「……それで、フッてきたんですか?」

 そう怪訝そうに顔を顰めたのは、1週間ぶりに会うシュン美少年だ。

「フッたっていうのとはまた違うような……」
「変わらないですよ。結婚を前提にやり直そうって言われたんじゃないですか」
「やり直そうとまでは……」
「同じことですよ」 

 些か不機嫌な気がする。それもそうか、わたしがわざわざ自分から連絡して、シュンくんは大学終わりに仕方なくここへ寄ってくれたのだ。

「それで、また会うんですか、元彼と」
「……」

 1週間ぶりに呼び出した途端、元彼との話を聞かされたシュンくんの身にもなれば、不機嫌になるのも仕方がない。けれど少々口調がキツいんじゃ無いでしょうか。

 あの日、元彼である拓実とは会っていなかった時間を埋めるようにたくさんの話をした。彼もわたしも仕事に没頭していたこと、次の恋愛に踏み出せなかったこと、2人で好きだった作家の新作小説をお互い発売日に完読していたこと。話してみると半年間なんていうものは意外と呆気なく短いものだ。話題はすぐに尽きてしまった。
 それにわたしは、うちに入り浸っているシュンくんのことを、彼に言うことができなかった。後ろめたい気持ちがないといえば嘘になるだろう。

「冬乃さんて本当、甘え下手ですよね」
「な、」
「あと相当たちが悪いです、俺が断らないってわかってて呼び出したんでしょう」
「そんなこと……」
「冬乃さん、あなたが元彼とどうこうなるのを、俺は黙って見ていればいいんですか?」
「そういうわけじゃ……ていうか、シュンくんとわたしって、別に変な関係なわけじゃ無いし、」
「じゃあ冬乃さんにとって俺って何なんですかね」

 そんなの、その言葉そっくりそのまま返したいくらいなのに。
 シュンくんが不機嫌そうに立ち上がって、ソファへぼすっと腰を下ろす。いつの間にか定位置になったその横へ、わたしも移動する。
 面と向かって話すより横に並んだほうがいい。長年の経験から得た知識だ。

「じゃあさ、シュンくん、シュンくんにとって、わたしって何だろうって、わたしも思うよ?」
「でも冬乃さんは、俺が何を言っても”大学生だから”で済ませようとするんじゃないですか」
「……それは……」

 それはそう、かもしれない。
 突然落ちてきた美少年。顔も良ければ性格もいい(少しズレてはいるけれど)。けれどここに色恋を持ってくるには些か障壁が多すぎる気がするのだ。
 わたしはもう26歳で、大学生の年下に現を抜かすようなバカでは無い。

「冬乃さん、俺の勝手な意見、言ってもいいですか?」
「うん……」
「正直言って、俺が大学生だからとか、周りの目が気になるとか、そうですね、そんな小さなこと、口悪く言えば、クソほどどうでもいいことです」

 何を。
 お互い正面を向いているからシュンくんの表情は見えない。わたしは彼に告白されてもいないし好きだとも言われていない。なのにこの熱量は一体なんなんだろう。
 年上のわたしが諭すべきだ。そんなことはわかってる。

「ただ、」
「ただ?」
「そういうのは冬乃さん自身が決めることだから、俺はあなたを強引に手に入れたりはしたくないです」
「なにを……」
「冬乃さん、冬乃さんにとってその元彼とやらがひどく大切な人だっていうのは、俺だって重々承知してるつもりです。だから、できるだけあなたのそばに居たいと思ったんですし、」

 シュンくんは、好きだとか愛しているだとか、そういう言葉を簡単に吐くタイプでは無いと思う。いえば元彼の拓実とは真逆のタイプだ。
 あの日、バスの中で泣いているわたしに一枚の写真を差し出してきた時から、彼は確かにずっとわたしの近くにいる。思えばシュンくんがいなければ、きっとわたしは拓実の言葉に絆されて、今頃この家に呼んでいたかもしれない。
 それが正解かどうか、わかりはしないけれど。
 終わった恋にしがみつくのは、それこそすごく、惨めなことかもしれない。

「だから、冬乃さん、あなたがその恋愛に向き合いたいなら、向き合うべきです。だって、終わってないんじゃないですか、本当は、終わらせたくなかったんじゃないですか」

 あの恋は、
 あの恋愛は、終わっていないんだろうか。終わらせたくなかったんだろうか。
 いつだってこのシュン少年は、わたしの心臓の深いところを突いてくる。核心というには少々弱すぎるかもしれないけれど。

「俺はいつだって、あなたが俺に会いたいって言ってくれるなら、ここに来ますよ。都合がいい男だっていいんです。だって俺にとって、冬乃さんが悲しまないことが、いちばん大事だから」

 シュンくんの言葉はいつだってゆるぎなく鮮明で、わたしはそれにいつも、少しだけ泣きそうになる。
 このひとのやさしさに、わたしはいつだって甘えているのだ。