つい何日か前も、絢子が取り巻きを引き連れて西の邸宅にやってきた。

 絢子は五十年前に島に送られてきた花嫁らしい。艶やかな黒髪の、十代のままのような若さと瑞々しさのある美しい女性(ひと)だった。

「紅牙様がいつもお世話になっているので」

 紅牙の髪色とよく似た深紅の着物に身を包んだ彼女は、菓子箱を陽葉に手渡して、慎ましやかに微笑んだ。

 美しい人が持ってきてくれた手土産を、陽葉は何の疑いも持たずに喜んで受け取った。

「黄怜さん、南の邸宅の絢子さんがお菓子をくださいました。一緒にいただきましょう」

 けれど、にこにこ顔の陽葉を、黄怜は馬鹿にするように鼻で笑った。

「僕はいいよ」
「なんともったいない。それなら私が全部いただいちゃいますからね」

 そう言いながら菓子箱を開けて唖然とした。中に詰められていたのは、ぐちゃぐちゃの泥団子だったのだ。

「だから言ったでしょ」

 背中に黄怜の嘲笑を受けて、陽葉はとてもがっかりした。

 どうやら陽葉は、歴代の元花嫁たちから嫌われているらしい。

「あの、紅牙さん……。絢子さんたちのところへ行ってさしあげたほうが良いのでは……」

 絢子は一番に紅牙の寵愛を受けていたから、彼の気が陽葉にばかり向けられることがとにかくおもしろくないのだ。

 陽葉が上目遣いに提案すると、紅牙が微妙そうに眉を寄せて、はあーっと息を吐いた。

「陽葉が言うなら。でも、おまえを南の邸宅に呼ぶことを諦めたわけじゃないからな」 

 紅牙が陽葉の肩を一度ギュッと抱き寄せてから、名残惜しそうに西の邸宅を出て行く。

「だから元花嫁なんて囲うべきじゃないのに。大変だね、あんたも」

 紅牙の背中を見送る陽葉に、黄怜が同情のまなざしを向けてくる。

「ありがとうございます、黄怜さん」

 紅牙や絢子の襲来から助けてもらった礼を言うと、黄怜が「は?」とそっぽ向く。

「東の邸宅で米もらうんでしょ。早く行ってきたら?」

 早足で邸宅へと戻って行こうとする黄怜が照れているのがわかる。

 初めは嫌われているのかと思ったが、そうではない。

 表には出さないが、黄怜は優しい。彼の裏返しの優しさを、陽葉はとても好ましく思う。

 島に来てから、不自由なく暮らせているのは黄怜がさりげなく守ってくれているからだ。

「いってまいります」

 陽葉は照れた黄怜の背中に笑顔で会釈した。