2学期の始業式。朝、柚月さんに久しぶりに会って、また一緒に電車に乗れて、ちょっと心躍らせながら登校していると、学校の手前くらいから、今までの登校風景とは違った様相になっていた。
「ルークー、おはよう。キャー!」
とか、
「キャー!キャー!」
とか、ちょっと前を歩いていた女子たちが、こちらを振り返って騒いでいる。あっちにもこっちにもそんな女子がいる。
「ん?これは何だ?」
俺が柚月さんの顔を見たが、柚月さんは首を傾げるばかり。あちこちで女子のコショコショ話とチラチラとこちらを振り返る様子からして、俺の噂話をしているのはほぼ確実だ。俺何かしたかー?
教室に入ると、隆二が俺の机のところにダッシュしてきた。
「お前、知ってるか?夏休みの間に試合中のお前の動画が、女子たちの間で出回ってたらしいぜ。」
「動画?それで?」
「カッコいいって、そりゃあもう、お前は我が校のアイドル状態になってるらしいぞ。」
「は?嘘だろー、そんなわけないじゃん。」
「動画の撮り方が良かったんじゃん?」
「隆二、俺をディスってるのか?」
「だってよお、うらやましいじゃんかー。」
隆二はそう言って両腕を頭の後ろに組んで廊下の方を見た。教室の入口には何人かの女子たちがこちらを見てキャッキャとしていた。SNS上で勝手に作られた虚像だ。そうだ、真希はこの事を知っていたのだろうか。
「真希、俺の動画が出回ってたって本当か?お前知ってた?」
教室にいた真希に声をかけると、
「ああ、動画が出回ってるのは知ってたよ。でも、ここまで反響があったとはね。」
そう言って、肩をすくめた。
始業式が体育館で行われた。その後、教室に帰る道すがら、2年生の女子に声をかけられた。
「ねえ、荒井君、私と付き合わない?」
とか、いきなり言ってくる。
「はい?」
「ちゃんと考えてよ、ね。」
よほどご自分に自信があるのか、俺の腕を引っ張って、歩いて行こうとするのを止めてきた。
「えーと、困ります。すみませんけど。」
俺は腕を振りほどいて歩いてきた。
「めちゃめちゃ美人じゃん、付き合っちゃえばいいのに。もったいない。」
隆二に追いつくと、そう言われた。
「知らない人にいきなり言われても困るよ。」
俺が言うと、
「そっか、琉久にはもう彼女いるんだっけ。」
隆二がそう言ったので、近くを歩いていた真希がぱっと振り返った。ああ、この誤解は解くべきか否か。彼女がいるという事にしておいた方がいいような気もするし、けれども誰なんだという事になると困るし。
「ああ、その事だけど、彼女じゃないんだ。」
「ん?別れたのか?」
「というか、最初から彼女じゃないっていうか。好かれてると思ってたけど、そういう好きじゃないんだって。」
事実を言ってみた。
「お前、つらいなあ。うんうん。」
隆二が俺の背中をポンポンと叩いた。そう、つらい。でも、今日も柚月さんの笑顔を見ることができたので、それほどつらくもない。これで、柚月さんに恋人ができた、何て事になったら、俺は生きていけない気がするけれど。
翌日、昼休みに美術室へ向かうと、途中でキャーキャー言われて目立ってしまって困った。このまま美術室に入って大丈夫だろうか、と心配になった。図書室に一度入ってから出てこようか、などと考え、美術室の前でちらっと中を覗くと、柚月さんではない人物が見えた。他の美術部員だろうか。どうしようか迷っていると、背中をポンと叩かれた。
振り返ると、柚月さんだった。
「美術部の水澤さんがさ、これからしばらく昼休みにも絵を描かないといけないんだって。コンクールに出す絵を仕上げるまで。だから、俺は昼休みにはここに来ない事にしたんだ。」
「そうなんだ。じゃあ、柚月さんとどこで会えばいい?」
俺が言うと、言いにくそうに、
「あのさ、琉久。……昼休みに会うのはもう、よそう。」
「え?」
そう言ったきり、次の言葉が思いつかない。
「じゃあな。」
柚月さんは行ってしまった。俺は、仕方なく自分の教室に戻った。机に突っ伏して寝たふり。心では泣いていた。
俺のアイドル状態は続いた。2学期が始まって、動画の存在を知らなかった人も学校で聞いて知り、実際の俺を見に来る人が後を絶たなかった。俺もその動画を見せてもらったけれど、俺をクローズアップして撮ってあり、スパイクが決まった時の映像ばかりを編集してあって、これは確かにかっこよく見えるだろう。いつでもこんな風に決まるわけではないのに。一体誰がこの動画を作ったのだろう。
