ビニール傘越しに見上げた大雨の夜空が、まるで自分の為だけの小さなプラネタリウムみたいだと思った。

 気持ちとは裏腹にリズムよく傘を叩く心地の良い雨の音は今日のわたしにお似合いだ。というか今日が大雨でよかったし、仕事が長引いたせいで24時をすぎる終バスだったこともよかった。傘を閉じて乗り込んだバスには数人の乗客しかおらず、わたしがぼろぼろと泣いているのだって大雨に打たれたのだと勘違いしてくれればいい。不幸中の幸いというにはあまりにこじ付けに近いようなこと。


「─────あの、これ」


 揺れるバスのなかで、静かに涙を流していただけなのに。通路を挟んだ隣から、そんな声と細くて白い手が伸びてきた。驚くより先に視線がそれを捉えて、それからガタンと大きく車内が揺れる。私が降りるひとつ前のバス停に着いたらしい。


「よかったら使ってください、栞に。さっきから、指、本に挟んでるから」


 反射的に差し出された1枚の写真を受け取って顔をあげると、あまりに綺麗な顔をした美青年が無表情で立っている。彼は瞬きをする間もなく、運転手に「降ります」と声をかけ立ち去っていく。何が起きたんだろう。気を紛らわそうと出していた文庫本に再び視線を戻すと、ゆっくりとバスが動き出す。

 窓に打ちつける雨はやまない。湿っぽいにおいが苦手だった。けれど今は今日が大雨だということに救われている。わたしの目から涙がとまらないことは、とめようとする意思とは反対で、お礼も言えなかったことを後から悔やむ。思考が追いつかない身体の構造をこの時ばかりは恨むしかなかった。


 彼に出逢ったのは、この時が初めてだ。