今年、大巫女の水占いにお告げがあったあと、五頭龍の花嫁に選ばれたのは、やはり『天女の郷』に育った和乃(かずの)だった。

 和乃は陽葉のふたつ下の十六歳。黒目がちの大きな瞳が愛らしい美しい子で、陽葉は小さな頃から和乃を実の妹のように可愛がっていた。そんな和乃に天女花の痣が浮かび上がったとき、陽葉は和乃とともに抱き合って、運命を呪って泣いた。

 十年に一度、誰かが龍神島に行かねばならない。それが、海の村に生まれた少女の運命(さだめ)

 けれど、なぜ和乃なのか――。

「できることなら、代わってあげたい」

 和乃の肩を抱きながら、陽葉はそんなふうに言ったかもしれない。

 だが、そのときの言葉は本気ではなかった。自分が安全なところにいるからこそ口にできた同情。

 その晩、うまく眠れなくて『天女の郷』の庭に出た陽葉は、驚くべき光景を見てしまった。

 頭から男物の羽織を被せられた少女が、男に手を引かれ、裏口のほうへと庭を横切っていく。

「誰?」

 陽葉の声に、男女がビクリと肩を揺らして立ち止まった。

 振り向いたふたりの顔を見て、息が止まる。

 互いに固く手を握り合って寄り添うふたりは、和乃と陽葉の幼なじみで恋人の喜一(きいち)だったのだ。

「どうしてふたりが――」
「お願い、見逃して」

 茫然とつぶやく陽葉に、和乃が涙声で訴えてくる。

「見逃すも何も……」

 目の前の状況が理解できなかった。なぜ、恋人の喜一が和乃と手を握り合っているのか。

 陽葉に見つめられて、喜一が気まずそうに目を伏せる。けれどすぐに視線をあげた彼のまなざしには、決意の光が宿っていた。

「俺からも頼むっ……! どうか、見逃してくれ」
「そんなこと言われても……和乃は花嫁に選ばれたのよ。花嫁がいなくなったら、村はどうなるの……」

 つい、そんな言葉を口にした陽葉に喜一が冷めた視線を投げる。

「気にするのは村のことか? 陽葉は和乃を妹みたいに思ってたんじゃないのか」
「そう、だけど……」

 冷たく響いた喜一の声に、悪い予感がした。

「和乃のことを愛してるんだ。このまま、悪神の慰みものにはさせられない」

 そう言って、喜一が和乃の肩を抱き寄せた。

 愛してる――? 誰が、誰を――?

 わけがわからなかった。喜一は、二年前から陽葉の恋人だったはずだ。

「いつか一緒になろう」と約束もしていた。最近はなんだかそっけないことが増えたなと思っていたが、陽葉は喜一の心を疑ったことがなかった。

 だって、彼は小さな頃からともに育った幼なじみでもあったから。

「そんなに村が大切なら、おまえが花嫁になればいい」

 きつく睨みつけてきた喜一の言葉が、陽葉の胸を切り裂く。

 それで、ようやく自覚した。

 裏切られたのだ。信じていた恋人と妹のように思ってきた和乃に。

 けれど、陽葉はふたりを責められない。

 和乃が五頭龍の花嫁に選ばれたとき、自分ではなかったことに少なからず安堵していたのだから……。