「しばらく会わないあいだに随分と可愛い反応をするようになったな、天音。昔は俺のことなど、顔色ひとつ変えずにあしらっていたくせに」

 揶揄うように言われて、陽葉は男が人違いをしているのだと気付いた。

「私の名は陽葉です。申し訳ありませんが、どなたかと勘違いをされていらっしゃるかと……」
「勘違い……?」

 赤髪の男が怪訝に眉を寄せる。

「いや、おまえ、どう見ても天音だろう」
「いえ、私は陽葉(ひよ)です。海の村から五頭龍の花嫁としてこの島に送られてきました」
「……んー、と。待てよ。そういう設定で俺を揶揄ってる? ってことはないよな。天音はこんなふざけたマネする女じゃない……」

 男が赤髪をぐしゃりと手で掻き乱しながら、ぶつぶつ言っている。

「畏れながら、貴方様は……」

 遠慮がちに訊ねる陽葉を、男がしばらくじっと見つめる。

 光の強いまなざし。それにたじろぐ陽葉を見て、男がいたずらっぽく口角をあげた。

「まあ、いい。天音でなくとも、おまえの顔が俺の好みなことには違いない」
「え……」
「俺の名は紅牙(こうが)、紅の龍神。おまえの村で言い伝えれている五頭龍のうちのひとりだ」
「……、龍神!?」

 五頭龍というのは、ひとつの身体に五つの頭がついた恐ろしい悪神ではなかったのか。

 額のツノを除けば、目の前の男は人間とほとんど変わらない。しかも、陽葉の村の男たちとは比べものにならないほど整った顔立ちをしている。

 そんな男が、五頭龍……?

 言葉を失う陽葉に、紅牙がふっと笑いかける。

「ついてきな、花嫁様。婚儀の準備はもう整っている」

 地面に転がる行灯を拾うと、紅牙が赤く尖った爪のある手で陽葉の手をとる。ひんやりとした温度のない彼の手が、陽葉を洞窟の奥へと誘った。