「冬乃さん、こっち向いて」
「……」
「照れてます?」
「て、照れてない」
「顔みたい、お願い」

 こいつ、わたしがたまに出るタメ口に弱いことを知っている。
 事が済んだ後、背を向けたわたしをいとおしそうに後ろから抱きしめてくる。肌が触れ合う感覚久しぶりだ。でも何故だろう、シュンくんとは今までした誰とも違う温度でぴったりと重なる気がする。
 渋々と寝返りを打って彼の方へと向き直れば、満足そうに口角を上げる美少年がいた。本当に顔がいいな。

「むかつく」
「え?」
「何してても顔がいい」
「それ褒め言葉ですか?」

 そうだよ。寝ている時も寝ぼけている時も歯を磨いている時もキスをしている時も行為中も、きみはいつでも世界一好きな顔をしている。最悪だ。このひとのやさしさに惚れているのに、造形まで好きだなんてもうわたしはここから逃げられない。一生。

「冬乃さん」
「何よう、」
「一緒に住みませんか」

 え、と。このタイミングで何を言い出すかと思えば。
 窓から眩い朝日が差し込む。鳥の囀りと風の音以外何も聞こえない。静まり返った空間で、彼のやわらかい表情だけが胸に焼き付いてくる。

「……もうほぼ一緒に住んでるみたいなものだよ」
「うん、でも、ちゃんとしたくて」
「ちゃんとするって言うのは、」
「あなたの全部が欲しいです。すぐにとは言わないけど、冬乃さんの心の準備ができたら、今後も一緒にいる約束させてください」

 それはつまり、そういうことなんだろうか。
 結婚なんていうありふれた言葉を使わないところが彼らしいと思った。
 こんなシチュエーションでそんなこと言う? いつもいつもタイミングが変。でもあまりにいとおしくて泣きそうだ。
 この人とずっと一緒にいたいと思った人が、自分のことを同じような目線で見てくれている。そんな奇跡みたいなことがいま目の前で起きている。泣くなという方が無理だ。わたしはこのひとのまえでいつも泣いている。

「俺があなたのことを大切にしたい気持ちは今後もきっと変わらないし、法的に苗字を同じにするなんて形式的なことかもしれないけど、それが証明になるならそうしたいんです。将来のことはわからないけど、冬乃さんの為なら、俺は何があっても大丈夫な気がするから」

 “こんなに計画性がないことを考えて口にしてしまうのは、あなたを目の前にした時だけです。” そんなふうに付け加えて、正面からぎゅっと強く抱きしめられた。大事な台詞を言うときも一歳照れたりしないところが彼らしい。年下とは思えない落ち着きようにわらってしまう。

 人生でこんなに幸せなことがあるなんて思わなかった。もうピークは完全に過ぎたと思っていた。あの日泣きながらバスに乗らなければ、わたしは今でもひとりで止まない雨に怯えていたのだろう。このひとのやさしさを知らずに生きていくことになっていたのだろう。
 

「うん、一緒に住もう。わたしもきみの全部がほしい」


 わたしの言葉に抱きしめるちからがさらに強くなった。泣きながら笑うなんてなかなかない。
 いつだってゆるぎなく鮮明に愛を紡いでくれる彼のことを、わたしは同じようにして大事に大切にしていくのだろう。時間をかけてひとつになりたいという願いを叶えればいい。
 ありふれた言葉を使うのは癪だけれど、これ以上の表現をわたしは知らない。だけどほんとうはもっと深くやさしくきみのことを想っている。
 あまりにいとおしい。愛している。けれど足りない。到底言葉にはできない。
 だからきっと一生をかけて証明しよう。確証のない未来にこんなことを言えばきみは嫌な顔をするかもしれない。でもそれしか方法がない。

 きっと何年後も何十年後もきみの隣にいる。
 そうしてゆるぎなく鮮明に、いつだってきみのことを想っている。