絵の知識がない俺でも、一瞬にして目を奪われた桜並木の絵。

そんな絵が描ける桜庭さんは、本当に絵を描く才能がある人だと思った。

有名な画家やその道のプロにも引けを取らない実力がある。

だから、自分を卑下(ひげ)する必要なんてないのに――。


桜庭さんのことを考えながら、本館にある教室へと向かう。

本館に入って階段を目指して歩いていた――そのとき。

玄関に飾られていた1枚の大きな絵が、俺の目に飛び込んできた。


青空の下、道に等間隔で植えられた桜の木々を背景に、ベンチに座っている“ひとりの女の子”。

絹糸のような茶褐色(ちゃかっしょく)の髪が、桃色のグラデーションで描かれた無数の花びらとともになびいている。

そんな彼女が手に持っているのは、スケッチブックだ。

いったい彼女は“何”を描いているのだろうか。


彼女の視線の先を辿(たど)ってみると、そこには“ひとりの男の子”がいた。

“彼”はサッカーボールでリフティングをしている。

“彼女”がスケッチブックに描いているのは、“彼”なのだろう。


自然と想像力が膨らんで、この絵の世界にどんどん引きこまれていく。
絵の具で描かれているのに、写真のような躍動感(やくどうかん)
まるで生きているようで、思わず息をのんでしまう。

自分の才能を爆発させたような、迫力のある絵。


この絵を誰が描いたのか、ひと目見ただけですぐに予想がついた。


絵の下に置かれた金色のプレートに目を向ける。


【世界絵画コンクール大賞 桜坂高校1年生 桜庭なぎ】


この絵を描いたのは、やっぱり桜庭さんだ。

なにかしらの賞を取るような絵を描く人だとは思っていたけれど、ここまでの実力の持ち主だったとは。

改めて桜庭さんの実力を思い知る。


「すげぇなぁ……」


つい心の声が()れた。

当時、桜庭さんはどんな思いで描いていたのだろう。


そんなことを考えていたそのとき、作品名が目に留まった。


【夢】


もう一度、桜庭さんの絵をよく見てみた。


絵のタイトルをそのまま考えると、“女の子”の夢は画家で、“男の子”の夢はサッカー選手だと推測できる。

もしかして、この“女の子”は桜庭さん自身なのだろうか。

もしそうなら、どうして作品名を【夢】にしたのか納得がいく。

この絵は、きっと桜庭さんの夢が表現されているんだ。


『私はただ絵を描くのが好きなだけで、永瀬くんが思ってるような才能なんて持ってないよ』


桜庭さんの絵は世界で認められているのに、“絵を描く才能がない”なんてありえない。

いったいなにが桜庭さんをそう思わせているのだろうか。