「はぁ……」

 目の前に積みあがった箱を見て、沙雪は今日何度目かのため息をついた。
 金平糖、チョコレート、ビスケットケーキ、おはぎにお団子。座敷を埋め尽くさんばかりに並べられたこれは全て、沙雪のために贈られたお菓子だ。言わずもがな、柊が用意したものなのだが……ここまでやってほしいとは誰も言ってない。

「沙雪さま? 食べないんですか?」

 じゅわりと焼けたみたらし団子を差し出しながら、きょとんと目を丸める柊。

「もう十分よ、ありがとう」
「そうですか、では片付けておきますね」

 にこやかに微笑んだ柊が、手際よく菓子を片付けていく。
 その様子に、もう一度ため息をついた。

 柊が沙雪の前に表れて早一日。
 彼は今のところ、全ての家事雑事をやってくれている。それもひどく楽しそうに。
「そんなことやらなくていい」と沙雪が言っても、聞く耳を持ってくれないのだ。
 昨晩は風呂を沸かし、朝は沙雪より前に起きて豪華な膳を用意してくれた。
 この菓子もそうだが、どこからどうやって材料を調達しているのかは不明である。

「……それにしても、静かなものね」

 柊が淹れてくれたお茶を飲みながら、中庭に視線をずらした。
 昨日の朝方まで降り続いていた雷雨はおさまり、かすかな陽光が差し込んでいる。

 騒ぎを聞きつけた父や、柊に攻撃された相模が乗り込んでくるかと思っていたが、結局今の今まで誰も姿を現わさなかった。

「静かな時こそ気を付けなくてはいけません。向こうもこちらの動向を伺っている証拠ですから」

 口元に笑みを湛えたまま、自身の刀を磨く柊。
 こうして一日を共にしてみても、いまいち何を考えているのか読めない男だ。

 ――妖なんて、みんなそんなものなのかしら。

 目の前にいるのは、大和を滅ぼせるくらい妖力を持った鬼の頭領。
 査定の時には、その片鱗のようなものが見えた。しかし今の柊は、ただただ花のように美しい人間にしか見えない。

「そうだ、今のうちに外出しましょうか」
「外出?」

 いいこと思いついたとでも言いたげな表情で顔を上げた柊に、小首をかしげる。

「でも、それこそ周りが何て言うか分からないわ。外へつながる扉は閉められているもの」
「大丈夫ですよ、私が一緒なので」

 そう言うと、柊はすっと腕を上にあげた。
 そのまま照準を定めるように、中庭の勝手口へと指先を動かす。

 次の瞬間、すさまじい爆破音を立てて勝手口の扉がはじけ飛んだ。
 濃い妖気が混じった白いモヤと共に立ち上った硝煙に、ぽかんと口を開ける沙雪。

 しばらく呆然としていた沙雪だったが、ハッと我に返って柊を見た。

「ちょ、な、なにしてるの……!?」
「だってこうしないと開かないでしょう?」

 悪びれる様子もなく口角を上げた柊。
 薄々感じてはいたが、やはりこの妖に『常識』なんてものは存在しないのだ。

「それにこの扉、気に食わなかったんですよね。沙雪さまを閉じ込めておく牢の入口みたいで」
「だからって、なにも壊さなくったって……」
「いいえ、こんなもの壊してしまえばいいんです。沙雪さまは自由なんですから」

 優しく、愛でるようなまなざしで見つめられ、何も言えなくなった。
 ずるい妖だ。とことん甘やかすように世話を焼き、長年沙雪を幽閉していた扉を破壊し、そんな風に言われてしまったら嫌でも心が動いてしまうではないか。
 そんな沙雪の心情を読み取ったのか、柊は目を細めて立ち上がった。
 そして、座ったままの沙雪に向かって手を差し伸べる。

「さ、行きましょう」

 夕焼けが逆光になり、柊の美しい黒髪を照らしている。
 熱に浮かされたように伸びた自身の手が、柊の指先と重なった。

 そのままいつものように手を引かれ、縁側へと歩み出る。
 そういえば、草履を持ってきていないんだった。このままでは素足で外へ出てしまう。そう思った刹那、ふわりと身体が宙に浮いた。柊に抱きあげられたのだ。

「きゃっ……!?」
「首に手を回して。離さないでくださいね」

 どうしていつも抱きかかえようとするのか。
 抗議しようと開きかけた唇は、嬉しそうにほころんだ柊の微笑みを見たことでしゅるしゅると閉じてしまう。
 鬼の体温を間近に感じながら出たはじめての外は、どこか空気が澄んでいるように感じた。