仕事終わり19時半。最寄り駅にて、大窓からスタバにいるシュンくんの姿が目に入った。
 いくら同じ最寄り駅を使っているとはいえ、ここまで何回も会うのも何かの縁なのかもとか思ったり。彼が人目を引く容姿をしているから見つけやすいというのも要因のひとつではあるのだろうけれどね。
 なにやら真剣にパソコンに向かっていたので、気づかれないようにこっそりコーヒーを買ってシュン少年に近づいた。たまには外で一緒になるのも悪くない。

「やっほーシュンくん!」
「……え、冬乃さん」

 わたしも混ぜてよ、と言いたいところで。
 驚いたように顔を上げたシュンくんが心底嫌そうな顔をした。さっきは死角で見えなかった彼の横に、シュンくんとはまたタイプの違う美少年が座っていたからだ。

「あれ、もしかしてウワサの冬乃さんですか?」

 ひょっこりシュンくんの影から顔を出した茶髪の少年は、まるで太陽みたいな笑顔を向けてくる。まって、眩しい。
 そんな彼の様子を見てさらに嫌そうな顔をするシュン少年。どうやらこのふたりは知り合いで、わたしに彼と一緒にいるところを見られたのが嫌みたいだ。

「えっーと?」
「スミ、誰にでも絡むのやめて」
「いやいや、シュンが珍しく心開いてる相手なんて気になるだろー」

 ふたりのやりとりを聞きながら、シュンくんって友達いたんだ、とかなり失礼なことを考える。しかも2人揃って美少年だし。人って自分の容姿と似た人と仲良くなりがちだとどこかで聞いたことがあるけれど、強ち間違いではないのかも。

「とりあえず座っていい? 目立っちゃうし」
「どーぞどーぞ〜! 俺もご一緒できて嬉しいですし座ってください」

 なんだ、この爽やかな少年は。
 シュンくんに”スミ”と呼ばれた爽やか少年は、正直に言うとシュンくんとは真逆のタイプだ。茶髪のセンター分けに両耳ピアス、服装はシンプルな割に今時をしっかり押さえている。人懐っこい笑顔に気の利く言葉の言い回し。瞳の奥は少しも擦れていなくて真っ直ぐできらきらしている。誰がどう見ても申し分のない爽やかイケメン。

「ちょっとシュンくん、友達いるじゃん、しかも爽やかイケメン!」
「はは、褒めても何も出ないですよー。それに、冬乃さんこそ想像以上に綺麗なお姉さんで驚いてます」
「うわあ、イケメンなのにコミュ力も高い、将来有望だ……」
「褒め上手だなー、さすが年上」

 わたしたちのやり取りを無表情で聞いていたシュンくんは、無視を貫くことを決めたのかまたもやパソコンへと向き直る。いやいや、初対面ふたりを残してその態度はどうなのよ。

「えーっと、ところできみはシュンくんの友達……だよね?」
「あーそうです! すみません自己紹介もしてなくて! 柴崎純(しばさきすみ)って言います、シュンとは高校の同級生で! 学部は違うけど大学も同じなんですよ」
「てことはK大? ふたりとも賢いなー」
「全然そんなことないですけどね、ちなみにシュンのが大分優秀ですよ。おれは要領だけで生きてるタイプ」
「そういう謙虚なところに人間性って出るものだよ」
「はは、じゃあお言葉に甘えとこ」

 美少年に加えて高学歴、おまけに性格もいい。シュンくんもかなり稀有な存在だと思うけれど、同じような好物件がいるとは驚きだ。有望株にも程がある。

「そういえばさっきわたしの名前呼んでたけど、シュンくんから聞いたの?」
「あ! そうですそうです、すみません勝手に呼んだりして! シュンから最近よく名前聞いてたので思わず」
「いやそれは全然いいんだけど……」

 シュンくんが誰かにわたしの話をしていることに驚きだ。その姿が全く想像できない。というか何を話すんだろ。非常に気になる。

「聞いてたって言っても、最近シュンが家に居ないこと多くて、おれが理由を問い詰めたんですけどね」

 はは、すみません、勝手に聞いちゃって、と。悪びれもなく笑うスミくんの言葉に納得する。なるほど、それなら想像できる。きっと嫌々わたしの家に入り浸っていることを話したんだろう。

「あれ、でも、シュンくんが家に居ないことなんで知ってるの?」
「俺の家、最寄りは隣駅なんですけど、実はここでバイトしてて。たまにシュンの家にアポ無しで行くんですよね、すっごい嫌がられるんですけど」

 ここで、というのは、このスタバで、という意味だろうか。それなら色々と合点がいく。第一シュンくんは人混みや騒がしい場所が苦手だ。わざわざこの帰宅ラッシュ時、駅直結型カフェで作業をしていること自体そもそも違和感だったのだ。
 というか、思ったよりふたりが仲良いことに驚いてしまう。話した感じ、性格もシュンくんと合っているとは到底思えないのだけれど。

