放課後、アオといっしょにグラウンドへサッカー部の練習を観に行った。

息の合ったパス回しに、的確に決まるゴール。

レベルの高いプレーの数々に、一瞬でも目が離せない。


――これが全国レベルのサッカーなんだ。


フェンスに体を寄せながら、思わず手に力が入る。


俺も、あんなプレーがしたい。


そんな衝動を抑えながら、フェンスに張りつくように、夢中で観戦していると――。


「キャーッ!!」


女子たちの黄色い歓声がグラウンドに響き渡った。

部員たちのプレーに、ギャラリーは大い盛り上がっている。

特に、大地さんが華麗なドリブルで相手を抜いたり、鋭いシュートが決めたりするたびに、歓声はさらに大きくなった。

まるでアイドルのライブ会場のような熱気だ。


サッカー部の練習が終わってからも、その熱は冷めることはなかった。

出待ちをしていた女子生徒たちが、一斉に大地さんの周りに集まる。

大地さんはスポーツ雑誌やテレビでも有名な選手だ。
しかも、前年度2大会で優勝に貢献したという実績がある。
そんな大地さんを、女子生徒たちが興味を持つのは当然のことだろう。

大地さんにあいさつしたかったけれど、大地さんは女子たちに囲まれていて近づけない。

この状況が落ち着くまで、アオと少し離れた場所で待つことに。

すると――。


「陽翔、蒼生っ!」


大地さんが俺たちに気づいて声をかけてくれた。


「「こんにちはっ!」」


俺とアオは頭を下げて、大地さんにあいさつをする。


「ふたりとも、久しぶりだな。元気にしてたか?」

「はい! 大地さんの活躍はいろんなところから聞いていたので、会えるのを楽しみにしてました!」

「そうですよ! 今朝早くに、ハルと学校でサッカーするくらいワクワクしてたんですから」


俺たちの発言に、大地さんは高笑いした。


「ははっ! ホント、お前たちは相変わらずだな。まさかとは思うけど、サッカーに集中しすぎて周りに迷惑をかけるようなことはしてないよな?」


――ギクッ……。


大地さんの質問に、俺たちは視線を()らす。

それを見た大地さんは、呆れたように大きなため息をついた。


「……ったく、お前たちはそういうところも変わってないな。サッカーのことに夢中になるのはいいことだけど、周りに迷惑かけるようなことはするなよ。あとケガにも気をつけろ」

「「はい……」」


再開早々に大地さんから厳重注意を受ける俺とアオ。

でも、桜庭さんには何も言われないままで、なんだかモヤモヤしていたから。

こうして大地さんに叱られて、心のどこかでホッとしている自分がいた。


「おーい、大地! 何してんだよ」

「おお、(しゅん)か。ちょうど陽翔と蒼生と話してたところだ」


大地さんが“舜”と呼ぶその人物に見覚えがあった。


……やっぱりそうだ。


副キャプテンの大迫(おおさこ)舜さん。

攻守に関わるミッドフィルダーとして、大地さんとともに前年度の2大会を優勝に導いた。
また、舜さんもU-18にも選ばれていて、大地さんと同じくらい高校サッカー界では有名な選手でもある。


「「こんにちはっ!」」


俺たちが同時に頭を下げて、大迫さんにあいさつすると、大迫さんは目を見開いて声を上げた。


「ああっ! もしかして、アオハルコンビか? お前たちと会うのは、サッカースクール時代の試合以来だな」


大迫さんと最後に会ったのは、今から6年ほど前のことなのに……。


「俺とアオのこと、覚えてくれてたんですか?」

「もちろん。試合したあと、お前たちに言われた言葉は今でも覚えてるからな」


俺はアオと顔を見合わせて、首をかしげた。


「俺たち、大迫さんに何か言いましたっけ?」


大迫さんに質問をしながら記憶をたどる。

試合後に何か話した気はするけど、詳しくは覚えていない。


「あのとき、俺たちのチームが負けたのに……『俺には負けたから、次こそは勝つ』って、ふたりして言われたことかな」


大迫さんにそう言われて、あのときのことをふと思い出す。

サッカースクール時代、俺たちのチームは大迫さんたちに勝ったけれど、個人の実力では遠く及ばなくて、素直には喜べなかった。

その気持ちは、今でも変わっていない。


「当然ですよ。今回は大迫さんと同じチームですが、俺たちは負けません」

「俺もハルと同じ気持ちです。俺たちはまだ1年生ですけど、絶対にレギュラーを勝ち取りますから」


俺とアオが宣言すると、大迫さんが声をあげて笑った。


「ははっ! お前たちは相変わらず面白いな。もちろん、(のぞ)むところだよ。“才能”あふれるふたりと同じチームでやれる機会なんて、そうそうないからね。楽しみにしてるよ」


大迫さんは俺たちをライバルとして認めながら、チームメイトとして暖かく迎え入れてくれた。

その一方で、“才能”という言葉がどうしても俺の中で引っかかる。


「あのっ! 大迫さんの言う“才能がある人”って、どんな人ですか?」


俺の質問に、大迫さんは一瞬考え込んでから、笑顔で答えた。


「そうだな……“心の底からサッカーを好きなヤツ”かな」

「どうしてそう思うんですか?」


俺もアオもサッカーは大好きだ。

でも、それだけで通用するほど甘い世界ではないということは、サッカースクール時代から知っている。

それなのに、大迫さんはどうしてそれを“才能”と言うのだろう。


「たとえ絶望的な敗北を味わったり、スランプに陥ったりしても、そこから()い上がろうとする原動力は、“サッカーが好きだから”だと思うんだよね」


大迫さんの言葉を聞いた瞬間、懐かしい記憶が(よみがえ)る。


大迫さんの言葉を聞いた瞬間、懐かしい記憶が(よみがえ)る。

それは、俺がサッカースクール時代に“あること”がきっかけでスランプに陥った日のこと――。


『ハルくんがスランプになったのは、下手になったわけじゃなくて、周りのレベルが上がってるからじゃない?』

『だから、諦めずに練習すれば、ハルくんはこれからもっと強くなれるよ』


練習後、いつもサッカースクールに来ていた“ある女の子”が俺を(はげ)ましてくれた。

そのとき、もうサッカーをやめようと思っていた俺が、その言葉にどれほど救われたことか――。


その記憶がよみがえる中、ふと桜庭さんの言葉を思い出す。


『――私はただ絵を描くのが好きなだけで、永瀬くんが思ってるような才能なんて持ってないよ』


……そっか。

桜庭さんが今スランプに陥っていると感じているのは、きっと彼女自身の力不足じゃなくて、周りのレベルが高いからなのだろう。

それでも、桜庭さんの絵が評価されるのは、純粋に絵を描くのが好きで、その気持ちが絵に表れていたからだ。

桜庭さんに伝えたいことがようやくわかったような気がする。


「ありがとうございます! それと、急用があるので、これで失礼しますっ!」


大地さんと大迫さんに手短にあいさつを済ませたあと、アオに声をかける。


「アオ、悪いけど先に帰っててくれ!」

「お、おい!? ハルッ!」


背後から呼びかけるアオの声が聞こえたけれど、俺は振り返ることなく桜庭さんのところへ向かった。