「それはだめよ」
「え、どうして……?」
突き放すような冷たい声に、一瞬、陽葉の呼吸が止まる。優しかった志津の声は、また別人のようだ。
優しかったり、急に冷たくなったり。志津の本質がつかめない。
「ここを出るなら、朔の日まで待っていてはだめ。今すぐにでもここを出るべきよ」
困り顔を浮かべる陽葉に、志津が声を落としてそう言った。
「どうして? 次の朔の日まで待てば、人里に帰してもらえるんでしょう」
ここに来た夜。陽葉はそう説明を受けた。過去には人里に帰った花嫁も数人いるのだ、と。
「そうね。でもね、人里に帰される花嫁は、龍神島のことだけでなく、今までの全ての記憶を消されるの」
「え?」
「それが、人里に帰る絶対条件。これまでの名前も人生も全部なくして、故郷とは別の村に送られるのよ。記憶を消すのは蒼樹様の役目。人里へ戻ることを決めた花嫁は、帰る直前になって初めて、全ての記憶が消されることを知らされる。そうするとみんな、不安になるの。朔の日を待ちながら龍神島で一ヶ月を過ごした花嫁たちはみんな迷うわ。ほんとうに帰ることが幸せなのか。だって、ここは暮らすには快適だもの」
わかるでしょうと、志津が目で訴えてくる。
「じゃあ、志津姉も初めは人里に帰ろうとして……」
「そうよ。海の村に戻って、またみんなと暮らすつもりだった。でも、そうではないと知って、わからなくなったの。全ての記憶を消されて、私のことを知る人のいない場所に帰って、ほんとうに生きていけるのかって……結局、ここに残ったって、元の自分はどんどん消えていってしまうのに……」
「そんな……」
志津から聞かされた事実に、陽葉は震えた。
蒼樹も紅牙も黄怜も、優しいフリをして、ほんとうに大事なことを陽葉に隠していたのだ。
五頭龍は、海の村に言い伝えられているような『悪神』ではない。そんなふうに思い始めていた陽葉は、彼らに騙されていたことがショックだった。
龍神島の花嫁は、やはり五頭龍への生贄なのだ。
「わかったら、陽葉は記憶を消される前にここを出なさい」
「でも、どうやって……?」
龍神島の周りの海は荒れていて、どんな舟も近づけない。どうやって迎えの舟を呼べばいいのか……。
「簡単よ。陽葉が自力でここを出ればいいの」
「そんなの無理よ」
自力で島を出るなどできるはずがない。仮にそんなことができるなら、海の村に戻ってきた花嫁がいたはずだ。
「え、どうして……?」
突き放すような冷たい声に、一瞬、陽葉の呼吸が止まる。優しかった志津の声は、また別人のようだ。
優しかったり、急に冷たくなったり。志津の本質がつかめない。
「ここを出るなら、朔の日まで待っていてはだめ。今すぐにでもここを出るべきよ」
困り顔を浮かべる陽葉に、志津が声を落としてそう言った。
「どうして? 次の朔の日まで待てば、人里に帰してもらえるんでしょう」
ここに来た夜。陽葉はそう説明を受けた。過去には人里に帰った花嫁も数人いるのだ、と。
「そうね。でもね、人里に帰される花嫁は、龍神島のことだけでなく、今までの全ての記憶を消されるの」
「え?」
「それが、人里に帰る絶対条件。これまでの名前も人生も全部なくして、故郷とは別の村に送られるのよ。記憶を消すのは蒼樹様の役目。人里へ戻ることを決めた花嫁は、帰る直前になって初めて、全ての記憶が消されることを知らされる。そうするとみんな、不安になるの。朔の日を待ちながら龍神島で一ヶ月を過ごした花嫁たちはみんな迷うわ。ほんとうに帰ることが幸せなのか。だって、ここは暮らすには快適だもの」
わかるでしょうと、志津が目で訴えてくる。
「じゃあ、志津姉も初めは人里に帰ろうとして……」
「そうよ。海の村に戻って、またみんなと暮らすつもりだった。でも、そうではないと知って、わからなくなったの。全ての記憶を消されて、私のことを知る人のいない場所に帰って、ほんとうに生きていけるのかって……結局、ここに残ったって、元の自分はどんどん消えていってしまうのに……」
「そんな……」
志津から聞かされた事実に、陽葉は震えた。
蒼樹も紅牙も黄怜も、優しいフリをして、ほんとうに大事なことを陽葉に隠していたのだ。
五頭龍は、海の村に言い伝えられているような『悪神』ではない。そんなふうに思い始めていた陽葉は、彼らに騙されていたことがショックだった。
龍神島の花嫁は、やはり五頭龍への生贄なのだ。
「わかったら、陽葉は記憶を消される前にここを出なさい」
「でも、どうやって……?」
龍神島の周りの海は荒れていて、どんな舟も近づけない。どうやって迎えの舟を呼べばいいのか……。
「簡単よ。陽葉が自力でここを出ればいいの」
「そんなの無理よ」
自力で島を出るなどできるはずがない。仮にそんなことができるなら、海の村に戻ってきた花嫁がいたはずだ。