性犯罪と家庭環境のテーマにYouTube動画にあげたユーチューバーにコンタクトが取れた。
 一週間後に予定が空けられると連絡があったので、それまでは愛香や美苗と一緒に浜松を観光した。
 浜松だけでも色々場所があったので、一週間を潰すにはちょうどよかった。
 そして、ユーチューバーに会った。
「お待たせしました。三上です」
「佐野です。ありがとうございます」
 浜松に事務所があるというのでそこに向かうと普通の高層マンションのような場所に連れてこられた。
 愛香は連れてこないほうがいいような気がしたので家に置いてきた。
「わざわざ宏哉さんの息子さんが遠路はるばるきていただけるなんて嬉しい限りです」
 二十前半とは思えない礼儀の良さ。
「ここ、住居としても使ってるのですが、事務所にしてもセキュリティが万全なので」
 どうぞ、と家の中に案内されたので入ることにした。
「広いですね」
「あなたの家も広いはずですよ?」
 東京ですからと、よくわからない言葉を繋げられてしまっては返す言葉が思い浮かばない。
 都会の家賃なんて高いだけ。そんな広くもない。
「多分、みていただいた動画の背景はこちらですね」
 リビングに案内され、後ろのソファには座らずに話す謎スタイルはあるあるだったので違和感はない。
「よかったら動画もって思ったのですが、聞きたいことがあってきたんですよね?今、お茶入れますのでこちらの椅子に座って待ってもらえますか?」
 椅子を開けてもらって座る。
「仕事はYouTubeだけですか?」
「いえ、他にも裏の仕事をさせてもらってます。編集作業を請け負ったりしてますよ」
「それだけで高層マンションに?」
「貯金があったのでね。ずっと芸能の裏方やってます」
「裏方?」
 お茶を出されて礼を言う。
 向かいに座ると彼は人の良さそうな笑みを浮かべた。
「編集等はしたことなかったですが、意外にもこちらの方が稼げるので」
 話を逸らされた気がするが合わせることにした。
「……よくテレビ業界の人はYouTubeに参入したがらないはずですけど」
「それは、昔の話ですよ。今、芸人がYouTubeやってるなんてよく聞く話でしょう?」
「確かに」
「それと私の場合は、メインでマネージャーをしてます。タレントさんにはYouTubeのアカウントを作ってもらってよく演じてもらってます」
「役者さんの?」
「えぇ。なので、たまにYouTubeで見た人がなぜここにいるのかって顔をされます」
 話が丁寧で笑いもとりにくるあたりが業界をよく見てきた人のように見えた。
 安心させるために自己開示するのはよくやるやり方だ。
 無理に合わせる必要なんてないと思っていたけれど、相手が合わせて会話をしてきたら気持ちよく話せてしまう。
「じゃあ、今日は休みで?」
「ええまぁ」
「休みの日にすみません」
「いえいえ。宏哉さんにはとてもお世話になりましたから」
 お茶を啜り思い出すように口を開いた。
「あの時、私はあまり仕事ができていなくて。そんな時に優しくしていただいたんです」
「父さんは、常に人に優しかったです」
「えぇ。知ってますよ」
「なぜ、あの動画を世界に流したんですか?」
「訴えです。今はもうどこに言えばいいのか、誰にあたればいいのかわからないですが」
「父さんの報い?」
「そのようなものです」
 もしもその相手が僕だと言えば、この人は激昂するのだろうか。
「どこでそのような情報を得たんですか?週刊誌に載ったことはないはずですよ」
「それは……」
 考え込む三上。しかし、スッと顔を近づけて耳打ちするように小声で言う。
「揉み消したんですよ」
「どう言うことですか」
「そのままの意味です。当時それを追っていた週刊誌が不慮の事故で死んだんです。ブレーキが効かなかったみたいで、高速道路を走っているタイミングで」
「父さんがやったと?」
「いえ、違いますよ。もしそんなことしてたらあの動画を出すような訴えはしません」
「……じゃあ」
「私が、したいのは……、犯人を炙り出したいだけです」
「炙り出す?」
「えぇ、聞いたことがあるんですよ。宏哉さん、父親に性的暴行を加えられていたと」
 衝撃的な話。頭を鈍器で殴られるような痛みを覚えた。
 ならどうして、一作目と四作目は性愛を描いたのか。
 嫌悪すべき対象を描く理由はなんなのか。
「でもこれ、おかしいですよね。あんたも気づいたはずです。一作目と四作目で書いている。そして、それ以降も残酷な結末を迎える作品を描いた。宏哉さんの父親は、他の誰かにもやっていたんじゃないかって」
「……」
 唖然とする。開いた口が塞がらない。
 中学三年生になった頃、脚本だと嘘をついたあのノートを見て膝をついたのは、実体験だったから?
