「すみません、ありがとうございます。まさかカバンを電車に忘れるとは思わなくて」
「あはは、いいよいいよ、きみが無賃乗車で捕まったらそれはそれでおもしろいけど」
「……」
都内某最寄駅から徒歩18分。立地としてはやや悪い自宅マンションに美少年を連れ込んだのには訳がある。
わたしより一本前の電車で降り立った美少年は、なんと鞄をまるまる電車の中へ置いてきてしまったらしい。財布はおろかスマホに定期券、家の鍵も全部ナシ。そんなこんなで改札前で途方に暮れていたところを、わたしに拾われたと言うわけだ。(ちなみに、さっき駅員に確認したところ、カバンはしっかり終点駅で回収されたらしい。明日取りに行くってさ)
「ていうか、いいんですか? 見ず知らずの男、家にあげたりして」
「いいよいいよー、ていうかウチ今部屋余ってんだよね、見ての通り1人じゃ狭いでしょ?」
「……そーゆーことじゃないですけど」
「ははは、襲われでもしたら自分を恨むよ」
「警戒心薄すぎませんか?」
「いいよ、きみみたいな綺麗な子だったら」
「っ、冗談やめてください」
カア、と赤くして顔を背ける。ほう。こんなに綺麗な容姿をしておいて、中身は中々ピュアボーイとみた。近年稀に見る逸材かもしれない。
「お腹は?」
「え?」
「すいてる?」
「あ、えっと、少しだけ……」
「オッケー、じゃあ鍋でもつくるかあ。先にお風呂入ってきたら? 廊下出て左側ね。バスタオルは入って右奥─────」
「いや、あの!」
リビングの椅子に座っていた美少年が突然大きい声を出したのでびくりとして振り返る。駅からここまで黙ってついてきたくせに、なんなんだ。わたしはカウンターキッチンから彼へと向き直る。
「あの、ご飯とかお風呂とか、その前に聞きたいことないんですか? 俺が何者なのかとか、あなたが誰なのかとか、ていうかそもそも、こんな大きいマンション、ひとり暮らしじゃないですよね。勝手に上がり込んで同居人さんはいいんですか……」
ほう。なるほど。ピュアボーイに加えて倫理観もしっかりしている。倫理観というか基本常識か。彼の美しい容姿を考えれば、アラサー差し掛かりの女の家なんて泣き落としでどこにでも転がり込めそうなのに、律儀な子。
「まあ、確かに。それもそうだね、ゴメン」
「え、っと、謝ることではないんですけど」
「じゃあ鍋はやめてレトルトカレーでいい? 食べながら話そう、わたしがカレーを温めている間きみは自己紹介でも考えててくれる?」
「はあ……」
ポカンとした彼に背を向けて棚からレトルトカレーとパウチのご飯を引っ張り出す。すると後ろの美少年は「お茶くらい淹れます」と席を立った。ピュアボーイで常識人で気も遣えるときた。これは引く手数多だろうなあと思いつつ、冷蔵庫の中に焙じ茶があるよ、と教えてあげた。