「陽葉か……?」

 抑揚のない声で呼ばれて、陽葉は哀しく思うのと同時に申し訳ない気持ちになる。

「はい、陽葉です」

 なぜ、陽葉に戻ってしまったのだろう。

 白玖斗はずっと天音と一緒にいたかったはずなのに。

「夕凪の刻に逃げるつもりだったな」

 うつむく陽葉に、白玖斗が問いかけてくる。

 気付かれていたのか。そう思うと、陽葉はますます居た堪れない気持ちになった。

「……申し訳ありません」
「許さん」

 厳しい声に、陽葉の心がずんと落ち込む。

 白玖斗を怒らせてしまった。だが……。

「おまえが人里に帰りたいと願うならその望みを叶えてやろうと思っていたが……やはり俺のもとにとどまれ」

 落ち込む陽葉に白玖斗がかけたのは、意外な言葉だった。

「でも……、私は天音ではありません」

 おもわず首を横に振った陽葉を、白玖斗が怪訝に見つめる。

「そんなことは初めからわかっている。これから暴れ出すかもしれない黎斗を抑えるためにも、陽葉にはここに残り、俺に力を貸してほしい」

 白玖斗の言葉に、陽葉は少し混乱した。

「私には力などありません……」
「今はもう、封じられていた天音の力が戻ってきているだろう」

 白玖斗はそう言うが、陽葉にはそれがわからない。

 黒の石に触れたとき、手のひらから何かが流れ込んできたような気がしたが……。自分の中に特別な何かがあるとも思えない。

「だとしても……急に手のひらを返されるのは困ります。白玖斗さんが好きなのは天音さんで、今の私には興味もないでしょう」

 白玖斗は、陽葉を好きなわけではない。陽葉の中にいる天音を愛している。

 どこにいっても自分は身代わりでしかない。そのことがとても惨めで悲しい。