 違う、他にも守るべきものを守りきれなかったから、思い出してしまったんだ。
「六作目の復讐にも似たあの終わり方は、実際に復讐したい相手がいたから」
「そうです。当時の宏哉さんを僕は見てきましたからよく理解してますよ。彼のお姉さん、とても美人な方だった」
 何度か家に遊びにきて、年始の集まりで浜松で会ったことがあるので覚えてる。
「仮説を立てたんです。もしも、宏哉さんの父親がお姉さんに暴行を加えていたら?」
「守りきれずに自殺した。それは、孫を求めていた親の意思に反するもの。六作目はそれを描いた。父さんが、守れなかったのはお姉さん……」
 でも。
「死んだのは、父さんが死んでからだった」
 その頃にはもう父さんの父親はいない。
「いなくても、フラッシュバックするでしょう?」
 三作目の恋愛小説の中でいじめはフラッシュバックするとデート中に思い出すシーンがある。
「まさか……」
「お姉さんはPTSDを患っていたんでしょう。命は消えても思い出す。浜松に来れていたならすごいことですよ」
「……」
「宏哉さんを守ってくれる人はいなかった。あれだけ顔が良ければ、ちょっとした出来心で何もかも奪う人はいます。芸能界に来たのならそれは予想できたかもしれない。ですが、まだ数多のスキャンダルが出る前でしたから。噂程度の話が、本当だったら嫌になりますよね」
 今ではよく知れたスキャンダル。
 ドロドロした芸能界というイメージは無きにしも非ず。
 事務所権力や親の押し売り、そういったものでまた変化していく業界。
「貞操観念もクソもないです。世間で言うなら遊びでも業界ではそれを利用して仕事にできたりします。僕の場合はしませんが。でも、ちょっと前までは割とありましたよ?なくなったとは聞くけれど、実際はなくなってない。密かにやってますよ、そういうことは」
「今も?」
「えぇ。今も消えてはいないです」
「……」
「どうです?この業界の人間は、意外と昔からそう言う経験をしてるんです」
 それゆえにどっかで壊れた価値観が、その業界で使えるものとして利用していく。
 求めた時に求めた分だけ得ようとする。
 行為に及べば気持ちよかったり、それが愛情だと思えたり。
「男も男のそれを咥えたりしますからね」
「奉仕しないと得られない?」
「あくまでそこまでする人がいるってだけですよ。私がマネージャーならばそんなことにはなりません。失いたくないですから、タレントを」
「使えるのに、そこで死ぬのは勿体無い?」
「えぇ、勿体無い」
「父さんは、家庭環境の悪さの中で行為は大切な人とするものだと強く認識してた?だから、そう言う行為はしないように願ってた」
「……」
「父さんは、父親から暴力を?」
「それはないですね。今のではっきりしました」
「……え?」
 僕を見据える目は酷く冷たいもので、今この場で敵を打とうとするもの。
 嫌な予感はしたけれど、すぐに逃げるのは逆に危険だった。
 この家に入ったタイミングで三上は動画の件に触れた。撮っていないと安心させるためにわざと口にしたのだ。
 あえて触れなかったのは、どっかで撮っていることに気づいたから。
 辺りを見回したのはそのためだ。
 ここまで情報を開示するのなら、それ相応の情報を仕入れているはず。
 何を知っているのか探る必要がある。
 スキャンダルとしてネタを上げれば莫大な利益になるだろう。
 枕営業が今なおあるものだとするならマネージャーの三上と週刊誌がズブズブな関係でもおかしくない。
 なら、どうしてそんなにも情報を知っているのか。
 そして、この家で生活はしていない。
 やはりただの事務所だ。
 まるで生活感がないのだから。綺麗好きにしても冷蔵庫の中があまりにも少なすぎるのはおかしい。
 違和感ばかりで飲まずにいた飲み物もきっと睡眠薬を入れている。
「先ほど炙り出すと言ったじゃないですか。ホイホイつられるとは思わなかった」
「どこまで知ってるんです?」
