俺の家に着いた。家には誰もいなかった。母親に言われたので、柚月さんを俺の部屋に通す。家に来てもらったのは初めてだ。お互い家の位置は知っていたけれど、学年も違うし、家に入る事などはなかった。付き合っていたら、そのうち家に呼んだりしただろうか。そうしたら、他に誰もいない家に二人きりだったら……いかんいかん、変な妄想が。というか、今右手がこれでは何もできないし。
「琉久、保冷剤あるか?脱臼を治してもらったら、今度は冷やした方がいいんだぞ。」
柚月さんはそう言って、冷凍庫から保冷剤を出して来てくれて、俺の手にそっと当てた。俺の部屋は狭いので、ベッドと机のどちらかに座るしかない。
「あ、着替えるか?まだユニホームのままだったな。」
柚月さんに言われて、初めて気づいた。そう言えばちょっと寒いかも。かいがいしく着替えも手伝ってもらって、俺は何とか部屋着に着替えた。改めて、ベッドに二人で腰かけて、柚月さんが保冷剤で俺の手をそっと冷やす。見た目、手を握り合っているみたい。ああ、やっぱり柚月さんが好きだ。どうしてこんなに好きなんだろう。ちゃんとドキドキするんだ。気のせいじゃない。純玲さんと一緒にいてもドキドキしないんだ。他の誰といても。
「柚月さん、俺、やっぱり柚月さんの事が好きだよ。他の人じゃだめだ。」
柚月さんの目を見て言った。柚月さんは揺れる目を俺に向けた。
「でも、日比野さんと楽しそうに付き合ってるじゃないか。手をつないだり、とか。」
そう言って、柚月さんは苦しそうな顔で目を反らした。
「そうだ、先週の試合の後、どうして走って行っちゃったの?来てくれたんなら、挨拶くらいしたって良かったのに。」
「それは……。お前が、その、手をつないでるのを見たら、つい。」
「……それは、ショックだったって事?つまり……柚月さんも俺の事が好きって事?」
まっすぐ目を見て聞いた。柚月さんは反らしていた目をまたこちらに向けた。
 と思ったら、保冷剤をぱたっと落として、柚月さんは後ろを向いてしまった。体ごと。俺は保冷剤を拾って机の上に放り投げた。そして、柚月さんを後ろから抱きしめた。
「や、やめろよ。」
柚月さんはびっくりして俺の腕をほどこうとした。
「痛てっ。」
右手に触れられて小さく悲鳴を上げてしまった俺。柚月さんは
「あっ、ごめん!」
と言って振りほどくのをやめ、俺の右手をそっと両手で包んだ。やった。これで後ろ抱き成功だ。怪我の功名?しばらくじっとしていて、そして、目の前にある、柚月さんの首筋に唇を当てた。
「あっ。」
小さくため息を漏らした柚月さん。俺はもっと強く抱きしめた。
「る、琉久、ちょっと。」
柚月さんは身をよじってこちらを向いた。
「何?」
「ちゃんと言うよ。けじめっていうか、そういうの大事だろ。」
柚月さんはそう言ってから、一息大きく吸って、
「俺、認めたくなかったけど、お前の事、誰にも渡したくない、独り占めしたいんだ。おかしいよな、俺。」
と言って、うつむいた。
「柚月さん。」
そして、柚月さんは顔を上げた。
「俺が付き合えって言ったのにあれだけど、琉久、日比野さんとは別れてくれ。」
「うん、いいよ。」
俺は笑顔で言った。
「それで?後はどうして欲しい?」
「毎日一緒に帰る。待ってるから。」
「うん。後は?」
「俺の事、ずっと好きでいろ。」
「うん。」
「ずっとだぞ。」
「もうずっと前から好きなんだから。これからもずっと好きだよ、多分。」
「多分?」
ちょっと怒った顔をする柚月さん。俺はクスっと笑った。
「後は?何して欲しい?」
俺は柚月さんの目と、唇とを交互に見ながらそう尋ねた。
「後は、キスして欲しい。」
柚月さんは俺の誘導に乗っかってくれた。俺は左手を柚月さんの顎に添え、キスをした。観覧車の時とは違って今は時間がある。誰も見ていない。俺は嬉しくって気分盛り上がっちゃって、長いキスを……と思ったら、
「ただいまー、琉久いるー?ごめんごめん遅くなって。」
と言いながら母親が部屋のドアをガチャリと開けた。こちらはヒヤリだ。俺は右手の包帯を掲げて母親に見せた。