「私と付き合って。」
という申し出もずいぶん断った。この状態で誰かにOK出したら、俺の評判はどうなるんだろうか、と疑問が生じる。高校中から見張られている感じがして恐ろしい。部活中も見学している女子が何人もいるし、柚月さんと帰っている時も、誰かに見張られている気がして下手な事は出来ないし言えない。当たり障りのない会話しかできない。柚月さんにも迷惑をかけている気がしてならない。
そんなある日、教室の移動で歩いていたら、ある女子に呼び止められた。2年生で、髪の長い、すごく美人だった。この間の軽い感じの人とは全然違う雰囲気だった。
「あの、迷惑なのは分かってるんだけど、私、あなたの事が好きになってしまって。これ、読んでください。」
と言って、手紙を渡された。こんなに美人なのに、高飛車な感じが全くしないし、すごく本気を感じてちょっとドギマギした。もちろん、俺には柚月さんがいるので、OKするつもりはないんだけど、こういう人から好かれるのは悪くないな、なんて思ったり。
「あ、はい。どうも。」
俺はそう言って、手紙を受け取った。するとその人はぽっと頬を赤らめて、走り去って行った。可愛い。いやいや、柚月さんごめん。可愛いなんて思ってない思ってない。でも、ちょっと嬉しくなって、手紙をポケットにねじ込んだ。人に見られないように。
昼休み、教室を出て人のいないところを探した。そして、さっきもらった手紙を読んでみた。案の定ラブレター。連絡先も書いてあった。日比野純玲(すみれ)さんと言って、柚月さんと同じクラスだった。いや、もちろん何の興味もないけれど、それでもラブレターなんて初めてもらったので、ついニヤついてしまう。けれど、俺は頬をぴしゃぴしゃと叩き、手紙をまたポケットに入れ、教室に戻った。戻る道すがら、女子から手を振られる事多数。いつまで続くのだろう、こんなニセアイドル状態。そのうちかっこ悪い動画とかが出回って、逆に皆の笑いものになるに決まっている。どうかさほど最悪な状態になりませんように。
「ルークー、おはよう。キャー!」
とか、
「キャー!キャー!」
とか、ちょっと前を歩いていた女子たちが、こちらを振り返って騒いでいる。あっちにもこっちにもそんな女子がいる。
「ん?これは何だ?」
俺が柚月さんの顔を見たが、柚月さんは首を傾げるばかり。あちこちで女子のコショコショ話とチラチラとこちらを振り返る様子からして、俺の噂話をしているのはほぼ確実だ。俺何かしたかー?
教室に入ると、隆二が俺の机のところにダッシュしてきた。
「お前、知ってるか?夏休みの間に試合中のお前の動画が、女子たちの間で出回ってたらしいぜ。」
「動画?それで?」
「カッコいいって、そりゃあもう、お前は我が校のアイドル状態になってるらしいぞ。」
「は?嘘だろー、そんなわけないじゃん。」
「動画の撮り方が良かったんじゃん?」
「隆二、俺をディスってるのか?」
「だってよお、うらやましいじゃんかー。」
隆二はそう言って両腕を頭の後ろに組んで廊下の方を見た。教室の入口には何人かの女子たちがこちらを見てキャッキャとしていた。SNS上で勝手に作られた虚像だ。そうだ、真希はこの事を知っていたのだろうか。
「真希、俺の動画が出回ってたって本当か?お前知ってた?」
教室にいた真希に声をかけると、
「ああ、動画が出回ってるのは知ってたよ。でも、ここまで反響があったとはね。」
そう言って、肩をすくめた。
始業式が体育館で行われた。その後、教室に帰る道すがら、2年生の女子に声をかけられた。
「ねえ、荒井君、私と付き合わない?」
とか、いきなり言ってくる。
「はい?」
「ちゃんと考えてよ、ね。」
よほどご自分に自信があるのか、俺の腕を引っ張って、歩いて行こうとするのを止めてきた。
「えーと、困ります。すみませんけど。」
俺は腕を振りほどいて歩いてきた。
「めちゃめちゃ美人じゃん、付き合っちゃえばいいのに。もったいない。」
隆二に追いつくと、そう言われた。
「知らない人にいきなり言われても困るよ。」
俺が言うと、
