笑顔で穏やかに答える眞郷を見て、朝希はまだ信じられない気持ちだったが、同時に眩しく思った。不思議なもので、己については確かに『規格外』だと感じるのに、同じゲイであると分かっても、眞郷の印象は少なくとも『規格外』には思えない。いいや、規格外なのかもしれないが、『良い意味で規格外』に思える。朝希自身は、自分に対してはネガティブな方向からそう思うため、眞郷が明るく見える点がとても不思議だった。

「葉宮さんこそ、ご結婚は?」
「いや、俺は……してないけど」
「恋人は?」
「いない」
「いつから?」
「……できた事がねぇよ」

 素直に答えて、朝希は俯いた。同性愛者である事をひた隠しにしてきたし、女性とは付き合える気がしなくて、告白されても断ってきた。そして男性には告白された事が無いし、する勇気も無かった。片想い以外の恋愛経験などゼロと言える。

「あんたはその……男の恋人がいるのか?」
「実は先月、別れてしまって」
「ふぅん。なんで?」

 性的指向が同じ相手と巡り合えるなんて、羨ましい事だと朝希は思う。その相手と別れるなんて、贅沢にすら感じる。

「浮気されてしまって。仕事柄俺は出張が多いから、寂しい思いをさせてしまったというのもあるんだろうけど、浮気は俺には分からない価値観なんだ。俺は我ながら一途だし、相手にもそうあって欲しい。さぁっと冷めてしまって」
「なるほど」
「だから別れました。後悔は無い。と、言うわけで、俺は新しい恋を探している最中だ」
「へぇ。好みのタイプとか、あるのか?」
「それこそ、一途で真面目な人だな」

 頷きながら、お茶が無くなったので、朝希は己の湯飲みに新しい緑茶を注いだ。それから眞郷を見る。

「あんたも飲むか?」
「いいんですか?」
「ああ」
「では、お願いします」

 湯呑みを差し出した眞郷に頷いてから、朝希はそれを受け取った。

「すぐに追い帰されるとばかり思っていました。特に性癖の話なんていうプライベートな雑談をしたものだから」
「っ、その」

 お茶のおかわりを渡してから、そうするべきだったと朝希は思った。カミングアウトの衝撃と、同じ同性愛者の話をもっと聞いていたいと感じた事が理由で、つい追い帰すのを忘れていた。

「よ、用件が済んだんなら、帰ってくれ」
「ゆっくりお茶を頂いたら、帰らせて頂きます。今日のところは」
「何度来たって、俺の考えは変わらない」
「変えて見せます。それに俺は――トマトと同じように、いいやそれも少し違うか、全ての存在、か。勿論人間も含めて全ての動植物に個性があると思っていて、ビジネスをする上では、相手の個性を知り、信頼関係を築く事が肝要だと思っています。だから俺は、葉宮さんの事も、もっと知りたい」
「……そうか」

 ゆっくりと頷きつつも、誰かにゲイだと知られる事は、相手が同じゲイだとしても回避したいと朝希は思った。平穏な生活の中に、そのような余計な刺激は不要だ。

「でも、少し意外ではあったな」
「え?」
「葉宮さんは堅物だというイメージがあって、頑固一徹というか、よく言えば古風、悪く言えば古臭い考えの持ち主かと思っていたんだ」
「正直者だな」

 朝希が半眼になって告げると、クスクスと眞郷が笑った。

「だからもっと、ゲイだと伝えたら嫌悪感をあらわにされるかと思っていたんだ」
「べ、別に――」
「偏見はない?」
「その……分かんねぇよ。俺は初めてゲイに会ったからな。それにさっき、あんたも言ってただろ。男なら誰でもいいわけじゃねぇって」
「ええ。ただ俺は、別に葉宮さんが『ナシ』だという意味で言ったわけじゃない」
「は?」
「俺は真面目な人が好きだ。そして真面目な人と言うのは、自分なりの信念を持っている事が多いし、それはある意味で頑固と同じでもある。だから俺は、葉宮さんの事、嫌いじゃないです」
「な、何言ってるんだよ」

 なんだか眞郷の顔を見ていられなくなってしまい、朝希は視線を逸らした。すると眞郷が、どこか楽しそうに笑う気配がした。

「葉宮さん、下の名前は?」
「朝希だよ。それが?」
「おいくつですか? 俺は二十七です」
「二十四だ」
「――朝希くん。そう呼んでも構わないか?」
「好きに呼べばいい。名前一つの呼び方でも、俺の考えは変わったりしねぇよ」

 顔を背けたまま、ぶっきらぼうな調子で朝希が述べると、眞郷が湯呑みを手に頷いたようだった。

「少し話を戻すと、どうしても規格外のトマトは、卸してもらえないか?」
「そのつもりはねぇよ。何度も言ってるだろ」
「勿体ないとも思わない?」
「それは……その……」

 本心では、勿論思っている。だがそれを認めてしまえば、自分自身がよりいっそう惨めに思えてくる。規格外でもトマトには使い道があるのに、なにもない己を直視すると悲しくなってしまう。

「思うようだな。他に何か、卸したくない理由があるんじゃないのか?」

 その言葉に、自分を重ねているからだとは言えないため、ゆっくりと長めに瞬きをしてから、朝希は理由をひねり出す。

「規格品と違って、規格外野菜はなるべく出ないように作る。わざと規格外を作る事も無い。だから、安定した供給も約束できない。俺の仕事は、規格内のトマトを作る事だ。あんたらに卸すために、わざわざ土地を割いて規格外を作る事も勿論できない」
「その部分は、本当に問題ないんだ。そうだ、朝希くん。次のお休みにでも、改めて時間を作ってもらえないか?」

 明るい声音で眞郷が言った。再び頬杖をつき、朝希は片目だけを細くする。眞郷の浮かべる笑顔の理由が分からないからだ。

「時間を作ってどうするんだ?」
「実際に規格外野菜を使って、料理を提供しているレストランがある。隣の仙鳥市に、俺の会社の直営店があるんだ。是非そこを直接見て、メニューや味を確かめて欲しい」
「何料理の店なんだ?」
「行くまで秘密だ。アレルギーはあるか?」
「無いけど」
「ならば心配はないな。それで? 次のお休みは?」
「来週の水曜」
「一週間後か。分かった。その日、俺が車を出すから、一緒に来てほしい」

 その言葉に、朝希は逡巡した末、顎で頷いた。どうせ、料理を食べたところで、己の考えは変わらないと思っていた。