「あの、伊吹様」
美琴は恐る恐る口を開く。
「私は補助異能が使えないのですが……」
美琴は異能者に補助異能を注ぎ込むことが出来ないのである。
「きっと美琴さんは通常のやり方では補助異能を注げないのだろう。私が補助異能を弾き返してしまうように」
伊吹はフッと笑う。
通常、補助異能を持つ者は他の攻撃系、精神系、防御系の異能を持つ者の体に触れて自分の補助異能の力を注ぎ込む。
しかし、伊吹は注ぎ込まれる補助異能を弾き返してしまう体質なのだ。
よって自身の攻撃系異能の強化や防御異能を使うことは出来ないのである。
しかしそれでも伊吹の異能は強力なので、一人で妖魔討伐をしているらしい。
「私は補助異能を弾き返してしまう体質だが、この前美琴さんが作ったマドレーヌを食べたら体に変化が起こったんだ。攻撃系異能は強化されて、防御異能まで使えるようになっていた。美琴さんは通常のやり方ではなく、作った食べ物に補助異能を込められるのではないかと思うんだ。調べたところ、補助異能の経口吸収もあるらしい」
「はあ……」
美琴は恐る恐る頷いた。
自分が補助異能を使えていたという感覚がなく、実感が湧かないのだ。
「あのマドレーヌは単なる偶然かもしれないが、私はそうではない可能性を信じたい。あのマドレーヌから補助異能を摂取したことで、あの後別の討伐部隊と合流して戦うことが出来たんだ。いつも以上の力も発揮出来た」
伊吹は満足そうな表情だった。
こうして、美琴は伊吹が妖魔討伐に向かう前に、彼へお菓子を作ることになった。
◇
伊吹が妖魔討伐に向かう日はまたすぐにやって来た。
最近妖魔の数が増えているらしい。
美琴は伊吹が来る日を知らされてから、洋菓子の作り方が載っている本に目を通した。
(これなら厨房にある材料で作れそうね)
作る洋菓子の目星を付け、伊吹が妖魔討伐に向かう当日に備えた。
そして伊吹が妖魔討伐前、薬研家に訪れる日がやって来る。
美琴は厨房で洋菓子作りに励んでいた。
(……ただお菓子を作っているだけなのだけど……本当に私は補助異能を込めることが出来ているのかしら?)
美琴は半信半疑になりながら小麦粉、卵、バターを混ぜている。その手際は非常に良かった。
◇
「これは……シュークリームだな? 上出来ではないか」
薬研家にやって来た伊吹は、美琴が作った洋菓子を見て口角を上げる。
「伊吹様にそう仰っていただけて、光栄でございます。シュークリームは何度か作ったことがありましたので」
伊吹に褒められ、美琴はほんのり心臓が跳ねた。
「それでは早速いただくとしよう」
伊吹は皿の上のシュークリームに手を伸ばし、一口食べる。
「……美味いな。それに、やっぱり補助異能を吸収している」
伊吹の表情は力強かった。
「補助異能をシュークリームに込めた実感はないのですが……お力になることが出来て光栄です」
美琴は安心したように微笑んだ。
「ありがとう、美琴さん。君のお陰で戦える」
伊吹はフッと笑った。
美琴はその表情にドキリとした。
「……ご武運をお祈りしております」
美琴はそう言うのが精一杯だった。
◇
伊吹が美琴の手作り洋菓子を食べに来る頻度は増えていた。
それだけ妖魔が活発になっているということだ。
この日美琴が作ったのはバターケーキである。
洋菓子は高級品なのだが、伯爵位を持つ薬研家はそれなりに裕福なので作ったり手を出すことが出来るのだ。
「おお、外はサクサクしていて、中はしっとりしているんだな。バターの風味が濃厚だ。いつもありがとう」
伊吹は美琴が作ったバターケーキに舌鼓を打っている。
「こちらこそですわ」
美琴は嬉しそうに微笑んだ。
最初は宮家の人間である伊吹に緊張していた美琴だが、今ではすっかり打ち解けていた。
「美琴さんは活動写真(現代でいう映画のこと)を見ることはあるのか?」
「はい。活動写真は時々見に行きますわ。最近では外国の活動写真も見ることが出来るそうですの」
「そうみたいだな。紫院宮家の従兄も外国の活動写真を見たことがあるそうだ」
紫院宮家とは、六つある宮家の中でも一番序列が上である。
「外国の素敵なものが入って来て、とても胸が躍りますわ。もちろん、桜舞帝国特有のものも素敵なものはたくさんございます」
美琴は楽しそうにで、生き生きとした表情である。
その表情を見た伊吹は口角を上げた。
穏やかな表情で、今から妖魔討伐に行くとは思えない程である。
美琴も伊吹も、この時間がかけがえのないものになっていた。