「ていうかシュン、そろそろ話しなよ、俺と冬乃さん初対面なんだからさ。冬乃さん困っちゃうよ?」
「……外面がいい人間同士の会話聞いてるの結構楽しかったんだけど」
「うわ性格悪、おまえそーいうとこ直した方がいいよ、思っても口に出すなよ」
「スミがいなかったら言わないよ、安心したら」
「そういう問題じゃないと思うけどなー」

 いつもに増して棘のある物言いだ。シュンくんはパソコンから視線を上げると、面倒くさそうにブルーライトカットの伊達メガネを外した。

「自己紹介終わりましたか」
「うん、一応? こういう時、ふつうはシュンくんのポジションが仲介役するべきなんだけどね?」
「まあ、そうですね、すみません」

 そこはちゃんと謝るんだ。かわいいやつ。

「ていうか、シュンくんにちゃんと友達がいて安心したよ。シュンくんって本当に人に興味ないからさ」

 そう、シュンくんって自分でも『人に興味がない』とよく口にするけれど、実際にそうなのだ。会話の中で、彼の口から誰か特定の人間に対する話を聞いたことがない。あるとすれば、この間聞いた”幼馴染”の存在くらいで。
 あとは全員、彼にとってどうでもいいのかもしれない、とさえ思っていた。それくらい人に対する興味や執着といった様子がない。それは少し怖いくらい。

「友達? なんですかね、まあそういうことでいいですけど」
「おいおい、シュン、これで友達じゃないって言われたら俺泣くよ?」
「スミはどっちかっていうとナツノの彼氏だし」
「えー、それはそれで嬉しいけど、ちょっとしっくりこないんだよなあ」
「まあ、それで言えば、確かにスミは唯一友達かもね」
「はは、なんだよ素直じゃん」

 ナツノ。シュンくんから初めて出た固有名詞にどくんと心臓が大きく鳴った。人の名前だ。それも、女の子。

「あ、ナツノっていうのは、おれの彼女で、シュンの幼馴染なんです」

 会話に混ざらないわたしに向けて、スミくんがそう説明をいれてくれた。ひどく空気の読める子だ。
 ─────おれの彼女で、シュンの幼馴染。
 
「……そっか、ちょっとだけ気になってたの。大事な幼馴染がいるって、前に言ってたから。スミくんの彼女が、そうだったんだね」
「シュン、そんなことまで冬乃さんに話してたの? 相当心開いてるんだね」
「別に、スミには関係ないでしょ」
「はは、そーゆーとこ本当ナツノに似てる」

 ─────『大事な子はいます、今までもこれからも』
 この前聞いたシュンくんの声を思い出す。それが恋愛だったかどうかはわからないと言っていた。人を好きになったことがないとも。
 “ナツノ”と呼ばれる、スミくんの彼女のこと。
 シュンくんは本当は、彼女のことをどう思っているんだろう。まだ数週間しか彼のことを知らないけれど、それにしては随分と長い時間を一緒に過ごしている。それなりにシュンくんのことがわかってきたと思っていたけれど、実際はそんなことないのかもしれない。
 だって、ナツノ、と呼ぶシュンくんの声が、あまりにもやさしかったのだ。

「……ところで、ふたりは付き合ってるんですか?」

 わたしが物思いに耽っていたところで、とんでもないことをスミくんが口をついた。
 一瞬の沈黙が流れる。いや、黙ることじゃないっていうのは、重々承知なんだけれど。

「あー、えっーと、確かにシュンくんはうちによく泊まりに来てるけど、そういう関係では一切なく……あ、泊まってるとはいえそんな変な関係でもないよ? うち無駄に広くて、寝る部屋だっていつも別だし、そもそもシュンくんはうちに本を読みに来てるだけで……」
「冬乃さん、長々話すぎて逆に怪しいですよ」

  焦りが伝わったのか、シュンくんがふっと笑みをこぼしてわたしの言葉を遮るように口をつく。
 さっきまで無表情だったくせに。いま笑うなんてずるい美少年。

「冬乃さんの説明に不足はないけど、」
「けど?」
「別に本を読みに行ってるだけではないですけどね」

 ああそう。じゃあなんで毎回わたしの家にのこのことやってくるのよ。
 なんて、そんなこと聞けない自分も相当情けない。

「シュンって案外真っ直ぐなんだなー」
「真っ直ぐって何」
「いや? 見てておれは面白いからいーけど」

 固まるわたしを見て、スミくんが困ったように笑う。シュン少年は、真っ直ぐというより、もっとこう、少しズレている、という方が正しい気がする。

「こーいうの、冬乃さん的にはどうなんですか?」
「えっ?」
「シュンとの関係、どういうふうに思ってるのかなーって、純粋に疑問です」

 おっと。スミくん、シュン少年と違って空気の読める子だと思ったけれど、どうやら彼は彼で少しズレているらしい。普通の人がわざわざ踏み込んでこないところに、あけすけに足を踏み入れてくる感じ。
 無駄に買ったショートサイズのホットコーヒーからもう湯気が見えなくなってしまった。

