にいた。

障子扉を開いて庭を眺め、踏み出そうとしては引っ込めるを繰り返す。

(勝手に歩いていいのかわからない)

どうせ歩くのならばもう一度と、想像しては首を横に振った。

月冴と歩くことは出来ても一人だと前に踏み出せない。


(……あれ?)

縁側に触れた指先でわずかな振動に気づく。

だんだんと音が大きくなり、顔をあげると銀色のきらめきが空を流れていた。

あまりの美しさに釘づけになっていると、月冴の手が伸びて少女の手首をつかむ。


「外へ出るぞ」

「外ですか? って……きゃっ!?」

月冴に手を引かれ、もたもたと立ち上がる。

月冴の歩き方は大股で、少女がどれだけ急いでも追いつけない。

トロトロした歩きに月冴は思案すると、ひょいと少女の身体を抱き上げ肩にのせた。

少女の頬がカッと赤らむ。


「あのっ! お、おろしてくださ……」

「そんなフラフラでどうやって外に出れるというんだ」


抗議しても月冴に聞く気はなく、また高下駄をカラコロ鳴らした。

屋敷から出ると空の色が一変し、大気が澄み渡るような夜に変化した。

ここは本当にあやかしの世界のようで、高下駄の音は聞こえても足元は暗くて見えなかった。

暗闇の中で月冴の銀色はきめ細やかに輝いているので、どこにいてもまぶしい人なのだと思った。


「……あの」

少女の声に月冴は足を止める。

それは最初の一歩というのか、触発された結果なのか。

「自分の足で歩きたいです」

月冴の肩を押し、上から蒼い瞳をじっと凝視した。

予想外の願いに月冴は目を見開いて、少女から目を反らし言葉を選びだす。

「……見てのとおり足元は隠れてしまう」

「それでも。……お荷物は嫌ですから」


自分がどこにいるのかわからなかった。

自己認識のないままに生きていたから、生贄にされたことは悲しくても同じくらいにあきらめがあった。


それがダメだったのかもしれない。

自分を否定することに変わりはないが、そんな自分が嫌だと思ってようやく声をあげた。

月冴が手を引いてくれて、顔をのぞいても怒りが降ってこない。

背中を見るだけでなく、隣に並んでも、前から見ても、月冴から冷たい罵倒は飛んでこなかった。


足の遅い少女に歩調は合わせられなくても、同じ速度で歩こうとしてくれたことをうれしいと思った。


「……よくわからない娘だ」

月冴は少女の身体をおろし、何もない空間に手を横に振った。

鬼火のようなものが行列を成して一直線に伸びた。

あやかしの世界らしい光景に圧倒されている内に、月冴が少女を下ろして膝をついていた。


(えっ……?)


裸足の少女の足に触れ、滑る手つきで下駄を履かせた。
そして少女の手を取り、ふいっと顔を背けて歩き出す。


「その足ではすぐに捕まってしまう。手を離すな」


何に、と問うより先に彼が大股に歩きだす。

追いかけている背は不思議とあたたかい。

きっと横顔が燦々(さんさん)として見えるからだろう。

見惚れているうちに最後の鬼火にたどり着いたようで、何もなかった空間に巨大な赤い鼓門が現れた。