「まだ出られないのか」

 陽葉が物思いに耽っていると、船頭が不機嫌そうに声をかけてきた。

「申し訳ありません。すぐに……」

 大巫女の手を借りて小舟に乗り込むと、『天女の郷』の子どもたちがわらわらと集まってきた。

 十八になる陽葉は『天女の郷』では年長で、小さな子たちの世話を任されていた。

 おしめの頃から世話していた子もおり、みんな、陽葉の着物の袖を掴んで泣いていた。

「陽葉〜、行かないで」
「行ったらもう会えないんでしょう」

 泣き縋る下の子たちのことを思うと、心が痛む。

 陽葉は口端を引き上げると、子どもたちの頭をひとりひとり優しく撫ぜた。

「大丈夫。五頭龍様にお会いしたら、たまに里帰りをさせていただけないかお願いしてみるから」
「ほんとう?」
「うん、ほんとう」

 気休めだとわかっていて、笑顔で頷く。

 里帰りのお願いなど叶うわけがない。なぜなら、これまでに龍神島に送られた花嫁は誰ひとりとして村に戻っていないのだ。

「さあ、充分別れは惜しんだな。離れろ、チビども。海が荒れる前に船を出す」

 夜の浜辺に船頭の低い声が響き、陽葉に群がる子どもたちはその恐ろしさにちりぢりになる。

「陽葉、どうか無事で――」

 最後に大巫女の手が離れると、船頭が舟を漕ぎ出した。

 涙ながらに手を振る大巫女と子どもたちに、陽葉は無感情で手を振り返す。

 浜辺が遠くなり、大巫女たちの顔が見えなくなると、船頭が陽葉を振り返り嗤った。

「とんだ茶番だな」

 菅笠の下から覗く船頭の人相は悪く、左頬には大きな切り傷がある。

 この男の案内で、無事に龍神島へと着くのだろうか。

 もしかしたら龍神島の伝説は嘘で、ほんとうは海の向こうで売られてしまうのかもしれない。

 そんな疑念がよぎったが、不安はなかった。

 恋人の喜一に裏切られた。

 彼と一緒になれないなら、どうなろうと同じ。

 陽葉にはもう、自分の未来にも、命にさえも未練はない――。