「冬乃さん、もしかして緊張してますか」
「いや、緊張はしてないけど」
「そう? ならいいです」
もっと他にかける言葉があるでしょうに。コミュ障め。
電車の窓から外を見ると時々桜が咲いていて春らしい暖かい気温が流れ込んでくる。
わたしとシュンくんの家がある都内の最寄駅から在来線で2時間。海が近いというシュンくんの地元へ向かうことに決まったのは彼の卒業式が終わったすぐのことだった。
『冬乃さん、桜まつり行きませんか』
『桜まつりって?』
『地元では有名な春の行事です、川沿いに桜が満開で綺麗ですよ』
いつもの食卓のなかでそう言いながらスマホをこちらに向けたシュンくんの表情は穏やかだった。画面に映るライトアップされた夜桜たちと提灯、立ち並ぶ屋台に心が踊る。
桜という花は綺麗で好きだ。1年のなかで数週間しか見れないという儚さを含めて。
『すごい、綺麗だね。これシュンくんが撮ったの?』
『ああ、そうですね、はい』
『写真撮るのうまいんだねー、というか地元連れてってくれるんだ』
『桜まつりだけは毎年行ってるので、タイミング的にもいいかなと』
『へえ、シュンくんこういうの行かなさそうなのに意外』
『あー、まあそうですね。毎年ナツノに連れ出されてたっていうのが正しいかもしれない』
なんだそれ。
わたしが口を噤むと美少年はスマホから目を離して不思議そうにこちらを見返す。悪気はないんだろう。というかそんなことを気にしているわたしの方がどうかしている。
彼の口から時々出る幼馴染たちの話に、わたしはずっと踏み込まないでいた。
というか、わたしに踏み込む権利なんてあるはずもない。無理矢理聞くのはあまりにナンセンスだし、シュンくんが気に留めていないことをわたしがやけに気にしているだけの可能性だってある。
でも、彼は幼馴染たちの名前を口にする時、やけにやさしい顔をする。もちろんそれに対抗心を燃やしているわけではないけれど、どうしても気になってはしまう。
スミくんの恋人であるという”ナツノ”のことや、中学生の頃亡くなったという”ハルカ”のこと。
彼女たちが彼の中でどう昇華されていて、今彼の中でどんな立ち位置にいるのか、知りたいなんて感情にはきっと蓋をするべきなんだろう。だってそれはあまりに強欲で、それでいて傲慢だ。