「どうっていうか、まあかわいい年下だなとは思ってるけど」
「はは、シュンをかわいいなんて言うの冬乃さんぐらいですよ」
「そーでもないと思うけどなー。わたしの年齢から見たらシュンくんもスミくんもおんなじようにかわいいよ」
「あーなるほど、まあつまり、懐いてくる年下をなんとなく可愛がってるって感じですかね、簡単に言うと」
「うーん、なんかそう言われるとわたしが悪いことしてるみたいだなー」
「スミ、その辺にしたら。詮索されるの気分悪い」

 ガタ、と。今まで見た中でいちばん不機嫌そうな顔をしてシュンくんが立ち上がった。
 さすがにばつが悪そうなスミくんは困った表情を見せるけれど、お構いなしに荷物をまとめて立ち去っていくシュンくん。彼は意外と子供っぽいところがあるんだよね。

「あーシュンくん拗ねちゃったね」
「やらかしました、普段あんなふうに感情的になることないから調子のって色々聞いちゃって……冬乃さんもごめんなさい」
「いやいや、まあスミくんの立場なら色々気になるよね」

 高校生からの友達だから、単に興味本位ということもあるだろうけれど。
 同時に、きっとスミくんは、シュンくんのことを心配しているんだろう。わたしが逆の立場でも大事な友人が同じ立場にあれば詮索のひとつやふたつしたくなるだろうしね。
 4つも年上の社会人。特別な関係ではないとはいえ、理由もなく最近知り合った異性の家に週の大半転がり込んでいるなんて変な話だ。

「……でも、本当に、初めてなんですよ」
「え?」
「俺、シュンとは高1の時から知り合いで。といっても、お互い幽霊部員しかいない写真部の一員で、たまに部室で顔を合わせるぐらいだったんですけど」

 シュンくんとスミくんの高校時代を咄嗟に想像する。
 美形2人、さぞかし女の子にもて囃されたことだろう。まあシュンくんは愛想がないから近寄ってくる子も少なそうだけど。

「シュンがナツノ以外に懐いてるのなんて、はじめて見ました。同性にだってどうでもいいみたいな顔しかしないのに。俺だって数年かけてやっと今の関係になったんですよ」
「出会った時から割と強引な少年だなって思ったけどな」
「それが異例なんですって。冬乃さん、シュンに何かしました?」
「いや、まあ、出会いはちょっと、わたしが泣いてたから気になっただけだろうけど……」
「え、泣いてた? いや、すみません、そこは詮索しない方がいいですよね。まあだとしても、シュンってそんな優しい奴じゃないですよ。見ず知らずの泣いてる女性にわざわざ同情するような繊細な奴じゃない」
「ええそんな……」
「冬乃さん、シュンに何かしました?」
「何って、荷物を電車に忘れて途方に暮れてたから、助けた……つもりで家にあげたくらい?」
「そこもひっかかるんですよね、あいつが知らない異性にのこのこ着いていくとは到底思えないし」
「そんなことわたしに言われても……」
「シンプルにタイプなのかもですね、冬乃さんのこと」

 な。真正面から美青年にそう告げられてどくりとする。いやいや、でも、シュンくんは恋愛に興味ないって言ってたし。そこのところはよくわかんないんだってば。

「そんな、タイプって……」
「俺もナツノのこと初めて見た時、びびってきたんですよ。うまく言えないけど、こんなに綺麗な人間が存在してるんだなって。そこから馬鹿みたいに執着してて」

 自分でもキモいと思うんですけどね、と。再び出た”ナツノ”という女の子のことを、こんなにも愛おしそうに話すなんて、なんだか胸が苦しくなる。
 誰かの愛情を見ると、時々ひどく泣きたくなるのは何故だろう。

「だから、シュンももしかして、そんな感じなんじゃないかって思うんですよね。こういうのって、理屈じゃないじゃないですか」
「……ナツノ、っていうのは、さっきの、スミくんの彼女だよね」
「あ、そうです。シュンの幼馴染」
「そっか」
「……気になるんですね? ナツノのこと」
「え、」

 ふは、とスミくんがわらう。
 確かにわかりやすい反応をしてしまったかも。

「大丈夫ですよ、ナツノは俺の恋人だし、離す気ないですから」

 全部見透かしたようにそう笑う。スミくんはどうやらわたしよりも何枚も上手で、きっとシュンくんよりも何倍も大人だ。