「この業界も舐められたものだ。知らないことの方が少ない。あなたが小学生の時いじめで不登校だったこと。中学生で教師と行為に及んだこと。いろんな女子生徒に手を出したこと。教師を免停に追いやったこと。高校では進学先を通信制の学校に変更して事務所関係者と仲良くしていたこと」
 ため息をつく三上。
「全く、高校生とは思えないほど狂ってる。これが、宏哉さんのいっていた二世の呪いか」
「呪い?」
「まぁ、君は何も間違えてない。教師の出来心だったわけだから。君は悪くない。宏哉さんのこと以外はね」
「……」
「宏哉さんの気持ち、気づいてあげてほしかった」
「……」
「怒ってるわけじゃないんだ。あの逸材を死なせたのが君だとは思わなかったけど。子供だし見逃すよ。なんだかね、君と軽く話していただけなのに可能性を感じるんだ」
 席を立ちリビングを出て、戻ってくると手元にはファイルがあった。
 それを前の前におくと彼はまた話し始めた。
「事務所に入らないか?芸能活動をするんだ。十代から始めればよりいい価値を得られる。高校生役としても十分選んでもらいやすい」
「……」
「君は、使えるよ。使えるもの使って生きてきた君ならこの意味がわかるんじゃないか?」
 父さんの死の真相を知るために頭のいい愛香を付き合わせた。
 中学校で子供という側面を利用して国語の教師を免停に追いやった。
 全部、先ほど三上が言った通りのことをやってきた。使えると思ったから。
 体も状況も使いやすいものを選んで使った。
「名刺を渡し忘れていたね」
 と、胸ポケットから名刺ケースを出して名刺を差し出す。
「頂戴します」
 手に取り机に置いておく。
「今、東京にいるのなら東京の仕事を探してみるよ……。あ、すまない。いきなりすぎたよね。また親とも相談して連絡してもらえるかな」
 それからは特に話すこともなく美苗の家に戻ることにした。
 タクシー代を出すから領収書だけくれという彼の言葉を聞いて、タクシーで帰り、領収書をもらった。
 連絡先も交換したのでこれからはそれで連絡し合うのだろう。
 護身用にカッターナイフを持ってきていたけれど、必要なかった。
 後に知ることになるのだが、あの家は他の人が住んでいる物件で三上は東京住みらしい。
 わざわざ父さんの息子に会うために浜松で場所を借りたそう。
 将来のことを考えなければいけない年でこの話が出たのはありがたい。
 母さんにも伝えておかないといけないだろう。
 本気で芸能界に入るんだというだけ。
「あ、おかえり!今、パンケーキ作ってるの!食べるよね!」
 美苗宅に着くと玄関で愛香が嬉々として伝えてくる。
 子供みたいに騒がしい彼女がいると心が穏やかになるものだ。
「あぁ、食べたいな」
「だよね!すぐ用意するよ!」
 朝に何か作りたいと言っていた愛香のことだ。
 まさかパンケーキを作ろうとだなんて意外だった。
 料理ができるかも怪しいのに。
「ねね、今日何してたの?」
「ちょっとね」
 リビングに入り、食卓を見ると大量のパンケーキがあった。
「多いな」
「作りすぎちゃって。それで、今日、何してたの?女の子?」
「これだけ作れるなんて気合い入ってるなぁ」
 手を洗ってくると足早に逃げる僕の首根っこを捕まえると壁に押させつけてきた。
 美苗はキッチンにいるのか見えていない。
「どこいってたの?」
「ちょっと話し相手がいてさ」
「女の子?」
「男だよ。三十代くらい」
「……そか。もう全部知っちゃった感じ?」
 愛香もまた気づいていたのだろう。
 考えに入れていなかった僕だからこれだけ時間がかかったけれど、彼女はもうとっくにそれに気づいていた。
「諦めたのかと思ってた。ここ一週間、ずっと観光だったから」
 だから、逸らそうと僕を浜松の観光スポットに誘った。井伊谷、舘山寺その他もろもろ。
「でも、どっかで気づくって思ってただろ?」
「うん……。ごめんね、馬鹿なことして」
 彼女の頬をグニっとつまむ。
「おかげで愛香と行きたいところに行けた。ありがと。感謝してるよ」
「でも」
「思ってるよりも穏やかなんだ。またこの街に行きたいな」
「そっか。ならよかった」
 僕の胸板に頭をぐりぐりと埋める。
