漆黒の闇に包まれた朔の夜。白砂の浜辺で一隻の小舟が待っていた。

 その脇には若い娘が、深紅の紅を差した艶やかな唇をぎゅっと固く引き結んでいる。

 赤や白の艶やかな花の模様と金糸の刺繍が施された黒の引き振袖、華やかな金の帯、きつく結い上げられた黒髪には白い花かんざし。

 娘が身を包むのは、格式のある上流階級の人々の間で広く用いられている伝統的な婚礼衣装だ。

 ()()()()()のために用意された着物の帯に触れながら、陽葉(ひよ)は小舟の向こうに浮かぶ島を見つめた。

 陽葉の暮らす海の村から近くて遠い。その島の名は、龍神島(りゅうじんとう)。五頭龍がいるという伝説のある島だ。

 今宵、陽葉はそこに送られる。伝説の五頭龍の花嫁として。

「ほんとうにこのまま身代わりになるつもりなのかい?」

 節くれだった大巫女の骨と皮ばかりの痩せた手が、陽葉の手を頼りなく握る。

「はい、もう決めたことですから」

 齢八十を過ぎた老婆の手をそっと握り返しながら、陽葉は小さく頷いた。

「選ばれていないおまえが行けば、龍神様の怒りを買うかもしれない」
「けれど、()()()()()が姿を消してしまったのです。誰かが行かなければいけないでしょう。今年は大巫女様の水占いにお告げがあったのですから」

 海の村を守る大巫女であり育ての親でもある老婆に儚く微笑みかけながら、陽葉は()()()()()の顔を思い浮かべていた。それから、花嫁とともに姿を消してしまった陽葉の恋人だったはずの男のことを。