「そっか、琉久にはもう彼女いるんだっけ。」
隆二がそう言ったので、近くを歩いていた真希がぱっと振り返った。ああ、この誤解は解くべきか否か。彼女がいるという事にしておいた方がいいような気もするし、けれども誰なんだという事になると困るし。
「ああ、その事だけど、彼女じゃないんだ。」
「ん?別れたのか?」
「というか、最初から彼女じゃないっていうか。好かれてると思ってたけど、そういう好きじゃないんだって。」
事実を言ってみた。
「お前、つらいなあ。うんうん。」
隆二が俺の背中をポンポンと叩いた。そう、つらい。でも、今日も柚月さんの笑顔を見ることができたので、それほどつらくもない。これで、柚月さんに恋人ができた、何て事になったら、俺は生きていけない気がするけれど。
翌日、昼休みに美術室へ向かうと、途中でキャーキャー言われて目立ってしまって困った。このまま美術室に入って大丈夫だろうか、と心配になった。図書室に一度入ってから出てこようか、などと考え、美術室の前でちらっと中を覗くと、柚月さんではない人物が見えた。他の美術部員だろうか。どうしようか迷っていると、背中をポンと叩かれた。
振り返ると、柚月さんだった。
「美術部の水澤さんがさ、これからしばらく昼休みにも絵を描かないといけないんだって。コンクールに出す絵を仕上げるまで。だから、俺は昼休みにはここに来ない事にしたんだ。」
「そうなんだ。じゃあ、柚月さんとどこで会えばいい?」
俺が言うと、言いにくそうに、
「あのさ、琉久。……昼休みに会うのはもう、よそう。」
「え?」
そう言ったきり、次の言葉が思いつかない。
「じゃあな。」
柚月さんは行ってしまった。俺は、仕方なく自分の教室に戻った。机に突っ伏して寝たふり。心では泣いていた。
俺のアイドル状態は続いた。2学期が始まって、動画の存在を知らなかった人も学校で聞いて知り、実際の俺を見に来る人が後を絶たなかった。俺もその動画を見せてもらったけれど、俺をクローズアップして撮ってあり、スパイクが決まった時の映像ばかりを編集してあって、これは確かにかっこよく見えるだろう。いつでもこんな風に決まるわけではないのに。一体誰がこの動画を作ったのだろう。
「私と付き合って。」
という申し出もずいぶん断った。この状態で誰かにOK出したら、俺の評判はどうなるんだろうか、と疑問が生じる。高校中から見張られている感じがして恐ろしい。部活中も見学している女子が何人もいるし、柚月さんと帰っている時も、誰かに見張られている気がして下手な事は出来ないし言えない。当たり障りのない会話しかできない。柚月さんにも迷惑をかけている気がしてならない。
そんなある日、教室の移動で歩いていたら、ある女子に呼び止められた。2年生で、髪の長い、すごく美人だった。この間の軽い感じの人とは全然違う雰囲気だった。
「あの、迷惑なのは分かってるんだけど、私、あなたの事が好きになってしまって。これ、読んでください。」
と言って、手紙を渡された。こんなに美人なのに、高飛車な感じが全くしないし、すごく本気を感じてちょっとドギマギした。もちろん、俺には柚月さんがいるので、OKするつもりはないんだけど、こういう人から好かれるのは悪くないな、なんて思ったり。
「あ、はい。どうも。」
俺はそう言って、手紙を受け取った。するとその人はぽっと頬を赤らめて、走り去って行った。可愛い。いやいや、柚月さんごめん。可愛いなんて思ってない思ってない。でも、ちょっと嬉しくなって、手紙をポケットにねじ込んだ。人に見られないように。
昼休み、教室を出て人のいないところを探した。そして、さっきもらった手紙を読んでみた。案の定ラブレター。連絡先も書いてあった。日比野純玲(すみれ)さんと言って、柚月さんと同じクラスだった。いや、もちろん何の興味もないけれど、それでもラブレターなんて初めてもらったので、ついニヤついてしまう。けれど、俺は頬をぴしゃぴしゃと叩き、手紙をまたポケットに入れ、教室に戻った。戻る道すがら、女子から手を振られる事多数。いつまで続くのだろう、こんなニセアイドル状態。そのうちかっこ悪い動画とかが出回って、逆に皆の笑いものになるに決まっている。どうかさほど最悪な状態になりませんように。