「また来てくださいね、陽葉さん。次はふたりだけで、もっとゆっくり過ごしましょう。のんびりお茶するのも良いですねえ。では」

 紫苑を抱えた蒼樹が、何度も陽葉を振り返っては少し名残惜しげに台所から去って行く。

「まったく、新入りの花嫁に料理をわけなきゃいけないなんて……」
「仕方ないわ。花嫁の持ち帰った料理は黄怜様も食べるのよ」
「黄怜様は今まで花嫁を家にいれなかったのに。どうして今回の花嫁は特別なのかしら。蒼樹様も紅牙様も、新入りに夢中だわ」
「ほんとうよね。可愛らしいお顔だとは思うけど、これまでで一番美人というわけでもないのに」

 あやかし三人組が、料理を包みながらキイキイ話す。

 陽葉がいてもおかまいなしで、悪口の言い放題だ。

 台所の外で待っていようか。陽葉が苦笑いで足を一歩踏み出したとき。

「何言ってるの。新入り花嫁は、天音様に似てるのよ」

 そんな言葉が陽葉の耳に届いた。

「ああ、天音様……だからなのね。でも、なぜ白玖斗様は新入りを中の邸宅に呼ばないの?」

(ああ、また天音の話……)

 ここに来てから何度も耳にする女の名前にうんざりする。だが……。

「そんなの、偽物だからに決まってるじゃない。白玖斗様は、本物の天音様にしか興味がないわ」

 クスクス笑いとともに聞こえてきた言葉に、陽葉の身体が固まった。

 白玖斗様は、本当の天音様にしか興味がない――。

 使用人あやかしたちの戯言に、陽葉の胸がズキンと痛む。

(なぜ……)

 どうしてか、白玖斗が関わり合うと、陽葉はおかしくなってしまう。キリキリと痛む左胸に手をあててうつむく。

「紫苑、紫苑っ……!」

 そこへ、水色の着物の女が慌てた様子で飛び込んできた。
「みんな、紫苑を見なかった?」
「紫苑様?」
「紫苑様……!」
「蒼樹様が先ほど、お部屋に連れて行かれましたよ」

 女の問いかけに、あやかし三人組が口々に反応する。

「そう、よかった。ありがとう」

 女がほっと胸を撫で下ろしたその瞬間、陽葉は「あ!」と思わず声をあげた。

志津姉(しづねえ)……?」

 陽葉の呼びかけに、振り向いた女がわずかに眉を寄せる。

 切れ長の一重で、凛とした雰囲気の美人。

 間違いない。彼女は海の村の『天女の郷』で暮らしていた志津だ。幼い頃によく面倒をみてくれて、陽葉も実の姉のように慕っていた。

 でも十年前、左手首に天女花の痣が浮かび、五頭龍の花嫁として島に送られていった。