◇
夕方18時半についた桜まつりとやらは想像以上に賑わっていた。
泊まりの用意はしていないので終電まで3時間と少し。時間はたっぷりある。
早川駿という美少年の故郷はひどく美しかった。
電車を降りた先に見えたのは都会とも田舎とも呼べないごく一般的な都市だったけれど、そこから数分歩いた桜まつりの会場である川沿いには思わず息を呑んだほどだ。
赤い提灯が揺れて、薄暗い中桜の木を照らし出す。何百本、若しくは何千本という桜の木が長い川沿いを沿って植えられている。まるでこの先に続く海へと誘っているようだ。
人の多さはさほど気にならず、屋台の多さにも圧巻されるけれど、それよりも、視界が全て花で埋まるという光景に初めて遭遇したことに感動した。
シュンくんが言っていた通り、昼間よりも夜のほうが綺麗だというのは強ち間違いではないのだろう。夜桜というのはどうしてこうも綺麗なんだろう。うつくしくて、それでいてとても、儚い。
「驚いた、想像以上」
「いい意味ですか?」
「もちろん」
「そう。ならよかったです」
珍しく満足そうに横を歩く。その横顔はいつも通り整っている。
そういえばシュンくんの横を歩くことって中々ない。わたしたちが顔を合わせるのはいつも家の中ばかりだからだ。(もちろん、わたしもシュンくんも極度のインドア派で、無駄に外に出るくらいなら家で本を読んでいたいタイプだからという理由も大きいのだけど)
関係に名前がないからか、シュンくんは一切わたしに触れようとしない。本当に律儀だ。現代の20代とは思えない。
それこそ今、手くらい繋いでもいいのに。なんて思ってしまうわたしの方が子供かもしれない。
川沿いに近づくに連れ屋台が賑わいを見せつける。服ににおいがつくのが嫌であまりこういうイベントに足を運んだことがないのだけれど、今日は何故か浮き足だっている。わたしと同じようなシュンくんがわざわざ一緒に来てくれたからかもしれない。
「そういえば、聞くの今頃って感じなんだけど、シュンくん実家に帰らなくていいの? せっかく久しぶりに来たんでしょ」
自分のことばかり考えていて忘れていたけど、ここはシュンくんの地元だ。友達はほぼいないと言っていたからいいとして、たまには実家に帰るという選択をわたしが止めていたかもしれない。
「ああ、言ってなかったんですけど、両親とももうこの街には住んでないんですよね、俺が大学に入ってからふたりとも都内に引っ越したので。住んでる場所は別ですけど」
「え、あ、そうなの?」
「この街は、どちらかというと家族より幼馴染との思い出が強いんですよね」
人に興味がない美少年は、家族に対してもひどく淡白だ。まあそういう感覚は人それぞれだから、深く追求するべきではない。
「それより冬乃さん、さっきから早く何か食べたいって顔してますね」
「えっ、そんなこと……」
「ふ、わかりやす」
電車の中でも言われた。わかりやすいって。いやいや、わたしそういうキャラじゃないはずなんだけれど。
「だって久しぶりに来たし、こういうイベント」
「そうなんですか」
「うん、わたしがインドアだってよく知ってるでしょ」
「まあ確かに、休日も仕事してるか本読んでるか映画見てるかですもんね」
「運動不足って言いたいの?」
「それは被害妄想ですよ」
くく、とわらう。いつも無表情が多いのに、きょうはよくわらう。美少年の笑みは心臓に悪い。
「すみません、お腹空かせてる冬乃さんには申し訳ないんですけど、先にしたいことがあって」
「したいこと?」
シュンくんの表情は至って穏やかだ。
「下、降りませんか。川の側まで」
まるであたりまえかのようにやさしい声で言う。わたしが断らないとわかっているからだろう。この半年間で彼はわたしのことを見透かせるようになってしまったようだ。
夕方18時半についた桜まつりとやらは想像以上に賑わっていた。
泊まりの用意はしていないので終電まで3時間と少し。時間はたっぷりある。
早川駿という美少年の故郷はひどく美しかった。
電車を降りた先に見えたのは都会とも田舎とも呼べないごく一般的な都市だったけれど、そこから数分歩いた桜まつりの会場である川沿いには思わず息を呑んだほどだ。
赤い提灯が揺れて、薄暗い中桜の木を照らし出す。何百本、若しくは何千本という桜の木が長い川沿いを沿って植えられている。まるでこの先に続く海へと誘っているようだ。
人の多さはさほど気にならず、屋台の多さにも圧巻されるけれど、それよりも、視界が全て花で埋まるという光景に初めて遭遇したことに感動した。
シュンくんが言っていた通り、昼間よりも夜のほうが綺麗だというのは強ち間違いではないのだろう。夜桜というのはどうしてこうも綺麗なんだろう。うつくしくて、それでいてとても、儚い。
「驚いた、想像以上」
「いい意味ですか?」
「もちろん」
「そう。ならよかったです」
珍しく満足そうに横を歩く。その横顔はいつも通り整っている。
そういえばシュンくんの横を歩くことって中々ない。わたしたちが顔を合わせるのはいつも家の中ばかりだからだ。(もちろん、わたしもシュンくんも極度のインドア派で、無駄に外に出るくらいなら家で本を読んでいたいタイプだからという理由も大きいのだけど)
関係に名前がないからか、シュンくんは一切わたしに触れようとしない。本当に律儀だ。現代の20代とは思えない。
それこそ今、手くらい繋いでもいいのに。なんて思ってしまうわたしの方が子供かもしれない。
川沿いに近づくに連れ屋台が賑わいを見せつける。服ににおいがつくのが嫌であまりこういうイベントに足を運んだことがないのだけれど、今日は何故か浮き足だっている。わたしと同じようなシュンくんがわざわざ一緒に来てくれたからかもしれない。
「そういえば、聞くの今頃って感じなんだけど、シュンくん実家に帰らなくていいの? せっかく久しぶりに来たんでしょ」
自分のことばかり考えていて忘れていたけど、ここはシュンくんの地元だ。友達はほぼいないと言っていたからいいとして、たまには実家に帰るという選択をわたしが止めていたかもしれない。
「ああ、言ってなかったんですけど、両親とももうこの街には住んでないんですよね、俺が大学に入ってからふたりとも都内に引っ越したので。住んでる場所は別ですけど」
「え、あ、そうなの?」
「この街は、どちらかというと家族より幼馴染との思い出が強いんですよね」
人に興味がない美少年は、家族に対してもひどく淡白だ。まあそういう感覚は人それぞれだから、深く追求するべきではない。
「それより冬乃さん、さっきから早く何か食べたいって顔してますね」
「えっ、そんなこと……」
「ふ、わかりやす」
電車の中でも言われた。わかりやすいって。いやいや、わたしそういうキャラじゃないはずなんだけれど。
「だって久しぶりに来たし、こういうイベント」
「そうなんですか」
「うん、わたしがインドアだってよく知ってるでしょ」
「まあ確かに、休日も仕事してるか本読んでるか映画見てるかですもんね」
「運動不足って言いたいの?」
「それは被害妄想ですよ」
くく、とわらう。いつも無表情が多いのに、きょうはよくわらう。美少年の笑みは心臓に悪い。
「すみません、お腹空かせてる冬乃さんには申し訳ないんですけど、先にしたいことがあって」
「したいこと?」
シュンくんの表情は至って穏やかだ。
「下、降りませんか。川の側まで」
まるであたりまえかのようにやさしい声で言う。わたしが断らないとわかっているからだろう。この半年間で彼はわたしのことを見透かせるようになってしまったようだ。