 辛い思いをさせてしまっていたことに今更気づいた。
「寂しくさせてごめんね」
 頭を撫でる。サラサラな髪が揺れた。

 愛香が寝静まった頃、喉が渇いてリビングに行くとテレビでDVDに焼いた昔の動画を見る美苗の姿があった。
 過去を思い出すとこういうことをしたくなるのは、幼稚園のアルバムを見た時の感覚に近いのだろうか。
「ばあちゃん、夕方言った通りだけど」
「わかってるわ。もう戻っちゃうのね」
 動画を見るのをやめない美苗の隣に座る。
「この動画、父さんが子供の頃のやつ?」
「そうよ」
「お姉さん、綺麗だよね」
「……」
「残酷だね。そういう人ほど心を殺されてる」
「……もう全部知っちゃうなんて早いのね」
「でも、ばあちゃんは知らなかった」
「そうよ」
「子供は訴えようと思っても訴えられない。僕が小学生の時不登校だったように、原因は言えない」
「……」
「それが、実の父親からのものだなんて」
「……」
「ねぇ、ばあちゃん。お姉さんが撮られるのすごく怖がってる理由、今ならよくわかるんじゃない?」
「……」
「成長記録かなんか言って取り続けて、パソコンに保存して。犯罪者がやることは恐ろしいね。そんな奴の血を継いでるはずなのに」
「…………あなただけは、綺麗に育ってくれてよかった。愛香ちゃんと一緒にいる時の姿を見ていればわかるのよ」
「そう?」
「大事にしてあげてね」
 優しく包むような温かさ。
 抱きしめられたその先にあるテレビでは弟である父さんがお姉さんを守ろうとする姿が見られる。
 父さんの家庭には一体どんな地獄が心を蝕んでいったのだろう。どんな日々を過ごしていたのだろう。
 そして、父親が死んだ時、復讐心は満たせたのだろうか。
 二世に渡る呪いがあると三上に言った父さんならば、復讐で生まれたのは新たな汚点だったことくらい理解できただろう。
 理解したその先で死を選んだ。
 一番の理解者である父さんが死んだのなら、お姉さんの拠り所はもうどこにもないのではないだろうか。
 気弱そうな目で映されるその姿に強さを得られる力はなかったのだろう。
 強くなるタイミングすらもなかったのだろう。
 理解した気になって、綺麗事を言って、わかってる顔をする。
 だから誰にも理解されないことを必死に小説で訴えていたのだろうか。
 実際、愛香のいじめに対する言葉を聞いて気持ちが変わることはなかった。
 いつだってフラッシュバックするし、消えてくれない。
 変わらない考え方が、自己嫌悪になる。
 考えないように生活してもヒョンなことで思い出してしまうのだから。
 一生このループは終わらない。
 出来上がった地獄が終わるのは、みんなが死んだ時だけなのかもしれない。
 美苗が死んだのは東京に帰った一週間後のことだった。

 浜松から東京へ帰る。
 新幹線内では愛香が爆睡していた。
 三上からもらった事務所の内容が送られていたのでそれを読んで時間を潰した。
 家に着くと母さんが出迎えてきた。
「楽しかった?」
 目的を忘れたのかそんなことを聞いてくる。
「楽しかったのかも。観光もしたし」
 靴を脱いで揃えて、リビングへ。
「知りたかったことも知れた。これからは、学校に行くよ」
「……」
「単位もやばいし?」
 と笑うと母さんは早く荷物を片付けなさいと満更でもなさそうに言う。
 結局、この旅で得られたことがこの先で活かされることはないだろうけれど、知りたいことは知れた。
 それだけでも十分満足だった。
 片付けも終えた頃、母さんと対面で席についた。
 今後のことを話すためだった。
「これ、見て欲しいんだけど」
 ファイルに入れられた用紙には三上からもらったもの。
「ちゃんと芸能界に行きたいと思う。演技とかわかんないけど、ワークショップとか開いてくれるみたいだし、養成所もある」
「真剣に考えたの?」
「考えた。ずっとわかんなかったから。なんで芸能界にいた親は子を芸能界に連れて行くのか。愛香もそうだし。他の道も考えたけど、想像できなかった。親を理想として背中を追うつもりもないけど」