美琴は恐る恐る口を開く。
「私は補助異能が使えないのですが……」
美琴は異能者に補助異能を注ぎ込むことが出来ないのである。
「きっと美琴さんは通常のやり方では補助異能を注げないのだろう。私が補助異能を弾き返してしまうように」
伊吹はフッと笑う。
通常、補助異能を持つ者は他の攻撃系、精神系、防御系の異能を持つ者の体に触れて自分の補助異能の力を注ぎ込む。
しかし、伊吹は注ぎ込まれる補助異能を弾き返してしまう体質なのだ。
よって自身の攻撃系異能の強化や防御異能を使うことは出来ないのである。
しかしそれでも伊吹の異能は強力なので、一人で妖魔討伐をしているらしい。
「私は補助異能を弾き返してしまう体質だが、この前美琴さんが作ったマドレーヌを食べたら体に変化が起こったんだ。攻撃系異能は強化されて、防御異能まで使えるようになっていた。美琴さんは通常のやり方ではなく、作った食べ物に補助異能を込められるのではないかと思うんだ。調べたところ、補助異能の経口吸収もあるらしい」
「はあ……」
美琴は恐る恐る頷いた。
自分が補助異能を使えていたという感覚がなく、実感が湧かないのだ。
「あのマドレーヌは単なる偶然かもしれないが、私はそうではない可能性を信じたい。あのマドレーヌから補助異能を摂取したことで、あの後別の討伐部隊と合流して戦うことが出来たんだ。いつも以上の力も発揮出来た」
伊吹は満足そうな表情だった。
こうして、美琴は伊吹が妖魔討伐に向かう前に、彼へお菓子を作ることになった。
◇
伊吹が妖魔討伐に向かう日はまたすぐにやって来た。
最近妖魔の数が増えているらしい。
美琴は伊吹が来る日を知らされてから、洋菓子の作り方が載っている本に目を通した。
(これなら厨房にある材料で作れそうね)
作る洋菓子の目星を付け、伊吹が妖魔討伐に向かう当日に備えた。
そして伊吹が妖魔討伐前、薬研家に訪れる日がやって来る。
美琴は厨房で洋菓子作りに励んでいた。
(……ただお菓子を作っているだけなのだけど……本当に私は補助異能を込めることが出来ているのかしら?)
美琴は半信半疑になりながら小麦粉、卵、バターを混ぜている。その手際は非常に良かった。
◇
「これは……シュークリームだな? 上出来ではないか」
薬研家にやって来た伊吹は、美琴が作った洋菓子を見て口角を上げる。
「伊吹様にそう仰っていただけて、光栄でございます。シュークリームは何度か作ったことがありましたので」
伊吹に褒められ、美琴はほんのり心臓が跳ねた。
「それでは早速いただくとしよう」
伊吹は皿の上のシュークリームに手を伸ばし、一口食べる。
「……美味いな。それに、やっぱり補助異能を吸収している」
伊吹の表情は力強かった。
「補助異能をシュークリームに込めた実感はないのですが……お力になることが出来て光栄です」
美琴は安心したように微笑んだ。
「ありがとう、美琴さん。君のお陰で戦える」
伊吹はフッと笑った。
美琴はその表情にドキリとした。
「……ご武運をお祈りしております」
美琴はそう言うのが精一杯だった。
◇
伊吹が美琴の手作り洋菓子を食べに来る頻度は増えていた。
それだけ妖魔が活発になっているということだ。
この日美琴が作ったのはバターケーキである。
洋菓子は高級品なのだが、伯爵位を持つ薬研家はそれなりに裕福なので作ったり手を出すことが出来るのだ。
「おお、外はサクサクしていて、中はしっとりしているんだな。バターの風味が濃厚だ。いつもありがとう」
伊吹は美琴が作ったバターケーキに舌鼓を打っている。
「こちらこそですわ」
美琴は嬉しそうに微笑んだ。
最初は宮家の人間である伊吹に緊張していた美琴だが、今ではすっかり打ち解けていた。
「美琴さんは活動写真(現代でいう映画のこと)を見ることはあるのか?」
「はい。活動写真は時々見に行きますわ。最近では外国の活動写真も見ることが出来るそうですの」
「そうみたいだな。紫院宮家の従兄も外国の活動写真を見たことがあるそうだ」
紫院宮家とは、六つある宮家の中でも一番序列が上である。
「外国の素敵なものが入って来て、とても胸が躍りますわ。もちろん、桜舞帝国特有のものも素敵なものはたくさんございます」
美琴は楽しそうにで、生き生きとした表情である。
その表情を見た伊吹は口角を上げた。
穏やかな表情で、今から妖魔討伐に行くとは思えない程である。
美琴も伊吹も、この時間がかけがえのないものになっていた。