大規模なビニールハウスでのトマト栽培において、朝希は人を雇っている。そのため、週に二日は休める。勿論自分で農作業をする事が圧倒的に多いし、休日であっても顔を出す事も多いが、本日はゆっくりと居間でお茶を飲んでいた。

 インターフォンが音を奏でたのはその時の事で、朝希はモニターに視線を向ける。立ち上がって画面を見ると、そこには先日顔を合わせた眞郷という営業の姿があった。

『お世話になっております、先日は――』
「帰ってくれ」
『――もう一度お話をさせて下さいませんか? キュウリの件、少し調べてきたのですが、直接お話を伺わせて頂きたくて』
「……キュウリは例だ。俺の専門じゃない」
『構いません。私は葉宮さんの意見をもっとお聞きしたいんです』

 そう言われると、朝希も考えるしかない。家に上げずに追い返すという選択肢もあったが、知りたいと言われたら、答えるのが真摯な対応だと朝希は思っている。相手が何を調べてきたのかは分からないが、きちんと答えたならば、もうこのように会いに来る事もなくなるのではないかという期待もあった。鬱陶しく煩わしい事を減らせるならばという考えが大きい。

「……今、鍵を開ける」
『ありがとうございます』

 朝希の返答に、モニターの向こうから明るい声が響いてきた。そのまま朝希は玄関へと向かい、扉を押した。するとその先には、笑顔を浮かべている眞郷の姿があった。

「入ってくれ」
「お邪魔します」

 こうして居間へと眞郷を促す。そしてそばにあった急須に茶葉を入れて、傍らのポットからお湯を注ぎ、その後二つの湯飲みに朝希は緑茶を淹れた。

「お構いなく」

 ローテーブルをはさんで朝希の正面の席に、眞郷は座っている。その前に一つ湯呑みを置いてから、朝希は改めて眞郷を見た。

「それで?」
「先日は、味を含めての規格……完成品だという事を教えて頂き、ありがとうございます。その上で、ならば水分量の多いキュウリや少ないキュウリには活用法が無いのか調べてみたのですが、いくつかありました。一つはそれをお伝えして、ご意見を伺いたくて」
「……無理に有効活用する必要も無いと思うが、あんたの仕事はそれだものな」
「無論、仕事でもありますが、俺――私は、個人的に本当に勿体ないと思っていて」
「気軽に喋ってくれて構わないぞ。俺の意見は、口調で変わったりはしねぇからな」

 頬杖をついて朝希が言うと、吐息に笑みをのせてから眞郷が頷いた。

「俺としては、少しでもフードロスを減らしたいだけなんです。環境に配慮をしたいわけでもなんでもない。ただ純粋に、美味しいと思えるものや、美味しく出来るものを、捨ててしまうのが勿体ないと、その一心なんだ。それこそ無駄の削減ですらなくて、廃棄するのが残念だという考えからなんです」

 それから眞郷は、キュウリを用いたカクテルや飾りとしての活用案など、複数の事例を挙げた。その後、既に軌道に乗っているトマトに関しての、ジュースやレトルトのパスタソースの資料を広げた。頬杖をついたままで、朝希はそれを聞きつつ、資料を眺める。

 本当に眞郷がじっくりと調べてきたらしいというのはすぐに分かった。山岡が熱心だと評していたのも、嘘ではないと感じる。

「――いかがですか?」
「ああ……いいんじゃないのか? 俺でなく、賛同者に説明すればいい」
「葉宮さんの意見を伺いたいと、お伝えしたと思いますが」
「だから、いいんじゃないのかと、話しただろう。もういいか?」
「葉宮さんは、熱意をもって育てたトマトを廃棄する事、残念だとは思わないんですか?」
「規格外は、所詮規格外だ。それ以上でも以下でもねぇよ」

 そう答えつつも、勿論本心では、残念であるし、勿体ないとも思っていた。だがそれらを思い出す時、自身とどうしても重ねてしまう。同じ規格外であっても、自分はどこにも使い道なんてない。そうである以上、トマトだって有効利用できるように見えても、規格外はやはり規格外なのだと考えてしまい、それを活用する事には躊躇いしかない。

「いいや、以上になる。規格外には規格外の魅力があります」
「作ってもいないのに、何が分かるっていうんだ?」
「葉宮さんこそ、規格内にこだわりすぎているように思える。関わりすぎているからこそ、外からは見える良さが、見えないんじゃありませんか?」
「外から見える良さ?」

 朝希が怪訝そうに眉を顰める前で、眞郷は大きく頷いた。

「たとえば形一つとってもそうです。葉宮さんから見ればただの規格外であっても、その形を『個性』と捉え、『味がある』と判断する人もいる」
「……そうなのか?」
「ええ、そうです。野菜の個性もまた、俺は尊重したい」
「そんなものがあるのか?」
「俺はあると思いますよ」

 実際、朝希もそれには同意見だった。一つ一つを丹念に育てているからこそ、感じる事の一つでもある。同じトマトであっても、確かに差異はある。そこから大きく逸脱しているものが、規格外となるだけで、元々は確かに同じトマトだ。それは朝希だって同じだ。元々は、人間であり男だ。だが、その枠組みの中で大多数とは異なり、同性を愛するという規格外の部分がある。それは、世に出してはいけない個性だ。そう考えずにはいられない。目の前にいる眞郷を、朝希はじっと見た。整った顔立ちで、新部門の代表で、きっと女性にもモテるのだろう。自分とは違う。規格内中の規格内。そんなイメージを朝希は眞郷に対して抱いた。だから気づくとポツリと訊いていた。

「あんた、奥さんはいるのか?」
「いいえ。俺はゲイですので」
「――え?」
「何か?」

 さらりと言われた言葉に、思わず朝希は目を見開いた。何度か瞬きをしてみる。現実感は薄かったが、自分が眠っているわけではないというのはよく分かる。

「それ……本当に?」
「ええ。驚かせてしまいましたか?」
「……」
「別に男だからと言って、男性なら誰でも対象になるというわけじゃないので、二人で話しているからと言って、襲ったりはしません。誰かれ構わず押し倒したりはしない。ご心配なく」
「なっ、べ、別にそう言うつもりじゃ……ただ、その……隠さない事に驚いて……」
「どうして隠す必要があるんですか?」
「え?」

 それ、は――と、言いかけて朝希は口ごもった。これまでの間、ずっと己がゲイである事について、朝希自身は『規格外』だと思っていて、それは隠すべき事だと思っていたからだ。男性は女性を好きになるのが正しい、そんな価値観が普通だと感じる。だが、『どうして』と問われると、咄嗟に答えは出てこない。

「……世間の、だから……常識というか……」
「人を好きになる事、愛する事を、俺は素晴らしい感情だと思っています。恥ずべき事でもないし、隠す必要性も感じない。だから聞かれたら事実を答えます、俺は」