「冬乃さんって、嫉妬とかするわりに束縛はしないですよね」

 秋の昼下がり。
 数ヶ月前に引っ越した2人暮らしの家はリビングの窓が大きく、差し込む光はやけにやさしい。
 恋人になってからはじめての紅葉シーズを迎えようとしている最中、今日もうつくしい彼はテーブルを挟んだ向かいからじっとわたしを見つめている。

「束縛……か、確かに。なんで?」
「最近久しぶりに飲み会とやらに参加したら、周りがみんな彼女や奥さんにメッセージ入れたり電話をしたりしていたので」

 言われてみれば、わたしは小さな嫉妬はするものの、彼に何かをしないでほしいというような我儘はいっさい言ったことがない。
 というよりも、そういう発想に至らなかった、というのが正しいかもしれないけれど。
 あと、シュンくんって心が綺麗だよなあとよく思う。きみの周りが飲み会で彼女や奥さんに連絡していたのだとすれば、それは相手を安心させるものでもあれば、一定数は相手を欺くための人だっているはずなのに。世の中はそんなに綺麗に丸くは収まらない。
 けれどわたしはどうしたって、この美しい恋人のことを誰より信じているのだった。

「それって束縛になるのかな」
「束縛という言い方は悪いかもですね。ただ、ああいう行為って、きっとパートナーを安心させるためのものじゃないですか。俺は結構連絡自体忘れがちなので、そういうこと今までできてなかったなって反省したんですよ。冬乃さんがもし少しでも心配してたら嫌だなと思って」

 あ、そっち?
 てっきり「あんな束縛は嫌だ」とでも言われるのかと思っていた。
 そうだ、この美しい恋人は、こういう男だった。

「うーん、まあ、多少は嫉妬することもあるけど……」
「それはそれでかわいいんですけどね」
「……」

 相変わらず表情を変えずにそんなことをさらっと言ってのける。シュンくんって不意打ちが上手い。

「で、でもさ、束縛しようとかそんなことは思ったことないよ。これは、シュンくんがわたしに不安も心配もかけないようにしてくれてるからだと思う」
「そういうものですか?」
「うん、わたしはさ、きみのことを多分誰よりも信頼しちゃってるんだよ、全面的にね」

 こわいことを言えば、シュンくんに裏切られるようなことがもし今後あれば、わたしは一生だれとも心を通わすことなんてできないだろう。大袈裟かもしれないけれど。

「……そう言ってくれるのは嬉しいんですけど、おれはたまにガキみたいな嫉妬してるから、冬乃さんのこと縛ってないから心配になります」

 え、と。
 喉元まででかかった声が出なかった。みれば子犬のようにしゅんとしている。珍しい。ていうか可愛いな。

「嫉妬、することある? わたしに」
「ありますよ。結構頻繁にしてます、言ってないですけど」
「わお、それはそれで可愛いな。例えばどんな?」
「可愛いって……うーん、そうだな、まあ、あなたの元彼にはいつも嫉妬してますよ。まあ、それを含めて今の冬乃さんがいると思えばなんとも言えないですけど」

 元彼か。確かに、わたしもシュンくんに元彼女という存在があれば、多少なりとも嫉妬していたかもしれない。

「そうなんだ……まあ気持ちはわかるよ」
「全然わかってないと思いますよ、俺の頭の中覗いたらきっと引くと思います」
「はは、なにそれ、どんな風に?」
「そうだな、あなたから他の男の経験や記憶を全部抹消したい、とか」
「ふは、シュンくんでもそんなこと思うんだ」
「まあ、倫理観がゆるさないので脳内にしまってますけどね」

 なんだそれ、可愛い年下。

「わたしはわたしでシュンくんに嫌な想いさせないようにとは思ってるけど、もしほんとに嫉妬で嫌いになりそうだったらすぐに言ってよ」
「嫌いにはならないですよ。べつにそういう感情が悪いものだとも思わないし。それにおれは冬乃さんと同じようにあなたのことを誰よりも信用しているし」
「ふうん、じゃあわたしは今のままでいいんだ?」
「そりゃね。いいんですよ、冬乃さんは、そこにいてくれればいいよ」

 なんて真っ直ぐな目でわたしを見るのだろう。
 (まばゆ)いと愛おしいはきっと似ている。そんなこと、彼に出会ってから初めて知った。

 そうか、わたしは、ほんとうはずっと、愛されたいとおもっていたのかもしれない。元彼と付き合っていた時も、元彼と別れた時も、いつもひとりで何でもしようとつよがって、彼に好かれていると言い聞かせて、いつも終わっていく関係をまるで第三者のように見ていることしかできなかった。恋愛の当事者でいることは、わたしにとって至極難しいことだった。

 思えば、拓実といる時は苦しい時間も多かった気がする。
 嫉妬や不安が大きくて、常に連絡をとりたかったし、少しでも一緒にいたくて同棲を始めた。結婚の約束もしていないうちに家を決めて、なし崩しに彼の時間を奪った。
 認められたかった、彼のことはきっと好きだった。でも、いまシュンくんに対して持っている感情とは全く別の色をしている。

 どうしてだろう。
 シュンくんのことは、誰より大事にしたいと思う反面、つよい独占欲や支配欲みたいなものがない。彼といる時間はとても大切だけれど、あたりまえのように、ゆるぎなくやさしくそこに存在している。こういうものを安心感と呼ぶのならきっとそうなのだろう。そしてそれを与えてくれているのは、紛れもない目の前にいる美しい恋人なのだろう。

「……ねえ、こっちきて」
「?
 どうしました?」
「キスしたくなった」
「……冬乃さんって意外にストレートな時ありますよね」
「悪くないでしょ?」
「タチ悪いですよ、日曜の昼間に。いまから本屋に行く予定がたった今崩れました」
「はは、わたしを優先してみる? あ、これってもしかして束縛かな」
「そんな束縛ならいつでも待ってますよ。その代わり俺がどれだけあなたを抱いても文句言わないでくださいね」

 言うようになったなあ、この間まで大学生の少年だったくせに。
 やがてテーブルを超えてわたしの横にやってきた恋人はやさしくキスを落として手を引いた。日曜日、光の温度はあまりにやさしい。


【番外編1 日曜日fin】