龍神島の周囲の海は潮の流れが早く、波が高く荒れている。だから、村の人たちが漁に出るとき、龍神島のほうには絶対に舟を近付けない。

 だが、新月の今夜は不思議なほどに海が穏やかだった。

 龍神島を北に向かって回っていくと、小さな砂浜のある入り江があり、船頭がそこに小舟をつける。

 砂浜はそのまま岩場の洞窟の入口へとつながっており、冷たく不気味な空気が漂ってきていた。

(ここが、龍神島……)

 正直なところ、無事に島に辿り着けるとは思っていなかった。

「降りろ」

 ぼんやりと洞窟を見上げる陽葉に、舟頭が乱暴に声をかけてくる。

「あ、はい……」
「ああ、ちょっと待て」

 立ち上がって舟を降りようとすると、舟頭が陽葉の肩を掴んで引き留めた。

「これは、舟のお代としていただく。そうじゃねえと、こんな不気味な島への輸送なんてわりに合わねえ」

 舟頭が陽葉の髪から白い花かんざしをもぎ取る。そうして、あとは用済みだと言わんばかりに陽葉を小舟の外へと突き飛ばした。

「きゃっ……」

 陽葉が砂浜に倒れると、舟頭がすかさず舟を出す。

「ま、待ってください……! 私はこれからどうすればいいんですか?」
「知らねえよ。俺の仕事はここまでだ。海が荒れる前に退散させてくれ」

 必死に呼びかけたが、舟頭は陽葉を置き去りにして行ってしまった。

 小舟が豆粒ほどの大きさになると、それまで凪いでいた海が次第に荒れ始める。真っ暗な夜の入り江に、冷たい海風が吹き込んでくる。

 両腕で肩を抱くと、陽葉は寒さに身体を震わせた。風を避けるところをと思うが、それができそうな場所は背後の不気味な洞窟しかない。

 龍神島はおそらく、荒海に囲まれた無人島。五頭龍の話はただの伝説。これまで島に送られた花嫁たちは、寒さに凍えたか、飢えで命を落としたのだろう。

 ひとりきりで孤独に死んでいくのなら、いっそのこと伝説の五頭龍に喰われてしまうほうがよかったのかもしれない。

 これからどうしたらよいのだろう。

 考えているあいだも、冷たい風が身体を冷やしていく。そのうち寒さに耐えきれなくなり、陽葉は洞窟へと足を踏み入れた。

 引き振袖の裾を持ち上げて少し奥へと進んでいくと、三つに道が分かれていた。

 三方向どちらへ進むべきか迷っていると、ほんの一瞬だが、右端の道の奥にぽわっと橙色の灯りが見えたような気がした。その幻灯に導かれるように、陽葉は右の道へと進む。
 洞窟の壁は、元来の岩の性質なのか白っぽく仄かに光っていて慣れたら目が効いてくる。

 ごつごつした歩きにくい岩場になっているのかと思えば、意外にも洞窟の中は、なめらかな岩肌の歩きやすい道になっていた。まるで、人が生活しやすいように作られたようだ。