「志津姉……?」

 穏やかな優しい性格の志津が、声を荒げるところを聞いたことがない。鋭い目つきもきつい口調も、まるで志津らしくなくて驚いてしまう。

 それどころか、まるで別人のよう。

 陽葉が目を見開いて固まっていると、志津がハッとして口を押さえた。

「ごめんなさい、陽葉。驚かせたかったわけじゃないのよ。でもあなたのことが心配で……」

 申し訳なさそうに眉をさげる志津は、陽葉のよく知る志津だった。

 一瞬見た、別人のような志津はなんだったのだろう。心配なのは、むしろ志津のほうだ。

 気遣うようなまなざしを向けると、志津がふっと自嘲気味に笑う。

「そんな目で見ないで、陽葉。ずっと龍神島(ここ)にいると、人の世にいた頃の自分が少しずつ失われてしまうのよ」
「失われる?」

 わずかに眉間を寄せた陽葉に、志津が「そう」とうなずいた。

龍神島(ここ)に送られてきた花嫁たちは、ほとんどが皆、五頭龍に心を囚われている。少しずつ、少しずつ、心を奪われるうちに、いつか人の世にいた頃の自分は消えて、やがて龍神島の一部になるの」

 淡々と語る志津の声が、陽葉の背中をゾクリとさせた。

「陽葉も、蒼樹様や紅牙様から邸宅に迎えたいと誘いを受けているんでしょう」

 志津に確認するように問われて、陽葉は無言で左右に視線を揺らした。

「いいのよ。蒼樹様や紅牙様、ふだんは花嫁に見向きもしない黄怜様までもが新入りの花嫁にご執心だと噂になっている。でも、陽葉自身がまだ五頭龍に心を囚われていないなら大丈夫。迷いがあるなら帰りなさい」

 年長者らしい志津の諭し方は、昔、駄々をこねる陽葉をなだめていたときと同じだ。

「志津姉がそう言うなら……」
「よかったわ。わかってくれて」

 戸惑い気味に陽葉がうなずくと、志津がほっとしたように頬をゆるめる。

 志津は昔と変わらず優しい。だからこそ、せっかく再会した志津と、あと何週間かで別れてしまうのは淋しかった。

「また何度か志津姉に会いに来てもいい? 次の朔までまだ日にちがあるから」

 陽葉が子どものように甘えると、志津の顔からスッと表情が消えた。