 でも。
「僕がやってみたいって思った。本気で」
 父さんの死が芸能界にあるのならと考えたこともある。
 だけど、それが家庭の問題だったのならそれは芸能界の問題じゃない。
 恐ろしいものだと思っていたけれど、そうではないのなら将来の選択肢に入れたっていいはずだ。
「三上さんと会うなんて……。浜松にいたのね」
 ボソッとつぶやく母さんの姿を見て違和感を覚えた。
 三上と母さんはよく知った仲だと思っていた。
「もうあってないの?」
「会う機会がないからね。前までマネージャーしてくれてたけど、今はもう離れてるはず」
「転職?」
「いや、この業界にいるっていうのは聞いてたから。多分、部署が変わったのかな。事務所もタレント、俳優、アイドルで別れるし、移動になったらほとんど会わない。私の代わりに会ってたのは、それこそ夫よ」
「ふーん」
「まぁでも、結局アイドル辞めて俳優業も少しやるようになった頃にまた三上さんがついたけど」
「家族みんな三上さんのお世話になりっぱなし?」
「敏腕だからすぐ売ってくれると思うわ。安心ね」
 演技はちゃんと磨きなさいと続けた。
「じゃあ、芸能界は」
「もちろん。そもそも止めてたのは、夫だから」
「父さんは、なんで止めたんだろうね。あの頃は僕もなんなのかわからなかったけど」
「やりたいって思うまで待つつもりだったんじゃない?」
 で、と話を変えようとする母さんにもう少し続ける。
「やりたいまでか。本当なのかな」
「愛香ちゃんとはどうなったの?」
「……話変える必要ある?」
「無理やりはぐらかしたの空だからね」
「……」
「で?」
「……あ、お腹すいた」
 席をたちカップ麺をとりに行こうとする僕の腕を引っ張り座らせる暴力的な母さん。
「お、お腹が」
「嘘はいいから。で、どうなったの?」
 ニッコニコの笑顔。その顔はもう全部知っているような気がした。
「ご想像通りだよ。どうせ、連絡取り合ってるんだしわかってるんじゃないの?」
「……自分の口から言いなさい」
「おい」
 やはり知っている様子。
「付き合いましたよ」
 黄色い声で歓喜を見せる母さんの姿を僕はこの目で何度見てきただろう。
 今日のが一番嬉しそうで楽しそうだ。
 部屋に戻ると父さんの作品が机に並んでいる。
 浜松に向かう前に色々ヒントになりそうなものを探していたから付箋なんかも貼ってある。
 そのうちの一番端の六作目だけは置いて、他の作品は本棚にしまった。 
 七作目以降はある意味ハッピーエンドが多い作品ばかり。
 この間に何かがあって心にゆとりができたのだと思う。
 だから、幸せになれるための言葉がところどころに散らばっていて、でもその言葉に悩んだりして。
 複雑な世の中だからこそ、ある意味シンプルな答えが大事になってくる。
 作品と共に成長していく父さんが自殺した。
 それは。
「この作品と同じだ」
 六作目を手に取る。
 最後に自殺する主人公の気持ち。
 変えられなかった原点。考えが深まり、高まるばかり、色こくなるだけ。
 結局のところ父さんは、この時点での心情から変化はあれど戻ってくる。
 父さんの地獄のような学生時代から今、大人になったところで忘れるわけではないのだから。
 そんな地獄を子に受け継がないようにとできなかったから親も子も呪われていると精神的に参って死んでいった。
 もしもあの時、父さんの作品の影響を受けていなかったら?
 今もまだ父さんのいるこの家で生活できたかもしれない。
 中学時代の国語の教師の出来心に合わせなかったら、もっといい未来があったのかもしれない。
 行為をしない人間が増えるこの世の中ですぐに行為に及べたら優越感にも似た気持ちになれる。そんな気持ちもあったと思う。
 だけどそれは三上以外知らない話。
 世間や親、愛香は知らない話。
 どっかで情報が漏れたにしても刺されるような話ではない。
 父さんを超える有名人にはなれなくても、僕らしい人間になって有名になる。
 比べられないくらい方向性を変えて。
 この先の未来を描いていきたい。